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土遁


 カスパルがダンジョンの外に出た。彼がこのまま逃げるだけなら見逃してもいい。しかし魔王に服従し、そして魔王が死してなお滾らせるその殺意の塊は、看過できるものではなかった。

 おれはギルドの人間にすぐさま連絡を取りたかった。しかしこれといった手段がなかった。アヌシュカに持たせた通信機はあったが、彼女が今どこにいるのか分からなかった。アドルノを追ってダンジョンの中に潜ったのだろうか? それともまだダンジョンの外に待機している?

 おれはダメもとで通信機に呼びかけた。するとすぐに反応があった。


「アヌシュカ、聞こえるか」

《……その声、スズシロ?》


 アヌシュカの声に風の音が混じっている。屋外にいるようだ。しかし、途中で風の音が遮断され、何かが閉まる音が聞こえた。屋内に移動したのか。


「今、どこにいる? ギルドの人間は近くにいるか?」

《いない。用件は?》


 どこかつれない雰囲気を感じて、おれは違和感を抱いた。そして魔族の、ユリアとシーナのことを考える。カスパルだけが脱出して、彼女らはまだダンジョンの中にいるなんてことがあるだろうか。


「……カスパルを発見した。何か企んでいるようだ。ギルドの人間に報告して、警戒を強めるように言って欲しい」

《カスパルが? どこにいたの?》

「ダンジョンから西の方向だ。今も追跡しているが、振り切られるかもしれない」

《……そう》


 通信はプローブ機を中継して行われている。アヌシュカの大まかな場所は分かった。ダンジョンからそう離れてはいない位置だった。ダンジョンに二つ目の入り口を掘り、小屋を建てた場所もその範囲に含まれていた。


「アヌシュカ、今、お前、小屋の中にいるのか」

《は? いったい何を……》

「その小屋を建てたのはおれだ」


 おれはアルファに目配せした。小屋の中にはおれのアンドロイドが置いてある。ここから操縦することは可能かどうか打診すると、彼女は頷いたが苦笑した。


「壁の向こうの収納に隠しているので……。アヌシュカからすると、かなり悪趣味な隠れ方をしていたと思われる可能性がありますが……」

「いいからやってくれ。ベータ、色々働かせて悪いが、現場に急行してくれるか」

「了解です。修復率ほぼ100%ですから問題ありません」


 ベータが探査船を飛び出す。それを見たレダはおれに何か言いかけたが、結局黙ることにしたようだ。おれは探査船の隅に置いてある安楽椅子に腰かけて目を閉じた。精神を集中させる。空飛ぶプローブ機で電波を中継して小屋の中にあるアンドロイドの操縦を試みる。

 感覚が遠ざかっていく。アンドロイドの体に意識を憑依させたおれは、自らを囲んでいる板を外し、収納から這い出た。


 そこは小屋の中だった。通信機を持ったまま突っ立っている赤髪のアヌシュカ。窓際に立って外に目を光らせている桃色の髪のユリア。そして見慣れぬ青い髪の少女が、気弱そうに震えている。彼女がシーナだろう。


 おれの登場に、アヌシュカは絶句し、ユリアは反射的に抜剣し、シーナはきゃんっという仔犬のような鳴き声と共にひっくり返った。ユリアは斬りかかろうとして、それがおれであることに気づいたようだった。


「あ、あ、あんた、スズシロ!? どうしてこんなところに!? ずっといたの!?」

「いや。魔法で、ちょっとな」


 おれは適当にごまかしつつ、辺りを見回した。魔物の死骸を持ってきてここで食事をした跡があった。今のおれはアンドロイドなので嗅覚を遮断すれば平気だが、相当な悪臭がこもっていた。


「ここはおれが建てた小屋なんだ。できるだけ見つかりにくい場所に建てたつもりだが、じきにギルド連中に見つかるぞ。見つかりたくなければさっさと移動したほうがいい」


 おれの言葉に、ユリアは睨みを返してきた。シーナは怯えた様子で、ただ震えている。アヌシュカは動揺から回復すると、おれとユリアの間に立った。


「――スズシロ。私たちの味方をしてくれるの?」

「どうだかな。事情が分からん。魔王の味方になったと聞いたが」

「ええ」


 ユリアは潔く認めた。おれからその質問が飛んで来たら即座に認めようと前もって決めていたかのような速度だった。


「魔王と対峙した瞬間、意識が飛んで――気づいたら魔物の群れの中にいた。たぶん、シーナも一緒だよ」


 ユリアは魔王に屈した自分を恥じているようだった。シーナはかすかに頷いたがおれが視線を返すと頭を抱えた。気弱そうな少女だった。


「そうか……。それじゃあカスパルも一緒か。事情を説明すれば許してくれるかもしれない」

「ううん、カスパルは、妙なの」


 アヌシュカが答える。


「魔王リーゴスを彼らが討った瞬間、ユリアもシーナも正気に返ったのだけれど、カスパルだけは違った。魔物の中に紛れ込んで、そこからさらにギルドメンバーの中に紛れ込んで、外に出ようとしてた。魔王に支配されているはずのときですら、自分の考えで動いているように見えたわ」

「それはつまりどういうことだ?」

「分からない……。分かるのは、もう、私たちと一緒に行動するつもりはないってことくらい」


 おれは何度か頷いたが、彼女らの説明に不明瞭な点があった。


「お前たちはいったいどうやってここまで来れたんだ? 入り口はギルドの人間が固めていたし、今は闇の魔法が塞いでいる。カスパルと同じように、魔物や人間に紛れるために擬態していたのか?」

「ううん、あれを見て」


 そう言ってアヌシュカは窓の向こうを指差した。おれが窓に近づいて外を見ると、ダンジョンの二つ目の入り口として掘った場所の一部の土が、盛り上がっていた。


「……うん?」

「察しが悪いわね。あそこから出てきたの。これ、あなたが掘ったんでしょ?」

「だが、完全に土砂で塞いだし、ここからダンジョンまでは結構な距離があるし、どうやって外まで出たんだ」

「シーナは土魔法の名手なのよ。土遁で土中を自在に動き回れる。ダンジョンの外壁は硬過ぎて突破できないけれど、あの場所だけ柔らかい土だったから、そこから出てきたの」

「そんなことができるのか。凄いな」


 おれがシーナを再び見ると、シーナは恥ずかしいのか顔を両手で隠した。隙間から見える彼女の顔が真っ赤になっている。


「そう、シーナは戦うことはからっきしだけど、隠れるのは上手なの。土遁を自分だけじゃなくてユリアにも適用してくれたから、二人は脱出できた。二人が私に向かって交信してきたから、私はここまで迎えに来たんだけれど……」


 ここでヒミコから連絡が入った。


《マスター、ギルドの人間が小屋に近づいてきます。魔族たちを匿いますか?》


 おれは即座に決断した。


《匿う。ヒミコはどうしたい、反対か?》

《いえ、まさか》


 おれはギルドの人間が近づいてくることを三人に伝えた。ユリアが窓際に立ち、舌打ちする。


「本当だ。逃げるなら今だけど」

「待て。この小屋は隠れるスペースが豊富にあるんだ。ここに隠れろ」


 おれは床下の収納を開き、ユリアとシーナを中に入れた。アヌシュカはギルドの人間だからこそこそする必要はない。おれは床下収納の上に椅子を持ってきて、そこに腰かけた。

 アヌシュカは腰に手を当てておれを見た。


「で? どう言い訳する?」

「言い訳も何も、おれはこの辺の調査をしている身だからな。調査中だと答えるまでさ」


 小屋に近づいてきているのは、グリ派の人間の中でも、ヴァレンティーネと共に行動していた隊員で、おれとは面識があった。おれが小屋の外に出て挨拶すると、その男は厳しく引き締めていた表情を僅かに緩めた。


「あなたか。こんなところに小屋なんて建てたのは」

「ああ。魔物ならこの辺には来ていないよ。掃討はうまくいっているのか?」

「ほぼ駆除は完了した。念の為、見回りを行っている段階だ」

「そうか。ダンジョンには出入りできそうか?」

「それは、分からないな……。ツィスカさんとリヒャルト様が色々と考えてくださっているようだが……」


 おれは男と会話した後、小屋の中を見せた。魔物の死骸を見て男は顔をしかめる。アヌシュカと男は面識がなかったらしく、ぎこちない会話があったが、ギルドの人間であることが確認できると、長居せずにさっさと見回りの続きをしに出て行った。


 しばらく警戒を続けたが、これ以上は心配いらないようだった。床下から二人の魔族を出し、一行はようやく落ち着くことができた。

 だが、彼女らはこれからどうするのだろう。ここから逃げるのか。カスパルの件も懸念材料だが、アドルノはまだダンジョンの中だ。彼女らを導く立場のアドルノが不在となると、これからのことが心配だろう。


 おれもまた、おれ自身のこれからの行動を考えていた。どうするべきか。ダンジョンはまだ攻略には至らず、むしろ謎を深めているような気さえする。魔王を倒したのに、まだ終わりではない。

 おれは盛り上がった土の辺り、ダンジョンのもう一つの入り口を睨んだ。ダンジョン内を調査しないという選択肢はない。おれは結局、そういう結論に落ち着いた。


 

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