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ベルギウス


 おれとレダとヒミコは縄でぐるぐる巻きになった。魔法による拘束ではなかったので、おれとヒミコの怪力なら難なく戒めを解けるだろう。しかし周囲には少なく見積もってもモル派の魔法戦士が20人はいた。ここから彼らを傷つけずに脱出するのは難しかった。


 ベルギウスは黒い包帯で顔どころか全身を覆い隠している。意外と小柄な人物で、声はしわがれていて、年齢が分からない。ヒミコがこっそりレーダー解析した結果、男性であることは分かったが、よく見えない部分があり、包帯の中の様子も分からなかった。


「どうしておれたちは拘束されてるのかね」


 おれは地面に座ったまま言った。レダは露出の多い衣服だったので、ダンジョンのごつごつした地面に座らされるのが少し痛そうだった。周りのモル派の連中は、どいつもこいつも気が利かない。

 ベルギウスは椅子に腰かけ、おれたち三人を見下ろす恰好になった。ねじ曲がった膝を抱えるように前かがみになった。


「どうして? お前たちはギルド外の人間だろう。なァ?」

「グリ派だよ。グリ派」


 おれは少しヤケになって言った。ベルギウスは舌打ちする。


「そんなしょうもない嘘をつくな。我には分かっている。このダンジョンは既に我々冒険者ギルドが着手することが決まった。部外者の立ち入りは制限されている。違法に侵入した者を拘束し、罰する権限が我にはある」

「そうなのか。そりゃ大した権限だ。となると強制的に帰還されるのかな?」


 おれの態度にヒミコが少しヒヤヒヤしているようで、ちらちらとおれのほうを見た。レダはじっと黙っておれの対応を見守っている。

 ベルギウスは声を低くした。


「それでもいい。しかし事情を聴取してからだ。どうしてダンジョンに来たのか。どうやって来たのか。お前たちは何者なのか。この三点について簡潔に話せ」

「話さなかったらどうなる?」

「より重く罰することになる」


 おれは、こりゃ茶番だな、と思いつつも、


「……と、言うと?」

「質問しているのは我だ。脅すわけではないが、ダンジョン内の出来事が外に漏れ出ることはない。我がお前を嬲り殺したところで、お前の代わりに我を咎める者はいないと思え」

「ほう。質問に答えるのは、まあいいだろう。しかしさっきあんたの部下から聞いたんだが、あんた予言の力があるようだな?」


 ベルギウスが立ち並ぶ部下を見回した。誰がそんな情報をぺらぺらと話したのかと憤慨している雰囲気だった。


「……いかにも、そうだが」

「あんたの予言によれば、このダンジョンを制する者、それがスズシロ、ヒミコだと。いかにもおれはスズシロで、そこの澄ました顔の女がヒミコで、さっきからもじもじ座り直してばかりの少女がレダだが、その予言ってのはどれくらい当たるのかね」


 モル派の有象無象がざわつき始める。おれがあまりに傲岸不遜で、それを許しているベルギウスが信じられないのだろう。ベルギウスはふらふらと頭を揺らした。そして頭を傾かせたまま、包帯の奥にあるであろう眼をこちらに向ける。


「外れたことはない。過去33度予言を的中させた」

「そいつは凄い。しかしおれはよく分からんのだが、ダンジョンってのは縄でぐるぐる巻きになった状態でも攻略できるもんなのかね」

「難しいだろうな」


 おれは大袈裟にため息をついた。


「ベルギウス、あんたの予言によればおれはこのダンジョンを攻略するらしい。そしてあんたの言う通り、おれはギルドの人間ではない。更に言うなら、おれはダンジョン攻略で得られる富や名声には興味がない。名声を譲り渡すことは難しいが、富ならば自由に渡すことができるだろう。おれがグリ派に与するのか、モル派に従うのか、それとも気まぐれにアドルノ派と仲良くするのか、それはまだわからない。だからあんたはこんな風に脅しているんだろ?」

「お前、自分の立場が分かっているのか? 殺してもいいんだぞ」


 直接的な脅し。レダが息を止めている。おれはアクセルを踏むべきかどうか決めかねていた。


「そうなったらあんた自慢の予言が外れたことになるがいいのかい?」

「たまには外れることがあってもいい」

「そうか。ところでいつまでおれたちをこんな縄で拘束しているつもりだ? もっと丁重に扱ったほうがいいのでは?」

「お前は、我の慈悲で生かされていることを自覚すべきだ。次の瞬間自分の脳天を叩き割られていても文句は言えないのだぞ」

「慈悲だと?」


 おれは力任せに縄を引きちぎり立ち上がった。モル派の連中が狼狽える。やれやれといった様子でヒミコが同じく縄を千切り、レダの戒めをほどいた。


「お前……」

「慈悲で生かされているのはあんたのほうだ、ベルギウス。魔法の達人らしいがおれには関係ない。別におれはあんたをどうこうするつもりはないが邪魔するというのなら容赦しない」


 もちろんおれはベルギウスたちを傷つけるつもりは毛頭なかった。しかし強硬的な態度に内心苛ついていたし、どうにかダンジョン内を自由に探索したいという思いがあった。

 ベルギウスはゆっくりと椅子から立ち上がった。おれより頭一つぶん背が低い。脚がねじ曲がっていたり、腕の関節が一つ多かったり、間近で見ると難儀な体をしていた。


「……我は予言が外れると思ったことはない。しかし考えてみれば、予言が成就するように行動を決めていただけで、あえて予言が外れるように行動したことはない。もしかすると予言に大した効力はなく、我々の作戦実行能力が高いだけという可能性もあるな」


 おれが指一本動かしただけで、取り巻きたちが息を呑む。緊張状態だった。おれは慎重に、


「そうかもな。で、どうする。おれたちを殺すか?」

「……いや。グリ派と懇意にしているのだろう? 連中と合流すればいい」


 ベルギウスの言葉に、一気に空気が弛緩した。おれは瞬きを三度繰り返してから、


「……いいのか?」

「我の見立てによれば、このダンジョンは第20層あたりまで続いている。あるいはもっと長大なダンジョンかもしれん。ここの攻略となると、早くとも5年、普通にかかれば10年以上は攻略に必要となる。仮にお前が確実にダンジョンを攻略するとしても、それほど長期間お前に関わっているわけにはいかない。これでも我は忙しい身だ」


 おれは足元に転がった縄を蹴飛ばした。


「ふん。それなら拘束などしなければいい。もう少し協力的になったものを」

「我が当面関心があるのは、このダンジョンの発見者権利だ。そしてそれはほぼ我々が奪取する。我がお前を拘束したのは、お前がダンジョン攻略を成し遂げるほど優れた魔法使いで、発見者権利もお前が掠め取る可能性があると思ったからだ」


 要らない心配だが理解はできる。おれは両手を広げておどけてみせた。


「なるほどね。で、おれはあんたから見てどうだ?」

「正直に言おう。分からない。お前の正体が掴めない。戦ってあっさり殺せそうな気もする。しかし跳ね返される気もする。こんなことは初めてだ」

「ふう。無駄な時間だったな。おれたちは先に進むが、構わないんだよな?」

「グリ派の陣地まで案内させる。その代わり暴れるなよ」


 ベルギウスは再び椅子に腰かけた。そして小さく息を吐いた。おれは取り巻きたちを睨みつけてから歩き出した。ヒミコとレダがついてくる。


「挑発し過ぎです。我々はともかく、レダは生身なんですよ」


 ヒミコがレダには聞こえないくらいの声量で言う。おれは頷いた。


「悪かった。しかし十中八九大丈夫だと思っていた」

「といいますと」

「今、攻略はモル派がリードしているんだろ? わざわざダンジョン攻略者同士で殺し合いなんてしたがるかね。それに予言の件もある。予言のキーマンであるおれたちを予言者自身が殺すとは思えなかった」

「同意しかねますが、とりあえず良かったです。無傷で切り抜けられて」


 三人はモル派の陣地の出口に着いた。案内を担当する者が二名、既に待機していた。中肉中背の男が二人、ベルギウス相手に生意気な口を利いたおれを不気味そうに見ていた。


「グリ派の陣地まで案内してくれるとのことだが」

「こちらです。すぐですよ」


 おれたち三人はモル派の案内でダンジョンの奥へと進んだ。まだ生きた魔物と遭遇していない安全な探索だった。ときどきヒミコが目立たない位置に中継基地となる器具を配置し、隠蔽している。

 第三層は早くも終わりを迎え、第四層の入り口が見えた。巨大なゲートと、破壊された封印の残骸。その残骸を調べている長身の女性――グリゼルディスが見えた。


 ダンジョンの外で見せた穏和な表情は鳴りを潜め、彼女は険しい顔つきだった。ゆっくりとおれたちのほうを振り向く。彼女の美しいドレスは赤黒い返り血で汚れていた。おれとグリゼルディスはしばし互いに無表情のまま見つめ合っていた。



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