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炎と氷



 おれはダンジョンの様子を注視しつつ、魔法の研究に精を出していた。魔法を試しに撃つのは大量に製造したアンドロイドたちであり、彼らは地下に造ったスペースで思う存分暴れてもらっている。それに際し、地熱発電施設を増設して電力の供給を増やした。幸いにも、地熱発電に適した土地であり、取り出した蒸気をほぼそのままタービンに送って発電できた。アンドロイドたちは電力供給も十分に、フル稼働している。


 実験を重ねれば重ねるほど魔法の精度、再現性が上がっていった。法則らしきものもおぼろげながら見えてきた。おそらくこの世界にも魔法理論が存在すると思われるので、早く答え合わせがしたかった。今すぐ皇都の魔法学校に行って教科書を読ませてもらいたいくらいだった。


 ダンジョンでは動きが少ない。モル派のトップは出撃したことで統率力が失われたようだった。ギルドの三大派閥のトップであるグリゼルディス、モル、アドルノの三名がダンジョンに入るという状況は珍しいらしく、不安げなギルドメンバーが散見された。


「おそらく、ギルドの最高戦力の大半がここに集まっている。もし彼らが敗れるようなことがあったらまずいな」


 おれは探査船の中、映像を見ながら言った。ニュウとレダはそわそわしつつも外に散歩しに出かけた。アルファとベータはまだ帰ってきていない。探査船の中にはおれと、ぽんこつ化しかけているガンマだけだった。

 おれの言葉に反応したのは、ベータの体の修復を手伝っているアルファだった。ダンジョンの近くで趨勢を見守っている。


《そのときはギルドだけではなく、皇国中の戦力を結集して魔王討伐に向かうでしょう。過去にも他の地の魔王を倒したことがあるそうですし、心配いりませんよ》

「だが、この周辺が魔物で溢れるかもしれないんだろう。ギルドの連中も大半が死ぬ。うまいことフォローできないものかね」


 アルファはきっぱりと首を振った。


《マスターが考えることではないと思います。我々はこの星の外の人間です。何の義務も責任もありませんよ》

「そういう話ではないんだがな……。おれは正直、地球に帰還することは諦めている。この世界の物理法則は、おれの知っている宇宙のそれとは全く異なるからな。だったら、もうこの星の住民として生きることに専念したほうが良い気もしているんだ」


 アルファは小さくため息をついた。機械である彼女なりの、おれへの反論の形なのかもしれない。


《マスターがそうおっしゃるのなら、私はそれに従います。しかし、仮にギルドが敗れたとして、我々に何ができます?》

「魔物を退治する方法があるだろう。はっきり言って、おれたちなら敵を殲滅するのは簡単だ」

《手段を選ばなければ、そうですね……。魔物や魔王と言っても、生物であることに変わりありませんから、対抗手段は幾つもあるでしょう。加えて我々は魔法技術も少しずつ学んできています。そちらの領分でも対抗できるかもしれません》


 おれは相変わらず動きが冴えないガンマの、たどたどしい歩行姿をちらりと見た。計算機一つ接続しただけでここまでおかしくなるとは。万が一、聖印化が解けないように、余計な内部処理を施していないのだろう。つまりここから改善することはない。


「ますたぁ、アンドロイドの数を、10つ、くらい、増やしましたぁ」

「あ、うん。それはいいが……。お前、できるだけ喋るな」

「ええ?」

「レダが怪しんでいたぞ。そもそも人間が聖印化するなんて話、聞いたことなかったらしいからな」

「あたしも、少々、まずいなとは思ってたよ……、うまく対応できず、申しわけないですぅ」


 ヒミコの姿形は変わっていないが、口調と間抜けな表情のせいで、かなり幼くなったように見えた。たぶんこの感じだと、10歳くらいの少女の姿のほうが違和感が少なく済むだろう。おれは探査船内部のヒミコのメインコンピュータに、新しいガンマの躰を発注しておいた。実際使うか分からないが、材料にはまだ余裕があるし、使わないならリサイクルすればいい。


 しばらくすると、アルファとベータが帰還した。レダとニュウがベータの久しぶりの姿に喝采をあげた。そして平然としているおれを批判的に睨んできたので、おれはわざわざ手を叩いて喜びを表現しなければならなかった。


「ベータ、帰ってきて早々悪いが」


 おれはベータの肩に触れて言った。


「もしかすると、魔物がこの地に溢れることになるかもしれない。対策を幾つか考えておいたのでその準備に着手してもらいたい」

「承知しました」


 具体的には、魔物に対抗する武器の製造、実装。探査船の飛行能力を復帰させて、いつでも避難できるようにしておく。周辺地域の村人の避難が終わっていない場合はその助力もしたいので、ある程度の輸送能力も持たせたかった。

 ベータがいないときだと、アルファは探査船の管理と、周辺にばらまいたプローブや盗聴機械の制御にかなりのリソースを割いていたし、ガンマは言語道断の有様だったので、ベータがいないと何も始まらなかった。ベータは、魔法実験用のアンドロイドたちとは一線を画するほどの多機能・高機能で替えが利かない存在だ。できるだけ現地で材料が調達できるように設計された魔法実験用アンドロイドと違い、アルファ、ベータ、ガンマの三人娘はその中枢部分にふんだんに貴重な資源を投入している。ダンジョン内で破壊されていたら、資源的に痛いことになっていたし、レダたちの視線もかなり痛いことになっていただろう。


 ベータが探査船を作り替え始めた。レダとニュウは模様替えをしているくらいの認識だっただろうが、内部から徹底的に構造を変えていった。原子プリンターがあっという間に必要な部材を造る。ベータは不要になった資材を溶かし、プリンターの材料として再利用しながら、どんどん探査船を組み替えていく。居住スペースには極力手を加えず、探査船を巨大な飛行物体に変身させていった。


 作業は順調に進んでいった。数日が経ち、朝、ダンジョンに動きがあった。

 ダンジョンの入り口から、一体の魔物が出てきたのである。


 その魔物は、ヒミコがゴブリンと名付けた魔物だった。ねじ曲がった背骨と、痩せぎすの体、地面を這うように歩行するその姿は老人のようだったが、動きは機敏で、武器を持っていることが多い。その魔物は巨大な魔物の骨を研いで作ったと思われる短剣を持っていた。


「お、なんだこいつ」


 近くにいたギルドメンバーが有無を言わせず自慢の武器を振るった。大槌による攻撃。ゴブリンは反応できず、頭蓋を叩き潰され、その場で死んだ。

 体液を撒き散らし、ダンジョンの入り口付近に血だまりができた。他のギルドメンバーがうんざりした顔になる。


「おいおい、もうちょっとスマートに殺せよ。モル様が今、帰ってきたら、俺たちの首が飛ぶぞ」


 死体を蹴り、袋に入れていく。血だまりも処理し、上から砂をかけて痕跡を消した。手慣れた様子だった。


「これでよし」

「魔物が出てくるとは。モル様が中で派手に暴れてるのかな」

「あの人、大口叩いてたけど、本当に魔王を倒せるのかな」

「おい、声がでかいぞ。聞かれたらどうする」

「だって、いつもふんぞり返って、美女侍らせて、やりたい放題じゃん。滅多に現場出ないで、ベルギウス様を酷使しているし。ベルギウス様のほうがよほど尊敬できる。めっちゃ怖いけど」

「そのベルギウス様が、モル様に忠誠を誓っているんだ。それに、過去に魔王討伐に関わったというのは本当らしい。結構前の話だけどな」

「ふうん。おっ、また魔物が出て来たぞ」

「今度は綺麗に殺せよ」

「分かってるよ。分かってる」


 ダンジョンから出てきたのは亜人型の魔物だった。人間よりやや大きい程度。獅子の頭を持ち、その両手には、炎の錫杖と、氷の剣を持っている。朝日の光に照らされてその姿が鮮明に表れた。ギルドメンバーの一人は大槌を構えた状態で硬直した。間近にその姿を見てしまった。


「ま、魔王……! 魔王リーゴスだ!」


 至近距離で魔王を直視したそのギルドメンバーの頭が吹っ飛んだ。そしてその躰が黒い瘴気を放ちながら萎れていく。もう一人、入り口近くにいたギルドメンバーは逃げようとしたが、突然、両足が燃え上がった。あえなく転んだそのギルドメンバーの胸に、魔王リーゴスが氷の剣をゆっくりと突き刺していった。


 魔王リーゴスはその場にいた十数名のギルドの人間を睥睨した。そして氷の剣が突き刺さった男にまだ息のあることを確認すると、その頭を今度は氷漬けにし、そして踏み抜いた。粉々になった彼の頭部の欠片が辺りに散らばる。


「魔王! 魔王がダンジョンから出て来た!」

「逃げろ!」

「モル様はどうなった? ロートラウト様は!? ベルギウス様はどこだ!?」


 ギルドメンバーたちが一斉に退避していく。そして魔王の後ろから続々と魔物の軍勢が現れた。その数におれは慄いた。100や200では足りない。多種多様な姿の魔物が、魔王に統率されて、ダンジョンから出てきて、思い思いの方向へと駆け出す。


 まずい。近隣の村が襲われる。おそらく避難はしていない。例の頑丈な壁に囲まれているから多少は持ちこたえられるが、あの数の魔物に取り囲まれたら逃げ場はない。空を飛べる魔物もいるだろうから、安心できない。


「戦闘準備だヒミコ! こっちにも来るぞ!」


 おれは言った。ちょうど近くにいたレダとニュウは事態を理解していないのできょとんとしていた。おれはプローブのカメラ映像を脳内で見ながら戦闘準備を始めた。

 しかし、魔物の軍勢が続々とダンジョンから這い出てくるところに、巨大な爆風が突如として襲い掛かった。軽量級の魔物が吹き飛び、大型の魔物の肉が抉られる。魔物たちの動きが鈍った。


 魔物の軍勢に待ったをかけたのはグリ派の面々だった。巨大な槍を構えたリヒャルトが、魔王の前に立ちはだかる。ヴァレンティーネとツィスカが部下を率いて拡散しようとする魔物の軍勢に切り込み、魔物の気を引いている。

 魔王の前にたった一人現れたリヒャルトは不敵な笑みを浮かべた。


「最悪の事態を想定して動いてはいたが……。現実になってみると、なかなか心にくるものがありますね。グリゼルディス様不在の今こそ、我々の力を結集して魔王に立ち向かう!」


 魔王が炎の錫杖を掲げる。するとその場一帯を燃やし尽くさんとする巨大な火球が錫杖から生まれ、少し離れた位置にある木々や草花を発火させた。近くを飛んでいたプローブも影響を受けて映像が乱れたが、次の瞬間、リヒャルトは戦槍を振り回し、火球を真っ二つに斬った。火球は崩壊し、近くにいた魔物を巻き込んで小さな爆発を起こした。


「無駄です、魔王リーゴス。貴様の情報が出た時点で我々グリ派は対策の用意を始めた。。対抗魔法と魔法武器の充実。この槍は貴様の炎と氷を斬る破邪の戦槍。私自慢のコレクションの内の一つです。ついさっき皇都から届いたところですがね」


 魔王リーゴスは氷の剣を掲げた。氷柱が空中に無数に発生し、リヒャルトを襲ったが、彼は機敏にそれをかわしながら戦槍を払った。氷柱は面白いように砕け、霧散した。魔王リーゴスはそれを見て後退した。


 魔王リーゴスと対等以上に戦うリヒャルトを見て、グリ派の面々は士気を上げた。いったん様子見をしていたモル派の戦士たちも、動揺から回復して、加勢に入った。

 おれはその様子を確認して頷いた。

 

「やるな……。ギルドの連中……。魔王を問題なく倒せるかもしれん」


 おれはおれで、油断せずに準備を進める。必要とあれば加勢するつもりだった。これまで緩慢に進んでいた時間の流れが加速し始める。まだ夜が明けたばかり。今日は恐ろしく長い一日になりそうだという予感があった。


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