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アイプニア



 通信が復活したということは、電波の通り道が確保されたということだ。アンドロイドたち自身が中継器となっておれのところまで電波を届けてくれる。ロートラウトが切り開いた道は地上まで続いている。


 だが地上にはありえないほどの魔物がひしめいている。この短時間であれほど大量の魔物が出現したのには、何かカラクリがある。その鍵を握るのは、魔物の群れの中を悠々と歩いていたあの男……。

 もしかすると魔物の軍勢以上に恐ろしい存在かもしれない。だが接触しないわけにはいかない。それ以外に道がないのなら、おれが率先して敵に近づかなければならないだろう。


 ロートラウトの溶岩魔法が岩盤を溶かし、ダンジョン内に広い空間を創出する。岩盤を破壊している間は地獄のような光景だったが、いざ熱が引くと、なかなか快適な空間に変貌していた。冷えた溶岩の表面は最初ざらざらしていたが、手で撫でると簡単にカドが取れ、表面がつるつるしている。

 グリゼルディスはロートラウトに休憩するように言った。白い仮面の女魔法使いは、素直に助言に従い、壁に凭れてしばし動きを止めた。

 そんなロートラウトを慈しむような視線を向けたグリゼルディスは、おれにスススと近づいてきた。


「スズちゃん、ちょっといいかしら」

「なんだ」

「地上から尋常じゃない気配が近づいているのだけれど……。このまま地上に戻っても大丈夫なのかしら」


 おれはグリゼルディスの鋭さに舌を巻くと同時に、少し気になることがあった。


「それをどうしておれに聞く? おれが地上の様子を知っていると思うか?」


 ここでグリゼルディスは悪魔のような、邪悪で蠱惑的な笑みを浮かべた。


「あらー、ごまかしても無駄よ。ついさっき、意識を地上へ飛ばしてたじゃない」

「……分かるのか?」

「まあね。なかなか高度な魔法を知っているのね。少なくとも私にはできないわあ」


 しかしおれが機械の体だということには気づいていないようだ。魔法使いからするとおれやベータはどのように見えているのだろうか。他のアンドロイドたちはその正体を看破されているのに、どういう理屈だろう。

 それはともかく、おれは地上の様子を教えることにした。無数の魔物が地上を占拠していると伝えると、彼女はうーんと腕組みをして考えた。


「突如として大量の魔物が出現……。似たようなことが、私が若い頃にあったわねえ」

「そうなのか?」


 グリゼルディスは自身のこめかみのあたりをトントンと指で叩き、記憶を探る仕草をした。


「20年前、ディガム聖王国が自領のダンジョン攻略に本腰を入れたとき、魔王出現と共に魔物が大量発生したらしいわ。ダンジョン周辺のみならず、近隣の集落も魔物に襲われて、我が皇国も、その魔物討伐の為に軍を派遣した。ギルドの代表として、モルちゃんが出撃したけれど」


 ディガムの魔王。討伐したはずの魔王だが、今ではそれも怪しい。情報が欲しかった。


「魔王出現……。その魔物たちを討伐するのは骨が折れただろう」

「それがね、見かけ倒しというか。一部の魔物を除いて、ほとんどの魔物は時間経過と共に勝手に死んでいったんだって。死骸もほとんど泡になって消えちゃって……。とんでもない被害が出たけれど、出現した魔物の数を考えると、これくらいの被害で済んで幸運だったって言われてるらしいわねえ」


 おれは地上の魔物のことを考えた。あいつらも自然に消えてくれるだろうか。でなければこの国が滅びかねない。それほど大量の魔物だ。


「……同じことがここでも起こっている。どう思う?」

「どう思うも何も。スズちゃん、分かっているんでしょう。ディガムの魔王がここに来ている」


 やはりそう考えるのが自然か。魔物の群れの中にいた例の男――あれがディガムの魔王なのだろう。


「討伐できていなかったか。しかしわざわざここに来るというのは」

「同じ魔王を迎えに来たのかしらね? 確かディガムの魔王の名前はアイプニア。今、この状況で魔王と戦ったら、仮に勝てたとしても、こちらは全滅に近い被害を受けるでしょうね」

「魔王の目的が何なのか探りたいところだが。仲良く歓談ってわけにもいかないだろうし、それすらも難しいだろうな」


 ダンジョンの外は完全に魔物に包囲されている。帰還魔法が使えないとなれば、生身のギルドの戦士たちはもう脱出するには魔物が自滅するのを待つしかない。だがこのダンジョンには魔王アイプニアが入ってきている。ただで済むとは思えなかった。カスパルも、ギルドの人間を皆殺しにするつもりだろうし、次の瞬間何が起こっても不思議ではない。


「そろそろ先へ行きましょう」


 ロートラウトがこちらに歩いてくる。おれとグリゼルディスは頷いた。

 少し離れたところに立っていたベータが、少しずつおれたちのほうから離れていく。おれは首を傾げた。


「どうした、ベータ」

「いえ……。電波の強度が急に強まりました。こちらから……」

「え?」


 ベータが足を止める。そして天井を見た。小さな地震が起き、おれは思わず足に力を入れた。その場から一瞬、動けなくなる。

 ダンジョンが変形を始める。地面がうねり、壁が歪み、天井が低くなったり高くなったり、恐ろしい光景だった。

 もしかすると壁同士に圧殺されるかもしれない……。迫りくる壁を見ておれはそう覚悟を決めたが、そうはならなかった。

 ロートラウトが開けた穴が修復され、溶岩が固まった跡も消える。地震は数分間にわたって続き、その間誰も動けなかった。

 やっと地震が治まったときには、周囲の状況が一変していた。おれはゆっくりと息を吐く。


「……カスパルが自由にダンジョンを変形できるのなら、おれたちは一生外に出られないかもな。どうしたもんか」


 おれは嘆いた。ただし、通信は相変わらず可能なようだ。少し離れた位置で地震をやり過ごしていたベータが、意外そうな顔になった。目を丸くしている。


「どうしたベータ。さっきから様子がおかしいぞお前」

「マスター。我々の現在地は第七層中腹です」

「ああ? そうか。だがそれがどうしたんだ」

「ダンジョンの構造が、最初の構造と一致しています。元通りです。ダンジョンが元の形に戻ったのです」

「うん……?」


 おれは周囲を見渡した。確かに、データを参照すると、この場所は通ったことがあった。


「どういうことだ。カスパルはどういうつもりなんだ」

「俺じゃねえよ」


 カスパルの声。意外なほど近くからした。曲がり角の向こうから、散歩中みたいな気軽さで現れたカスパルは、ひどく不機嫌そうだった。当然、ロートラウトとグリゼルディスは身構えたが、カスパルは舌打ちして手を上げた。


「やめろやめろ。俺はこのダンジョンでは不死身なんだよ。いつか精神がぶっ壊れて、自我を失ったら、どうなるか分からないけどな」


 カスパルはやけっぱちになったように壁を殴りつけた。おれは一歩前に進み出る。


「……何をしにきた、カスパル。平和的に解決する気になったか?」

「まさか。ダンジョンの外からやってきた奴……。気づいているだろ?」

「ああ。魔王アイプニアなんじゃないかって話だが」

「それだ。ディガムの魔王アイプニア。魔王リーゴスとどういうやり取りがあったのか知らねえが、どうやら俺に用事があるらしい」


 カスパルは疲れたように大きく息を吐く。そして意味もなく笑っては、真顔に戻り、俯いた。


「ふむ」

「さっきから俺に文句を投げつけてきて、さっさとこっちに来いと催促してきやがる。俺はお前の家来でも何でもないのに偉そうな奴だぜ。スズシロ、良かったら俺についてこないか。話、聞きたいんだろう」

「どういう風の吹き回しだ。さっさと会いに行けばいいだろう。おれを巻き込む必要はない」


 おれはあえて突き放すように言った。カスパルは体を震わせて笑う。


「ふふふ、なぜかって? ろくなことにならないだろうからさ。迎えが来るまでにお前らギルドの人間を皆殺しにして、憂さ晴らししようかと思ったが、無理だった。ったくよお」


 カスパルが曲がり角の向こうへ姿を消した。おれは間髪入れずに走り出した。


「カスパルを追うぞ。何かやばいことが起こりそうな気がする」


 おれとベータ、グリゼルディス、ロートラウトは走り出した。他のアンドロイドたちもそれについてくる。

 ダンジョン内に魔物はもう全くいなかった。レーダーで探知しても、隅に隠れている個体もいない。

 これが完全攻略というやつだろうか。しかしアドルノは魔族の住む場所を探している。魔物がいなければ、その願いは果たされそうにない。

 カスパルはおれたちがぎりぎりついてこれる速度で移動している。第七層から第六層へ、そして第五層へ、滑るように移動する。ダンジョン内の構造は見た覚えがある。間違いなく最初の構造が復元されていた。


 どういう意図でこれをやったのか……。カスパルは自分じゃないと言った。つまり魔王アイプニアがこれをやったのだろうか?


 やがてカスパルは立ち止まった。ダンジョン内に照明が改めて焚かれる。カスパルと対峙しているのは、中肉中背の男だった。何の変哲もない男。街中で見かけても違和感は全くない。

 男を見るカスパルの目は、憎悪に満ちていた。魔王に服従したわけでも、人間に懐柔されたわけでもない、カスパルという魔族は、何者にも屈しないという反骨精神に満ちていた。


 魔王アイプニアは、そんなカスパルを冷めた目で見ていた。そして、カスパルから視線を外し、おれのほうを見た。どうやらおれのほうに興味があるようだった。それがおれには意外だった。


「これは思わぬ収穫だ。リーゴスのワガママに付き合うのは癪だったが、むしろ奴に感謝しなければならないだろうな」


 アイプニアの声は冷たく、重く、聞いているこちらの気持ちが沈んでしまう心地がした。おれは声を発さず、しばらく魔王アイプニアの挙動を観察していた。




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