魔法の正体?
アドルノが義手から魔法を撃つ。その課題に取り組むこと自体が、おれたちに大きな示唆を与えてくれた。
そもそも義手だと魔法が使えないということは、脳や他の器官だけでなく、全身を使って魔法を撃っているということを意味する。おれは魔法の神髄をこの機に理解できるかもしれないと興奮気味だった。
アドルノの義手に対する要求は非常に繊細で、かつ抽象的だった。しばらくアドルノの要望を聞く形で義手を調整し、ヒミコが義手を解体して色々弄り回していたが、埒が明かなかった。
アドルノは相当頭が良さそうだったので設計図を見せて、設計作成に加わってもらったほうが効率的ではないかという話になった。
アドルノのリハビリと並行して、義手と義足の設計作業が始まった。まずヒミコが義手の構造を簡略化して図面化した。素材の特性、部品の持つ能力などもいちいち説明する。アドルノは義手と義足が持つ様々な機能にいちいち驚きつつ、魔法を使った魔法道具の特性を絡めておれたちに助言をくれた。
「私は魔法道具の職人ではないから詳しくはないが……。物品に魔法の効力を持たせるとき、素材から気を使う。イメージとしては、完成した物体に魔法特有の加工を施すのではなく、加工した素材を組み合わせて最終的に魔法の効果を発揮させる、そんな感じだ」
「となると義手を一回完全にばらしたほうがいいか?」
「いや、それは必要ない。こう、ちょっとした工夫で劇的に良くなる予感がする」
アドルノは義手の指先を巧みに動かしながら言った。おれとヒミコはアドルノの感覚を頼りに、義手の素材から色々と試すことにした。
試行錯誤が丸一日続いた。おれが欠伸交じりに束になった図面をめくっていると、ヒミコが一枚の紙を差し出してきた。
「……これは?」
「アドルノの神経細胞の解析結果です。地球人とは少し異なる点があったので詳しく調べたのですが」
おれは数字と記号が羅列するその紙を睨んだ。おれの頭では理解するのに時間がかかりそうだったが、何らかの実験結果をまとめたもののようだった。
「神経細胞?」
「神経細胞は電気で情報をやり取りしています。その際に用いるのはナトリウムイオン、塩素イオン、カリウムイオン。通常の細胞はイオンの関係で細胞膜より内側のほうが電位が低くなりますが、神経細胞となると、ナトリウムイオンだけを通すトンネル――チャネルを持ち、イオンの移動によって電位崩壊を起こし、その波が伝播することによって情報を運んでいます」
おれは一瞬言葉に詰まる。
「……理科の授業か? で、アドルノの神経細胞は違ったのか?」
「神経細胞にあるべきチャネルが、地球人のものと比べて小さかったのです」
「それは……。そんなところに違いがあるのか」
おれはよく理解しないまま返事をすると、ヒミコはそれを知ってか知らずか更に早口になった。
「地球人のチャネルは20万ダルトン。アドルノの持っている神経細胞のチャネルはその四分の一でした」
「ほう、しかしそれが具体的にどんな違いを生むんだ?」
「アドルノの持つ神経細胞を再現し、培養し、色々と試してみたのですが、チャネルの開いている時間が通常より長かったり、電位崩壊を察知するセンサーが鈍かったりしていました。我々の神経細胞と違いが生まれるはずですが、どういうわけか、実際に動かしてみると、機能はほぼ同一でした」
おれは腕を組んで彼女の発言の意味を考えた。
「ええと……。つまり何が言いたい。地球人とイフィリオス人の神経細胞は僅かに造りが異なっているが、機能は同じでした、興味深いですねで終わりか? そうじゃないだろう」
「ええ。私は義手を作製する際、地球人の神経と繋げる前提でした。実際、それでうまく機能しているようです。しかしアドルノは違和感を覚えているようです」
「ああ、そうだな」
「神経細胞の機能に相違があるはずなのに、うまく稼働している――私はここで気づきました。これこそが魔法の正体なのではないかと」
話が飛躍したと感じた。しかしおれはヒミコが手ごたえを感じていることを察した。おそらくこれが答えなのだろうという感覚がした。
「どういうことだ」
「雑に言ってしまえば、イフィリオス人の神経細胞は、地球人の神経細胞より劣っているんですよ。それなのに実際に動かしてみると、ほぼ性能は同じ。私はここに魔法の力が働いているのではないかと考えました」
「うん……?」
「これだけではありません。神経線維同士の隙間、シナプスを仲介する化学物質にも僅かに違いがあり、詳しくは避けますが、やはりここにも不可解な補正が入っているとしか思えないのです。おそらく、ミクロに目を向ければ、他にも違いがどんどん見つかると思います」
おれは唸る。ヒミコの口は確信めいている。しかしおれには全くぴんとこなかった。
「お前がそう言うということは、そうなのだろう。しかし、それが魔法の正体と言われてもな。具体的にどうすればいい」
「ポイントはここです。アドルノの神経細胞を再現したら、その能力は我々の神経細胞と同じ性能を示した」
「……つまり、お前に言わせれば、それが魔法の再現だと?」
「ええ」
不完全な工作。それが魔法を生む。にわかには信じられなかった。思い当たる節がないわけではない。ダンジョン内にあった封印の残骸……。あれも不完全な素材であり、科学的に理解できないものだった。しかし何か別の要素がその不完全な部分を埋めていると思っていた。不完全であるからこそ成立している、とは思わなかった。
「分かった、それをアドルノの義手に適用してみるか。だが義手の神経部分に当たるのは銅線だろう。具体的にどうする」
「……一つ、大きな仮説を導入するしかありません。不完全で、本来なら途中で隔絶されてしまう情報のやり取りを補完する、未知のパワーが存在すると」
おれは頷いた。
「結局、そういう仮説が必要だな。科学のアプローチで解析できないものを見つけようと思えば、観測できない何かの存在を前提に考えるしかない」
「シミュレーションは済んでいます。もしかすると、義手が動かなくなる可能性もありますが……」
「やるしかないな」
おれとヒミコは新しい義手を設計し、製造した。アドルノは義手を丸ごと取り換えることに慎重だったが、最終的に了承してくれた。
手術は数分で終わった。痛みもそれほどなかったらしく、アドルノはほっとしたようだった。
「腕、動かせますか」
「ちょっと待ってくれ。馴染むのが遅い……」
アドルノは苦労して義手を動かそうとした。最初の義手よりも苦労しているようだった。
おれの常識からすれば当然だった。まともには作っていない。地球人に装着したら指一本動かせないはずだ。
しかしアドルノは手ごたえを感じているようだった。
やがて指先が動く。最初は僅かにしか動かず、ぎこちなかったが、すぐに円滑に動くようになった。
「具合はどうだ?」
「良い感じだ。魔法も撃てる」
アドルノは義手の手の平から小さな火球を生み出した。おれはその熱を間近に感じて、逃げるどころか顔を近づけて見入った。
「マジか……。おいヒミコ、魔法について理解できたと言えるか?」
おれとヒミコは他の誰にも聞こえない音量でこそこそ話した。
「ひょっとしたら――マスター、神は信じますか」
「突然どうした。宇宙のどこにもそんな偉そうな奴はいなかったよ」
ヒミコの顔は神妙で、まるで本気で何かしらの宗教に傾倒しているかのような表情だった。もちろん彼女はそういったものとは無縁の存在である。
「不可視の調整機構が、この世界のどこかに存在している。敢えてそれを神と呼ぶなら、神がいると考えたほうが合理的です」
「そんな不合理な存在を認めている時点で合理的ではないと思うが……、まあいいだろう」
「不完全さを計算し、許容可能な不完全性をシミュレーションして追及することで魔法を生み出す……。神経細胞のようなミクロな部分からどこまでマクロの世界に広げていけるか、実験をたくさんしてみたいです」
「ああ、そうだな。アルファ、その辺は任せる。おれは直近の問題に対応しないとな」
アドルノの義手が完成した。同じ要領で義足も造った。アドルノは通常なら何日もかかるリハビリ期間を、数時間までに短縮した。
そしてダンジョンに戻ることを宣言した。アヌシュカが止めようとしたが、アドルノの意思は固かった。
「スズシロ、もう聞いているらしいので言ってしまうが、私は魔族の味方をしている。カスパルたちを見捨てることはできない。彼らは本当に不幸な生い立ちをしているんだ。この世界が敵だと思って欲しくない」
「それはいいが、どうするつもりだ。彼らは魔王の味方をしてしまっているのだろう。ギルド連中に殺されても仕方ない状況だ。お前がギルドの人間と戦うことになるかもしれない」
「そうはならないさ。スズシロ、ヒミコ、とそのお姉さん、世話になったな。アヌシュカ、レダ、その妹ニュウと、仲良くここで待っていてくれ」
アドルノは早速義肢を使いこなしていた。ヒミコが用意した服を着てすたすたと探査船から出て行こうとする。アヌシュカが追おうとしたが、彼女はまだ怪我を負っていた。より重傷なはずのアドルノが平気そうなのはおかしな話だった。
「アドルノ、お前、モル派が魔王に勝つと微塵も思っていないのだろう」
おれが言うと、アドルノは背中越しに笑った。そして探査船を出て行った。




