ツィスカ
おれはアンドロイドを操縦して加勢するかどうか考えた。銃火器を装備すれば魔物相手でも問題なく戦えるだろう。ただ、これだけ多くの魔法使いが集結し、おれの存在が効果的な援軍になるかというと、微妙だった。戦闘よりも、彼らにできないサポートに徹したほうがいいだろうと判断した。ヒミコもおれの判断を支持した。
リヒャルト隊がダンジョンに入って、一時間ほどで帰還した。彼らは無事アドルノたちを救出したようだった。ダンジョン入り口で待っていたギルド員たちが歓声を上げて出迎えた。しかしアドルノの惨状を見てすぐに歓声はやんだ。
アドルノの右腕と右足が消失していた。止血はされていたが顔色が悪く、息も脈もかなり小さくなっているようだった。即席の担架に乗せられた彼は意識を失っており、その傍には、負傷したアヌシュカが付き従っていた。
「極めてまずい状況です。我が隊きっての治療魔法の使い手でも、止血すらままならない」
リヒャルトがアドルノをグリ派拠点の寝台の上に載せる。イングベルトの隣に寝かされた彼は、明らかに失血死が間近に迫っていた。
彼らは必死に治療しようとしていたが、魔法によるアプローチでは限界があるらしく、彼らは絶望に染まった表情になっていた。おれはヒミコにあらかじめ準備するように伝えておいたものを持ってきた。
「グリ派の責任者はあんただな」
おれはリヒャルトに話しかけた。リヒャルトは少し離れた場所で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「……あなたは、確かイングベルトの仲間の――」
「異国で医師をやっていたスズシロだ。良かったらアドルノの治療に手を貸したい」
「――! 是非、お願いしたい。アドルノ様はギルドの――いえ、皇国の宝なのです」
おれはリヒャルトの許可を得て、大胆に治療行為に加わることにした。ヒミコが既に人工血液を大量に製造していたので、すぐに輸血を開始することができた。輸血用の機械はあまり目立たないような箱型の道具箱のような形状にしたが、グリ派の魔法使いたちはその見慣れない器具に興味を抱いたようだった。
アドルノの顔色があっという間に良くなる。ヒミコが彼の腕を手に取り、必要な投薬を行い、循環機能や心肺機能のコントロールを行った。包帯まみれになったアヌシュカが、涙混じりにおれとヒミコに礼を言った。
「まだだ。止血が完全じゃない。この傷どうにかならないのか?」
アヌシュカは首を振った。
「これは……。魔王リーゴスに襲われたとき、私とイングベルトを庇ったときにアドルノ様が負った傷。ありとあらゆる魔法障壁を貫通して、魔王リーゴスの攻撃は私たちを襲った……。その力を見て、カスパルたちは魔王につくことを決めたの」
「カスパルはともかく、ユリアと、シーナという魔族も魔王に従うことにしたんだな」
「魔王は魔物を無限に生み出せる。つまり、魔族の食料問題を解決してくれる存在だからね」
アヌシュカは涙をぼろぼろと流し始めた。近くで様子を見ていたヴァレンティーネがあたふたし始めたが、おれは落ち着くように促した。
「私は悔しい……。アドルノ様は魔族の為に全力を尽くしていた。それなのに、カスパルたちはそれを恩に感じることもなく、あっさり寝返った。同じ景色を見ていたはずなのにそうじゃなかった。もう、私はどうすればいいのか……!」
「生存がかかってる。アドルノに感謝はしていても、眼前に迫った魔王の圧力に屈したという可能性もあるんじゃないか? 少なくともおれは、ユリアに関しては、かなり話せる奴だと思ったがな」
「……カスパルたちは私が対処したい。できれば、助かって欲しいけど、でも、倒さないといけないのなら、私がやりたい」
おれはアヌシュカの気持ちを汲んでやりたかったが、
「しかし既にモル派のロートラウトとかいう女が、魔王討伐に向かった。ついでに魔族も狩るだろう。お前がカスパルたちの対処をするには、まずはロートラウトが敗北しないといけないな」
「敗北……」
そのとき死人は数人では済まないだろう。ダンジョン内でのことだ、全滅ということもありうる。さすがにアヌシュカは友軍の敗北を望まないようで、黙り込んでしまった。
「――あまり、私の弟子をいじめないでくれないか、スズシロ」
アドルノが頭を持ち上げて言った。周囲のグリ派の面々が驚愕した。ついさっきまで死の淵を彷徨っていた男の起床に驚いたようだ。そしてヒミコもびくりとしていた。生体モニターを注視していたヒミコまで予期していなかったということが、アドルノがいかに脅威的な復活を果たしたかを示していた。
「アドルノ! 目を覚ましたか」
「只者じゃないと思っていたが、スズシロ、そしてその助手の女性。まさか私の命を救ってくれるとはな。感謝してもしきれない」
「大したことはしていない。あんたがタフなだけだ」
「それは否定しないがね。それに、私の弟子たちも世話になったそうじゃないか」
アドルノは体を起こした。いきなり体を動かして大丈夫なわけはなかったが、彼の表情はいきいきとしていた。誰も彼が動こうとするのを止められなかった。
「右腕と、右足……。腕はともかく、足に関しては義足を作らなければいけないだろう。皇国騎士の戦傷者支援の一環で、義肢を取り扱う工房があったな。グリ派の親切な方々、よければ皇国まで一報をくれてやってくれないだろうか。予約を取っておきたいんだ」
グリ派の一人が、慌ただしく駆けていった。それを見送ったおれは、ふと思いついて、
「……義肢ならおれが作れるが、どうだい」
「なに? そんなことまでやっているのか?」
「ああ。おれの家まで来てくれれば、即日作成できると思う」
アドルノは目を丸くした。
「そいつは凄い。是非お願いしたいな」
グリ派の面々は、見ず知らずのおれにアドルノを任せてよいものか葛藤する様子を見せたが、アドルノを治療した実績と、ヴァレンティーネがおれを信用できる人物だと喧伝してくれたおかげで、アドルノを引き取ることができた。アドルノを再び担架に載せて運ぶこととする。
「付き添いますよ」
そう言ったのはツィスカという名前の女性だった。灰色の長髪に、薄手の狩人服に身を包んだ女性で、中肉中背だったが足が長かった。彼女の横に立つと、理想的なスタイルのはずのヒミコが寸胴気味に見えるほどだった。
ヒミコとツィスカが担架を持ち、探査船へと向かった。おれとアヌシュカは一応周囲を警戒しながら道を行く。
「ちょくちょく話は聞いているよ。ツィスカという名前は」
おれが話しかけると、ツィスカは柔和に笑んでみせた。
「スズシロ殿といいましたね。どんな話を聞きました?」
「魔族殺しがどうとか、魔法学校の寮長だとか、レダの恩師だとか」
「ああ……、ええと、なんと反応すればいいものか」
ツィスカは苦笑した。それを見たアドルノも担架の上で笑った。
「ツィスカさんが若い頃は、血気盛んな狂戦士といった感じだった。まさかこんな良い教師になるなんて、彼女の若い頃を知っていた人たちは、誰も想像していなかっただろうな」
「おや、アドルノ殿。若い頃ときましたか」
「おっと失礼。ツィスカさんは今も十分お若い。ええと、今年おいくつになられたのかな」
「不躾な男はその非常識ごと叩き斬りますよ? まだぎりぎり20代です。これだから魔族贔屓のアドルノ派は」
ツィスカの軽口に、おれはちょっとした疑問を抱いた。アドルノが魔族を保護していることを、ツィスカも知っているのだろうか? それとも薄々感づいているだけ?
おれたちは無事に探査船に到着した。探査船の前では、レダとニュウが戯れていた。近くにはアルファもいる。ツィスカの姿を見たレダが、息をすることも忘れるくらい驚いた顔を見せた。
「ツィスカ先生!?」
「ごきげんよう、レダさん。アドルノ殿の治療に来たのだけれど、ここで合っているかしら?」
「も、もちろん! この人たち、本当に凄いんです! きっとお役に立てるかと。どうぞどうぞ散らかっていますが」
レダの我が家だと言わんばかりの態度におれは苦笑した。担架ごと探査船に入り、彼をベッドに載せた。ものの数秒でスキャンが終わり、義手と義足の設計も数秒で終わった。アルファが製造を開始する。
ツィスカは興味深そうにあたりを見回したが、すぐにもじもじしているレダに視線を止めた。レダはニュウにつつかれても髪を引っ張られても気にならないようだった。アドルノと同じく、ツィスカも憧れの人物なのだろう。
「……レダさん?」
「え、なんでしょう」
「もしや、聖印を造りましたか? そちらの可愛らしいお嬢さんも」
「え?」
レダはしばし絶句した。そして自分の髪飾りに触れる。ニュウは無邪気に頷いた。
「うん! 作ったよ!」
おれは少し緊張した。そういえば聖印を勝手に造るのは犯罪なのだった。教師を務めるほどの女なら、法律には厳格かもしれない。レダの表情も強張っていた。
「聖印を造るなんて……、凄い!」
ツィスカはレダに抱き着いた。驚きのあまりレダは硬直していた。
「聖印なんて、私も作ったことないのに! レダさん、やったね!」
「え、え、ええ。先生、怒らないんですか?」
「だってここは皇都じゃないもの。ギルドの人間でもない。どうして私が怒るの?」
「あ、ははは、それは良かった」
ツィスカはレダを褒めた。褒めて褒めて、頭を撫でまくった。それを見たニュウは嫉妬したのか、私も撫でろと言わんばかりにツィスカに頭突きをかました。おれは皇都の魔法学校とやらを見たことがないが、ツィスカの周りだけ、活気盛んな生徒で溢れる学び舎の様相を呈して、少しだけなごんだ。