合流
ヒミコが封印の門前の広大な空間を縦横無尽に動き回る。その動きをゾンビの巨人は捉えることができない。しかしヒミコの使っている銃火器とブレード武器ではゾンビの巨人に効果なしだった。ヒミコはおれの許可を得て、何種類かの毒物をゾンビの巨人に撃ち込んだが、それらも効果なしだった。
おれは先ほどまでモル派の戦士だったゾンビ群を銃火器で消し飛ばしながら、イングベルトの姿を探していた。否、いないでくれと願いながら銃を撃ちまくっていた。イングベルトはモル派と合流したはずだ。モル派は三つの部隊をこの第四層に送り込んでいた。もし、この部隊にイングベルトが帯同していたら――とっくに肉片と化している可能性がある。
そもそもこの巨大なゾンビは何なんだ。この門を守っているのか? どうして妨害魔法なんかに守られているんだ。ダンジョンに封じ込められているのは太古に存在した“魔”だ。そんな奴らが封印の門を守っているのはおかしい。
作為的な何かを感じる。おれはゾンビを蹴り飛ばし、レダの手を取ってその場から離れようとした。ゾンビは不死身で、どれだけ四肢をちぎっても、まだ動こうとしていた。
「ヒミコがまだ戦ってる! 私たちだけ逃げられないわ!」
そう言ってレダはおれが退却しようとするのを阻んだ。さっきまで怯えていたのに、背筋がしゃんと伸びている。ヒミコが単身、巨人ゾンビに立ち向かっているのを見て、発奮したのかもしれない。
「お前、戦えるのか?」
「もちろん……、やらせて!」
レダは雷撃の魔法を撃った。ゾンビたちに直撃したが、さしたる効果はなかった。そこでレダは走り出した。ゾンビたちがぞろぞろとそれについていく。ゾンビたちはおれよりもレダのほうに興味があるようだった。おれはゾンビたちの足を狙って撃ったが、彼らはその辺に散らばった肉片を自分の肉体にくっつけて強引にそれを足として前へと進んだ。そのおぞましい姿におれは銃を撃つ気さえ失いかけていた。
「炎魔法も決定打にならないなら……。凍らせるしか!」
レダが地面に氷の膜を張る。ゾンビたちはその上をぞろぞろと進んだ。すると肉片が氷に引っ付き、ゾンビたちはぼろぼろと体が崩れていった。肉片を自分にくっつけてなお前進しようとするも、冷却された肉片はうまくゾンビたちに癒着することなく、静かにゾンビたちは動きを止めていった。
「……ヒミコ! こいつらは冷却系の攻撃が効くようだ」
「了解です、マスター」
と言っても、今のヒミコはゾンビ巨人を急速に凍らせるだけの熱交換システムを搭載していない。どうするのかと思っていると、レダが造った氷の膜を拾って、それをゾンビ巨人に投げつけた。もちろんそんな小さな氷の塊ではゾンビ巨人に効果はないはずだ。
しかしゾンビ巨人は露骨に氷の塊を嫌がっていた。氷を払い、そしてヒミコに突進する。ヒミコは手に持っていたブレードを構えた。ヒミコの腕から蒸気が噴き出す。それは熱風だった。自らの体の熱を凝集して排出し、ブレードの温度を急激に下げる。
「氷のバターナイフといったところですか」
ヒミコが跳躍する。どろどろに溶け続けるゾンビの肉片にヒミコのブレードが食い込む。先ほどまでは手ごたえがないほど簡単にゾンビ巨人の肉を切り裂くことができたが、今度は逆に肩口あたりでブレードが止まった。
ヒミコがゾンビ巨人の肩から宙ぶらりんの状態になり、ゾンビ巨人が拳を振り上げて攻撃しようとしてきたが、彼女は体を振って器用にそれを避けた。
そうしている内にゾンビ巨人の片腕がまともに動かなくなってきた。ブレードから冷気が伝わったゾンビ巨人の肉体が硬直し、動きがどんどんぎこちなくなっていく。
おれは銃火器を撃ちまくった。ゾンビ巨人の片腕が粉々に砕け、そしてもう再生することはなかった。ゾンビ巨人は衝撃で横倒しになり、じたばたと肉片をばらまきながらもがいた。
レダが近づいてきてとどめの氷魔法を展開する。ゾンビ巨人はレダに手を伸ばしたが、それをヒミコが蹴飛ばした。もうゾンビ巨人の腕はまともに機能せず、粉々に砕け散り、氷の影響で無数の白い霜に覆われた。
おれとヒミコは周囲を警戒した。もう敵の気配はなかった。レダが亡くなったモル派の戦士たちに近づく。仕方ないこととはいえ、原型をとどめないほど徹底的に遺骸を破壊してしまった。彼女はモル派の戦士たちの死体を保護しようとしたが手のつけようがなく、しばらく立ち尽くしていた。
「やったようだな」
拍手が聞こえてきた。
迷路の向こうからやってきたのはアドルノだった。アドルノ派の首魁であり、大陸最強と目される魔法使い。黒のぼさぼさ髪に、茶褐色のくたびれたコート、必要以上に足音を立てるブーツ。ぱっと見はそれほどの傑物だとは思えない。しかしひとたび彼に見つめられると、全てを見透かされている気分になる。アンドロイドを介したおれでさえそんな気分になるのだから、レダにとっては相当だろう。
「アドルノ様……」
レダがもじもじしている。彼女にとっては憧れの人だ。聖印を造ってここまで来た。アドルノはレダに笑いかける。
「その髪飾り……。見事な聖印へと昇華させたようだな。今一度きみの名前を聞いても?」
「れ、レダです」
「覚えておこう。聖印だけではない。そこのゾンビ巨人を倒した手腕、見事だった。グリゼルディスもそう思うだろう?」
グリゼルディスがアドルノの後ろから現れた。彼女は随分ぐったりしていて、いつもは綺麗な姿勢が、今は背中が丸まってしんどそうだった。
「ええ、そうね、アドちゃん……。あなたが来てくれなかったら、私もやばかったかもしれないわあ。まさか私が魔法の応酬で押し負けそうになるなんて」
「私も驚いたよ。間一髪だったが間に合って良かった。しかし、モル派の部隊がこっぴどくやられたようだな」
グリゼルディスはこの場の惨状を見渡した。さすがに表情が曇る。
「あら~……、面識はあまりないけれど、大切なギルドの仲間が亡くなってしまったのね。ベルちゃんに報告しておかないと」
「ベルギウスは前線に出なかったのだな。珍しい」
「そうね~、彼、結構しんどそうだったわよ。さすがにダンジョンの転戦は無理があったんじゃないかしら」
アドルノは何度も頷いた。そして遠くを見る目になる。
「モル派はベルギウス以外の幹部が怪我や不祥事で離脱中だからな。どうしても彼に負担がいく」
「可哀想なベルちゃん」
「じゃあここの発見者権利を譲るか?」
「まさか。早速封印を破壊しないとね」
グリゼルディスは不敵に笑った。そしておれたちに近づく。おれとヒミコ、そしてレダの顔を順々に見つめて、それから握手して回った。
「素晴らしい仕事だったわよ、三人とも。ギルドに引き入れたいくらいだわ」
おれはその言葉をレダがどんな思いで聞いているのか想像しつつ、握手に応じた。
「どうも。……イングベルトの行方が気になるんだが、この死体の中にいないよな?」
「ああ、彼ならモル派の部隊の中で一番遅れている組の中にいるみたい。心配はいらないわ」
おれはほっと胸をなでおろした。
「そいつは良かった。で、結局おれたちが一番乗りってことでいいのか?」
「ええ。グリ派の大勝利よ、うふふ」
「そこの……、アドルノはそれで異存ないのか」
アドルノは壁に寄りかかって、薄く笑んだ。
「きみの家で言ったはずだがな。そこの争奪戦に興味はない」
「じゃあ、あんたはどうしてここに来ているんだ」
「ギルドの活動には協力したいだろう? 事実ここで同胞の死があった。もう少し私が早く到着していれば、防げていたかもしれない犠牲だ」
アドルノはそう言って静かにこの場を去った。おれはその姿を見送ってから、グリゼルディスに近づいた。
「妨害魔法を使ってきた奴……。その正体は分からないのか?」
「不明ね。私とアドちゃんの協力パワーで押しのけたけれど、その位置や正体までは」
「その妨害者がアドルノって可能性はないのか?」
グリゼルディスは目を丸くした。意外な言葉だったらしい。
「まさか。魔法使いにしか分からない感覚だけれど、妨害者は絶対にアドちゃんじゃないわ。全くの別人よ」
「そうか……」
「ええ。魔法使いとしての矜持に懸けて断言する。スズちゃんが彼を怪しむ気持ちも、なんとなく分かるけれどね、うふふ」
おれたちは氷漬けになったモル派の戦士の死骸が、氷を溶かすとまだ不気味にうごめくので、氷漬けにしたまま輸送する必要があった。数時間ほど遅れてやってきたモル派の部隊に事情を説明すると、彼らはその死骸を引き取ってくれた。
グリゼルディスが封印の門の破壊に着手した。しかしそう簡単なことではなかった。結局、おれたちより半日遅れで到着したイングベルトの力を借りる必要があった。イングベルトはおれたちを発見すると、
「いつの間に追い越されてたんだよ、まったく……。こういうのは早い者勝ちだからな、最初からグリゼルディス様についていけば良かったぜ」
「私がインベルちゃんに提案したんだから仕方ないわよ~。それに、スズちゃんたちがいなかったら今ここにいないでしょうし、私の力じゃないわ。彼らに感謝しないとね」
おれとヒミコ、レダ、そしてモル派の面々が見守る中、グリゼルディスとイングベルトが封印の門の破壊に挑んだ。第五層への道はそう簡単には開かれてくれなかった。おれは想像もしていなかったのだが、ここからが本当に長く険しい挑戦だった。そしてモル派の人間が完全に諦めて退却しない理由も、遅れて理解することになる。




