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魔族のルーツ



 自分で言うのもなんだが、おれにはこの世界に対して偏見はなかった。知識がまるでないのだから当然だ。こういう事情がある、と言われればあっさりそれを信じるし、どうしてこんな子供だましに引っ掛かったの、と呆れられても、子ども以下の常識しかないのだから仕方ない。

 アヌシュカはおれの無知っぷりに度々驚いた。おれは今更それを恥じることはなかったが、隣のレダのほうがなぜか言い訳をしたり擁護をするものだから、話がややこしくなってしまった。


 おれとレダ、アヌシュカの三人は、アドルノの構築した拠点の方向に向かっていた。魔物は一切襲ってこなかった。アヌシュカが身に纏っている香りが魔物を寄せ付けないのだという。


「特殊な香料か何かか?」


 おれが訊ねると、アヌシュカは曖昧な態度だった。


「魔物を呼び寄せる香りと、遠ざける香り。それらを自在に使い分けることができる」

「へえ。器用なものだな」


 おれが言うとアヌシュカは俯いた。そして疑うような目で見てきた。


「あなた、あまりにもモノを知らないから、一から話すしかないね。逆に説明が楽かも。こういうのを話すとき、どこから話すべきか迷うことが多いから」

「ふむ。助かる。話が脱線してもいいぞ。色んな話を聞いてみたいからな」


 アヌシュカはおれを奇妙なものを見る目で見た。何か言いたげにしたが最終的にやめたようだ。その代わりにため息をつく。


「……魔族と、魔物。この二つの関係……。最近の若い人は、魔族が魔物を従えているとか、魔族が魔物を生み出しているとか、そんな誤解をしている人が増えているらしいけれど、全く違う」

「魔族は魔物を主食している種族、だと聞いたが」


 アヌシュカは嬉しそうに小刻みに頷いた。


「そう。だけど、最初から魔物を主食としていたわけじゃない。そもそも魔物というのは、太古から存在する“魔”と呼ばれる穢れの成れの果て。その正体は不明だけれど、この魔をダンジョン内に封印したことで、今の人類繁栄がある。でもね、封印と言っても、じゃあ具体的にどうするのって話にならない?」

「古代の人たちが、魔物をダンジョン内に誘導した、とか?」

「魔物じゃなくて、魔。もっと抽象的な存在だったと考えてもらいたいわ。そりゃあ、現在で見るような魔物みたいなやつらが相手だったら、ダンジョン内に誘導する方法なんていくらでもあるでしょう。それどころか封印するより殺したほうが楽そうだけど」


 おれは腕を組んで考え込んだ。


「もっと抽象的な存在ね……。概念みたいな存在ってことか? そんなやつらを封印するというのは……」

「普通ならできない。けど、魔を生み出している存在については分かっていた。魔を生み出す者、太古の人たちはそれを魔王と呼んでいたけれど、その魔王をダンジョン奥底に封じることで、彼らが放つ魔も一緒に封じ込めようとしたの」


 聞き慣れぬ単語が出てきたが、電波を通じてヒミコが即座に翻訳してくれる。ヒミコも一緒にこの話を聞いているはずだが、どんな感想を持つだろうか。


「魔王、ね……。おれが読んだ本だとそんな記述はなかったが」

「魔王というのも、実は抽象的な存在で……。多分その本だと魔と一緒くたにして語っていたんだと思う。なかなか難しい話なんだけれど、とにかく、魔王をダンジョンに封印しようとした。じゃあ、誰がそれをやったのか?」

「古代の人たち」

「の、誰?」

「みんな……。じゃないんだな。一部の、勇敢な人たち?」


 アヌシュカは冷めた目で拍手した。


「そう。半分正解。当時の英雄、聖職者、勇者、大魔法使いたちが、自らの命を賭して、魔王をダンジョンへ封印した。本当はダンジョンの数だけ魔王が存在することになるけれど、悠久の時を経て、ほとんどの魔王はダンジョン内で消滅しちゃったみたい」

「まだ生きている魔王もいるのか? いや、抽象的な存在なんだっけ?」

「魔と同じく、魔王も、時を経て実体を得ているらしいけれど、歴史上観測された魔王はたった一体。その魔王もディガム王国の聖騎士隊が討伐したと言われてる。まあそれはいいとして」


 アヌシュカはおれの反応をうかがうようにしながら言う。


「……魔王はダンジョンに封印される際、当然だけれど、抵抗した。古代の英雄たちは多大な犠牲を払いつつも、任務を遂行した。魔王たちは自らの敗北を悟ると、最後の悪あがきに出た。自らに封印をかけた稀代の英雄たちに、呪いをかけたの」

「呪い……」

「呪われた物しか食べられなくなる呪い。魔物とか、呪物とか、魔力で汚染させたものとか」

「……え?」


 おれはここでようやく理解した。アヌシュカが話そうとしていることの内容を。


「おい、まさか」

「魔族の正体。それは、古代において魔王を封印した英傑たちの子孫。子々孫々に至るまで呪われ続ける彼らは、まともなものを食べられなくなった。食べるもの全てが呪われていたおかげで、美しかった彼らは代を重ねるごとにいびつに、醜くなり、今の異形になった」


 おれは思わずうなってしまった。想像していなかった展開で、この世界もなかなか複雑な事情があるのだなと思った。同時に、ある疑念が浮かんできた。


「……魔族は、過去の英傑の子孫……。それをギルドは討伐対象にしているのか?」

「そういうこと。この話、信じる?」

「……信じるかどうかは分からない。この話、おそらくだが、この世界の多くの人が歯牙にもかけていないだろう?」

「そうね。だけど、アドルノ様は違う。アドルノ様は魔族を保護しようとしている。古代の英雄たちに敬意を払って」


 おれはアドルノほどの男がそうしていることにこの説の信憑性を感じた。おれは少し考えたのち、


「信じるかどうかは別にして……。アヌシュカ、お前も魔族なのか?」


 おれの質問に、隣のレダが飛び上がって驚いた。アヌシュカは足を止め、その大きな瞳をおれに向けて来た。無表情で、彫刻のような趣さえある、美しい佇まいだった。


「……どうしてそう思うの?」

「アドルノが魔族の保護に動いているのなら、その活動に付き添う者も、魔族の保護に理解のある人物でないといけない。一番良いのはアヌシュカも魔族であることだ」


 アヌシュカはふっと笑った。そして大股で歩き始める。


「ええ。私も魔族よ。アドルノ様の弟子はほとんど魔族。アドルノ様の弟子22人の内、一人だけ人間がいるけれど、魔族に育てられた異端児だから、思想は魔族そのもの」

「いいのか? おれとレダにそんな大事なことを話して」

「今更?」

「ああ。今更、気になってな」


 アヌシュカはどんどん大股になる。おれとレダは追いつくのに小走りにならなくてはいけなかった。


「事情を話すと約束したし。それにスズシロさん、あなたはまっさらな感じがするの」

「まっさら?」

「あなたの連れの女性のヒミコさんにも同じものを感じたけれど。私の話を真剣に受け止めてくれる。そんな気がした」

「ふうん……、レダもか?」

「彼女は」


 アヌシュカは歩調を緩めて、レダを見据えた。ここでおれは初めて気づいたのだが、アヌシュカがレダをまともに正面から見るのはこれが初だった。これまではこの魔族の少女は、どういうわけだかレダに対し壁を作っていたように思う。


「……レダさんは。この話を知る権利があると思ったから」

「ん? どういう意味だ」

「このダンジョンの封印を解いたのはアドルノ様なの」

「え?」

「10年くらい前……。保護すべき魔族の食糧庫として、こっそりダンジョンの封印を解いた。そして三人の魔族の子供に、ここで暮らすように指示した」


 おれはレダが震えていることに気づいた。おれは思わずレダとアヌシュカの間に立ち、物理的な接触ができないように立ち回った。


「三人の、魔族……」

「10年前、ダンジョンの封印を解いた衝撃で、大量の魔物が湧き出た。近隣の村々に被害が出て、アドルノ様は急いで救援に向かった。村に防壁を築き、人々を救った。レダさん、あなたの村をアドルノ様が守ったのは、そのときのことよ」


 レダは何も言わなかった。ひたすら先を促す。


「……そして最近、魔族の内の一人が、ダンジョン内の魔物を介して、近隣の村を襲った。毒を撒き、イビルホークやオークなどの魔物を使役して、村人を殺そうとした」

「魔族が……。このダンジョンにいる魔族が、私たちの村を襲った……!」


 レダの体の震えが止まらなかった。おれは彼女の肩を掴んだ。


「落ち着け、レダ」

「は? 落ち着いているでしょう」


 レダの目が据わっている。おれはそっと彼女の肩を離した。アヌシュカは小さく息を吐く。


「もちろん、アドルノ様はそれを是としなかった。各地の魔族を保護しながら、彼らの食料を確保しつつ、なおかつ普通の人たちの暮らしを守り、ギルドの仕事もこなす。アドルノ様は超が三つ付くほどの多忙の身でいらっしゃるけれど、異変が生じてからすぐ、無理を言ってこのダンジョンまで駆け付けた。村を救ったスズシロさんたちに、アドルノ様は感謝しているはずよ」


 おれは探査船付近にやってきたアドルノを思い出した。どうしてダンジョンから離れたあの場所に来たのかと思っていたが、おれのことを探していたのかもしれない。


「そうか……。大体事情は分かった。魔族が村を襲ったということは、アドルノに保護されている魔族の中でも、人間に憎しみを抱いている者がいるということだな」

「そうね……。魔族はもう、人間とは区別される存在になってしまった。今更共存は無理だと判断した過激派のおかげで、人間と魔族の溝は深まっている」


 おれはアヌシュカの絶望に染まった顔を見た。彼女はレダに事情を話して、罵倒されることを望んでいるように見える。しかしそんな彼女なら、人間と分かり合える気がしてならない。


「ちょっと、話は変わるんだが」

「何?」

「その魔王が英雄たちにかけた呪いってやつは解除できないのか?」


 アヌシュカは、あっさりと、


「無理ね。今でも魔王から英雄の子孫に呪いの力が供給され続けているし、これだけ強力な呪いを破壊する魔法は存在しない。残存している魔王全てを討伐し、その上で強力な解呪魔法を新たに開発しない限り、魔族にかかった呪いは解けない」

「ふむ。ということは、まずは魔王を全て討伐する必要があるってことか」


 おれの言葉にアヌシュカはぽかんとした。


「はい?」

「ん? おれはおかしなことを言ったか?」

「い、言ったわよ。そんなこと、できるわけないでしょう?」


 おれは今一度話の流れを頭の中で整理した。そして確信を持って言う。


「できないのか? てっきり、お前はおれに助けを求めているように見えたが。お前たち魔族を助ける為には、魔王を殺すしかない。そうだろう?」

「あ、あなた、おかしいんじゃない。そうね、何もモノを知らないからそんなことが言えるんだわ。この世界にいったいどれだけのダンジョンがあるか分からない。どのダンジョンに魔王が潜んでいるかも分からない。最悪、全てのダンジョンを完全攻略しないと魔王を全て殺すなんてことはできない。それが分かってる?」

「ああ……、そうだな。なかなか骨が折れそうだが。しかしそうしないとお前たちが救われないというのならやるしかない。おれは無理でも、少なくとも世界はその方向に動くべきだ。100年後、200年後、その目的が達成されるまで」


 アヌシュカは絶句した。おれの隣で息を潜めていたレダが、ぷっと吹き出した。


「あははは、スズシロ! やっぱり面白い人!」


 レダが笑い転げたのを見て、アヌシュカは顔を真っ赤にした。


「何を笑ってるの!? あなたは、私たち魔族を憎むべきなのに!」

「憎まれたいの、アヌシュカ? 私は、確かに村を襲った奴らが許せない。けど、アヌシュカが悪くないことを知ってるよ」


 アヌシュカの唇がわなわなと震えている。少し怒っているが、怒るようなことでもないと自分でも気づいている、そんな表情だった。


「そんなの……」

「アヌシュカ。仲間がいなくなって、私たちに助けを求めるくらい、参ってしまっているんでしょう。事情を話してくれてありがとう。協力するわ」

「協力……」

「協力してもらいたいから、事情を話したんじゃないの?」


 アヌシュカは少女らしい儚げな表情を見せた。弱々しく微笑む。


「……贖罪だよ。さっき地図を見せてもらった時点で、私はもう、あなたたちから得るべき情報を得ていた。だから、事情を話したのは、村を襲われたレダに、謝りたかっただけ。私の仲間が、あなたの村を襲わせて、あなたの仲間を殺したから」

「そうね……。村を襲った魔物は許せないけれど、魔族が相手なら、こうやって話ができる。分かり合うこともできなくもないかなって、今はそんな気分なの」


 アヌシュカはしばらく何も言わなかった。おれはレダとアヌシュカの間に立つのをやめた。レダが魔族の少女の肩に触れて、軽く揺すると、少女はレダの手を振り払った。そしてくすくすと笑った。


 この二人は仲良くやれそうだ。おれは色々と思うところはあったし、今現在アドルノが何をやっているのか気になっていたが、とりあえずアドルノの拠点に向かうべきだろうと判断した。

 正直、ダンジョンの攻略より魔族の動向のほうが今は興味が強かった。友好的な魔族ばかりではないだろう。アドルノの弟子は、他の魔族より人間寄りの思考になっているはずだが、それでも危険だ。


 おれたち三人はまっすぐアドルノの拠点に向かった。魔物にとっては恐怖の対象であるアヌシュカがいるおかげで、魔物は全く寄り付こうとしない。平和な道程だった。


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