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メガ



 第一七層に入ってもグリゼルディスやベルギウスの姿はない。代わりに、ギルドメンバー五名の死体が壁に打ち付けられていた。死体は魔物に傷つけられることはなく、綺麗な状態だった。遺体が無事なのは、遺族にとってはせめてもの救いだったろうが、魔物を強力に統率する存在が確かにいるということを一行は意識せずにはいられなかった。。

 第一七層の少し広まった場所で、最後の転移魔法による輸送が行われた。参戦できる者は可能な限り参加した。モル派頭領モルも例外ではなかった。モル派の戦士を十数名引き連れての登場だった。

 モルはまだ負傷中だったが、アルファの治療を受け、状態はかなり良さそうだった。おれに小さく礼を言った後、大量のアンドロイドが稼働するダンジョン内を見渡した。


「通常なら、過剰戦力だが……。この先には魔王の如く魔物を操る存在がいるのだな。魔王討伐と変わらぬ緊張感で挑むとしよう」


 モルは自身が闇に囚われ、救出されたことで、少しは謙虚になっているようだった。そんな彼を、彼の部下たちは何とも言えぬ顔で見る。傲岸な上司しか知らないので、困惑しているのだろう。

 ベータの話では、もうすぐ弾が切れる。しかし一八層までなら問題なくもつようだ。これまでは闇を晴らす銃を全員に配布していたが、数を絞り、無駄撃ちしないように配慮していた。そのせいか、一七層の攻略スピードはやや落ちていた。


「見えました! 第一八層への門です!」


 誰かの報告。アンドロイド勢よりも早く、ギルドの誰かが見つけたようだ。おかげで封印の門周辺のデータがおれの頭の中まで届けられない。もちろん、こんなことは過去にも何度かあったことだ。

 自然と、ギルドの一団の足は一か所に向く。人の流れが出たところで誰かの叫び声が上がった。


「魔物だ!」


 叫び声、悲鳴、そして何かが潰れる音。アンドロイドが現場の近くにいないおかげで情報が入ってこない。おれの周りの人間が声のしたほうへ急ぐが、ダンジョン内は大人数が一斉に動けるほど広く造られていなかった。

 おれは事故が起きることを懸念して、あえてその場に留まった。誰かの叫び声が続いている。交戦する音も遅れて聞こえて来た。


「一つ、一八層に立ち入る前にアドバイスだ」


 声が背後からした。おれの周囲から人がいなくなったタイミングで、おれの後ろに放置されていた魔物の死骸が口を開いていた。


「カスパルか?」

「他に誰がいるんだ? ええ?」


 魔物の死骸が凄んでも迫力はなかったが不気味だった。おれは死骸に近づく。警戒するベータがおれのすぐ横についていた。


「そうだな。で、何か用か? アドバイス?」

「ああ。親切だろう。親切過ぎて、第一八層の闇を晴らしておいたぞ。これで思う存分戦えるな?」


 闇を晴らした……。おれは首を傾げつつ、


「ほう。そりゃどうも。弾が尽きかけてたんでありがたい。しかし、妙だな」

「何がだ?」

「おれはてっきり、イビルホークの体液をおれたちに手に入れさせないように、お前が介入したと思っていた。違うのか?」


 カスパルは魔物のしわがれた声で、つまらなそうに、


「驚き慌てるお前たちの顔を見たかったんだよ。そこのベータとかいう女が思ったより優秀で、正直参っている。ところで……、ギルドの痴愚魯鈍は気づいてねえみたいだが、そこの女、人間じゃねえな?」


 ダンジョン内を広く見渡せるカスパルなら、ベータが人間とは思えない動きをしている瞬間を目撃しているだろう。おれはあっさり頷いた。


「ああ。ベータは人形だ。ついでに言うとおれも」

「お前も!?」

「地上には本物のおれがいるがな。更に言うなら、おれが招聘したことになっている傭兵団も全員人形だ」

「は!?」


 絶句したカスパルは、魔物の死骸を介して会話しているのに、唖然としているのが見て取るように分かった。


「で、カスパル。アドバイスってのはなんだ? もうすぐ一八層に着くが、そこにお前もいるのか?」


 カスパルはしばらく返事をしなかった。この場を去ってしまったかと思い始めたとき、魔物の死骸が口を開いた。


「……一八層の闇を晴らしておいた、と言ったな。実際は俺の仕業じゃねえ。グリゼルディスとかいう女が闇を晴らす魔法を編み出して、展開している。そこにベルギウスとかいう不気味な男が乱入して魔物を殺しまくっている。他のギルドメンバーはもうほとんど戦闘不能だが、あの二人だけは手に負えねえ」


 グリゼルディスとベルギウスは生きている。おれはほっと一安心した。この過酷な闇の環境でも元気に暴れ回っているようだ。


「ほう……。なんだ。おれたちが行かなくともグリゼルディスたちは無事だったか」

「お前たちがそこに辿り着けば、転移魔法で全員脱出して終わり。俺を倒すことにこだわる必要もない」

「おお、分かってるじゃないか。おそらく、モルあたりは最奥部に着いたらこの際だからと魔物を殲滅しようとするだろうが、アドルノはさっさと帰ろうとするだろうな。魔族の為の居場所を作るのが目的だからな」

「魔族の居場所、ね」


 カスパルの声は沈んでいた。あまり嬉しく思っていないようだった。おれは声をかける。


「……カスパル。今のお前がどんな状況にあるのか知らないが、本気でおれたちと敵対するつもりなのか。お前は多くのギルドメンバーを殺した。もう取り返しはつかないと考えているかもしれない。だがお前は良くも悪くも人間社会から外れた生き方をしている。何もこの場で玉砕することにこだわる必要は……」

「黙れ。分かった風なことを言うな」


 カスパルの声には怒気が混じっていた。


「もう、おしまいなんだよ。俺がわざわざお前に声をかけたのは、お前は俺が憎むような人間連中とは違うと思ったからだ。一八層ではグリゼルディスとベルギウスが暴れている。だが、もうじき死ぬだろうな。俺からのアドバイスはこれだ。死にたくなきゃここからさっさと逃げろ」

「なんだ。自爆でもする気か?」

「ふん。そんなんじゃねえ。だが、お前も人形だっていうなら、きっと先に進むんだろうな。奥でまた会おう」


 死骸の口が閉じた。もうカスパルはここからいなくなったようだった。

 おれはしばらくその場に突っ立っていた。なんとなくベータを見たが、彼女もカスパルの感情の揺れ動きを理解できなかったようで、肩を竦めた。


 遠くでは戦いの音が続いている。誰かの悲鳴、怒号が途切れない。戦士が勢揃いしているのにかなり苦戦している。おれとベータはここでようやく現場に向かった。

 そしてすぐ、戦いがなかなか終わらない理由が分かった。ダンジョンの幅いっぱい、巨大な魔物が何体も出現している。戦士の魔法をその堅い皮膚で弾き飛ばし、剣や斧の刃も食い込むことなく折れていく。魔物の姿は、亜人型であったり、獣型であったり、怪鳥型であったり、様々だったが、いずれも既存の魔物とは姿形が異なっていた。初めて見る種類の魔物だ。


「ベータ、名付けるのが得意だったよな。こいつらの名前は何にする?」

「とりあえず今までの魔物の名前に“メガ”を付けて仮称とします。生物学的な特徴をしっかり見極めた後、分類し、正式な名称を定めようかと」

「マジメだな」


 ギルドの戦士たちは必死に魔物と戦っているが小さな傷を負わせるのがやっとだった。ここにきて強力な魔物と遭遇し、彼らは焦っている。そんなとき、人が多過ぎて到着が遅れたアドルノが姿を現した。


「お前ら下がってろ」


 アドルノの手から雷撃が迸る。竜型の魔物の腹に直撃したが全く効かず、ギルドの戦士たちが絶望のこもった声を発した。

 しかしアドルノは余裕だった。もう一度雷撃の魔法を練る。ただし今度の出力は段違いだった。これまで魔物のレベルに合わせて手加減していたことがはっきりと分かる。

 アドルノの手の中に雷の剣が精製される。切っ先がまっすぐ魔物の頭部へ狙い定めていた。

 目にも止まらぬ速さで射出。

 気づいたときには、魔物の頭部が抉れていた。遅れて音がやってきた。魔物がゆっくりと前のめりに倒れる。魔物が地に伏したと同時に戦士たちは歓声を上げた。


「おいお前ら、もっと鍛錬しろ」


 アドルノがつっけんどんに言う。アドルノが他の魔物にかかろうとしたとき、ツィスカたち他の幹部もようやく現場に着いた。

 リヒャルトの槍が魔物の腹を貫通し消し飛ばす。

 ツィスカの剣が魔物の体を両断して血しぶきが上がる。

 ヴァレンティーネの大剣が魔物の首の骨をへし折った。

 モルの毒魔法が魔物の肉を一瞬にして溶かす。

 アヌシュカの流水魔法が魔物を押し込み体勢を崩した。そこへ戦士たちが殺到して討伐する。

 

 ギルドでも名うての魔法使いたちは、強力な魔物相手でも圧倒した。凄まじい戦力だ。これに加えて、グリゼルディスとベルギウスもいる。戦うだけならあまり心配はない。

 だがカスパルのことが気になる。一八層で何かが起こるのは確かだ。


 魔物の討伐が完了し、事後処理が始まった。この戦いで負傷者が大量に出たので、転移魔法で大勢地上へ送り返した。アンドロイドの傭兵たちは巧みに魔物との距離を保って戦ったので、損傷はほぼゼロだった。生身で魔物と戦うギルドの戦士たちの為に、アンドロイドたちをサポートに回らせて、死亡者が出ないようにしたいが、ギルドの戦士は逆に外様であるアンドロイドを負傷させたくないという意識があるようで、前線に立たせてくれなかった。うまくかみ合わない。


 やはり人数が多過ぎるのかもしれない。おれは転移魔法での作業が終わるまで、精鋭のみで向かうことを考えていた。しかしこの一行の指揮者であるアドルノ、リヒャルト、モルは、この態勢のまま先へ進むことを考えているようだった。一八層で終わりとは言うが、敵の言うことを鵜呑みにはできない。とりあえず今まで通りダンジョンを攻略する。そういう考えのようだった。確かに一理あった。


 おれたちは改めて一八層への門に向かった。カスパルの言った通り、闇が晴れていた。

 先陣をアンドロイドに任せたかったが、当然却下された。先頭に立つのはアドルノ。


「行くぞ」


 いよいよ一行は第一八層に突入した。何の変哲もない下り坂の洞窟通路。照明を足しながら慎重に進む。

 おれはかなり後方を進んでいた。配置はギルドが決めているので逆らえない。一部アンドロイドを先頭付近に配置してもらったが、どこまで対応できるか。

 レーダーで一八層の構造はすぐに把握した。かなり小さい。

 最奥部はすぐそこだ。



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