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亜人


 ときどき「にゅう」と言うので、おれとヒミコはこの少女を仮にニュウと名付けた。頭から血を流していたので、ヒミコが治療の許可をおれに求めた。おれは許可した後で、知的生命体がこの近くに集落を作っているのなら、この宇宙船を別の場所に移動しなければなるまいと考え始めていた。一刻も早くワープ通信に必要な反物質を貯蔵し、救助を要請しなければならない。


 ニュウはおれの探査船に興味津々のようだった。ヒミコが重要な機材や道具を壁の内部に収納したのでそれらを詮索される危険はないが、ニュウが金属の壁やベッドのクッションなど、見知らぬ素材をべたべた触っているのを見ていると不安になってくる。さっさとこの少女を外に放り出した方がいいのでは? 彼らの文明に大きな影響を与えかねない。おれの一存で彼らの文明に干渉するわけにはいかない。


 ヒミコがうろうろするニュウに近づき、頭に触れた。ニュウはヒミコに触れられると途端に大人しくじっとするようになった。


「ヒミコ、治療が終わったらその子を外に出せ。その後宇宙船を移動する。周囲の探査結果のもと、人が来ない場所に改めて拠点を構築する」

「了解しました。しかし、マスター、この子は先ほど、確かに怪我をしていましたよね」

「ああ。頭から血を流しているじゃないか。もう出血は止まったようだが」


 おれはニュウの血がおれたちと同じ赤色であることを改めて確認しながら言った。鉄原子を含んだタンパク質で全身に酸素を運んでいる可能性が高い。彼らの血ひとつ取っても、興味が尽きなかった。


「この子の傷、既に塞がっています。私が手を出す前から」

「ふむ? 傷が浅かったか、止血能力の高い生き物なのか……。傷が塞がっているのなら結構じゃないか」

「ええ、そうですね……。血液サンプルを入手しました。分析してみます」

「そうか。結果が楽しみだが……。外に連れ出してくれるか」


 ヒミコがニュウの手を引いて船から出そうとした。ニュウは最初素直に従うかに見えたが、すぐに足を踏ん張って拒絶した。まだまだ船の中を見て回りたいらしい。

 

「強引に連れ出せ」

「可哀想ですが、仕方ありませんね」


 ヒミコはニュウを持ち上げた。少女はヒミコの怪力っぷりに驚き、目を見開いた。少女が手足をじたばたさせたがヒミコはお構いなしに外へと歩いていく。


 そのときおれは声を聞いた。外からだ。憎悪と殺意にみなぎった、雄々しい声。おれは思わず声のしたほうを見た。


「ヒミコ、聞こえたか?」

「ええ。南南西の方角、距離は700M程度です。まっすぐこちらに向かっているようです。足音からして、体格の良いのが三体ほど」

「知的生命体か?」

「可能性はあります。が、高度な文明を築いているにしてはやや理性に欠ける声のように感じられます。私の感想ですが」

「おれの感想も同じだ」


 ニュウは外からの声を聞いてじっと大人しくなった。と思ったらヒミコの手からするりと抜けて、外へと走り出した。おれはすぐに後を追った。

 ニュウは船を降りると声のするほうへと駆けだした。もしかすると仲間の声に反応したのかもしれない。しかしおれの胸は騒いでいた。おれはヒミコに振り返った。


「追うぞ。様子を見たい」

「プローブに追わせます」

「いや。この目で確かめたい。状況に即応できるように」

「分かりました。アルファとベータを船に帰還させて引っ越しの準備をさせておきます。それと、これを念の為」


 ヒミコは短銃を差し出した。おれはそれを受け取り、腰のベルトに挟み込んだ。


「これ、実弾か?」

「ええ。経済的ですので。発電量が増えれば、エネルギー銃も用意できます」

「いいよ。これで十分だろ」


 おれはヒミコを伴ってニュウの後を追った。ニュウがあの雄々しい声の主と仲良くやるのならよし、そのまま見送る。しかしどうもそんな気がしなかった。それはヒミコも同様のようで、二人は可能な限り急いだ。


「プローブが声の主の姿を捕捉しました。映像をマスターに送ります」


 おれの脳の中に入っている生体メモリーチップにヒミコが情報を送る。解像度の低い映像には、豚の頭を冠した亜人が三体、猛然と平原を走っているのが映っている。おれはこの亜人に見覚えがあった。筋骨隆々の亜人、右手に鉄剣を携えた、しかし知的とは到底言えなさそうな、怪物……。


「……どう思う、ヒミコ」

「とりあえず、武器を扱えるだけの知能はあるようです」

「ニュウの仲間だと思うか」

「姿形が違い過ぎます。同じ種族ではないでしょう。共生関係にあるのかもしれませんが、お互いに敵意を剥き出しにしているように見えます」


 おれは前方に猛然と走り続けるニュウの姿を捉えた。ニュウは身軽に跳躍した。黒い道衣の下には赤い肌着のようなものを着ていて、一瞬ちらりと見える。しかしそれよりおれの目を引いたのは、太腿に刻み込まれた赤い紋様だった。


「にゅう」


 ニュウは呟いた。すると彼女の全身が薄く発光した。

 少女の前方から豚の亜人が三体、駆けてくる。少女と亜人は互いに殺意を抱いていた。おれはそれを確信し、足を止めた。少女の手から青白い光が放たれる。ヒミコがすぐに呟いた。


「電気……、いや、雷」


 雷撃が豚の亜人の一体を捉える。バチバチと音を立てて亜人の体の表面を焦がし、倒れた。残る二体は臆することなく少女に突進する。

 ニュウは二撃目を放つことができなかった。ある程度の時間を要する攻撃のようだ。危ない、と思ったが、ニュウは何もないところから剣を抜き放った。青い刀身の刀。亜人がグワアアと奇声を上げて、少女に鉄剣を振ろ下ろす。

 少女はそれをまともに受け止めた。しかし亜人の鉄剣が呆気なく砕け散り、亜人は一瞬呆けたように自身の武器の残骸を見つめた。

 少女のほうも、亜人の攻撃の衝撃を受け止めきれなかったようで、地面に倒れ込んだ。三体目の亜人が好機とばかりに剣を振り上げる。少女は起き上がって逃げようとしたが、間に合いそうになかった。


 おれは考える前に撃っていた。亜人の頭蓋に鉛玉が着弾する。亜人はぐるりとその場で横回転し、どうと地面に倒れた。

 少女はそれを見届けた後、青い刀身の剣を持って立ち上がり、丸腰になった最後の一体を見据えた。そして、にゅう! と叫びながら斬りかかった。

 亜人はすんでのところで回避し、遁走した。少女はそれを追いかけたが、亜人の逃げ足は速く、少女はすぐに諦めた。そしてその場に膝をついた。


「ヒミコ、二つ質問したい」


 おれは言った。ヒミコは俺の横で不自然なほど綺麗に直立していた。


「はい」

「おれがあの豚の亜人を撃ったことを非難するか?」

「いえ。ですが理由をお教えください。帰還した後、報告しなければならないでしょう」


 おれは短銃をしまい込みながら、


「あの少女がおれたちに似ていたからだ。正直言って、あの亜人たちの姿は醜悪で、あまり近づきたくない。あの子のほうに肩入れしたくなった」

「正直ですね。この惑星の文明と自然を保護する立場に立てば、対立する二つの勢力のどちらかに肩入れするのは、最も避けなければならない行為です」

「ああ。お前もおれを非難するか?」


 ヒミコは苦笑した。そんなわけがない、という意思表示に思えた。


「非難するとしたら、もう少しうまい言い訳を考え付かないのか、という点にですかね……。今回の出来事はきっちり記録して、然るべき機関に報告しますが、後からこちらの言い分や動機を付け加えるくらいはサービスしますよ。マスターには犯罪者になって欲しくないので」

「うむ……。じゃあ後で一緒言い訳をに考えてくれ。それと、もう一つの質問だが」

「はい」


 おれはニュウの近くに落ちている青い刀身の剣を睨んだ。全長が少女の身長の八割くらいはある。


「あの子が剣を隠し持っていたこと、気づいていたか?」

「いえ。さっきまで彼女は丸腰でした。間違いありません」

「つまりどういうことだ」


 おれは本当に理解できず、尋ねた。ヒミコも回答を持ち得ないだろうという確信があったが聞かずにはいられなかった。


「検証が必要です」

「雷を生み出したことと、何もないところから剣を持ち出したこと。おれはますますあの子に興味が湧いてきたんだが、お前はどうだ」

「我々の常識外の存在であることは間違いありません。これまでの固定観念を捨て去り、接しませんと、実情を把握できないでしょう」

「そうだな」


 少女がおれたちのほうへ駆けてきた。陰りの一切ない笑顔だった。おれが彼女を助けたことを理解しているのだろう。異星言語を捲し立ててきたが、もちろん内容は分からなかった。


「翻訳はまだできないのか」

「あと数時間会話してみませんと、言語体系を掴むことさえできないでしょう。頻出の単語の意味を類推することくらいはできますが」

「分かった範囲から翻訳してくれ。この子がおれたちに飽きて、何も話さなくなる前にな」

「とりあえず、探査船に帰りましょうか……。ここまで関わってしまったら、お茶をしながら話をすることなんて、大したことじゃないです」

「お前がそう言うならそうなんだろうな。地球の連中に非難されることに変わりないなら、それを上回るくらいの功績を持ち帰ってやるか」


 おれは半ばやけくそになりながら言った。ありえないことだが、ヒミコも少し暴走気味になっているように見えた。もしかすると彼女なりに、おれが亜人を撃ったことの正当性を得ようと、少女から情報を引き出したかったのかもしれない。

 ヒミコは亜人の死体を簡単にスキャンしてから、少女の手を引いて宇宙船へと戻った。おれは亜人の死肉に早くも群がり始めた虫を一瞥してから、それに続いた。


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