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仮説



 第一四層、そして第一五層。

 負傷した戦士を数名救助し、地上に送還。

 闇を晴らし、魔物を駆除し、制圧完了。

 封印も破られたままで支障なし。

 順調すぎるほど順調だった。おれたちは不意の襲撃を最大限警戒しつつも着実に前進していく。大量のアンドロイドを先行させ危険は排除していた。アンドロイドを傭兵だと思っているグリ派の戦士たちは、彼らの無鉄砲な前進に肝を冷やしているようだが、アンドロイド勢はここまで来るのにまだ一人も戦線離脱していない。その腕を認めざるを得ないようだった。


「傭兵が使っている銃は、彼らの国では一般的なのか?」


 と、グリ派の誰かがおれに尋ねてきた。その銃火器の貫通力と連射性は、魔法使いが使う攻撃魔法とは別種の強みがあった。おれは、さすがに銃火器をばらまいて戦争にでも利用されたら困るので、曖昧に答えて誤魔化すことにした。欲しいとか売ってくれとか言われても断るしかない。


 魔物相手でも銃火器は有効だ。しかし魔法を自在に操る魔王や強力な魔物相手だとどうなるかは分からない。これから先の戦いでアンドロイドが戦力になるかどうか、見極めるのは難しい。結局頼りになるのはこの世界の戦士たちだ。おれたちはそのサポートに徹するのが良いだろう。


 第一五層の攻略が終わり、第一六層へと突入した。先陣を切るのは傭兵として振る舞うアンドロイドたち。いよいよ佳境に入るというところで、リヒャルト、ツィスカ、ヴァレンティーネ、アドルノ、アヌシュカといった主要な魔法使いが全員ダンジョンに参戦した。モルは負傷がまだ癒えていないようだったが、第一七層まで無事に進行できたら参戦するという連絡が入った。


 第一六層の攻略も問題ない。おれは途中までそう考えていた。だが、ベータが深刻そうな顔をして近づいてきたのを見て、何か悪い報せがあるのだなと察した。


「どうした?」

「イビルホークの体液の調達が滞っています。このままだと弾が切れるかもしれません」


 ベータは材料の残量がないことをデータで示してきた。おれの脳内に直接数値を通達してくる。


「そういえば……。深く潜るようになってから、死体を持ってくる奴がいないな。比較的浅い階層に生息する魔物だったか」

「それならばいいのですが……。もしダンジョンが第二〇層、三〇層と続く場合、闇を晴らす手段がありません」


 まだこのダンジョンがどれだけの深さがあるのか分からない。最悪の事態は想定しておかないといけないだろう。


「イビルホーク以外の魔物についても調べただろう? 代用はできないか」

「何体か候補はいます。実際に試してみることになるかもしれませんが……。実は本当に相談したいのはそこではなく」

「なんだ? 思わせぶりだな」


 ベータは人間らしく、咳払いをした。まだ話すべきかどうか、迷っている様子だった。


「さっき、イビルホークの羽根がそこに落ちているのを見つけました」

「……羽根?」

「はい」


 ベータは現物を手に持っていた。顏の横まで持ってくる。その黒と白の羽根は、それ単品で見るとなんとも美しかった。


「この階層にもイビルホークが生息していたってことか? しかし、今はいない……」

「ええ」

「考えられるのは、闇の蔓延で生息域が変わった、ってところか?」


 ベータは頷いたが、


「それもありますが、私が懸念しているのは、何者かがイビルホークの死骸を我々に渡さないように手配したのではないか、ということです」

「何者か、ね……。普通に考えるなら、ダンジョンの奥にいる、何か。アドルノの勘を信じるなら、カスパルとかが怪しいか?」


 アドルノの話ではカスパルがまだこのダンジョンにいるらしい。その気配がすると。おれはカスパルがダンジョンから脱出するのを映像で見たが、今ではアドルノの勘が正しいような気がしている。


「そうなります。闇を晴らして欲しくない、しかし負傷者を各所に置いて我々を奥底に誘引したい……。どうも敵方の行動が一貫していないように思われます」

「ふむ。お前が相談したいというのはそこか。敵の姿が見えてこない」

「ええ。色々と仮説を立てて考えていたのですが……。マスター、レダの村で見せてもらった本のことを覚えていますか」


 少し話が飛んだ。おれはベータが何を話そうとしているのか掴めなかった。


「ああ。三冊あった、古い本のことか。それがどうした」

「私はこれまで、あの本に書かれていた、魔物の成り立ちについて、少々引っ掛かりを覚えていました。太古における“魔”はかつて不死身だった。ダンジョンの中で長い時間封印されたことによって有限の命となり、今猛威を振るっている。しかし現実の魔物はただの生物です。特異な点は多々ありますが、心臓を潰されれば死ぬし、食事もするし排泄もする。かつて不死の生き物だったとは到底思えない」


 おれは頷いた。確かにありえない話だ。


「うむ……、古い言い伝えだからな。アヌシュカの話とも、ちょっと違う点があったし」

「ええ。そうなのです。アヌシュカの話から、魔王なる存在がいることが分かりました。かつて“魔”なる存在が抽象的で、討伐不可能な存在だったので、封印することによって形を得るようにした。……アヌシュカはそう話していました」

「ああ」

「しかしそちらも不自然です。私は、古い本も、アヌシュカの話も、どちらも重要な部分を言い伝えられていないと考えています」


 おれはベータがおとぎ話に躍起になっている理由がよく分からなかった。その話が現在のダンジョンとどう関わってくるのかもよく分からない。


「お前がそこまで言うということは何か根拠があるんだろうが……。おれたちはこの世界に全く詳しくないぞ。科学分野ならともかく、歴史や神話に突っ込んでいいのか?」

「ええ。私の想像の域を出ない話かもしれません。ただ、このダンジョン攻略において極めて重要な点なので……」


 おれは周囲に人が少ないことを確認してから、


「いいだろう。ベータ、その口で結論を言ってみろ。このダンジョンにおける不自然な現象、古い言い伝えの違和感、そういった点を払拭する良い仮説が思いついたのなら、おれに話せ」


 ベータは、決然とした態度で頷いた。


「はい。私は、魔王なる存在は、既にこのダンジョンから脱出していると考えています」


 おれはその言葉の意味をよくよく考えてみた。しかしどうもぴんとこない。ダンジョンから脱出した……。それはカスパルであって魔王ではない。


「脱出……? ええと、魔王リーゴスはギルドの人間が殺したよな。それが偽物だったと?」

「色々と可能性はありますが、魔王の抜け殻、もしくは、別の誰かの魂が乗り移ったものではないかと」

「……お前がそう結論した過程をもう少し詳しく話してみろ」


 ベータは自信ありげに、


「はい。私がアヌシュカの話に違和感を抱いたのは、太古の世界で、一部の英傑たちが魔王を封印した際、魔物しか食べられなくなる呪いを受けた、という点です」

「そんなに不自然か?」

「英傑の一族全員が、そんな複雑な呪いを受けたんですよ? 私もこの目で魔法の数々を見てきましたが、英傑たちを恨んでいるのならもっと直接的な報復方法があるように思います。古い言い伝え、神話のようなものと最初は納得していましたが、現実に魔王は存在し、しかも古い本に魔王リーゴスの出で立ちが記述されており、魔王がかつて存在したことが確定しました。それも、曖昧な存在ではなく、姿形が詳しく記述されている……」

「ふむ。アヌシュカの話と若干ぶれるな」

「私は、魔王が今の魔族の祖先に呪いをかけた理由を幾つか推察しました。今、最も有力だと考えるのは、魔王は英傑たちを恨んで呪いをかけたのではないということ。これは長い年月をかけた壮大な転生計画だったのではないかと」

「転生……? よく分からないが……」


 ベータはまだまだ話すつもりだったはずだ。しかしその続きを聞くことはできなかった。

 ベータの首が不自然にへし曲がった。彼女の発声が不明瞭になり、膝が崩れ、その場に倒れる。

 近くにいたグリ派の戦士が慌てて駆け寄る。だがおれは不気味な気配を感じ取っていた。

 何かが近くにいる。何かがベータにとんでもない負荷をかけ始めた。ベータは立ち上がることができない。


「うお……、見かけによらず怪力だな。押さえこめねえ」


 声がした。声のしたほうを睨んだが、誰もいない――あるのは魔物の死骸が数体。おれは目を凝らした。

 声は魔物の死骸からする。よくよく見ると、臓物をぶちまけて絶対に生きているはずのない魔物の口が動いている。


「誰だ?」

「当ててみろよ」


 魔物の死骸は嬉しそうな声を発する。しわがれた、老人のような声だが、魔物の声帯を介しているからだろう。おれはふっと笑う。


「カスパル。お前だな」

「おーっと……。当ててくるか。ま、そこの女の勘の鋭さからして、お前らなら気づくか」


 魔物の死骸――カスパルは、口だけ動かしている。おれは大胆にその死骸に近づいたが、それ自体に危険は感じなかった。


「随分と思い切った変装だな。色々と聞きたいことがあるが、とりあえず一つ。お前はおれたちの敵か?」


 カスパルはくっくっくと笑った。


「敵だよ。それ以外に何がある?」

「アドルノも、お前にとっては敵か?」

「当然だ」


 カスパルの声は、しかし暗くなった。


「バカバカしい……。俺は気づいてしまったんだ。魔王リーゴスと邂逅することによって、全ての真実に気付いてしまった。俺はもう、死ぬしかねえんだ。それならもう、最後の最後まで、ムカつく奴らを殺してやるって、そう決めたんだ」


 自暴自棄になったとしか思えない言葉の数々。おれは死骸近くにしゃがみ込んで、そこにカスパルがいると思って話しかけた。


「おいカスパル。地上でユリアとシーナが待ってる。死ぬとか言うな」

「……このダンジョンは全部で一八層まである。俺をどうにかしたければ、そこまで来い。ただし、そこの知った風な口をきく女。死にたくなければもうこれ以上推測でモノを話すな。奥まで来たら、俺のほうから、俺の知っていること全部教えてやるよ」


 カスパルは苛立っている。ベータが話そうとしたことが、彼の心を抉るような内容だったのだろうか。


「ふむ、そうだな。確かにお前の口から聞いたほうが確実だろう。分かったよ。で、もう一つ質問なんだが、グリゼルディスたちは無事か?」

「それも、一八層まで来れば分かる」


 カスパルの声がここで途切れた。ベータを抑え込んでいた不思議な力も消え、ベータはすぐさま立ち上がった。おれは言葉を喋っていた死骸を調べたが、何の変哲もないただの死体だった。

 一部始終を見ていたギルドメンバーに、今得た情報を部隊内で共有するように言った。そしておれはベータに近づく。


「無事か?」


 ベータはときどき片足立ちになって、自分のバランス感覚を確かめる素振りを見せた。


「基幹フレームが歪みました……。自己修復作業は可能ですがしばらく歩き方がぎこちなくなるかもしれません。作戦は問題なく続行できます」

「カスパルがこれ以上何も話すな、だとよ。お前の推測を聞いて相当苛立ったらしい」


 ベータは、当然のことながら、悪びれる様子もなく、


「声に出して話したのがまずかったですね。マスターの脳内に直接データを送りましょうか」

「いや、いい。せっかくカスパルが教えてくれるって言っているんだ。そのときまで取っておく。敵の正体は分かったわけだしな」

「そうですね……。しかし、今の魔物の死骸を借りて喋っているさまを見て、私は自分の仮説に更に自信を抱きましたよ。彼なりに答え合わせをしてくれたのかもしれません」


 どうやらベータは推測だけで真実に相当近づいたようだ。大したものだと感心する。


「ほう。興味深い話だが、この件は一旦スルーだ。奥へ進むことに集中するぞ」

「了解です」


 おれたちはいよいよダンジョンの最深部に差し掛かろうとしていた。ギルドの仲間を救う為、このダンジョンに蔓延る魔物を一掃する為、この奥に控えるカスパルを連れ戻す為。そしてダンジョンにまつわる謎を解く為。闇を払う弾が尽きかけている中でも、ダンジョンを進むアンドロイドの軍勢が足を止めることはない。

 カスパルはこの軍勢を見て何を考えているのだろうか。おれたちの会話を聞いていたということは、この状況も正しく把握しているはずだ。

 話した印象だと、戦いは避けられないだろう。アドルノとアヌシュカはカスパルとの戦いを受け入れられるだろうか。おれはしばらくそのことについて考えていた。


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