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弾丸



 闇の塊の分離方法は分かった。分離すなわち闇の除去と見ることもできるが、目的はその性質を正しく探ることだ。

 各種魔法をぶつけて闇を分離させることに成功したが、これはいわば強引な手法であり、高次方程式を公式に当てはめてムリヤリ解くようなものだ。機械的に公式に項を当てはめていけば方程式の解は得られるが、うまく因数分解をしてやったり式を工夫して変形させれば、煩雑な計算はしなくて済むかもしれない。それと同じこと。

 つまりもっと楽な分離方法、除去方法があるかもしれない。その鍵となるのが魔王リーゴスの血だった。この血が闇を発生させるのに何らかの役割を負っているのだとすれば、その働きを弱めてやれば、この闇の空間は一気に瓦解するのではないか。おれはそう考えた。


 分離した魔王リーゴスの血で様々な実験を行っていく。ここでもシミュレーション技術は役に立った。化学的・魔法的振る舞いを完璧に予測するコンピュータが仮想空間上で一秒間で何億回という実験を試行する。その結果、とある魔物の体液をとある魔法で拡散させ、ばらまけば、闇を効率的に排除できるという結論が出た。その魔物の体液とは、レダの村を襲ったイビルホークだった。


 なにかと縁のある魔物だ。アヌシュカの話によれば、カスパルがイビルホークを使役し、レダの村を襲わせた。そのことをアヌシュカは気にしているようだったが、ダンジョン攻略にこの魔物の体液が役立つとは。事前にイビルホークと出会っていなければこの結論に達することはできなかったわけで、これに関しては僥倖だったと言える。


「イビルホークが持つ耐魔力能力、いわば免疫のようなもので、これは肉体や血液を汚染しようとする魔力に抗う能力です。この世界に存在する生物は、多かれ少なかれ魔力に対する免疫を持っています。それは原始的な微生物においてすら同様で、そこから魔力が細胞を変容させるのを防ぐ酵素系を発見しました。常に強力な魔力に晒されている魔物となると、複雑な免疫系を構築するようになり、病原菌に対する免疫と似たようなシステムも見られます」


 ベータが解説してくれる。熱心に魔物の死骸を調べた甲斐があった。


「免疫ね……。魔物のサンプルはそれほど多くない。イビルホーク以外にも役立つ能力を持った魔物がいるかもしれないな」

「ええ。ダンジョン内にいた魔物は、死骸が見つかったらこっそり一部の血液や組織を採取していたので、四十種類くらいのデータが揃っています。その中でもイビルホークの体液は魔力に対する抵抗が強く、魔力の濃いダンジョンと魔力の薄い地上を頻繁に行き来する習性から、このような能力を得たのかもしれません」


 おれはベータの言葉が持つ意味を考えた。


「ふむ?」

「調べて分かったのですが、魔力に対する抵抗力があまりに強いと生命活動に支障が出るようです。この世界の生き物は細胞レベルで魔力の存在が前提ですから、その魔力の働きを阻害するとなると、状況によっては毒のように悪さをするようです。そしてもちろん、魔法の使用にも悪影響が出ます」


 その点も、病原体に対する免疫機能と似ている。おれはそういう感想を抱いた。


「良いことばかりでもないわけだ」

「通常の鳥類で言うところの気嚢……、人間の肺にあたる部分ですが、ここで魔力の濃い場所、薄い場所に応じて魔力阻害因子を発生させ全身に行き渡らせたり不活性化させたりするようです。詳しくはじっくり解剖してみないと分かりませんが、とにかく、イビルホークの体液が鍵です。要は闇にイビルホークの魔力阻害因子を最大活性化させた状態でばらまくことができれば、闇を晴らせるのではないかと」


 おれはダンジョンの第四層でイビルホークの姿を見ていた。つまりここだ。ここを探索すればイビルホークの体液は調達できるかもしれない。


「グリ派の連中に協力してもらおう。イビルホークの体液はどれだけあればいいんだ?」

「あればあるだけ……。魔力阻害因子の抽出を行うべきか、それとも体液をそのままばらまくべきか、検証もしたいです」

「分かった。効率的にいこうじゃないか」


 おれは周辺の魔物退治に精を出していたヴァレンティーネに声をかけて、イビルホークの死骸をそのまま持ってくるように伝えた。既に二体ほど討伐していたようで、死骸の山から引っ張り出してきてくれた。

 おれはそれを持ってベータに渡した。アヌシュカは闇の分離方法に慣れたようで、大きな塊の闇をベータに献上したところだった。ベータは早速、イビルホークの体液に何らかの魔法を放ち、魔力阻害因子を活性化させ、闇の中でばらまいた。


 すると闇の塊がみるみる収縮していった。その効果は覿面で、闇の塊を持っていたアヌシュカがひっくり返るほどの激しい変化だった。


「うわ! 何かするのなら言ってよ!」

「すまん。しかしこれで闇を晴らす方法が分かったな」


 おれは一安心だった。あとはこれを効率的に散布する方法を考案するだけ。これこそシミュレーション技術が役に立つ。魔法物質の分子構造の解析なんかと比べたら、遥かに簡単な計算だった。


 グリ派の戦士たちがヴァレンティーネの号令のもと、イビルホークの死骸を次々に届けてくれた。10体以上。ベータはそこから魔力阻害因子を抽出し、弾丸に込めた。即席で専用の銃を作製し、おれにそれを渡した。


「物騒なフォルムだな」

「闇を効率的に晴らす道具です。できるだけ遠くを狙って撃ってください」

「広い空間でないと効果的じゃない気もするが」


 おれは試しに一発、闇に向かって撃った。ゴォンという鈍い音と共に弾丸が発射される。遠くで小さな破裂音がし、次の瞬間、闇の塊が音もなくダンジョンの奥へ引っ込んでいった。

 縮んでいる。着弾地点を中心に、闇がしぼみ、消えていく。一気に視界が広くなり、闇に紛れていた魔物の姿があらわになった。しかし魔物も魔物で、闇の中では感覚が冴えないらしく、動きが鈍かった。闇が晴れてようやく活発に動き始める。効果範囲は半径数百メートルといったところか。

 名も知らないギルドメンバーたちが感嘆している。


「これは……。凄い! なんということだ。初見の魔法に対抗する術をこの場で練り上げてしまうとは」

「イビルホークの死体があれば、量産できるのか。積極的に狩っていこう」

「これでグリゼルディス様を救えるぞ!」


 ベータは銃を量産し、ギルドメンバーたちにそれぞれ渡した。ヴァレンティーネは銃の扱い方が分からない、と困惑したが(この世界にも銃に似た道具はあるようだが一般的ではないらしい)、強引に持たせた。


「万が一、人に当てても軽傷で済む。そう危ないものじゃない」

「は、はい……。分かりました。でもできれば他の人に撃ってもらいます」


 こうしておれたちは一気に闇を晴らしていった。第四層全域を制圧したいところだったが、闇がなくとも迷宮構造のおかげで攻略が困難な区域だ。グリ派の戦士たちだけでは全く人員が足りなかった。

 おれとベータ、アヌシュカはどんどん先に進んでいくことにしたが、グリ派で正攻法で第四層の魔物全てを駆除してから先に進むことにしたようだ。強引に進めば行きは良くとも帰りが難しくなる。帰還魔法も、闇を晴らせば有効になるかどうかは分からない。そもそも闇が発生してからかなりの時間が経過しており、今更急行しても、被害を増やすだけだという冷静な判断だった。


 ただしおれはゆっくりしているつもりはなかった。おれには手段があった。これを実行するかどうか悩んでいたが、ヒミコがイフィリオス人に違和感なく溶け込んでいるという事実が、後押しした。


「……アルファ、聞こえるか」

《なんでしょう》

「探査船の地下にあるアンドロイドを、ダンジョン探索に回せないだろうか。今、100体くらいいるだろう」


 しばしの沈黙。思考しているというより、アンドロイドの各状況を点検しているのか。


《地下での実験に適した状態になっています。外界での作業に対応するには調整時間を必要としますし、それぞれに顔や身体的特徴を付与する必要もあります。別に人形であることがばれても構わないというのなら、短時間でダンジョンに送り込めますが……》


 さすがに人間に擬態させたい。この世界の人間に、おれの技術力が脅威だと思われたくない。


「おれが雇った傭兵団ということにしてダンジョンに送り込みたい。可能であれば増産して、物量作戦でダンジョンを攻略したいと思うんだが、どう思う」

《……最終手段ですね。このような混沌とした状況でないと無茶な話です》


 確かに、物量で解決するのは気が引けた。おれは本気になればこの星をアンドロイドの軍勢で制圧できるだろう。自己増殖能を持った戦闘兵器を設計しこの星に放つことだってできる。もちろんそんなことはしないし、平和的に彼らと交流したい。しかし彼らがおれの持つ能力に気づいてしまったとき、どんな軋轢が生まれるか……。あまり良い展開は期待できない。


「ああ。最終手段に近い。だが、必要なことなんだ。できるだけ早く頼む。おれたちだけで突出してどんどんダンジョンを進んでもいいんだが、さすがに第17層まで行くとなると、アヌシュカが心配だ。かと言って、アヌシュカがいないと探索も心許ないしな」

《了解です。いちいちアンドロイドをダンジョンまで輸送するのは非効率なので、探査船をダンジョン近くまで移動させてもよろしいでしょうか》


 かなり大胆な提案だった。大量のアンドロイドを送り込むなら、もう目立たないように振る舞っても無駄だということだろう。


「準備はできているのか?」

《はい。電力の備蓄も十分です。それに加え、いざとなったら地熱発電所から探査船まで電力供給できる、レーザーによる電力輸送システムを構築しました》

「ケーブルをつなげるのではダメなのか?」

《あくまで緊急用の措置なので。おそらく使いません》

「まあ、いい。それでは諸々頼む。おれたちは第五層までの道を切り開き、その後グリ派とも相談して今後の予定を立てる」


 おれは魔法阻害因子が込められた弾を撃ち、闇を晴らしながらどんどん進んでいった。現れた魔物はアヌシュカが問題なく排除してくれるし、おれやベータが銃で撃ち殺すこともあった。弾丸はダンジョン内に鉱石を加工すれば現地調達可能で、火薬は魔法を併用すれば極めて少なく済む。出し惜しみする必要はなかった。


 やがて第四層の終わり、第五層への封印の門に辿り着いた。破られた封印は、当然の話だが真新しく、一応サンプルとして破片を持ち帰ることにした。

 闇が晴れたばかりの門のふちに腰かける男がいた。すっかりやつれ、生気を失っている。周辺にはその男が排除したと思われる魔物の死骸が転がっている。


 アドルノだった。義手と義足を与えた途端ダンジョンに挑んだ無茶な男。アヌシュカが歓声を上げてアドルノに向かって走り出した。

 アドルノは闇が晴れたことにも反応が鈍く、アヌシュカが抱き着いてきて初めて状況を理解したようだった。少女の背中をぽんぽんと叩きながら、アドルノは立ち上がった。


「おっと……。スズシロ。まさかこの闇を晴らす方法を見つけたのは……」


 アドルノは力なく笑った。絶食していたのか、やつれている。唇が罅割れ、カサカサだった。


「ああ、闇を晴らしたのはおれのチームだ。しかしアドルノ、怪我はないようだが……」

「こう見えて、元気だよ。脱出自体はいつでもできそうだったが、カスパルを見つけないとな。あいつを見捨てるわけにはいかない」

「カスパルなら、既にダンジョンを脱出したよ。ユリアとシーナもそうだ」


 おれの言葉にアドルノは首を振った。


「ユリアとシーナが脱出したのは知ってる。だがカスパルはまだこのダンジョンにいる。気配で分かるんだ」

「え?」


 アドルノの自信に満ちた言葉に、おれもベータもきょとんとした。間違いなくカスパルはダンジョンを脱した。ダンジョンの外で魔物を捕食した彼の姿を見ている。映像記録として証拠が残っているので確実だ。

 だが……。おれはカスパルの行動に違和感を抱いていた。その違和感を解く鍵がアドルノの言葉にある。そう直感して、彼の言葉をこれ以上否定する気になれなかった。アドルノの首からぶら下がって離れようとしないアヌシュカも、別の理由で彼の言葉をいちいち否定する気にならなかったようだ。しばらく彼女はおれやベータの視線があることも忘れて、師匠に全身全霊で甘えていた。



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