宇宙人
第六層も攻略はスムーズに行われた。魔物の駆除はアンドロイド軍団が行い、グリ派の戦士たちを最前線に取り入れて、積極的にダンジョン探索を進めてもらった。
アンドロイドたちは闇を消し飛ばし、魔物を銃火器で殲滅し、たまに思い出したように魔法を撃ってテストを行い、データを集めながらダンジョン攻略に貢献した。
転移魔法のマーカーとなる魔法素子の集積体は持ち運び可能で、少し開けた場所があればそこを転移先の拠点とすることができた。
従来のギルドの常識では、巨大なマーカーをダンジョンに設置し、周辺の魔物を殲滅して安全を確保しないとまともに運用できなかったので、かなり革新的なことらしかった。
グリ派の戦士たちもおれたちの作ったマーカーを褒め称え、このダンジョンでの騒動が治まったら是非ギルドに大量に販売して欲しいと熱望した。
量産は簡単だった。それに、既にこの世界にあるものを改良しただけなので、これを売るのにそれほど抵抗感はなかった。良い金稼ぎの道具になるかもしれない。今後、カネが必要になったときの為に覚えておこう。
「スズシロ、第七層だ」
先行していたアドルノが少し引き返してきて言う。彼とアヌシュカは凄まじい働きぶりで、他のギルドメンバーとは明らかに動きが違った。彼らの魔物の殲滅速度についていけるのは、ここにいるグリ派の人間だとヴァレンティーネだけだった。
おれは視界の先に封印の門があるのを見た。ベータのほうにちらりと視線を向ける。
「第六層の攻略にどれだけかかった」
「三時間と少し」
ベータが言う。闇を晴らし、大量のアンドロイドがレーダーを駆使してあっという間に構造を把握し、可能な限り迅速に行動して、三時間。おそらく従来の速度と比較して段違いに速い。しかし十分かと言うと、微妙なところだった。
「ロートラウトからの連絡があったのが第17層。このペースならあと二日もかからずにそこまで着くが……」
おれは呟いた。このまま順調なら、何も問題はないはずだ。しかし、探索を続けていく内、違和感が大きくなっていた。
「……アドルノ、闇の中であんたはどう行動していたんだ」
おれはアドルノに尋ねた。彼は質問の意図を掴み損ねたようだった。
「どう、とは?」
「他のギルドメンバーが一切姿を現さないのが気になる。グリゼルディスや、ロートラウト隊、彼女の部隊より先に突入したモル派の戦士は納得できる。しかし後続でダンジョンに突入したベルギウス隊や、モル隊の誰かがそろそろひとりくらい見つかっても良さそうなものだ」
アドルノはおれの言葉に頷いた。そして絞り出すように言う。
「……闇の中で、私は声を聞いた」
「声?」
「男か、女か、それさえ定かではないかすかな声だったが、助けを求めていることは分かった。私は単独行動だったから、それが幻聴であると看破できたが、他のメンバーはそうではないかもしれない」
視界がない状態なら、音に頼るしかない。おれはその状況を想像した。
「……その声に近づいていくと……」
「より一層闇に飲まれていく。そういう罠だった可能性は十分あるな。特に救助に向かったベルギウス隊は声のするほうへ行かざるを得ない」
「魔王リーゴスが、ギルドの主戦力をダンジョンの奥底へ誘引しようとした、ということだろうか」
「単に人間と有利に戦いたかったということもある。まあ、すぐに地上まで出て来たらしいから、どうだか分からないが、魔王リーゴスが死んだ今、そういう罠もなくなっているかもしれないな」
そろそろ、アドルノ以外に、闇に飲み込まれていた人間を救出していきたい。まだまだこのダンジョンには謎が多い。その謎を放置している限り、闇に囚われた人間を救い出せない。そんな直感が働いていた。
第七層の手前、少し広まった場所があったので、十全に闇を晴らし、魔物を駆除したところで、転移魔法を使って輸送を開始した。グリ派の消耗した戦士たちを地上に帰還させ、代わりの人員と交代する。その際物資を持ってきてもらう。ここまで奮闘していたヴァレンティーネも一旦帰ることになった。
「スズシロさん、ベータさん、アドルノ様、アヌシュカさん。お疲れでしょう、あなたがたも一度帰還されては」
ヴァレンティーネはそう言ったが、いずれも帰るつもりはなかった。おれとベータは言わずもがな、アドルノは最前線に立つ気満々だったし、魔族であるアヌシュカにとってはダンジョンの環境は比較的過ごしやすいはずだった。
「こっちのことは気にするな。お疲れ様」
ヴァレンティーネたちが帰還し、グリ派の戦士の半数が入れ替わった。ヴァレンティーネの代わりに入ってきたのは魔法学校の教師であるツィスカとその一隊だった。そして新たにアンドロイドが20体ほど追加され、第七層の攻略に取り掛かった。
ツィスカはアドルノを見つけると軽く頭を下げた。灰色の髪が薄暗いダンジョンの中だと背景に溶け込む。長身の彼女はアドルノの義手と義足を見て、微笑んだ。
「どうも、アドルノ殿。義手の加減、いかがです」
アドルノは義手を服の袖を取っ払って見せ、静かに笑った。
「ツィスカ……。先刻は世話になったな」
「魔王リーゴスと戦いましたよ、私」
「そうか。お前なら討伐できると思っていたよ」
ツィスカの微笑みがすっと消え、それを見たアドルノも口元を引き締めた。
「その件で話があるんですが……。アドルノ殿ほどの方が、あの敵にやられたというのが納得いきません。私たちで倒せる程度の相手だったというのに」
「私を買いかぶり過ぎだ」
「地上に出て魔王リーゴスが弱体化していた、という可能性はありますが、それにしても貴殿が手足を失うほどの相手……。正直私は絶望していたのですよ。地上戦力が全滅する覚悟もしていました。実際は、ほぼ完勝と言って良い内容でした。確かに強力な相手ではありましたが……」
ツィスカの言葉にアドルノは嘆息する。
「何が言いたい。はっきり言え。らしくないな」
「では。貴殿が戦った魔王と、私たちが戦った魔王。本当に同一個体だったのか、ということです」
しかしアドルノは全く動じず、
「まだ本当に魔王を討伐したわけではない。そう言いたいのか?」
「どうでしょうね。わざわざ有利なダンジョン内での戦闘を避けて、地上に出て来たというのが腑に落ちないのです。それに、地上に出て来たリーゴスは死の間際、入り口を塞いで満足そうにしていました。理解不能です」
「魔物や魔王の思惑を理解しようとするほうが間違っている。私はそう思うがな……」
二人が話しているのをおれは近くで聞いていた。やはりギルドの人間の中にも疑問に思う奴はいるか。何か想定していないことが起こっている。それを探らなければ、ダンジョンの奥底で予想外のものに直面し、危機に陥るかもしれない。それは避けたいところだ。
「ところでぇ……」
ツィスカがアドルノからおれへと視線を持ってきて、ツカツカと歩み寄ってくる。何か不穏な気配を感じたベータが近づこうとしてくる。それをツィスカはちらりと確認した。
おれはツィスカの微笑みを間近に見た。目線はほぼ同じだったが、おれは気圧される自分を自覚した。
「スズシロ殿。あなたはいったい何者です」
「……何がだ?」
「空を飛ぶ家、見ましたよ。それに加えて、家から続々と男女の戦士が現れるのも。奇妙なんてものじゃありません」
怪しまれて当然だ。派手にやったので仕方ない。
「ああ……、家は発明品だよ。魔法道具の一種だ。ヒミコや、ベータ、アルファが開発してくれて……」
「どこの出身、とおっしゃっていましたっけ?」
「氷の大陸……」
おれは言った。これを話したのはレダと、グリ派の連中にのみ。アドルノが少し驚いた顔になった。
ツィスカはそれを聞いてゆっくりと首を振った。
「……200年以上に渡り鎖国をし、独自の魔法技術を発展させたという氷の大陸。確かにそこでなら、貴殿の奇怪な魔法道具の数々も納得できます。私以外の人間なら」
「……どういう……」
「私、氷の大陸に行ったことがあるんですよ。この国の皇帝は本気で氷の大陸への侵攻を考えている。その斥候として、私は南の海を渡航したわけです」
「おいおい」
アドルノが割って入って来た。
「聞いたことないぞ、ツィスカさん。きみはずっとダンジョンを渡り歩いて暴れ回ってたし、それが落ち着いたら魔法学校の教師もやってた。氷の大陸に行く暇なんて」
「国を離れたのは、ほんの半年ほどです。詳しくは言えませんが、安全かつ迅速に海を渡るツテがありまして。とにかく、私は氷の大陸の現状を知っています。スズシロ殿、貴殿が所有する魔法道具の数々は、氷の大陸にはないものだ」
おれはベータに視線を送った。彼女は、言い訳と嘘のパターンを幾つか用意して送ってきてくれたが、いずれも却下した。
「……言い訳できないようだな。いいだろう、ツィスカ。本当のことを教えてやる。おれは宇宙の彼方からやってきた宇宙人だ。年齢は200歳。こっちは助手のベータで、一秒間に何億回という計算をこなすバケモンだ」
ツィスカはきょとんとした。アドルノもどう反応すべきか分からず、黙った。近くで聞いていたアヌシュカが、顔を真っ赤にして怒り出す。
「スズシロ、真面目な話をしているのに、ふざけるのはよしなさい!」
「その説明で納得できないなら、おれを氷の大陸の住人ってことにしておいてくれ。何か問題あるか?」
ツィスカは笑いながら首を振り、
「スズシロ殿、人は後ろめたい事情があるから嘘をつくものです。そんな人と、危険なダンジョン探索を一緒にこなす覚悟はあるのか、皆さんに問いたかった」
ツィスカの言葉に、近くにいたアドルノはくすりと笑った。
「スズシロにはさんざん世話になった。アヌシュカもきっとスズシロのことを信頼している。でなければ、こんな感情をあらわにして怒ったりしない」
アヌシュカが、さっきとは違った意味で顔を赤くした。他のグリ派の戦士たちは、転移魔法の功績のおかげか、おれに文句がない様子で、誰もツィスカに不満の声をぶつけようとしなかった。
ツィスカが肩をすくめる。
「……野暮だったようですね。失礼しました、スズシロ殿。気を悪くさせてしまったのなら、申し訳ありません」
おそらく偶然だろうが、ツィスカは頭を下げ、おれの故郷で一般的な謝罪方法を体現した。
「いや。はっきり言ってもらって助かった」
「貴殿が何者なのか興味は尽きませんが、今はいいでしょう。アドルノ殿が信用しているのなら、これ以上何も言えません。貴殿にこの背中を預けます」
「ああ。よろしく頼む」
話をしている間に転移魔法での輸送が終わった。地上にいるグリ派の魔法使いから合図があり、転送完了となる。おれはマーカーを回収し、既に先行して第七層を探索しているアンドロイドたちの切り開いた道を辿り始めた。




