魔法
アルファとベータが構築した地熱発電システムは問題なく機能した。地下深くに発見した熱水と蒸気を汽水分離器にかけて蒸気だけを取り出し、同じく地下に構築したタービンを回す。光発電よりも遥かに効率が良く、送電を受けたヒミコたちの動きが、心なしか機敏になったような気がする。
ニュウはおれたちと一緒に探査船に帰還し、特にヒミコと対話した。ニュウはおれたちが言語を理解していないことを理解しているようで、物を指差して単語を言い、そして何らかの文章を付け加えるということを繰り返した。そしてヒミコが凄まじい速度で学習するので、たまに手を叩いて喜んだ。
おれはニュウとヒミコのやり取りを眺めながら、周辺に散ったプローブが調達したデータを吟味していた。先ほどまでは半径500M程度の範囲で探索させていたが、今は三倍の範囲で動かしている。豚の亜人の敵襲をもう少し早く察知できていたら殺さずとも済んだかもしれない、という反省からだった。
数時間、ニュウとヒミコは話していた。ヒミコはおれの脳内チップに翻訳機能を送付した。おれはそのデータが自分の脳と馴染むのを待ってから、ニュウに話しかけた。
「おれの名前は鈴城。紹介が遅れてすまない」
おれの言葉に、ニュウは目を輝かせた。そしてずいずいずいとにじり寄ってくる。
「スズシロ! わたしの名前はニュウ! お前話せたのか?」
おれは翻訳を切ってからヒミコのほうを見た。
「マジでこいつの名前はニュウだったのか?」
ヒミコは無反応のまま、おれの脳内に直接音声データを送り付けてきた。自動再生される。
《いえ。発音が難しい名前だったので、こちらで名付けた名前を使うことにしました。もし今後他の知的生命体と接触することがあった場合も、現地人の名前は一旦無視する方向でいきたいと思います》
「そうか。ちょっと失礼な話だが仕方ないか」
おれは翻訳機能を戻し、
「傍で会話を聞いていたら多少覚えた。もっとそちらさんの言語や風俗、文明について教えて欲しい」
「うん! いいよ! でも魔法は教えられないからね!」
「……魔法?」
おれはヒミコのほうを見た。ヒミコはおれの脳内に直接語り掛ける。
《先ほどニュウが使った雷の攻撃。剣の出現。いずれも魔法によるものだそうです》
魔法と訳したのはお前の判断だろう、とおれが心の中で念じると、ヒミコはすぐさま返す。
《非常に不可思議な技術体系が、こちらの文明においては確立されているようです。これから詳しく調べますが、魔法と称するに値するだけのものです》
ヒミコがそこまで言うということは、非常に珍しい技術なのだろう。おれはこれ以上詳しく聞かなかった。今聞いたところでまだヒミコも詳しくは知らないだろう。
「ニュウ。きみの村は近くにあるのか?」
「にゅう。あるよ! でも今は帰れない!」
「なぜだ? 家出でもしてるのか?」
「みんな倒れてる! ▽▼△▲の仕業だ!」
翻訳不可能の部分があった。おれはヒミコを見る。ヒミコは一秒で修正した。
「……今、なんて?」
「だから、オークの仕業だ! あいつらが毒を撒いたんだ! 食べ物と土が汚染されて、帰れない!」
おれはヒミコに目配せした。ヒミコはニュウを治療しようとしたときに採取していた血液の分析を終えていた。
《ニュウの体の構造、免疫システムを把握していませんから、断言はできませんが、彼女の血液から悪さをしそうな病原体の候補が三種ほど。抗生物質が有効であるという分析結果が出ました》
毒というより、食中毒を引き起こす病原体をばらまいたという感じだろうか。おれは亜人の知性の欠片もない顔を思い出す。
おれはニュウに向き直った。
「オークに村を狙われているってことか?」
「ああ、そうだよ! キキ的状況だ! だから、わたしがオークの巣に出向いて、叩こうと思った! そしたらお前たちの家を見つけたんだ!」
おれは少し悩んだ。この子の村がオークに滅ぼされるのを黙って見ているわけにはいかない。貴重な文化が失われる可能性がある。しかしこの世界の生き物であるオークを駆逐するのも気が進まない。もし貴重な生き物だったらどうする。おれたちの行いが生態系に悪影響を及ぼす可能性だってある。
「……ヒミコ、ちょっといいか」
おれは翻訳を切って、部屋の隅まで歩いた。ヒミコも傍に寄ってくる。ニュウが聞き耳を立てていたが、理解できない言語なので内容を知られる心配はなかった。
「なんでしょう、マスター」
「おれたちなら、そのオークたちを蹴散らすことができるだろう。村に蔓延る毒も、あっという間に除去して村人を救うことができるはずだ」
「ええ。その是非についてですね」
察しの良いヒミコに頷きつつ、
「心情的には救いたい。メリットも多いはずだ。しかし懸念点もある」
「懸念点だらけですね。マスター、この辺ではっきり方針を定めるべきかと。不干渉を貫くなら、ニュウとさっさと別れるべきですし、手を貸すならば半端にするべきではありません。我々は既にオークを一体殺してしまっているわけですし」
おれは腰のベルトに挟み込んだ短銃の撃鉄に触れた。既に撃ったときの熱は失われているが、この手に感触は残っている。
「……おれの目的は村の保護だ。オークを殺したいわけじゃない。村が毒で弱っているというのなら、それを治療してやりたい。オークが村を滅ぼすのに毒を用いたということは、正攻法だと村の攻略が難しいということだ。村人の治療だけ手を貸して、オークと戦うのは村人に任せる」
「かしこまりました。抗生物質を含んだ経口薬を作っておきます。現場で調剤できるように準備をしますか?」
「いや。あまり村人に万能っぷりを見せつけてもな……。多少手間になるかもしれんが、まずは村に向かい、毒の正体をはっきりと突き止めたい。まずはそこからだ。抗生物質がそのまま効くなら、それでいい」
おれはヒミコと段取りの確認をしてから、ニュウのもとへ帰った。プローブがもたらした周囲のデータを紙の地図として出力していた。それをニュウに見せると、その精緻な図面に目を丸くした。
「うわ。これ、この辺の地図?」
「ああ。村はどの辺にある?」
「この地図の範囲にはないよ。ずっと遠い。方向は、こっちだね」
ニュウが地図のとある方向を指し示す。おれは地図を折り畳んだ。
「ヒミコ。すぐに出発だ。アルファとベータに探査船の隠匿を徹底させろ。引っ越しはしない。それからプローブを順次増産して、索敵範囲を拡大。もしかするとオークの巣が近くにあるのかもしれない」
「了解しました。武器はいかがなさいますか」
「短銃一丁で十分だ。お前もいるしな」
「私は暴力行為はできませんよ? せいぜい盾になるくらいしか……」
「それで十分だ。どんな化け物も、本気になったお前には敵わないだろう」
「こんなにか弱いのに……」
ヒミコはそう言って自身の細腕を示した。見た目は黒髪の美女で、一見すると荒事とは無縁だった。人間相手ならば従順だから、その能力の高さを見せつける機会もないだろう。だが、おれからするとヒミコはこの惑星探査における命綱のような存在であり、彼女に頼らざるを得ない局面は今後もっと多くなるだろうと予想していた。
おれはその二の腕を掴み、ぷにぷにの触感を確かめた。ニュウもそれを見て、同じように二の腕を触る。
ニュウが嬉しそうにはしゃいだ。
「ヒミコ、全然筋肉ない! もっと鍛えないとダメ! わたしのも触る?」
ニュウがそう言うのでおれとヒミコはニュウの二の腕に触れたが、子供の腕だな以上の感想がなかった。それより俺が気になったのは両腕に刻まれた刺青のようなものだった。もしかすると魔法を使うのに利用しているものかもしれない。おれがじっと少女の腕を見つめていると、ニュウが頬を赤らめて道衣の下に隠した。
「マスター。私とばかり接していたからか、女性への配慮を欠いていますよ」
「う、申し訳ない」
「刺青のデータなら既に取っておきました。あとでじっくり御覧になってください」
「すまない」
おれは探査船の外に出た。ヒミコとニュウもそれに続く。ニュウはおれが村に向かうと聞いて難色を示したが、実は医者なんだと言ってみると、ぱっと表情が明るくなって自ら先導してくれるようになった。ニュウによると村には日が暮れる前に着くはずだという。おれたちは早足に探査船から北東の方向へ進んでいった。