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再突入



 ギルドは三派閥の長を一時的に失った。特にモル派は、頭領モル、最大戦功者ベルギウス、頭領の右腕ロートラウトといった優秀な人材がダンジョンに飲み込まれたままだ。

 グリ派の現場指揮はリヒャルトが執る。また、アドルノ派はまともな戦力をリーゴスのダンジョンに差し向けていなかったので、代理となる人材がいないわけではなかった。

 モル派の残された面々は、大半が負傷していたし、戦意を喪失していた。地上に湧き出た魔物の駆除には尽力したものの、ダンジョンに再突入する気概は失われているようだった。


 ダンジョンの中で何が起こったのか……。突如として闇が出現し、照明も索敵も電波も何も通さない状態になったらしいが、これが魔王の仕業だったとしたら、今はその闇も晴れているのだろうか? 

 だとしたら、もう出口に向かって移動している最中かもしれない。あの入り口を塞いでいる闇の塊が邪魔で出れていないだけかもしれない。


 おれは、小屋に到着したベータにレーダー探索をするように命じた。ベータのレーダーはダンジョン浅層の状況を克明に映し出した。


「その、闇とやらは晴れているか?」


 おれは期待と共に尋ねたが、ベータの表情は浮かないものだった。


「第三層あたりまでの闇はなくなっており、徐々に引いているようです。しかし、奥にいけばいくほど、まだ闇は残っているようですね」

「その闇を生み出していたのは魔王ということで合ってるか?」

「おそらくは」

「探知できた範囲で、ギルドの人間は見つかったか?」


 ベータは索敵マップ上で発見した生命反応の内、五つをピックアップした。


「五名ほど。ただし魔物も多く残っています」

「よし……、入り口を再開通させるか」


 おれは決断した。ベータが早速準備を始める。

 ベータが小屋の地下に隠していた掘削機を引っ張り出す。最初にここに穴を開けたときは、硬い岩盤も打ち砕く必要があったため重装備だったが、今回は埋め直した土を掘り返すだけなので、いくらか軽装備で済む。ベータは腕まくりをして穴を掘り始めた。

 掘削した土を運搬する小型ロボットがそこらじゅうを走り回り、掘った土をばらまいて地面を均していく。それを窓から眺める魔族三人娘はぽかんとしていた。


「なにあれ、スズシロの魔法道具?」

「まあな」

「スズシロの国ではあんなのが普通なの?」

「普通ではない。ヒミコの発明品だからな」


 おれは適当なことを言いながら、作業が終わるのを待った。その間、アヌシュカは別として、ユリアとシーナの今後の振る舞いを考えなければならなかった。


「アドルノが帰ってくるまで、どうするつもりだ。そもそも魔族ってのは普段どこに潜んでいるものなんだ? ダンジョンか?」


 ユリアは不機嫌そうな顔になる。


「普通は、ダンジョンの中になんて住めるもんじゃない。食料はあっても、水もなければ住まいもない。服もすぐずたぼろになる。アドルノ様の庇護がなければ、私たち魔族に居場所なんてないんだよ」

「そうか……。じゃあ、一緒にアドルノを探しに行くか?」


 ユリアはシーナのほうを見た。シーナは部屋の隅でうずくまっていた。ユリアは仕方なくといった風に答える。


「……アドルノ様に私なんかの助けが必要になるとは思えない。あの人に無理なら、私にも無理」

「そうか」

「どうせあんたは、アドルノ様だけじゃなくて、他のギルドメンバーの救出に動くんだろ。それを手伝わされるなんて御免だ」

「そう、だな……」

「ここでシーナと一緒に待つ。気にしないで」


 おれは小屋の外に出て掘削作業を見守った。幸い、ギルドの人間が再び訪れることはなかった。

 半日ほどで穴を掘り終わった。土まみれのベータが穴から現れると、アヌシュカが水魔法で全身を洗い流してくれた。その繊細な魔法のコントロールに、魔法を戦闘だけではない、日常で役立てているのだと窺い知ることができた。


「ダンジョンに潜るの?」


 アヌシュカが水魔法を発動しながら言う。どこからともなく適量の水が降ってくるさまは、なかなか奇妙だった。


「ああ。お前も来るか、アヌシュカ」

「当然。アドルノ様はここのダンジョンをアドルノ派の攻略対象にすることで、魔族の居場所を作ろうとしてくれている。こんな状況になっても、おそらくそれを諦めてない。魔族代表として行かないと」

「そう気負うなよ。……なあアヌシュカ」


 アヌシュカは足元にできる水たまりを避けながらおれに視線を向けた。


「なに」

「カスパルは、何を考えていると思う」

「さあ。あいつは人一倍人間を憎んでる。もしかしたら集落でも襲うつもりなのかもね」

「一応、カスパルの件はギルドに報告した。おれを恨むか?」


 不服とばかりにアヌシュカはおれを睨んだ。そしてすぐに俯く。


「いや……。今言ったけど、人を襲うかもしれない。当然の対応だと思うよ」

「そうか」

「というか、カスパルはダンジョンから去ったわけで、今そんなことを気にしても仕方ないでしょ」


 アヌシュカは話題を変えたがっていた。カスパルのことは仲間だと思っているはずだが、アドルノの庇護下でも過激な思想が消えることのなかった彼を、厄介に思っているのも確かだった。


「おれはそうは思わないな。嫌な予感がするんだ。カスパルがダンジョンから去っても、あいつがこれから起こることと無関係とは思えない」

「えっと……、どういう意味?」

「魔王と連動する形でカスパルはダンジョンの外に出た。もしあいつが純然たる魔王の下僕だったなら、ギルドの人間と一戦交えたはずだろう。しかしそうしなかった。だからこそギルドの人間に擬態し、逃走できた」


 アヌシュカは首を傾げた。


「つまり……、あいつ、こういう状況になることを予測してたってこと?」

「あるいは、こうなるようにあいつが誘導した」


 おれの思わせぶりな言葉に、アヌシュカは苛立ったように両手を上げた。水魔法の水量がやや多くなり、ベータが滝に打たれる修行僧のようになる。


「うーん……、スズシロが何を言いたいのか分からない」

「魔王リーゴスの立場に立ってみると、あいつはダンジョンの中を闇で満たして、ギルドの連中を惑わすことに成功した。それなのにわざわざダンジョンの外に出て来た。おかしいと思わないか?」

「どうかな? 闇にアドルノ様やグリゼルディス様を捕えて、主力をうまくいなした。そのタイミングでダンジョンの外の戦力を粉砕して、入り口を塞ぐ。事実、外の戦力が魔王に敗れていたら、たぶんダンジョン内の人たちも全滅してたと思うよ」


 どうせ魔王がいなければ、いずれはダンジョンはギルドに攻略される。わざわざ魔王を討伐されやすい環境に持っていく戦術的理由はない。


「その闇に乗じて、自らがギルドの主力を粉砕したほうが確実だと思うがな。まあその点はいい。問題はカスパルが魔王の支配から逃れて、自分で考えて行動しているにも関わらず、ダンジョンを脱出することを選んだ点だ。あいつは人間を憎んでいる。人間を殺す絶好機をスルーして、脱出したんだ」


 アヌシュカは少し考えて、


「ダンジョンの中に閉じこもっても、いずれギルドに攻略されると思ったんじゃないの?」

「そんなことを考えるような奴なら、第五層への封印が破壊される前にギルドの人間を襲わないよ」


 アヌシュカは苦笑し、ここでようやく水魔法を止めた。ベータが頭を振って頭髪の水気を切った。


「言われてみたらそうね。だけど……。スズシロはこう言いたいの? カスパルは魔王を利用して目的を達成しようとしている」

「その可能性はある。アヌシュカ、改めて聞くが、カスパルがこれから何をしようとしているか、見当はつかないのか?」

「スズシロがカスパルのことをそんなに気にしている理由は、よく分かったわ。でも、本当に見当はつかない。知り合いの魔族なんて数が限られているし、その知り合いも全員アドルノ様の弟子だし、カスパルみたいな過激な思想の奴とは相容れないだろうし」


 アヌシュカの水魔法で体を綺麗さっぱり清めたベータは、衣服の袖を絞って水を切りながら、整地された周辺を見渡した。


「マスター、いつでも突入できます。行きますか?」

「ああ。早いほうがいいだろう。アヌシュカ、来るんだろ?」


 アヌシュカは整地ロボットが整然と小屋の地下スペースに移動するのを眺めてから、ため息混じりに頷いた。


「ええ。アドルノ様だけじゃなく、ギルドの人間も大勢留まっているようだし……。人間社会に溶け込むっていうなら、彼らも助けてあげないとね。知り合いも多いし……」


 こうしておれと、アヌシュカ、ベータの三人は再びダンジョンに潜ることになった。今度は魔王リーゴスが残した闇は広がり、まともに視界が利かない。索敵もある程度深層までいくと通用しないだろう。

 しかし、例によっておれとベータはアンドロイドで危険はないし、アヌシュカは魔族で、人間よりダンジョン環境に適応している。かなりタフな環境でもうまくやれる自信はあった。

 水たまりが新しい広場の中、おれたちはダンジョンに続く穴の中に入っていった。それを窓からユリアが見ていた。おれが手を振ってみると、顰め面が返ってきた。


「アヌシュカを死なせたらただじゃおかない」


 ユリアの声がここまで聞こえてきた。もちろん、死なせない。

 そのために、おれは色々と考えていた。闇の中だとおれは操縦不能に陥る可能性が高い。そのための策が必須だった。


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