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瞑想



 ヒミコのレーダー探査、プローブ機の飛行、そして並外れた五感能力によって、索敵は完璧かつ不断だった。迷宮の探索で最も警戒すべきは敵の不意打ちであり、グリゼルディスによれば、魔物もそれが効率的な殺戮方法だと本能で知っているので、入り組んだ地形で冒険者を待ち伏せていることが多いという。その可能性を完全に潰せたのは大きい。


 一行の歩みは迅速だった。道に迷うこともない。大幅な時間短縮が見込めるのであれば、壁を破壊して進んだ。グリゼルディスはにこにこ顔が止まらなかった。


「魔法でも索敵ってできるのよ? でも、こんな風に地図を作製して細かく状況を把握するわけじゃなくて、こう、感覚で敵を察知する感じなの。だから見落としも多いし、それをケアするために同じ場所を何度も見て、かなり疲れるのよ。それがないだけで快適だわ~」


 おれはヒミコの澄まし顔を一瞥してから、


「喜んでもらえているようで何よりだ。第四層の構造も全域が見えてきているな。のちのちの魔物の駆除にも役立てるだろう」

「あらぁ、もしかしてその詳細で素敵な地図を、ギルドに提供してもらえるのかしら」

「もちろん」

「素晴らしいわ。氷の大陸の技術……。さすが魔法発祥の地だけあって、信じられないことが可能なのね」


 グリゼルディスは感心しっぱなしだった。おれたちはグリゼルディスに地図を提供し、あとはついて歩いているだけだったが、確かにダンジョン探索において多大な貢献ができているようだった。

 歩いているだけだがレダが少し疲れた顔をしていた。おれはそんな彼女に声をかける。


「大丈夫か?」

「え。あ、うん。平気」


 そう言いつつレダの笑顔には陰りがあった。おれはじろじりと彼女の全身を眺める。


「まさか魔法で索敵でもしているのか。疲れるらしいからやめたほうがいいぞ」

「それはしてない。ヒミコを信用しているから……。でも、これだけ濃い魔力に包まれていると、聖印があっても辛いものだなって」

「ほう。もし聖印がない状態でここまで来ていたらどうなっていたんだろうな」


 レダは髪飾りに触れた。


「想像もしたくないわ」

「少し前までお前はそうしようとしていたが、どう思う」

「第一層で音を上げていたでしょうね。ダンジョンは奥へ行けば行くほど、濃くなっていくものだから」

「無理だと思ったら言えよ?」

「大丈夫。私の聖印が段々育っていくのが分かるの」


 レダは言う。おれはまだ聖印の仕組みをよく理解していない。魔法を基礎から勉強したレダが、なかなか聖印を作れなかったくらいだ。魔法について理解を深めないと、その仕組みを理解できないのは当然の話だが。


「それよりスズシロたちはよく平気ね。氷の大陸の技術は大したものだわ」

「まあな。あまり他人に応用できないが」

 

 一行は雑談を交えながら平和に進んでいった。魔物の数は増えているが過度な接触は避けていく。気づけば、モル派の部隊の一つを既に追い越していた。最も先行するモル派の部隊は第四層の出口にかなり近いらしいが、順調にいけば追いつけるかもしれない。


「……西南西の方角に、陣地がありますね」


 ヒミコが言う。おれはヒミコが取得したデータをダイレクトに受け取り、その正確な位置を把握した。


「陣地? モル派のか?」

「いえ。随分丁寧に構造物を建築しています。ギルドの旗と思われるものもあり、おそらくアドルノ派のものかと」


 おれはプローブ機が撮影したアドルノ派陣地の建物画像を見た。迷宮の壁が入り組み、空中を飛ぶプローブ機でもその全容を撮影することができなかった。急拵えの陣地にしては巨大で堅固な構造物であり、屋根が扁平で無骨ではあるが、それ以外は瀟洒な家のような趣がある。


「これは……。家だな。避暑地の別荘みたいな趣がある。アドルノがこの短い間に建てたのか?」

「モル派がこんなものを造る意味がありませんからそうでしょうね。彼らは先を急いでいますから」

「しかしアドルノだって、こんな家を造る意味がないだろう。このダンジョンに住む気か? しかもこんな迷路のど真ん中に」

「あるいは、ギルドの関わっていない建築物かもしれませんが、あの旗がありますからね」


 ここでヒミコはピクリと反応して足を止めた。そして手に持っていたレーダー装置をいじり始める。


「どうかしたか?」

「レーダーの性能を少し上げます。偶然だろうと思っていたのですが、特定の場所をなぜか探査できません。まるで誰かに妨害されているかのように」

「特定の場所……。ここか?」


 おれは脳内にあるマップの特定箇所に当たりをつけた。第五層への最短経路からはかなり外れるが、確かにその場所は何度もレーダー探査を試みているにも関わらず、情報が曖昧だった。まるでその場所だけステルス能を獲得しているかのようだった。


「放置して先に進むことも可能ですが」

「そうだな……。とりあえずプローブ機を一機向かわせておくか。少し気味が悪いからな」

「了解しました」


 おれとヒミコの静かなやり取り。おれはしかしこの時点ではさしてその不審な場所のことを危険視していなかった。ダンジョンには他にも注意すべき場所があったし、魔物もそこらじゅうを練り歩いていた。


 しばらく歩いて、モル派の部隊をもう一つ追い越した頃、グリゼルディスが小さく息を吐いた。


「ごめんなさい。10分ほど休憩したいわ。そろそろ疲労が溜まってきたから瞑想して体内の魔力を少しでも抜きたい」

「オーケー。周囲を警戒する。レダ、戦闘態勢だ」

「わ、分かった」


 グリゼルディスを中心に、おれとヒミコとレダは周辺を警戒した。魔物は近くにはいないが、迷路の中を走り回っている魔物もいるので油断はできない。

 おれはいざとなったらこの躰を盾に、グリゼルディスを守る構えだった。生身だったらできない選択だが、今のおれはアンドロイドを操縦している身だ。恐れることは何もなかった。


《マスター》


 ヒミコが脳内通信で呼びかけてくる。


《どうした》

《先ほど、不審な地点に向かわせたプローブですが、妙なものを発見しました》

《妙なもの?》

《画像を送ります。一部修正してあります》


 修正? 何のことだ? と思ったが送られてきた画像を見てすぐ理解した。男が食事をしている画像。食べているのは、もはや原型をとどめていない魔物。男は口どころか顔全体が魔物の血で汚れ、凄まじい形相になっている。

 エルンストが見た、魔物を食べる人間とはこいつのことだ。おれはすぐにそれを思い出した。


《もしかして魔族ってやつか? 人間とほぼ同じ見た目だな》

《魔物を食べる種族ということでしたね。駆除すると報酬がもらえるとか。グリゼルディスに伝えますか?》

《一応報告だけしておくか。おそらく無視する形になるが》

《そうですね。グリゼルディスの判断に委ねましょう》


 おれは近くで瞑想し瞼を閉じているグリゼルディスに近づいた。大きく吐いて小さく吸う独特な呼吸をしている。瞑想中は話しかけないほうがいいだろうかと思い、報告するのを少し待った。


 そのとき。


「スズシロ! なんかいる!」


 レダの声。おれははっとして顔を上げた。迷路の壁をよじ登る緑がかった汚い手が、壁の向こう側から現れた。おれは躊躇することなく跳躍し、その壁の上に立った。

 おれを見上げる男の顔。それは先ほどプローブが送ってきた、魔物を食らう魔族の顔だった。

 ついさっき撮影した男が、ここまであっという間にやってきたのか? しかもヒミコの索敵の網から逃れて? 強烈な違和感に襲われたが、今このとき余計な思考は邪魔だ。おれは飛び降りざま魔族の顔に鉄拳を放った。


 魔族の顔面にもろに入り、魔族が悶えながら地面に転がった。そしてよろよろと立ち上がり、走り去った。


「レダはグリゼルディスの傍から離れるな! ヒミコはそいつを追跡しろ!」


 ヒミコが待機させていたプローブを二機飛ばし、魔族を追わせる。おれは周辺を走り回り他に敵がいないか警戒したが、問題はなさそうだった。


 すぐにグリゼルディスの瞑想時間が終わった。おれとヒミコはグリゼルディスの近くまで戻って来た。


「ヒミコ、あの魔族がここにいたのはどういうわけだ? 索敵が不十分だったのか?」

「考えられません。突然出現した格好です。魔法が絡んでいるかと……。そうなると私には分からない点が多く、なんともしようがありません」


 おれは腕を組んで唸った。


「うむ……、魔族は追跡できているか?」

「はい。できていますが……」

「が、なんだ」

「逃げ込んだ先が……。アドルノが構築していた例の家のようです」

「なんだと?」


 おれは意外な展開に驚いたが、事情をあらかた聞いたグリゼルディスは冷静だった。魔族は一旦放置し、先へ進むことを決めた。誰もそれに異存はなかった。しかしおれは考えずにはいられなかった。アドルノは弟子を引き連れてこのダンジョンに入ってきた。家を建て、そこに魔族が逃げ込んだ。いったいどういう意味があるんだろうか。

 そもそも魔族がこの世界においてどんな立場なのか、おれはまだ理解していない。やがて考えるだけ無駄だと割り切って、先行するモル派の部隊に追いつけるよう全力を尽くすことにした。



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