集積
闇が凝縮され、霧散し、視界が開けていく。
レーダーが通るようになり、構造が明らかになる。
闇の中で彷徨っていた魔物たちが、動揺から覚める前に、駆除されていく。
アヌシュカの流水魔法がダンジョンの狭い構造の中で猛威を振るう。
アドルノの雷撃魔法が、魔物の心臓の鼓動を的確に止めていく。
ベータが中継器をダンジョンの各所に設置し、通信可能領域を確保している。
おれはそれを利用してアンドロイドの操縦を続行していく。
通信のラグはどうしても発生するが補正をベータが行ってくれる。
おれは感覚をアンドロイドに没入させ、ダンジョン探索を行っていた。
「やはり、そう簡単に奥へは進めないな」
アドルノが言う。彼の魔法は的確で、さすが皇国最強と謳われるだけあった。ただし、素人のおれには、グリゼルディスやイングベルトと比較してどれくらい上の人間なのかは分からなかった。彼の真価を知るには、今のダンジョンの環境はぬる過ぎるのかもしれない。
おれは足を止めたアドルノに近づいた。
「やはり、体がもたないか?」
「ダンジョン探索は大事業だ。普通、ある程度進んだら、転移魔法をサポートする魔法道具を設置する。ダンジョンの中途階層から探索を再開するための装置だが」
転移魔法……。魔法を色々模索して修得したおれたちだったが、まだ転移魔法に関しては全く理解できていなかった。ダンジョンから隊員を帰還させる際に使っていた魔法。おれたちの科学力では再現不可能な奇跡の技だ。
「今回はそれを使わないのか?」
「魔道具を設置するのに最速で10日はかかる。専門のチームがかかりっきりで作業して、だ。今回はそんなものを設置していたら、ダンジョンの中の人間が全員干上がってしまうな」
おれは顎に手を当て、探索の段取りを確かめた。
「となると、物資がもたないか。食料、水、消耗品、装備……。体調不良に陥ったら、深い階層であれば死に直結するしな」
「ああ。だからこそ、全ての階層の魔物を駆逐して少しずつ進んでいくしかない。仮に一つの階層の魔物を一日で潰していけたとして、奥まで行くのに10日はかかる計算になる。ある程度、闇に飲まれたギルドメンバーには自力で帰ってきてもらうしかないわけだが」
おれは少し考えた。アンドロイドを大量に投入する準備を進めているが、はっきり言って解決策にはなりえない。魔物を駆逐するスピードは上がるだろうが、魔物と戦う能力が際立って高いわけでもないし、物資運搬の問題から奥へ進めば進むほどダンジョン攻略速度は緩慢になる。
おれはヒミコとこっそり相談した。ヒミコは幾つか案を出してくれたが、おれには本命の考えがあった。それを話すと彼女は微笑んだ。
「マスター、この期に及んで強欲ですね」
「人聞きの悪いことを言うな。おれはミッション達成に必死なだけさ」
ヒミコと相談して話をまとめ、改めてアドルノに話を持ち掛ける。
「アドルノ、さっき転移魔法をサポートする魔法道具とか言っていたが、それを造ることはできないのか」
「さっきも言ったが、時間がかかり過ぎる。専門のチームを派遣するのにも、こんな不安定な状態のダンジョンには入れさせられない」
「造り方は門外不出なのか?」
アドルノはぴたりと動きを止め、おれを見た。
「……まさか、お前がそれを造る気か?」
「ああ。許されるのなら」
アドルノは平然としているおれを見て、苦笑した。
「……自信がありそうだな。造り方はシンプルだ。ゆえに秘密でも何でもない。要は超巨大な魔力増幅装置だからな」
「魔力増幅装置……」
「転移魔法は、魔法の中でも危険なものでな。転移先に物体があると大爆発を起こす。物体と物体が重なった瞬間、無慈悲な大事故が起きることが知られている。それを転用した攻撃魔法もあるが、それはさておき、安全な運用のためには十分なスペースを確保する必要がある。それに加えて、精度が大事だ」
大爆発。考えてみると起こって然るべきだが、転移先の空気分子と転移者の肉体が重なっても平気なのだろうか。転移先の真空状態を確保しておくべきでは? と思ったが、慣れている彼らに任せたほうがいいだろう。今、考えるべきは……。
「精度ね……」
「狭苦しいダンジョンの中にピンポイントで人間を送り込むわけだ。精度が悪いとダンジョンの岩盤と重ね合わさって、死ぬ。爪先が岩場に少しかすっただけでも、爆発が起きて命はないだろう。特に、ダンジョンが深くなればなるほど判定はシビアになっていく」
おれはそうなったときのことを考え、ぞっとした。大惨事なんてものじゃない。
「ああ……、そうだろうな」
「そこでマーカーが重要になってくる。強力な魔力反応を発信することで、ダンジョンの外からでも、その位置を特定しやすくする。そもそもダンジョンの中は魔力が高密度であるから、発信装置の魔力は尋常ではなく高出力である必要がある。人間では出せない高出力の魔力を装置で出すには、高度な魔法道具の技術が必須になる」
「具体的には、どうすればいい」
「これは初歩的な魔法工学の知識だが、魔力を生み出す特定の構造というのがある」
ここでベータが気を利かせて、紙とペンを差し出した。アドルノは紙の上質さに一瞬手を止め、ペンの滑らかな書き具合、インクをペン先に供給するシンプルで効率的な構造に、目を見開いた。探査船でさんざん設計図を用いてやり取りをしたはずだが、あのときの彼は腕や足を失って余裕がなかったのかもしれない。
「……こういう構造だ」
アドルノは紙に幾つか図面を書いていく。不完全性をテーマにおれたちは幾つかの部材を開発していたが、それと共通するものばかりだった。魔力を生み出し魔法の基となる、魔法素子であった。
「魔法素子をできるだけ細かく、精密に、圧縮して配置すればするほど、濃い魔力を生み出せることが分かっている。材質は正直何でもいい。理想的なのは銀、次いで銅だが、魔物の骨なども良い素材になるだろう」
おれは思わずベータを見て、それからアドルノに勢い良く向き直った。
「ん? ちょっと待て。魔法素子を小さくしても、生み出せる魔力量は変わらないのか」
「重要なのは構造だ。それも小さな空間にできるだけ多くの魔法素子を組み込んだほうが良い」
「ほう……」
おれはベータと顔を見合わせた。これは朗報だった。この手の工作はお手の物だ。おれは早速アドルノが図示した魔法素子の構造を探査船に送った。そして設計図を作ってもらう。
設計図が完成するまでの間、ベータは魔物の骨を調達し、それを破砕して工作に使えるように取り込んだ。おれはアドルノから転移魔法の詳細について尋ねた。
「その、転移魔法というのは、誰でも使えるのか」
「まさか。ギルドの中でも中堅以上の魔法使いでないとまともに扱えない」
「では、アドルノなら余裕か。アヌシュカは?」
「アヌシュカはギルド最上位の魔法使いと遜色ない腕前だよ」
アヌシュカの表情は変わらなかったが、心なしか胸を張ったように見えた。
そうこうしている内に設計図が届いた。魔法素子の何種類かある構造をパズルのように組み合わせ、極限まで無駄なスペースをなくした魔法素子の塊。ベータの原子プリンターが一体化した魔法素子集積体を一瞬の内に製造する。
アドルノの表情がみるみる変わっていった。ベータが完成品を提出する前から、異常を察知したようだった。
「ちょっと……、待て。ベータ、お前、何を持っている?」
アヌシュカも驚いているようだった。ベータが掌の上に乗るほどの小さな魔法素子の塊を差し出すと、アドルノはおそるおそるそれに触れた。
「驚いた……。こんな高密度な魔法素子は見たことがない。これなら転移魔法のマーカーとして機能する」
「うまくいきそうで良かった。アドルノ、提案があるんだが」
「まだ何かあるのか?」
「増援を要請した。アドルノとアヌシュカで、安全に転移魔法を運用して、輸送を手伝って欲しい」
「増援……?」
アドルノはきょとんとしていたが、最終的におれを信頼して、準備を進めてくれるようになった。まずはこの第五層での安全を確保しなければならない。周辺の闇を完全に消し、魔物を駆除して邪魔が入らないようにする。転移魔法の発着場として空間を確保して、仕切りを作った。これだけで半日を要した。
そうこうしている内に、探査船の準備も整ったようだった。外ではちょっとした騒ぎになったそうだが、探査船が空を飛びダンジョン近くに着陸したようだ。その様子を見物したい気持ちもあったが仕方ない。
地上でアルファが、同じ魔法素子の塊を製造し、マーカーを作ってみたようだ。転移魔法の発着場を用意し、こちらと同じように安全を確保する。おれは地上のアルファと通信し、転移魔法の開始を合図する。
まず地上にアドルノが転移した。地上には探査船が待機し、そこから百体以上のアンドロイド軍団が出てくる。おれたちはマーカーから十分に離れた。アヌシュカは不安そうな顔で様子を見守っている。
そしてそれは現れた。ギルドの人間と似た武器や防具で武装したアンドロイドが、ダンジョン第五層の地に降り立つ。速やかにその場を離れ、次のアンドロイドの為のスペースを空ける。
安全に配慮し、一分に二体。次々にアンドロイドが送り込まれていく。それぞれが食料や水などの物資も携えていた。マーカーから離れた位置に物資がどんどん積み上げられていく。
約一時間ほどかけて、100体以上のアンドロイドがダンジョン第五層に送り込まれた。既に彼らは魔物の駆除に当たっていた。最後に、アドルノが再び登場し、急に賑やかになったダンジョンの中を見渡す。
「……本当に不思議な奴だな、スズシロ。こんな増援をいったいどこで調達した」
「傭兵だよ。ツテがあってな。マーカーは小型だから持ち運びできるし、なんならまた作ることもできるし、階層を進むごとに改めて転移場所を用意すれば、物資の心配はしなくて済むな」
「ああ……。もしかすると数日以内には第17層まで行けるかもしれないな。グリ派にも連絡して、効率的に探索を続けて行こう」
おれたちのダンジョン探索の準備はこうして本格的に整った。大量のアンドロイドで闇を払い魔物を駆逐し、転移魔法を併用して安定した探索を続けていく。経験が必要な部分はアドルノ、アヌシュカ、グリ派の人間がサポートしてくれる。また、アンドロイドたちは電波の中継も行ってくれるので、高密度な通信網が構築され、おれはリアルタイムで現在探索中のダンジョンの様子を把握することができた。
おれたちは探索再会から一時間後には、第六層への封印を発見することができた。既に封印は破られていて、恐らくは魔王リーゴスが浅い階層まで出てくる途中で打ち破ったのだと思われた。第六層への門を発見したときには既に、ほとんど第五層の制圧が完了していて、おれたちは速やかに先へ進むことができた。




