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救出


 おれとアヌシュカ、ヒミコのベータは穴を下っていった。間もなくダンジョンの第二層に到達し、降り立った。 ヒミコの索敵によれば、第一層の入り口付近に五人のギルドメンバーがいるらしい。入口が塞がって立ち往生しているのだろう。もしかするとダンジョンの外とも口頭で意思疎通ができているのかもしれない。

 しかし魔物の数が多かった。おれたちの前にも出てきて、アヌシュカが魔法で速やかに討伐してくれたが、騒ぎを聞きつけて魔物が集まってくるおかげで、きりがなかった。


「とりあえず、捕捉できた五名のギルドメンバーを脱出させよう」


 おれたちはダンジョンの第一層に向かう。それと同時に、ギルドに第二の入り口があることを知らせることにした。問題なくダンジョンに侵入できるか若干の心配があったので黙っていたが、救出作業を行うならギルドとも連携が取れたほうがいいだろう。闇が晴れている場所なら自由に行動できることも分かった。


 第二層、第一層の構造は完璧に把握していたので、迷うことなく進むことができた。魔物の駆除も問題ない。アヌシュカの魔族の匂いが、徐々に魔物を遠ざけつつあった。アヌシュカは魔物を寄せ付けない術を会得しているらしいが、魔物の密度が高かったので、遠ざけるにも限度がある。度々戦闘になった。


 アヌシュカは魔物の捕食はしなかった。おれたちの前で食事をするのが恥ずかしいのかもしれない。魔物の死骸を脇にどけ、どんどん進んでいく。


「腹、減ってないのか。滅多に食べられないんだろ」


 おれが言うとアヌシュカは睨みつけてきた。


「バカにしてるの。魔物を貪り食らう様を見物したいってこと?」

「いや。気を悪くしたのならすまなかった。ただ、おれとベータは魔物を食らうという行為にさほど偏見はないってことを伝えておきたかった」

「……異国だからって、そんなわけないでしょう。あなたの国にも魔物はいたでしょ?」

「いや。見かけたことがなかったな」


 おれの言葉にアヌシュカは鼻で笑った。


「そう。平和な国だね。でも、魔族が行ったら飢え死にするから旅行は無理そう」

「……魔族は魔物を食べるしかない。この間おれは、魔王を全て倒して魔族の呪いを解くべきだと言ったが、呪いを解く方法が見つかる保障もない。もしかすると、魔王を全て倒して魔物を根絶させてしまうと、困るのは魔族のほうかもしれないな」


 アヌシュカは不機嫌そうに咳払いし、それからおれを見下すような視線を向けてきた。


「ふん。そんなことも考え付いてなかったの? でも安心して。そんなことは不可能だから」

「だが、こうして、魔王リーゴスは討伐できたぞ」

「他の魔王はもっと強力かもしれないし、他のダンジョンはもっと深くて険しいかもしれない。それにいったいどれだけ魔王がいるのか……。見当もつかないわ」


 ここで少し不安そうになった彼女を見て、おれはすぐに言った。


「新しく魔王がこの瞬間も生まれているならともかく、いずれは達成できることだと思うがな」

「あなた楽観的よね。見た目にそぐわず」

「おれの人生、なんとかなってきたことのほうが圧倒的に多いからな。挫折を知らないのかもしれん」

「羨ましい。……皮肉じゃなくてね」


 おれたちは間もなく第一層に到達し、そして入り口付近で魔物と交戦しているギルドメンバーを発見した。入り口付近の隘路に逃げ込み、二人の戦士が必死に魔物の軍勢と戦っている。三人の男女が地に伏しており、全滅寸前だった。


「ベータ!」


 ヒミコが精密射撃で魔物の頭部や急所を一発で射貫いていく。魔物の数が一気に半減した。そこにアヌシュカの水魔法が炸裂し、魔物たちを転倒させ、押し流した。

 おれはギルドメンバーたちが当惑しているのを見てこちらに誘導した。


「こっちに出口がある! 来い!」


 ギルドメンバーは仲間を支えながらこちらによろよろと近づいてきた。おれはダンジョンの入り口に走った。そこには闇の魔法の塊が鎮座しており、近づけなかった。不用意に近づこうとすれば吸い込まれて圧し潰されるだろう。


「おい! だれか聞こえるか!? 外に誰かいないか!?」


 おれの言葉に、若い女性の声が反応した。ヴァレンティーネだった。


「――その声、もしかしてスズシロさんですか?」

「ああ、そうだ。ヴァレンティーネ、ダンジョンの入り口が別にあるから、そちらに回ってくれ。ギルドメンバーを一旦五名保護したので受け取って欲しい」

「別の入り口……!? そんなものが」

「プローブ……、おれの魔法道具が誘導するからついていってくれ」


 飛行するプローブ機がヴァレンティーネたちの前に現れ、思わせぶりな軌道を繰り返した。ヴァレンティーネは頷いたようだ。


「わ、分かりました」


 おれは入り口から離れ、そして、走り出した。五名のギルドメンバーが必死に走り出している。その援護に回る。魔物はアヌシュカの牽制で逃げ腰になっていたが、目の前にいる人間を諦めて逃げるのは嫌なのか、遠巻きにおれたちを見ていた。


「しんがりは任せて」


 アヌシュカが構えながら言った。おれは頷き、ヒミコと共に今来た道を逆走した。歩行すら困難なのが二名いたので、おれとヒミコでそれぞれ背負った。二人とも大柄な男だったので、中肉中背のおれと、華奢に見えるヒミコが軽々と背負ったのを見て、他のギルドメンバーは驚いていた。


 おれたちはそのまま、第二層にあるダンジョンのもう一つの入り口に向かった。通ってきたばかりの道なので魔物はほぼいなかった。追ってくる魔物もアヌシュカの牽制で足が鈍っていた。照明を足しながら一行は進み、そして入り口に着いた。ダンジョン突入から一時間も経っていなかった。


「ベータ、頼む」


 ヒミコが真っ先に頭上の穴に跳び、ギルドメンバーたちを引き上げていった。その怪力に一同は感心しつつ、迅速に脱出を図っていった。

 ヒミコがギルドメンバー五名を地上まで誘導していった。残ったのはおれとアヌシュカだけで、周囲の魔物を警戒したが襲ってくる気配はなかった。


「ギルドの増援がこの穴から入ってくると思う。そうすれば第三層までの魔物は一掃されるだろう」

「そうね……。でも、アドルノ様たちは第何層にいるのかしら。ロートラウトさんは第17層から連絡を寄越したんだっけ?」


 魔王リーゴスが発生させた闇の効果か、あっという間にロートラウトたちはダンジョンの奥まで引きずり込まれてしまった。今もかなり深い場所を彷徨っているだろう。帰還魔法もうまく発動できていないようだ。


「そうらしいな。そこまで徐々に探索していくには、何日かかるか……」


 ヒミコが間もなく帰ってきた。穴からすっと下りて来た彼女の身軽な振る舞いに、アヌシュカは呆れたような顔になった。


「……ベータなら、魔法があまり使えなくても、ダンジョンの一番奥まで難なく行けるかもね」

「闇とやらがなければ、そうかもな。とりあえずその闇というのが具体的にどんなものなのか、見に行くか。ベータ、お前は既に体験済みだろうが」


 ヒミコは頷いた。


「ええ。しかし、今は探査船のメインコンピュータとアクセスできる状況ですから、状況が違います」

「探査船の量子コンピュータなら、複雑なシミュレーションはお手の物だからな。その闇の正体も突き止められるかもしれん」


 耐久性、それから通常の人工知能とアンドロイドの制御面において、量子コンピュータはそれほど役に立つわけではない。しかし計算量が膨大になるシミュレーション作業は、量子コンピュータの得意分野だ。限られた資源で造られたベータは、その計算能力も限定的であり、闇の解析が満足に進まなかった。量子コンピュータなら話が違ってくるかもしれない。


 おれたち三人はダンジョンの奥へ進むことにした。第三層、第四層へと進んでいく。第四層の迷路構造は健在であり厄介だったが、それだけに闇の異様さが分かった。


 それは迷宮に下りた帳のようだった。ある地点を境に、黒い幕が空間を遮断している。


「……あれが闇か」

「ええ」

「電波を通さないなら、あれ以上進めばおれは自分の体を制御できなくなるな」

「はい。何か方法を考えませんと……」

「ということは、ここで闇の正体について調べる必要があるな。闇、闇と言っているが、何らかの物質であることは確かだろう」

「私もそう思います」


 おれとヒミコはアヌシュカに分からないように日本語で口早に話した。都合の悪いことは大体日本語のまま意思疎通している。しかしおかげでアヌシュカは怪訝そうな顔になった。


「なんというか……。前から思ってたけど、あなたたちの国では奇妙な言語を使うのね。全く聞いたことのない言葉だわ。で、何をこそこそ相談してたの?」

「ああ……、これ以上進まず、一旦この闇を解析する。時間経過で徐々に晴れているようだが、一気に晴らす方法を突き止めたい」


 アヌシュカは闇の中にいったん入り、それからすぐに出て来た。


「……なるほど、確かに厄介そうね。同意せざるを得ないか……。でもアテはあるの?」

「分からない。やるしかないな」


 おれは正直に言った。アヌシュカはそれを好ましく思ったのか、協力するわと言って、ちぎった闇を投げてきた。おれはそれを受け止めようとしたがそれすらできず、おれの手をすり抜け、闇の塊はぼんやりと空気に拡散していった。


「ちゃんと受け止めないと。せっかくちぎったのに」


 どうやらこの闇は、想像通り、魔法物質のようだ。普通の物質と同じようには扱えない。しかし、ヒミコのガンマが聖印化している今、恐れることはない。おれの士気は上がっていた。



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