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不死身



 もはや問答無用だった。グリゼルディスの体がふわりと浮く。金色の髪が、それ自体生きているかのようになびいている。白とピンクを基調としたドレスには埃一つついていない。大きな黒い帽子をかぶっているおかげで表情が見えにくい。そして彼女の登場と同時に、アンドロイドの傭兵たちが一歩退いて、彼女の為にスペースを空けた。

 自律行動しているアンドロイドが、グリゼルディスにコントロールを奪われている。初めて彼女が現れたときも、プローブを自由自在に動かしていた。彼女には無機物を操る技があるというのか。


 カスパルの体がみるみる変化していく。頭部の角が巨大化し、それに伴い頭部も巨大になり、更に体つきも膨れ上がっていく。肌が黒く変わり、岩肌のような質感になる。

 攻撃を仕掛けようとしたグリゼルディスが一旦止まり、おれに視線を向けて笑いかけてきた。


「見たことのないタイプの魔族ね? ツィツィちゃんなら知ってるかしらん」


 ツィツィというのはツィスカのことだろう。おれの返事を待つことなく、グリゼルディスがカスパルに突進した。

 カスパルの体が更に膨らむ。ますます異形になり、魔物の姿に近づく。

 更に、ダンジョンの壁から魔物が湧き出てきた。アンドロイドたちに襲い掛かる。


 グリゼルディスが魔法の剣を出現させた。刃がない。その代わり、空気が圧縮され刃となる、変幻自在の武器だった。

 カスパルもまた魔法で斧を出現させる。重厚感たっぷりの岩の斧で、それが七本瞬く間に創成され、宙をくるくると回っている。魔法の力で遠隔操作できるようだ。


 岩の斧がグリゼルディスに飛び掛かる。風の刃がそれをいともたやすく砕いたが、砕かれた岩の破片が石礫となって、グリゼルディスを襲った。

 目に見えないバリアがグリゼルディスの周囲を守っている。石礫が空中で止まった。

 ミキサーにかけられたかのように、石礫が更に細かく砕かれていく。

 足元に砂がさらさらと落ち、グリゼルディスの周囲を流れている魔法の風で静かに散っていった。


 グリゼルディスが一歩前に出る。

 彼女の威圧感か、あるいは魔法の風で生み出した圧力か。いずれにせよ、おれは近づけなかった。


「調子が良いわ……。ずっと高濃度の魔力に浸って、体が壊れそうだけど、なぜだか気分が良いのよね。目の前に親玉がいるとなれば、なおさら、集中力も増すというものよねぇ」


 カスパルの体は更に膨れ上がっている。ダンジョンの通路いっぱいに肥大化しそうな勢いだった。

 魔物がアンドロイドに襲い掛かるものの、銃火器で蹂躙されている。カスパルはそれを見て舌打ちした。


「どいつもこいつも……。魔物ごとき、大したことねえってか。嫌になるぜ」

「あらぁ。そんな姿でも、人語を理解するのね。自分の名前は言えるかしら、ダンジョンの主さん」


 カスパルは歪んだ口を更に歪ませて笑った。


「名前なんてもう意味ねえよ。クソ人間。俺がせっかく魔物を生み出す能力を得ても、無駄じゃねえか。もう俺には肉体がねえ。ただの魔族だった頃は、飢えるたびに魔物の肉を欲したのに。皮肉なもんだ……」


 グリゼルディスが眉を持ち上げて、おれのほうを見る。


「あらー、魔物を自在に生み出せるらしいわよ。ダンジョンの構造も変えられるらしいし。こんなの初めてっ」

「グリゼルディス、そいつの名前はカスパル。魔族だ。端的に事情を話す、一旦戦うのをやめて――」


 グリゼルディスが指を振って牽制する。


「あらあらあら、スズちゃん。やることは一つよ? ギルドの仲間を殺した魔族を、この手で討伐する」

「しかし……」


 グリゼルディスは笑みを浮かべている。しかしその眼は有無を言わせぬ凄みがあった。


「スズちゃん、私もバカじゃないわ。きっとスズちゃんがこれから話そうとしていることは、そこの魔族にも何か事情があるってことなんでしょう? きっとそれを聞いたら戦いにくくなる。でも、どうせ、結論はいつも一緒。殺し合うしかない。そうしなければ収まらない。このまま戦いをやめて関係を保留しても、いずれまた戦うときがくる。お分かり?」

「……あんたら皇国の人間と魔族の間には、語り尽くせない因縁があるんだろう。おれにとやかく言えることではないのかもしれない。だが、参考までに言っておく。おれはカスパルを救いたいと思っている」


 グリゼルディスは何度も頷き、ちゃんと話を聞いているわよ、という仕草をした。しかしその上で、彼女は厳しい声を発する。


「ふうん? それで? 私にどうして欲しいのかしら?」

「いや……。グリゼルディス、あんたが絶対勝つというのなら、それでいい。おれはあんたにも死んで欲しくないんだ」

「あら? よく分からないけれど……。まあいいわ。少し離れててね、そこの機械人形さんたちと一緒に」


 グリゼルディスは、どういう理由か分からないが、アンドロイドの傭兵たちが機械であることを見抜いている。ということは、今のおれが機械であることも理解しているのだろうか。しかしそれにしては、離れててねと気遣う様子もあった。


 グリゼルディスがカスパルに突進する。

 一帯に風が吹く。

 方向も風量もめちゃくちゃな、混沌に満ちた風だった。

 カスパルが岩の斧を増産し飛ばしてくる。更に自身も斧を持ち、斬りかかった。

 またしても風の刃が斧を破壊する。

 しかしカスパルの巨体が風の魔法を一時的に弱めた。カスパル自身が魔法による強化を受けているようだった。カスパルに近づけば近づくほど、魔法が成立しにくくなるようだった。


「それが魔族の技ってことね」


 グリゼルディスは不敵に笑う。風の魔法が一瞬で瓦解し、ダンジョンの中が凪の状態になった。

 次いで現れたのは、氷の短槍。グリゼルディスが気合いの声と共に槍の穂先を突く。

 どういうわけか、今度の槍はカスパルに近づいても崩壊しなかった。グリゼルディスもカスパルの魔法の性質を見抜き、対策したということだろうか。

 氷の槍がカスパルの腕を傷つけた。血が飛ぶが、カスパルは全く意に介さず、岩の斧を振り回してきた。

 今度は岩の斧は破壊されることなくグリゼルディスに届いた。

 だが、岩の斧の刃がグリゼルディスの頭に振り下ろされたにも関わらず、彼女の体は鋼鉄で出来ているかのように頑丈だった。

 まともにヒットしたのに、彼女はびくともしない。岩の斧のほうが砕ける始末。


「なんだお前……!」


 カスパルは心底嫌そうな声を発した。グリゼルディスはふうと息を吐いた。


「そろそろ仕込みが済んだかしら。魔族は例外なく魔法の達人らしいけれど、あなたは、まあ、そこそこってところね?」


 カスパルの頭部に霜が下りた。

 肌の表面に白く細かい氷が付着する。

 次の瞬間、カスパルの肌の下、つまり体の内側から無数の氷柱が生え、肉と肌を破った。

 全身に氷柱が生えたことで一瞬で血まみれになる。

 即死だった。 

 カスパルはゆっくりと地面に伏した。グリゼルディスは、さすがに少し緊張していたのか、強張っていた肩をほぐした。


「やれやれ、スズちゃん、悪いわね。彼のこと、気にかけていたんでしょ?」

「ああ……。だが、問題ない。あいつは死んでない」


 アンドロイドたちが交戦している魔物の中で、一匹だけ動きが明らかに変わった個体があった。

 その個体が目の前のアンドロイドを破壊し、そして姿を変えた。

 カスパル。青い髪の男に変化した。

 グリゼルディスは唖然とした。


「えっと……。どういうこと?」

「よく分からんが、このダンジョンにいる魔物に憑依できるらしい」

「……無敵? だって彼、魔物を自由に生み出せるんでしょ?」

「だが、本人は死ぬしかないと絶望しているようだ。おそらく、無制限ってわけでもないと思うが」


 カスパルは苛立ったようにグリゼルディスを睨み、そして地面に溶けるように姿を消した。


「逃げた」


 グリゼルディスは呟いた。もう追う気力が湧かないようだった。残った魔物の殲滅に手を貸す。


「スズちゃんたちが来るまで、ずっと、ずっと、魔物と戦わされてたわ。出口もない部屋でね。闇を晴らしたと思ってもまた湧いてくるし、かと思ったら、急に晴れたり、迷路に送り込まれたり、たぶんここ数日の体験だけで冒険記を執筆できるくらい色々やらされたわ。あれだけやれるなら、ダンジョンを圧縮して、中にいる人を圧殺できそうなものだけれど、彼はそうしないのねぇ」

「ああ……、そうだな。やれるならやりそうな男だが」


 おれたちは魔物を殲滅した後、ダンジョン内を調べた。破壊した壁は修復され、出口がなくなっていた。

 グリゼルディスには傭兵たちが機械であることが完全にばれているので、もうなりふり構わずやることにした。

 何体かを分解、資材化して即席でドリルを組み上げる。

 そして壁を掘り始めた。ダンジョンの壁は、カスパルが自在に変形させているせいか、以前より軟化しており、随分掘りやすかった。これならギルドの戦士たちも、その気になれば壁を破壊して移動できるだろう。


 おれはグリゼルディスと共に移動しながら、カスパルのことを話した。加えて、魔王が復活し、地上に出てしまったことも。以前出現した魔王も、モルに殺されたわけではなく、地上に出ている可能性がある。


「……それは……。あらあら、全世界を揺るがす大ニュースね。魔王って言うほど強くないのかしら? とか思ってたけれど、やっぱり一筋縄ではいかないみたいね」


 そう言うグリゼルディスは、しかしどこか嬉しそうであった。やはりどこかぶっ飛んでいる。おれたちは、正確な現在地も分からぬまま、ダンジョンの中を彷徨った。



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