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拷問




 恐ろしい拷問が続いていた。ベルギウスに捕まったおれは、全身を縄で縛られたうえ、即席で造った台座に載せられ、鞭を打たれた。それがあまり効果的でないと気づくと、髪を引きちぎられ、手足の爪を剥がされ、細くて長い針を全身に突き刺された。

 もしおれが本当にただの人間だったら、悲惨なんてレベルではない。ベルギウスの部下たちは、ベルギウスがやろうとしていることにいちいち恐怖し、拷問の現場から一刻も早く立ち去りたい様子だった。そしておれが苦悶の声一つ上げないことにも驚愕していた。


 おれは自分の体が金属のフレームでできていることがすぐにばれると思っていた。しかしなかなかそうはならなかった。顏や髪は勝手に修復されていき、突き刺した針は途中で折れ、皮膚の向こうにちらりと金属の光沢が見えても、何か魔法の一種の効果が働いているとみなしたようだった。確かに、機械の体を持っていると言われるより、魔法で何とかしているとしたほうが、イフィリオスの人々にとっては理解しやすいだろう。


 おれがいつまで経ってもけろりとしているので、ベルギウスは苛々が募っているようだった。そして、この拷問が本当に効果的なのか疑問が湧いたようで、自分の部下にも同じことをしようとした。さすがにおれが声を上げた。


「やめておけよ。いつか部下に背後から刺されるぞ」

「黙れ! 貴様、どうして平然としゃべれるんだ」


 モル派の戦士が巨大なハンマーを取り出して、おれの両腕を潰しにかかっているところだった。ダァン、ダァン、という巨大な衝撃音が辺りに響き渡る。おれを載せている台にヒビが入ったが、おれはほぼ無傷だった。


「おれに魔族の居場所を吐かせる為に拷問しているんだろ? おれを喋れなくすることが目的なのか?」

「ちっ……、やはり普通ではない。なぜ魔族を庇う? あいつらは人類の敵だ」


 おれは自分を縛り付けている縄を躰から噴出させた熱蒸気で焼き切り、ゆっくりと体を起こした。ハンマーを持って振りかぶっていた戦士が驚愕して後ろにひっくり返る。

 他の戦士がおれを押さえつけようとしたが、ベルギウスが制した。


「いい! 下がってろ。このままでいい」


 ベルギウスの声に、部下たちはすごすごと退いていった。どこか安心した風でもあった。

 おれは縄を完全に取り払い、先ほどまでおれを載せていた台にチョップした。すると呆気なく真っ二つに破壊され、ベルギウスは小さく笑った。


「……なるほど。いつでも逃げられたが、付き合ってやっていたということか。魔族の為に囮役を買って出たということか?」

「ああ、そうだ。もう充分だろうし、そろそろ帰るよ」

「無事に帰すと思っているのか?」


 ベルギウスの脅しは、しかしあまりに空虚だった。


「拷問は効かない。もう分かっただろ? これ以上おれに構っても徒労に終わるだけだよ」

「もう一度聞く。なぜ魔族に味方する?」

「敵対する理由がないから。会話が成立するから。ええと、そうだな、あとは、不憫だから」


 ベルギウスは呆れたと言わんばかりに肩を震わせた。


「ばかばかしい。あいつらは魔物と同等かそれ以上に呪われた存在だ。魔族に殺された人間が大勢いる。駆除すべきだ」

「そうなのか。しかし、最初に魔族を虐げたのは人間のほうなんじゃないかな。彼らは英雄の子孫だというし、仲良くしたらどうだ」

「そんな四方山よもやま話を真に受けるとは、正気を疑うな」

「何を言っても無駄そうだな。そりゃそうか。同じ人間を拷問にかけたり、部下を畜生以下の扱いで使ったり、あんたには慈悲ってもんがなさそうだ」


 おれは跳躍し、この場から去ろうとした。ベルギウスが腕を突き出し、おれを捕まえたときと同じように、おれの首根っこを押さえようとした。しかしおれはこのとき初めて銃火器を取り出し、撃った。

 ベルギウスの腕に当たったそれは、確かな殺傷能力を発揮した。ベルギウスは銃撃された衝撃でひっくり返り、血が流れる自らの腕を睨んだ。


「なんだこれは……。魔法ではない。魔法ならば跳ね返せたはずだ。魔法で鉛の弾を飛ばした? わざわざ鉛の弾を用意して、魔法はそれを発射する為だけに使った? 鉛の弾に一切の魔力を付与させなかったのは魔法によるガードを遅らせる為に、そんなことをしたのか?」


 なんだか深読みしてくれているが、おれは適当に頷いておいた。


「そんなところだ。普通のギルドメンバーにこれを使うつもりはなかったが、あんたになら、使っても死なないだろうなと思って」


 ベルギウスはあっという間に止血した。そして自分の肉を貫いた鉛弾を摘出し、それをじっと見つめる。


「これは素晴らしい……。我は戦闘魔法に関するありとあらゆる技術を研鑽し、研究し、網羅してきた。この鉛の弾を撃つ瞬間、魔法の気配が一切しなかった。魔法使い相手に、覿面の効果を発揮するだろう」

「そうなのか」

「しらばっくれるな。これはそのような意図をもって完成された技術に違いない。異国の冒険家スズシロよ。ますますお前が気になってきた。悪いようにはしないからこちらへ来い」


 おれは彼の図々しさに、少し呆れてしまった。


「さっきまでおれを拷問してたくせによくそんなことを言えたな」

「我はこのダンジョンを去るつもりだった。予言によって、お前がこのダンジョンを攻略することは分かっていた。それがどれくらい先のことになるのか……。早くとも数年後という見方だったが、考えが変わったのだ」

「と、いうと」


 ベルギウスは黒い包帯を、風もないのにはためかせながら、胸を大きく開いて大声を上げた。


「お前は我の知らない技術を複数知っている。空を飛ぶあの金属の物体もそうだ。あれで我々を索敵していたのだろう? 魔族とのつながりも興味深い。お前はきっと今後役に立つ」

「そう思うんなら、もっと丁重に扱って欲しかったがな」

「これからはそうしよう。どうだ?」

「うん……、おれはグリ派と仲が良い。アドルノ派とも、悪くない。そしてモル派とも手を結べるのなら、願ったり叶ったりだが。一つ条件がある」

「なんだ」

「魔族を殺すな。彼らは人間と変わらない」


 ベルギウスはここで小さくため息をついた。そしてゆっくりと頷く。


「このダンジョンにおいては、そうしよう。元々、我も部下が傷つかなければ、魔族に執心するほうではないから、これ以上追うことはない。しかし、魔族殺しはこの国全体の方針だ。我を説得したところでその潮流は変わらないぞ」

「今はそれでいいさ」


 おれはここでアヌシュカに通信機を介して連絡を入れた。


「おい、聞こえるか」


 しばらくしてからアヌシュカの声が返って来た。


《あ、スズシロさん。大丈夫なの?》

「もう拠点に帰っても大丈夫だ。モル派がお前らを追うことはない。話がついた」

《話って……?》

「モル派のベルギウスと和解した。いいか、カスパルにこれ以上暴れさすんじゃないぞ」

《分かった。ありがとう、スズシロさん……。きっとアドルノ様もあなたに感謝するわ》


 通信を切った。おれはベルギウスに向き直り、


「魔族がお前の部下を傷つけたのなら、その分の借りは返そう。色々と協力できることはあるだろう」

「そうか。お前がいったいどれだけギルドに貢献できるか、楽しみだよ」

「それと、もう一つ……。魔族が第一層あたりにいる可能性があるんだが」

「第一層に?」

「おれに捜索させてくれ。その後モル派に協力する」

「いいだろう。しかし、第一層は徹底的に巡回し、魔物を全て討った。魔族が潜伏している可能性は極めて低いが」


 おれはベルギウスたちと別れた。彼の部下はおれを恐ろしいものを見る目で見ていた。第三層への道を辿り始める。


《不気味ですね》


 とは、ヒミコの言葉だった。


「ベルギウスが? 確かに見た目は不気味だな。包帯でぐるぐる巻きで」

《急に友好的になりました。何か狙いがあるのではないでしょうか》

「正攻法でおれを屈服させられなかったから、やり方を変えたんだろう。根っこではおれのことを警戒しているはずだ」

《戦闘能力も、底知れないものを感じます。……それと、シーナの件ですが》

「何か分かったか?」

《レーダー情報を解析したところ、第一層に隠し部屋のようなものが幾つかありました。そこに誰かがいるかどうかは分かりませんが》

「それで十分だ。アヌシュカを向かわせる」


 おれは万事うまくいっていることに安堵した。ベルギウスがおれにやった拷問の類、あの悪意が魔族に向かったら、悲惨なことになっていたことだろう。そうならなくて良かった。

 おれは第三層へとたどり着いた。モル派の拠点で、レダが待っていた。彼女はおれの身を案じていたようで、おれの顔を見るなりほろりと泣き始めてしまった。


「なぜ泣く」

「泣いてない。でも、心配したわ。ベルギウスの姿が見えたから。良かった……」


 おれはレダと共に地上へと向かった。グリ派が勝つのか、モル派が勝つのか、まだ分からない状況だったが、ダンジョン内は魔物が駆逐され、安全が確保されつつあった。ギルドがあっという間にダンジョンを制圧し、魔物が外に湧いて出てくることはもうないだろう。近隣の村も一安心のはずだ。

 もうおれはダンジョンに潜らなくても構わない状況だったが、ベルギウスの予言がやはり気になった。おれがこのダンジョン攻略に一枚噛むことになるというのは本当だろうか。もしそうなら、なかなか面白そうではあるが。今は疲労が溜まったレダが最後の最後で怪我をしないように、気を付けるとしよう。




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