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義肢



 アドルノの義手と義足が完成した。神経接続可能の代物だが手術が必要になる。アタッチメントを使えば神経接続を介さない、この世界の技術水準に即した義肢となるが、いずれにせよ一つクリアすべき課題があった。

 魔法創である。まだアドルノの傷は塞がっていない。止血する術がなく、傷口の断面に敵の魔法の効力がまだ残っている。

 まずはこれを何とかしないと、義手も義足も装着できない。アドルノはヒミコから輸血を受けながらも、脂汗をかいていた。相当に傷が痛むはずだ。もちろん鎮痛薬を使っているが、これ以上強力なものを使うと健康に悪影響が及ぶ可能性がある。おれたちの知っている麻酔成分がイフィリオスの人々にどんな影響があるか、検証作業がまだだった。


「魔王リーゴスの魔法は、見たこともない強力なものだった。あんな魔法が古代では飛び交っていたのかな」


 アドルノは自身の傷を見下ろしながら言った。アヌシュカが隣で手をバタバタさせて自らの師匠に言い募る。


「師匠様は魔王相手にも通用してました! グリゼルディス様も……。私やカスパルたちを守る為に、機動力を封じられたせいで、傷を負ったのです……!」


 アドルノは笑顔でアヌシュカを制しつつ、彼女の頭を撫でた。少女はこれですんと大人しくなった。


「いや……。私の過信が原因だな。私の防御魔法があっさり砕かれた。グリゼルディスはそつなくかわしていたのに。モル派の連中にも一応、情報を共有したいが、既に部隊を出してしまったようだな」

「総大将のモル様は後方に控えています。私のほうから伝えておきます」


 アドルノは腕を組もうとして、自分の腕が一本失われていることに気づいた。ベッドの上で居心地悪そうにする。


「うん。だが、不要だろう。今頃、魔王と接敵しているはずだ。ベルギウスが指揮しているなら、勝てるかもしれない」

「あ、いえ、ロートラウトさんが指揮を執ってます」

「ロートラウト嬢が……? 教官兼任だったとはいえ、去年まで学生だった女性が、大した出世だな。確かに彼女は天才かもしれないが、経験が少な過ぎる」


 アヌシュカはずずいとアドルノに顔を近づけた。真剣な表情だった。


「……不安ですか?」

「そのまま勝つなら良し。だが負けるとなると……。引き際を見誤って、大惨事に発展する可能性がある。ベルギウスなら、判断を誤ることはないのだが、モルさんは何を考えているんだか」

「ベルギウス様は、派閥を超えて共闘すべきとモル様に進言してました。それでモル様の機嫌を損なったようです」

「ベルギウスがそんなことを? 豪傑そのものだったあの男も、少しずつ柔らかくなってきたな。良い傾向だが、モルさんとは反りが合わなくなってきたか」


 アドルノはなぜか満足げだった。何度も頷く。おれは義肢の装着方法についてヒミコと相談していたから、呑気な彼を見て少し苛立った。


「この魔法創、なんとかならないか? 断面が絶え間なく変化して、一定しない。いっそのこと、更に切り落としたほうがうまくやれそうだが」

「おっと、スズシロ。私も考えなしにあんたを待たせていたわけじゃない。そろそろだと思うぞ」


 アドルノが言った直後、傷口の出血が治まり始めた。おれはもちろん、アヌシュカも驚く。


「いったい、何をしたんだ?」

「何もしていない」


 アドルノはきっぱりと言った。


「何もしないというのが正解なのさ。体から魔力を抜く。それも徹底的にな。下手に魔法で治そうと魔力を注入するとどんどん悪化するのが分かったんでね。この魔法創は魔力をエサに動き回る生き物みたいなもの。だから、魔力を使わずにおれを治そうとしてくれているスズシロは、これ以上ないほどの適任というわけだ」

「そういうことか……」


 魔法創は普通の傷口になった。どうやら傷口を荒らしていた魔法の効力が切れたらしい。ヒミコが素早く処置する。アドルノは苦痛で大量の汗をかいていたが、表情は爽やかだった。


「ふー……、そしてそこの格好いい義手と義足は、出来合いのものだと思うが、私にぴったり合うのかな」

「やってみよう」


 ヒミコの腕から手術用の極細のワイヤーが何本も出てくる。もちろんアドルノやアヌシュカには見えない角度でこっそりと展開していた。輸血している管からこっそりアドルノの血管に挿入してスタンバイする。アルファが義手を持ってきて、腕の傷口にぴったりと寄せる。そこからヒミコの展開したワイヤーが腕の内部から神経接続を開始する。それぞれの神経に対応した義手の人工神経が腕に極小の穴を開けて結びつく。

 

 凄まじい激痛のはずだった。麻酔を使っているが焼け石に水だ。なにせ神経そのものを直接扱っているのだから誤魔化しはきかない。しかしアドルノは気丈にも耐えた。

 手術はものの三分程度で終わった。義手と腕の接続部分を何重にもコーティングし、炎症を抑える為に氷嚢を当てる。


「動かしてみてください」

「え?」


 アドルノは怪訝そうにヒミコを見た。


「動かすというのは、腕を振り回せってことかい?」

「いえ。指先を、です」


 アドルノはしばらく絶句した。それからゆっくりと指先に集中する。

 精巧に造られた義手の指先が、軽やかに動き始めた。アドルノは口をあんぐりと開けた。


「おい、ただ単に人形の腕を私にくっつけただけじゃないのか? どんな魔法を使った――いや、魔法ではないぞこれは。自由自在に指先が動く。アヌシュカ、信じられるか?」


 アヌシュカはアドルノの義手に触れた。アドルノはびくりと反応した。


「感触もある! まるで自分の腕のようだ。ちょっとばかし軽過ぎる気がするが、自分の腕そのものだ!」

「本当ですかアドルノ様! あ、脚も早く!」


 アヌシュカは急かしたが、アドルノはここで初めて気弱な表情を見せた。


「ちょっと待ってくれ。本当にこれ、しんどいんだ。もう少し休憩させてくれ」


 ヒミコは鎮痛薬の量を増やした。アドルノがぼんやりしたのを見届けると、義足の装着も同じ要領で行った。間もなく義手と義足がアドルノと一体化し、彼は手足を取り戻した。

 アドルノが自分の新たな腕と脚を少し動かしてはその激痛を味わう。あまりの痛みでほんのり涙を流しながらも、アドルノは感動しているようだった。


「素晴らしい技術だ……。スズシロ、ヒミコ、きみたちの技術があれば、救われる人が大勢いる。信じられない。ギルドの仕事とは別に、是非皇都に来て、力を貸してくれないか。礼はする」

「それは結構な話だが、まずはリーゴスのダンジョンをどうにかしないとな」

「ああ……。ちょっといいか」


 アドルノはベッドから立ち上がった。アヌシュカはまだ安静にするようにと押しとどめようとしたが、アドルノは苦笑しながら少女を脇にどけた。


「試したいことがある。一回だけだ」


 アドルノは義手を前にかざした。そして何か呟く。

 しばらくそのポーズのまま、アドルノは硬直していた。やがて、疲れた様子でベッドに腰かける。


「うむ。スズシロ、この義手は本当に素晴らしい」

「どうも。……何か気になる点でも?」

「この腕だと魔法が使えない。こう……、詰まり過ぎている気がする」


 アドルノは義手を高く持ち上げて、手の平を開いたり閉じたりを繰り返した。


「詰まり過ぎ?」

「スズシロの技術力を見込んで話をしておきたい。魔法を使えるように微調整できないだろうか」


 おれとヒミコは顔を見合わせた。できるわけがない。肝心の魔力さえ観測できず、魔法の何たるかも理解していないのに、そんなことはできない。

 しかし……。仮に、できたとしたら。アドルノが義手で魔法を撃つことができるようになったなら。そのときおれたちは魔法の何たるかを理解したということを意味しないだろうか。

 義手の調整を通して、アドルノというこれ以上ないほど腕の立つ魔法使いの意見を参考にできる。これ以上の研究のチャンスはないと言って良かった。


「――やれるだけやってみよう。ヒミコ、全力でかかるぞ」

「了解しました」


 まさに暗中模索。何の手掛かりもなく義手を調整しなければならないが、アドルノが小さな灯を持っておれたちを導いてくれる。そんな気がした。



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