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油断


 ダンジョン内は魔物で溢れた。ヒミコがレーダーで確認したところ、確認できる範囲では、第一層や第二層も魔物が徘徊し、人間が容易には踏み込めない状況になっているようだった。

 ギルドの分析によれば、第五層以降の封印が既に解かれている可能性が高いという。つまり、魔王は既に力を取り戻し、ダンジョンの奥底から第五層に至るまでの封印を全て破壊し、待ち構えていた。ということになる。第五層以降に封印されていた全ての魔物が一気に解き放たれた為、ダンジョン内の魔物の濃度が高まった。


 ギルドによれば前例のないことだった。そもそも魔王が出現するということ自体極めて稀。これまでの経験など役に立たない。ならば派閥など気にしている場合ではない、とおれも思うのだが。


 モル派の指揮官ロートラウトが精鋭部隊を編成し、いよいよダンジョン内に潜ることになった。精鋭部隊が魔王と理想的な形でぶつかる為に、露払いとして他のモル派の戦士がダンジョン内の魔物を蹴散らすことになった。再び火炎放射でダンジョン内を焼き尽くそうとする彼らを、グリ派の指揮官リヒャルトが止めた。


「イングベルトの話を聞いていなかったのですか。グリゼルディス様やアドルノ様が、ダンジョンから脱出できていません。モル派の戦士も三名ほど生死不明なのでしょう」


 リヒャルトは中肉中背の若々しい戦士だった。金色の蓬髪と、背に括りつけた短槍が特徴的で、その佇まいには風格がある。精悍な顔つきには怒りと焦りが滲んでいた。

 リヒャルトに応じたのはモル派の白き薔薇ロートラウト。白い仮面をかぶった長身の女性で、二人の指揮官の身長はちょうど同じくらいだった。


「まずは火炎放射でダンジョン入り口近くの魔物を殲滅します。これは非常に実績のある駆除方法ですし、腕のある魔法使いならば対抗するのは容易です」

「イングベルトは死にかけていました。グリゼルディス様たちも負傷していれば、火炎放射でとどめを刺される可能性がある。モル派の三名の行方不明者が心配ではないのですか」

「心配ですよ。仲間ですからね。しかし既に死んでいると考えるのが妥当でしょう」


 ロートラウトの意思は固かった。火炎放射の準備は進んでいる。おれが以前見たものより、よほど強力そうな火炎放射器が準備されていた。相手が魔王率いる強力な魔物なら出し惜しみする必要はないということか。

 結局リヒャルトは下がった。おれは近くに寝かされているイングベルトに近づいた。彼はヴァレンティーネたちに介抱され、意識もあった。おれをみてうっすらと笑む。


「やあ、スズシロさん、ヒミコさん。無傷とは、やるね……。少し心配していたんだが」


 イングベルトの声はか細かった。おれは耳を近づけながら、


「一足早く脱出していたからな。レダも無事だ」

「その、ヒミコさんの姉の、ベータさんとかいったか。かなり危険な状況に置かれていると思うが……」

「心配してくれているのか。大丈夫だ」

「いや、大丈夫とは言えない状況のはずだが……」


 おれは頑固に同じ言葉を繰り返した。


「本当に心配いらない。それより、グリゼルディスとアドルノ、アドルノの弟子アヌシュカ、それからモル派の戦士が三名まだ帰還できていない」


 イングベルトは何度か咳をした後、


「グリゼルディス様とアドルノ様も、心配はいらない……。あの二人が手を組めば、ダンジョンなんて遊戯場と一緒だ。モル派の戦士か……。正直、そっちはよく分からないな……」

「そうか。ところで、封印破壊したのはグリ派なわけだろう。ダンジョン発見者権利の行方はどうなった?」

「それどころではないはずだが、グリ派の勝利だよ。こいつを申請時に抱き合わせれば最も強力なダンジョン発見者の証明になるはずだ……」


 イングベルトが透明なビニルのような破片を差し出す。これが第四層と第五層を隔てていた封印の残骸。それをグリ派の一人が受け取り、小さく頷き合うと、笛を吹いた。空から大きな黒い鳥が飛来し、残骸をくるんだ布包みを足に括りつけられると、高らかな鳴き声を披露しつつ飛び去っていった。

 それを見届けるとイングベルトはほっとしたように意識を失った。


 ここでヒミコがおれに近づいていて小声で言った。


「マスター。別に報告しなくともいいとは思ったのですが」

「どうした」

「モル派三名の行方不明者の内の一人が、クレメンスです。モル派の方々の会話で分かりました」


 おれは歪んだ顔の男の姿を思い出す。レダをいじめていた性悪。あの男が今、死にかけているのか。


「そうか。あのいけすかない男が……」

「援軍要請に応じてダンジョンに入ってすぐ、魔王出現の一報が入り、混乱の中逃げ遅れたそうです。それほどダンジョンの奥へ移動したはずはないのですが、未だ帰還できていないと騒ぎになっているようで」


 ここでヒミコが盗聴している内容を共有してくれた。モル派の頭領モルと、クレメンス不在の報告をしている部下の会話のようだった。おれはここから遠く離れた場所で会話している二人の声に集中する。


《クレメンス……、先々代の皇国騎士団長セベッセン殿の孫だったか?》


 これはモルの声。先ほどより感情が剥落した、冷徹そうな声に聞こえた。


《はっ。皇国騎士団に入団する予定だった男ですが、政治的な思惑があったのか、ギルドに試験免除で入隊した者です。リーゴスのダンジョンの最初の担当者で、ベルギウスの部下ですね》


 部下の声は緊張している。モルは淡々と、


《救出は可能そうか?》

《居場所が分からないことには、なんとも……。特別に部隊を組織しますか?》

《ふむ。ベルギウスの手が空いているだろう。奴に任せる》

《ロートラウト様の部隊に、ベルギウス様を組み込まなくとも本当によろしいのでしょうか? ベルギウス様はモル派における最高戦力。魔王討伐の鍵となり得る存在です》


 モルはここで小さく笑った。


《私の采配に文句をつけるつもりか?》

《いえ、滅相もないことでございます》

《案ずるな。先刻も言ったが、魔王など大したことはない。実際に対峙した私が言うのだ、間違いない》

《はっ。失礼いたしました》


 おれは会話を盗み聞き、完全にモル派の最高指揮官は油断しているなと感じた。実際、魔王討伐の経験があるという自信があるのだろう。

 その後も情報を盗んでいく。魔王討伐作戦に参加するモル派の戦士は総勢100名超に及ぶ。その中核をなす精鋭部隊20名はロートラウトが直接指揮し、残る80名のモル派の戦士が魔物の露払いを行う。グリ派との共闘はなし。アドルノ派はまだろくに援軍が到着しておらず、魔王討伐作戦そのものに懐疑的な立場だという。

 

 グリ派の動きは、完全にモル派の後塵を拝していた。モル派との共闘を模索しているが、最高指揮官のモルは取り付く島もない。モルと対等の発言権を持つ人物はグリゼルディスだけ。軍人のリヒャルト、魔法学校の教師であるツィスカが現在のグリ派の有力者だが、ギルドの仕事は片手間という立場らしく、強くモルに進言できないらしい。


 モル派の火炎放射作戦がいつの間にか始まり、そして終わった。モル派の戦士が続々とダンジョン内に入っていく。ヒミコは盗聴機械を片っ端にモル派の戦士の張り付かせ、状況把握に努めた。

 ダンジョン内の魔物はある程度焼却され、最初の内は安全に進められそうだった。ダンジョン内の構造も判明しており、死角の魔物に不意打ちを食らうこともない。


 ロートラウト率いる精鋭部隊が、先遣部隊の出撃から遅れること二時間、いよいよダンジョン内に入っていった。それをベルギウスと彼の手勢数名がじっと見ていた。

 おれはベルギウスの近くに立つ。


「クレメンスの救出はどうなった?」


 ベルギウスは鬱陶しそうに振り返った。


「……知っていたか。クレメンスの救出は、可能であればやる」

「グリゼルディスとアドルノの行方も分かっていない。魔王討伐をやる前に、まずは仲間の救出を優先すべきだと思うがね」

「モル様の差配に異議を発するわけにはいかない。お前はグリ派とつるんでいればいい」

「冷たいことを言うなよ。一応、おれはモル派ともうまくやっていけると考えているんだ」

「ふん」


 ベルギウスは精鋭部隊から遅れること数分、数人の部下と共にダンジョンに入っていった。クレメンスの救出に向かったのだろう。


 おれは次にグリ派が出撃する準備を進めていることを眺めつつ、ダンジョン内の様子に神経を尖らせていた。ヒミコが絶え間なくレーダーを稼働させているが、大したことは分からない。

 おれたちにできることは限られているのか、とやきもきしているところへ、ダンジョン内のヒミコ、ベータから連絡が入った。


《マスター、聞こえますか。マスター》

「ベータか。無事だったか。今どこにいる」

《第一層のとある地点です。アドルノと一緒です》


 声が途切れ途切れに聞こえる。通信状況があまりよろしくないようだ。


「第一層……。よし、いまからおれとヒミコで救出に向かう。待ってろ」

《いえ、それが……。少々魔族絡みで厄介なことになっていまして》

「魔族? もしや、カスパルか?」

《はい。カスパル、シーナ、ユリアの三名の魔族が、魔王軍に帰順しました。そして……。アドルノが重傷を負っています。アヌシュカが今、必死に治療を行っていますが……》


 アドルノが負傷? 皇国最強の男がそんな窮地に立たされているとは。やはりこのダンジョンはギルドにとってもかなり危険な状況にあるらしい。


「ベータ、お前の力でも治療は無理か」

《魔法創とでも言うべきなのでしょうか。治療は困難です。止血さえできません》

「分かった。グリ派に協力を仰ぐ。待ってろ」

《分かりました。詳しい経緯は合流したときに改めて》


 通信が切れた。なかなか不安定な回線だった。おれとヒミコはグリ派のもとへ飛んでいって、今ベータから聞いた情報をそのまま流した。魔王軍に魔族が参加しているという点も伝えた。このことが意味することを、おれたちでは正確に判断できないと思ったからだ。結局、命を張って戦うのはおれではなく彼らなのだから、ここでカスパルたちのことを秘密にはできなかった。

 アヌシュカには、魔王を全て倒して魔族の呪いを解けば、これまでのような魔族の苦しい生活を続けなくて済むと話した。カスパルたちにはまだ話していない。もし話していれば、魔王の味方をするなんて選択を取らなかっただろうか。それとも一緒だったろうか?


 グリ派はアドルノ救出に向かうことを決定した。アドルノの死はギルド全体の損失。グリ派はそう考えてくれたようだ。リヒャルト、ツィスカ、ヴァレンティーネを含む六名の精兵がダンジョンに入っていく。第一層へ潜り、すぐ帰ってくるだけ。これに関しては、それほど大きな危険はないはずだった。

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