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帰還、そして



 おれとレダは無事に地上に帰還した。使用したのは正規の入り口ではなく、ヒミコが掘ってくれた第二の入り口だった。既にモル派とは手を組んだ形なので、正面から堂々と出て行っても問題なかったのだが、単純にヒミコの掘った入り口と、ダンジョン脇に建てた小屋が近くにあったので、そちらのほうが都合が良かった。

 おれはアンドロイドを小屋の中に入れた。そしておれは操縦をやめた。アンドロイドを格納スペースに隠すと、小屋の外に出る。外ではヒミコのガンマとレダが待っていた。レダからすると、おれは小屋に入って、すぐ出て来ただけの形になる。


「スズシロ、着替えるの早いのね」


 服が小奇麗になったのを見て、レダはそう言った。おれは頷いた。


「ああ。レダ、体調は大丈夫か?」

「ええ、なんとか。アヌシュカに魔力を抜いてもらって、随分楽になっていたから大丈夫」

「モル派の連中は追ってこなかったか?」


 レダはくたびれた様子だったが、そんな自分を自覚したか、にこやかな表情を作った。


「私は大丈夫。カスパルとユリアも無事なはずだけれど、アヌシュカは色々と方々に気を使って、お疲れだったみたい。まだ子どもだろうに、大変ね」

「おれは一旦、ダンジョン内で得た諸々を家まで持っていく。調べたいことがあるもんでな。その後すぐ、ダンジョンに戻る」


 レダはすっと真顔に戻り、おれの全身をじろじろと眺めた。


「スズシロは大丈夫なの? 魔力で弱ってない?」

「おれは大丈夫だ。レダはゆっくり休め」

「うん……。ニュウと一緒に村まで帰ろうかな。あ、でも、スズシロに貰われたことになってるんだった」

「でも、村に帰っちゃいけないなんて決まりはないだろ?」

「大丈夫だけど、早過ぎるわよ。やっぱりしばらくスズシロの家でゆっくりする」

「そうか。じゃあ一緒に帰還だな」


 おれはレダ、ヒミコと共に探査船へ帰ることにした。掘った穴を隠蔽し、誰かが迷い込まないようにしておく。ダンジョンの正規の入り口をちらりと見ると、随分数が減っていた。ダンジョン内への応援に人員を割いているのだろう。あの憎たらしいクレメンスの姿もなかった。


 探査船に近づいたころ、レダの気配を察したか、ニュウが飛び跳ねながら道の向こうからやってきた。ニュウがレダの顔面に飛びついて、姉が窒息しそうになっているのを見ながら、おれは帰路を進み続ける。


 探査船に帰り、ダンジョン内で見つけた物品、封印の破壊の残骸をアルファに預けた。ダンジョン内でヒミコは魔力の存在について知見を得ていた。詳しく分析すれば新しいことが分かるかもしれない。探査船でなら、より優れた解析機械を設計、創造しながら分析を続けることができる。


 おれは栄養補給をし――以前なら血液内に直接栄養をぶち込んでいたが、異星に着いてからは普通に経口で食事をし、自前の内臓をきちんと働かせていた――少し休憩した。そしておれは再びダンジョンへ向かうべく立ち上がった。


「もう行くの?」


 レダが訊ねる。おれは頷いた。


「ああ。ベルギウスから逃げたと思われるのが嫌なんでな」

「ヒミコさんのお姉さんがまだダンジョン内にいるしね」

「ああ。迎えに行かないとな」


 レダの顔面をもてあそんで遊んでいたニュウが、手をぴしっと上げる。


「はい! 今度はニュウも行く!」

「は? いや、聖印もないのに、駄目だ。それにお前はまだ子ども過ぎるし……」

「大丈夫だもん! 聖印も作ったし!」

「え?」


 おれとレダは目を丸くした。ニュウは赤い造花のような胸飾りを持っていた。おれにはよく分からなかったが、レダが驚愕の表情で、


「聖印だ……」


 と言ったので、確かに聖印らしい。

 おれはニュウが得意げにしているのを見て、この少女の才能に底知れないものを感じた。魔法をろくに知らないおれでこれだから、レダはそれ以上の衝撃を受けているだろう。


「どうやって、これを?」

「お姉ちゃんが作ったのを見てたから、真似たの。でもなかなかできなくて。お姉ちゃんはやっぱりすごいね! わたしだけじゃあ、絶対に無理だったよ」

「え、あ、ありがとう」


 レダは呆然としながら頷いた。ニュウは胸飾りを誇らしげに着けた。おれはアルファに視線を向けた。


「……聖印を作ったのを知っていたのか?」

「私も驚きました。今朝、ついにできたと喜んでいまして」

「どうして報告しなかった」

「本当に聖印かどうか疑わしかったので」

「まあ、確かに……。おれたちには判断がつかないしな」


 おれはにこにこするニュウを見て、レダ以上の才能がある魔法使いであることは理解したが、ダンジョンにはとても連れて行けないと判断していた。当然だ。レダですら状況に翻弄され、あまり役立てなかったと落ち込んでいた。危険過ぎる。

 ニュウはおれの肩の上に飛び乗ってきて、おれの目を隠しに来た。


「ねえねえ、いいでしょ? 連れて行って?」

「駄目だ。危険だろう。せめてあと数年待て。今のレダと同じくらいの年齢になったら考える」


 おれが目隠しを剥がしながら言うと、ニュウは頬を膨らませた。


「えー。あと二年も無理。無理無理だよ。にゅうっ!」

「そのにゅうっていう鳴き声はどういう意味なんだ?」


 おれはニュウにまとわりつかれ、辟易したが、レダが引き剥がしてくれた。おれはその隙に、さっさとヒミコと共にダンジョンのもとへ向かった。

 何度か振り向いて警戒したがニュウが追いかけてくる気配はなかった。


「よし……、もう一度小屋に行って、操縦するぞ」

「お疲れではありませんか?」

「操縦に疲れたら、適宜休憩を取る。自動操縦でもかなり動けるからな。なにせ自律行動可能なように設計されたアンドロイドだ」

「私に操縦を全て任せるという選択肢もありますよ?」

「おれがどういう人間か知っているだろう? 一人で200年間も宇宙を彷徨っていた男だぞ」


 やはり自分でダンジョン内を探検してみたい。本当なら生身でそれをやりたかったが、ヒミコが同意しないだろうし、アンドロイドを向かわせるほうがメリットが多いことはおれも分かっていた。

 ヒミコはおれの言い草に少し笑んだ。


「ええ。本来、そんなに行儀の良い人ではありませんでしたね」


 おれとヒミコはダンジョンに着いた。アンドロイドと入れ替わる前に、正規の入り口の様子をうかがった。モル派の人員がますます減っている。魔族狩りはやめたはずなのに、いったい何に人を駆り出しているのだろうか。

 おれとヒミコがアンドロイドを保管している小屋へ向かおうとしたとき、ダンジョンから凄まじい轟音が鳴り響いた。おれは驚いて足を止めた。

 近くにいたモル派の戦士も驚いていたが、


「きっと封印を破壊したんだ。第五層への道が切り開かれたということだ」


 と教えてくれた。

 グリ派が勝ったか、モル派が勝ったか。はたまたアドルノが掠め取ったか。おれはその場を去ろうとしたが、間もなくモル派の戦士たちが持っていた笛が鳴り響いた。

 獣の声に似たその笛の音には覚えがあった。緊急事態が起こったことを報せるもの。モル派の戦士たちはあらかじめ準備していた、文字が刻まれた金属板を取り出すと、魔法の詠唱をした。ものの数秒で魔法が発動し、帰還魔法が成立する。


 おれたちが見守っている間に、次々とモル派の戦士が帰還魔法で姿を現した。その中にはベルギウスの姿もあった。また、帰還魔法ではなく、普通に入り口から外に出てくる者もいた。閑散としていたダンジョン前はあっという間にモル派の戦士たちでごった返すようになった。


「……お前らか」


 ベルギウスがおれの存在に気づき、呟いた。おれは軽く頭を下げた。

 

「どうも。何があったんだ?」

「封印をグリゼルディスが破壊した」

「ってことは、グリ派がここのダンジョンの発見者権利を得たということか?」


 ベルギウスは大して残念そうでもなく、淡々と頷いた。


「まあ、そうだ。だが、魔物が封印の前で待ち構えていてな……。なかなかの攻勢だった」

「待ち構えていた? よくあることなのか?」

「ないことはない。たまにあることだが……。それ以上に驚くべきは、このダンジョンには魔王がいる」


 おれはアヌシュカから聞いた話を思い出す。


「魔王? あー、魔を生み出す存在とか言われている奴か。歴史上まだ一体しか確認されていない存在らしいが、そんなやばい奴がここにいるのか」

「我々の目の前に現れたよ」

「え……」

「救援を要請する。抑え込むのが無理なら、この一帯を放棄する。間もなくこの地は魔物で溢れかえるだろう」


 おれは突然の出来事にしばし言葉を失った。そして、まだダンジョン内にいるであろうグリゼルディスやイングベルト、魔族たちのことを思った。彼らは無事だろうか? ヒミコは魔王を間近に見たのだろうか? この大陸最強の魔法使いと称されるアドルノは、この事態にどう対応するのだろうか? 


「……中のヒミコとは連絡が取れないのか」

「通信が機能しません。おそらく、ダンジョン内に設置された中継機材が破壊されています」

「おれたちにできることは? 様子見か?」

「それしかないかと。今はギルドの戦力を信じましょう」


 おれたちは自らが掘ったダンジョンへのもう一つの入り口のほうへ向かった。ここから魔物が溢れ出すと危険なので、塞ぐことにする。おれはヒミコが掘削した土を穴に押し戻すのを眺めながら、アヌシュカたちのことを考えていた。かつて魔王を封印した英雄たちの子孫である彼ら。魔王を前にして何を思うのだろう。

 共通の敵を得たと、人間に協力してくれるだろうか? それとも、自らに魔物という名の食料をもたらしてくれる地母神として隷従するのか。時間が経るごとに騒がしくなっていくダンジョン周辺に耳を傾けながら、おれは魔族の今後について考えずにはいられなかった。


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