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第五層


「こほん」


 正気に返ったアヌシュカが咳払いをする。おれもベータも彼女をからかったりはしていないのに、弱みを握られたとばかりにおれたちを睨んできた。

 おれはいったん少女を無視してアドルノに更に近づいた。


「他のモル派の戦士や、グリゼルディスたちの行方は知らないか?」


 アドルノはアヌシュカから受け取った携帯食料を頬張りながら、首を振った。


「更に奥にいる。グリゼルディスとは昔からの仲でな、気配がなんとなく探れるんだが……。かなり奥にいるな」


 アドルノはダンジョンの奥を指差して言った。第五層以降はまだ攻略が進んでいない。構造もよく分かっておらず、闇を晴らしていっても未踏の区域。まだ見ぬ魔物も潜んでいるかもしれない。


「そうか。だが、少しずつ闇を晴らして進んでいくしかないだろうな」


 おれはそう応じたが、アドルノは思うところがあるようだった。


「……今、この場にお前らしかいないから言うが……。おれはこのダンジョンを、魔族の住まい、食糧庫として活用するつもりだった。アドルノ派が探索権を勝ち取って、他の派閥が手を出せないようにすれば、かなり長期間魔族の住居として機能するだろうと期待したわけだ」


 おれはアヌシュカのほうを見た。少女は小さく頷いた。


「ああ。アヌシュカから聞いているよ」

「おれは、まだそれを諦めていない。それを伝えておきたくてな」


 アヌシュカから話を聞いたときとは状況がまるで違う。本当に可能なのかおれには疑問だった。


「だが、グリゼルディスたちを救出する過程で、ダンジョンの大半を攻略することになりかねないぞ。魔物の大半を狩り尽くすことになるかも」

「それならそれで構わない。スズシロ、お前には言ってもいいだろう。魔物の養殖について」


 アドルノから信頼されているのか、それとも変人過ぎて逆に何でも言える奴だと思われているのか。いずれにせよ隠し事もなく言ってもらえるのはありがたい。


「魔物の養殖……。そもそも魔物ってのは、古代に存在した“魔”とやらが時間をかけて実体化したものだろう。殖やすことは可能なのか」


 アドルノは食事を終え、口元を指で拭った。そして生徒相手に講義するかのような口調で、


「可能な種もある。自己増殖するタイプ、それから普通に交配して殖えるタイプ。ただしいずれも管理が難しく、ダンジョンを完全に制圧し、他の人間が立ち入れないようにしないと、環境が整わないだろう。通常、ダンジョンは攻略が済んだら封鎖されるので、魔族のいっときの住居にするにしろ、魔物を養殖するにしろ、アドルノ派がこのダンジョン探索のイニシアチブを握らないとダメだな」


 魔物を家畜と同じように扱い管理する……。おれは魔物の生態をよく理解していないから何とも思わないが、この世界の住民には理解されにくいことだろう。


「だからあんたはそんなに功を焦っているのか。他のアドルノ派のメンバーの協力は得られないのか」


 アドルノは肩を竦めた。


「アドルノ派の人間は私が魔族を保護していることなんて知らないさ。協力なんて得られない」

「アドルノ派はギルドの最大派閥だと聞いたぞ。トップがそんな感じでも、ついてくる奴は大勢いるんだな」


 おれの言葉にアヌシュカがむっ、と睨みをきかせてきた。アドルノはふふふと笑う。


「ふっ、確かに、魔族を保護することに全力で、ギルドの仕事は適当にこなしているが……。この緩い感じが良いという奴が多いんじゃないか? それと、ダンジョンの探索権を積極的に奪取して回っているから、ギルドにおける功績も自然と多くなったし、政争での立ち回りも上手くなった。このあたりが原因かな」


 アヌシュカがおれを押しのけてアドルノから遠ざけた。


「――アドルノ様が最強の魔法使いだから、に決まっているでしょ!」


 そういう愛弟子をアドルノは苦笑して見ていた。


「別に私はそんな主張をした覚えはないんだが。大陸最強の魔法使い、なんて吹聴する奴が多くいるんだ。困ってしまうな」


 アドルノはそう言いながら食事を続けていた。そして水を少量口に含むと、やつれて萎んで見えた体が、一気に膨らんで見えた気がした。

 アヌシュカはアドルノに休むように言ったが、彼はダンジョンの奥へ進むことを決めているようだった。


「正直、この闇には辟易していたから、スズシロには感謝している。これで先に進める」


 やはりアドルノは活力に満ちている。腕一本、足一本を失ってもなお、ダンジョンという場所に恐怖心を抱いていない。


「……カスパルがまだダンジョンの中にいる、と言っていたな。確かなのか」

「気配がする。さっきグリゼルディスの気配がする、と言ったが、カスパルの気配はそれ以上に強く感じる。間違いない」

「そうか……」


 おれはアドルノが適当なことを言っているとは思えなかった。しかしカスパルがダンジョンから脱出したのを見たのも事実。あれからダンジョンの中に舞い戻ったとも考えにくい。


 現実的に考えられる可能性は三つある。アドルノの勘違い。

 二つ目は、カスパルによく似た何かの気配を、アドルノがキャッチしている。

 最後に、おれが見たカスパルは別の誰かで、本人はまだダンジョンの中にいる。


 いずれにせよダンジョンの奥へ行くことは変わらない。アドルノが一緒に来てくれるのなら、探索速度は増すだろう。望ましい展開だが……。


「アドルノにも、闇を晴らす銃を渡しておく。弾を装填して、ロックを外し、引き金を引くだけだ。一発撃つと自動でロックがかかるようになっている。弾はベータがその都度作るから、その材料となるイビルホークは焼却したり切り刻んだりせずに、綺麗に殺してくれ」


 アドルノは銃を受け取った。そして第五層を埋め尽くす闇に向かって撃った。闇の塊が一気に収縮し、視界が開ける。アドルノは感嘆の声を上げた。


「原理を聞かせてもらってもいいか? 着弾地点で魔法反応が感じられたが」


 それを聞いたベータが驚く。


「闇越しでそれを感知するとは、凄まじいですね。魔法の説明は難しいのですが、イビルホークの体液に含まれる魔力阻害因子を凝縮して弾に込め、とある魔法を使って拡散させます」


 どこか嬉しそうにベータが説明する。おれ相手以外にこういう話ができることが新鮮なのかもしれない。


「魔力阻害因子?」

「魔力への抵抗力の源です。イビルホークが持つその能力が際立っていたので着目したのです」


 アドルノは腕組みをして考え込んだ。


「ほうほう、魔物の肉や骨、体液を魔法道具に用いるのは定番だが、そのような用法は聞いたことがないな。参考にするよ」


 おれとベータ、アヌシュカにアドルノを加えた一行は、第五層へと足を踏み入れた。第四層での魔物退治はグリ派が奮戦している。探査船ではアンドロイドの調整と出撃準備を進めている。探索速度をどれだけ上げられるかは、この第五層での探索をどれだけ迅速に進められるかで大体分かるだろう。


 まずは第五層の闇を晴らしていく。おれたちは闇を晴らす弾を撃ちまくりながら、この闇を展開した魔王リーゴスの意図を考えていた。ギルドの主戦力を閉じ込めたのに、自らは最前線に出て来た。カスパルは戦いには参加せず、ダンジョンの外に脱出した。ユリアとシーナは魔王に支配されていた節があるのにカスパルだけはそうではなかった。

 やはり違和感がある。この先にカスパルがいると聞かされても、どこか納得感があるのはそういう理由からだろうか。このダンジョンがどれだけ長く続くのか分からないが、真相を知ることになるのは随分先になる。おれはこのときはそう思っていた。

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