殺戮
第六層における防衛線はうまく機能した。魔物の大群が押し寄せてくるがアンドロイドの銃火器が彼らの足を奪い、後続の魔物が先行する魔物を踏み殺す図式を生み出して、辺り一帯が血の海になった。
しかしそれでも徐々に押し切られる。魔物は生存本能を忘れ、自らの命などどうでもいいとばかりに突撃してくる。ギルドの精鋭が揃って集中砲火を浴びせているのに、その勢いが削がれることがない。
魔物の死骸が山となり、それが魔物側にとって防壁となり、砦と魔物の距離がどんどん詰められている。火力が足りていても、これではいずれ押し切られる。そして、数十万という数は、このあまりにも非効率な攻城方法を実現させるのに十分と言えた。
「大変なことになったわね」
アヌシュカがおれの隣にひょっこり現れた。魔族の少女は赤い髪を払い、得意の流水魔法を発動させた。魔物の死骸、血、悪臭が押し流されていく。
「アヌシュカ。合流したか」
「まったく、酷い目に遭ったわ。……で、カスパルはどうなったの?」
「あとで説明する」
別の魔王が現れてカスパルを奪い去ったと説明しても、すんなりと理解はしてくれないだろう。アヌシュカの表情は暗くなった。
「アドルノ様が言うには、ダンジョンからいなくなったって……。本当なの?」
「アドルノと一緒だったか。ああ、そうだ。今はここにはいない」
「……死んだわけじゃないのよね?」
「ああ」
しかし、肉体を失い、魔王の虜囚となった彼は、考え方によっては死よりも恐ろしい目に遭っている。リーゴスに肉体を奪われ、精神体はアイプニアに掌握されている。しかも、カスパルはこれからアドルノに保護されている魔族の情報をアイプニアから引き出されてしまうだろう。人材を欲しているというアイプニアは、アドルノ保護下の魔族を狙うはずだ。
「アドルノはどこだ?」
「第七層の砦造りを手伝ってる。アドルノ様の得意分野だから」
そういえば、第四層の魔族のための家はアドルノが造ったものだった。
「……ベータ、砦づくりは順調か?」
おれが訊ねると、ベータは凄まじい土木作業音を背景に答えた。
《想定よりも豪華な砦が構築できそうです。アドルノが壁の掘削を手伝ってくれているので作業がスムーズです。私の技術力も把握してくれているので、素直に指示に従ってくれます》
「そうか。協力してうまくやってくれ」
アヌシュカの流水魔法が、魔物を押し流し、足を鈍らせる。更に、堆積していた魔物の死骸を洗い流したので再び魔物たちに効率的に火力を集中させることができるようになった。魔物たちは愚直に突進を続ける。
いったいどれだけ殺したか分からない。アンドロイドたちの中には弾切れを起こした者もいた。火薬ではなく魔法による反発力を使って銃弾を飛ばしているので、実質弾は無限だったが、壁を掘削して適当な鉱石を弾に作り替える作業が間に合わなかった。それほど大量に撃ちまくっていた。
魔物が再び砦に近づいてくる。流水魔法で押し流そうとしたが、どうやら奧のほうで詰まっている箇所があるらしく、うまく流されてくれなかった。
魔物たちが、後続の魔物に押されて、ぐんぐん迫ってくる。肉の壁が膨らんでいくかのようだ。そろそろ限界らしい。
「退却だ。魔物の足が鈍っている間に、後方の砦まで下がる!」
おれたちは攻撃を緩めないまま、徐々に下がっていった。それ以上の速度で、魔物が近づいてくる。どれだけ攻撃をぶち込んでも下がることがない。仮に魔物を全滅させたとしても、死骸で埋まってダンジョンから出られないのでは……。おれはそんなおぞましい想像に駆られて、気分が悪くなった。
探査船との通信は一応まだ繋がっている。しかしいつ切れてもおかしくない。
「アルファ! 帰還魔法の用意を整えておいてくれ! ギルドの人間から何としてでも協力を取り付けるんだ。いざとなったらそれに頼る!」
《了解しました。何とかします》
それきり、通信が遮断された。おれの意識が探査船に戻るかもしれないと思ったが、またもやこの機械に留まったままだった。カスパルに細工をされてから、どうも調子がおかしいようだ。
おれたちはダンジョンの奥底へと進んでいく。分岐するダンジョンに入り込んだ魔物たちは、おれたちの命だけを狙っていたが、後続から押し出される形で、分岐する道のほうへも押し込まれていく。結果、勢いは弱まり、こちらの攻撃で足が止まるようになる。
第七層の砦まで後退した。ここまで負傷者はゼロ、アンドロイドの損害も軽微だった。これ以上ないほど順調に作戦が進行していると言える。だが魔物の数はほとんど減っていない。まだ一割も削っていないはずだ。
ベータとアドルノが構築した砦は、先ほどまでおれたちが使っていた即席の砦とは、規模がけた違いだった。ダンジョンの通路が拡張され、その壁材を使って堅固で巨大な防壁が何重にも構築されている。巨大な石弓やら、魔物を圧殺する為の大岩、投石器などの兵器も備え付けられていた。
砦の上ではアドルノが手を振っている。その横に、モルやツィスカ、リヒャルトの姿もあった。ヴァレンティーネの巨体もある。
ギルドの人材がいよいよ集結したようだ。おれは昇降機で砦の上に上がった。全員砦に上がったことが確認されると、昇降機が破壊され、ベータが瞬く間に資材へと変えた。彼女の手が触れた部分が瞬く間に分解され、資材が彼女の体内に収納されていくさまは、まるで魔法だったが、ギルドメンバーは深く尋ねることはしていないようだった。異国の技術がこの窮地に役立っている。それを喜ぶことはあっても、いちいち質問をしている暇はないということか。
「それでは、私は第八層にも砦を造ってきます」
ベータが休む暇もなく、砦から離れようとする。それを見たアドルノは呆れたように笑った。
「凄まじいスタミナだな。さすがの私もへとへとだというのに」
「アドルノ、無理はするな。砦造りはベータに任せておけ」
「ああ、そうするさ。しかしスズシロ、この件が落着したら幾つか質問に答えてもらうぞ。彼女はその――あまりに不自然だ」
走り去るベータの後姿を見ながらアドルノは言った。おれは小さく頷く。
「そうだな……。ところで、アドルノ、カスパルの件だが」
「ベータに聞いた。信じがたい話だが……。信じるしかないようだ。魔王が二体、いやもっと多くの魔王が地上を闊歩しているかもしれない。そして自分の駒として、魔族を欲しているということも」
おれはアドルノに近づき、他の人間には聞こえないほど声量を落とした。
「アドルノ、お前が保護している魔族は大丈夫なのか? 何十人といるんだろ」
「このダンジョンから出たら、一度全員を集めなければならないだろう。その為にも、ここで死ぬわけにはいかない」
「皇国最強の魔法使いさまに聞いてみたいんだが、うまく魔物を処理する方法はないか? おれはこの分野に関しては専門外なもんで」
「幾つか考えがある。ベータには既に伝えているが、ある程度は自力で魔物を駆除していかないといけないだろうな」
おれたちは第七層の砦に陣取り、魔物の襲来を待った。グリ派からはグリゼルディス、ツィスカ、リヒャルト、ヴァレンティーネ。モル派からはモル、ベルギウス、ロートラウト。アドルノ派からはアドルノ、アヌシュカ。ギルドメンバーも数十人おり、アンドロイドも百体近く控えている。幹部が協力して魔物を迎撃する。この面々ならかなりの時間、魔物の攻勢から耐えられるはずだった。
希望はある。だが、魔王アイプニアは言った。確実に全滅させると。魔物を大量に送り込むだけが彼の考えなのだろうか。そうであればいいが、まだ何か仕掛けがあったら、簡単に戦況はひっくり返るだろう。
そんなことを考えていると、ベータから連絡が入った。既に探査船とは完全に連絡がつかず、通信相手はベータしかいなくなっている。
《マスター》
「どうした。砦造りは順調か?」
《申し訳ございません。索敵を怠りました。ダンジョンの奥――第九層方面から魔物が湧き出てきています》
「……なに?」
《致命的な損傷を負いました。間もなく、私は機能を失います。この通信も――」
ここで通信が乱れた。おれは自分の耳を疑った。この事実を認めたくなかった。だがやるべきことは一つ。
「皆、聞け! ダンジョンの奥から魔物が現れたという報告が入った。この砦に向かっているはずだ」
おれの言葉に、魔物相手に闘志を燃やしていたギルドメンバーがみるみる戦意を失っていくのが分かった。
「この砦、挟撃される……、ということか!?」
さすがに訓練された戦士だけあって、ここで取り乱す者はいなかった。静かに絶望が広がるのみ。アドルノが手を上げる。
「砦を頑丈に造った甲斐があったな。ベータが大体砦を造ってくれたので、暇になった私は後背からの攻撃に耐えられるよう、手を加えておいた。備えておくもんだ。これで挟撃にも耐えられるはずだ」
アドルノの言葉は、静寂の空間に響く。入口方面からやってくる魔物の地響きが、どんどん近づいてくる。ダンジョンの奥からも、魔物の叫び声が聞こえてきた。
「正念場だ。ギルドの底力を見せろ。私たちは魔物を腐るほど退治してきた。持てる力を出し尽くせば結果はついてくる。見ろ。魔王殺しのモル。賢者グリゼルディス。そしてこの私がいる。魔族狩りのツィスカに、槍術師範リヒャルト、白き薔薇ロートラウト、黒き魂ベルギウス、幸運の女神ヴァレンティーネ、名だたる魔法使いが揃っている。これ以上の戦力は望めない。そうだろう? ならば勝てるさ。やるしかない。挟み撃ちがなんだ。私たちが負けるはずがない」
アドルノの言葉で、ギルドの戦士は腹を括ったようだった。挟み撃ちに備えてギルドの戦士が布陣する。
魔物が近づいてくる。叫び声、足音がどんどん大きくなる。
ダンジョンの入り組んだ構造に、それらは反響して、大きく響き渡る。
誰かが耳を塞いだ。それほど大きな音だった。
おれたちをあざけるような魔物の笑い声が、雑音に混じっている。
天井に焚いた照明が、魔物の影を浮かび上がらせる。
もう逃げ場はない。永遠とも思えるほどの殺戮を続けるか、圧し潰されるかだ。




