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開発




 アドルノは去ったが、それに付き添っていたツィスカはまだ探査船に残っていた。彼女は、おれたちがアドルノの義肢に集中していたとき、レダやニュウと熱心に話していた。

 レダはともかく、ニュウもツィスカの話に夢中で、随分大人しかった。彼女がいてくれたおかげで、おれたちの作業がニュウに邪魔されなかった。影の功労者と言っていい。


「あんたはダンジョンに戻らなくてもいいのか」


 おれがツィスカに尋ねると、彼女は自身の灰色の髪を乱雑に束ね、紐でくくった。そして教え子二人に笑みを向ける。


「戻ります。ですが、この子たちがあまりにも才気溢れていて、ついお節介を焼きたくなってしまいました。ニュウさん、来年度は皇都の魔法学校に是非いらっしゃい。必要とあれば私のほうから推薦しますよ」


 わぁい、とニュウは喜んだが、レダは微妙な表情だった。ニュウの才能を活かして欲しいという思い半分、魔法学校で自分が味わった苦難を思い出して妹を案じる心半分、といったところか。

 ツィスカは部屋の隅で椅子に腰かけてじっとしているアヌシュカに話しかけた。


「アドルノ様の弟子、アヌシュカさん。あなたはどうしますか」


 アヌシュカははっとして顔を持ち上げた。


「私は……。アドルノ様に付いていきたいけど、ここで待ってろって……」


 アヌシュカは少し怯えた表情になった。それを見たツィスカは苦笑しながら一歩退く。


「そう怖がらないで。私も昔は血気盛んな女でしたが、最近はすっかり大人しいものです」

「怯えてなんか……」

「アヌシュカさん。あなたが怯える理由はよく分かります。私は過去に100人以上の魔族を斬りました」


 アヌシュカが息を呑む。


「……ええ」

「そしてあなたは魔族だ。そうでしょう?」


 アヌシュカは硬直した。おれは思わず二人に歩み寄った。ツィスカは再び苦笑し、両手を上げた。


「ここで事を起こすつもりはありません。安心してください。それに、もう私はむやみに魔族を殺すことはありませんよ」

「そうなのか?」


 おれはツィスカの不敵な笑みを見ながらも、警戒を解けなかった。


「アドルノ様に気づかされましたからね。魔族も人と変わらないと……。せめてもの救いは、私が狩った魔族はいずれも人を常習的に殺していたお尋ね者でしたから、お互い様と言えなくもないことです。アヌシュカさん、あなたは人間社会に溶け込んでいますね。きっと人を殺したこともないのでしょう」


 アヌシュカはゆっくりと頷いた。


「……うん」

「それなら、私が得物を抜くことはないです。ただし、今、魔王リーゴスに味方している魔族に対して私が遠慮する理由もない。残念ながら、斬ることになるかもしれません」

「……ツィスカさんも、ダンジョンに行くの?」

「もし、魔族が立ち塞がるのならば。私は誰よりも魔族を効率的に殺す能力に長けていますから。それ以外だと、あまり役に立てないかもしれません」


 ツィスカは試すようにアヌシュカを見ている。少女はしばらく逡巡していたが決然としてツィスカを睨みつけた。


「……必要ない。ツィスカさんに出来ることは何もないよ。私が仲間を連れ戻すから」

「そうですか。それは素晴らしいことだ」


 ツィスカはにっこりと笑った。アヌシュカは身支度を始めた。おれはそんな彼女を止めるべきか迷ったが、ツィスカが近づいてきて小声で「ここは私に任せてください」と言った。


「何か考えがあるんだな?」

「ええ。大丈夫です。それよりスズシロさん、あなたがたはこれからどうします?」


 おれは顎に手を当て、


「そうだな……。ギルドの戦力を信用することにする。おれたちにできることは特にないだろう。ダンジョン内に知り合いが潜っているが、そちらもおれたちが下手に手を出すべきではないだろうな」

「賢明だと思います。いざというときは避難してくださいね」

「ああ、ありがとう」


 ツィスカはアヌシュカの身支度が整うのを待ってから、探査船を去っていった。おれたちはそれを見送った。

 レダとニュウはツィスカと何の話をしたのか分からないが、触発されたらしく、探査船の外に出て、その周辺で魔法の鍛錬をするようになった。

 おれとアルファ、ガンマは探査船で存分に作業できる。掴みかけている魔法の正体について追究したかった。


 この世界では不完全なものが補完される。ただ単に不完全なものを大量に作っても、ただのがらくた。補完されるものにも法則性がある。

 そもそもこの世界の人間には、魔力は感じられるものでもあり、実在する物質だ。おれたちが感知できないのは、たとえばアドルノとおれたちの神経細胞の違いに見られたように、魔力を感知できない感覚器を使用しているからと思われる。魔力を感知できる計測器の開発が急務だった。


 具体的にどんな物体に魔法が宿るのか。そのシミュレーションを無数に行った。実際に存在する魔法物質のサンプルが幾つかあるので、それを基にまた別の魔法物質の実現を目指す。試作品が山のように積み上がった。そしてそれらに魔法の力が発現していないか調べる。原子プリンターで製造するだけだったがそれだけでもかなりの労力だった。ただのがらくたは素材が勿体ないので粉砕してリサイクルする。


 アドルノと話して理解できた部分もある。彼の感覚からくる話は貴重で、シミュレーションに大いに役立った。最初は闇雲にそれっぽい物質を作っては破棄してを繰り返していたが、徐々に魔法素材を造れる頻度が上がって来た。ヒミコがいよいよ解析結果を実際の製造に活かせるようになってきたらしい。


 ただし、魔法素子とでも呼ぶべき魔法素材の最小単位を、幾つ造れたとしても、実際に魔法を発動できるまでの巨大なサイズに積み上げるのは簡単ではなかった。量と質は区別できるものではなく、量の多寡は質に直接関わってくる。つまり、ミクロの世界でうまくいったものがマクロの世界では通用しない、そんなことはよくあることだ。


 魔法を扱うのは人間である。おれとヒミコは実際にアンドロイドを試作して、そのアンドロイドに魔法を使わせることを目標に掲げた。アドルノが義手を着けた状態で魔法を使ってくれたおかげで、そのときの彼の神経がどう作用したのか、詳細なデータが残っていた。彼の脳がどのような命令を下し、彼の神経系がそれにどうリアクションし、魔法が発動したのか、数値上は把握しているわけだ。


 あとは魔法を実現する素材さえあれば……。魔法を使うことで魔力の存在を観測し、魔力を可視化することも可能になるだろう。

 おれとヒミコはアンドロイドを製造していく。不完全性をテーマに製造していくので、そもそも稼働しない個体がほとんどだった。中にはちゃんと動くものもあったが、アドルノの神経活動を模倣した魔法発動を試みさせてもうまくはいかなかった。だがここからもデータは取れる。

 科学が極まっていくと、理論値と実測値は限りなく近づいていくものだが、今回は乖離も甚だしかった。だからこそ実測値をフィードバックし、シミュレーションに活かすことで、徐々に技術が洗練されていった。


 少しずつ、魔法の神髄に近づいているという実感があった。おれは作業に疲れ、気分転換に船の外に出た。そしてレダとニュウが飛び回りながら魔法の訓練をしているのをぼうっと眺めた。


 ダンジョン内は魔力に満ちている。外はそうでもないらしい。だが、レダたちは問題なく魔法を使えている。魔法というのは微量の魔力で成立するものなのだろうか。


 いや……。おれはここで思い当たる。イフィリオス人の体は、地球人のものとは異なる。彼らの体そのものは不完全で、見えざる力の補完を前提としているようだ。

 彼らの体は魔力を活用する為の造りになっている。ならば魔力が不足すると困るはずだ。地上の魔力濃度が、人間の生存にちょうどいいくらいに落ち着いている? だが、魔法を使う人間と使わない人間の魔力消費量は段違いのはず。この世界の人間は誰でも魔法を使うというわけでもなさそうだし……。


 人体が魔力を生み出している? そういう器官があるのか? おれはレダたちの動きを目で追いながら考えていた。あまりに思考に没頭していたおかげで、レダがおれの視線に気づいて、動きを止めたことにしばらく気づかなかった。


「ねえ、スズシロ。じっと見ないでよ! なんだか私の太腿ばっかり目で追ってない?」


 レダが自身の短いスカート丈を押さえながら言った。


「……あ? おれに言ってるのか?」

「そうだよ!」


 おれは腕を組みながら二人の少女に近づいた。


「なあ、レダ。魔法について話せないとか言っていたな」

「え、ええ。でも、なんだかスズシロになら話してもいいかなって思い始めてる。もうこの件に深く頭を突っ込んでるものね」


 半ば呆れたようにレダが言う。ありがたい反応だった。


「いや、おれのために禁忌を冒す必要はない。それはいいんだが……。魔力って、魔法を使う際に、そんなに必要ないのか?」

「ええと、それも話しちゃ駄目な気がするけど……。これくらいならいいか。全く必要ないわ」

「……全く? どういうことだ」


 おれは頭を捻りながら言った。レダは両腕を広げ、気持ちよさそうに空を仰いだ。


「魔力は流れ。常にこの世界のどこかにうつろい、存在している。必要としたときに現れて私たちに力を貸してくれる。そういうものよ」

「あー……、だが、ダンジョンに大量にあるのはどういうことなんだ?」

「どういうことって、どういうこと? 別にそこにあっちゃ駄目なわけではないでしょ? ダンジョン内での魔法は地上のと比べてかなり強力になるけど」

「あー、うん、ありがとう」


 おれは考えながら探査船に戻った。魔力はうつろい、必要としたときに現れる……。だがダンジョンには大量にあり、うつろっているわけではない。そして大量の魔力は人体に毒だ。


 ヒミコがアンドロイド製造に精を出しているが、うまくいかないようだ。おれはそれを見ながら気づいた。どうして今まで気づかなかったのか、自分を責めた。再び探査船を出る。


 休憩中のレダとニュウを腕を掴んだ。二人の少女はきょとんとしていた。


「どうしたの、スズシロ!」

「お前たちの力が必要だ。手伝ってくれ!」

「な、なにが?」

「聖印だ。聖印作りがポイントだったんだ! それさえ分かれば、あとはもう少しなんだ!」


 おれは二人の少女を探査船に引き込んで、できるだけ上等な椅子を差し出して座らせた。そして魔法を使うアンドロイドに必要な最後のピース造りにいよいよ着手した。



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