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操縦




 レダは三日三晩ほとんど寝ず、作業に没頭した。その集中力は筆舌に尽くし難く、ニュウすらも滅多に話しかけなくなるほど鬼気迫るものだった。

 おれはニュウと一緒に探査船の周辺を散歩した。ニュウは普通に歩くことができない子で、隙あらば飛び跳ねる。無尽蔵の活力に満ち溢れているかと思えば、燃料切れを起こしたかのようにぱたりと動かなくなり、すやすやと眠る。まさに野生児といった印象だった。


「ニュウ。お前と初めて会ったとき、屋根を突き破って落ちてきたが、空を飛んでいたのか?」


 おれが空を見上げながら訊ねると、無垢な少女はぶんぶんと頷いた。


「まあね! 探してたんだ」

「魔物の巣をか?」


 ニュウは顰め面になり、歯を剥き出しにする。


「オークの巣! 結局、ダンジョンの近くにあって、ヴァレンティーネたちがさっさと潰してくれたけどね! イビルホークの臭跡って強烈だから、すぐに見つかったよ」

「そうだったのか。イビルホークはダンジョンから出て来た魔物を焚きつけて、村を襲わせていたが、一旦数を揃えるために、オークの巣作りを手伝っていた感じか……?」

「そうかもね。別にもうどうでもいいけど!」


 ダンジョンの魔物はもうギルドが対処してくれただろう。しかしイビルホークが村を襲った事実は忘れてはいけない。あいつを駆除しないとまた村を狙ってくるのではないか。

 それとも、もう倒してくれたのだろうか。イングベルトとアドルノは空を飛ぶプローブ機を撃ち落としていたくらいだ。既にイビルホークの情報が行っていて、警戒してくれていたのかもしれない。


 おれとニュウが探査船に戻ると、ヒミコの一体が慌てて出迎えてくれた。ニュウがハイタッチしようとしたが彼女は無視する。おかげでニュウがずっと片手を持ち上げてぽつんと佇む恰好になった。


「おい」

「あ、失礼。いぇい」


 ヒミコとニュウはハイタッチをかました。少女は満足そうだった。そのまま探査船の中に入っていく。


「ハイタッチは向こうの習慣か? それともお前が仕込んだのか?」


 ヒミコはニュウとハイタッチした手をちらりと見つめた後、ゆっくりと腕を下ろした。


「船にいる間、暇だったので教えました。いえ、それより、レダが聖印作りに成功しました」

「……マジか? 独力で?」

「ほぼ、そうです。レダが私に、こんなモノは作れるかと絵を描いてきたので、ついプリンターでそれを作ってしまいました」


 おれは少々驚いていた。


「つい、ってお前……。聖印の完成品は渡さないとか言ってなかったか?」

「しかし、彼女があれほど頑張っていたのに、協力しないわけには。それに作って欲しいと言われたのは、ごくごく単純な刺繍入りの布きれでして、大したものではないです」


 冷静な口ぶりで、随分感傷的なことを言う。おれはヒミコの言動の真意を探ろうとした。いや、案外言葉そのままの意味なのかもしれない。


「お前って人間より人間臭いな」

「光栄です」

「レダはどうしてる」


 ヒミコは優しげな表情になった。薄く笑み、穏やかな顔だった。


「寝ています。静かに寝かせておいてあげましょう」

「そうだな。しかしこうなってくると、レダはダンジョンに乗り込んでいくだろうな。ついていくか?」


 おれはレダの執念を思い出す。聖印ができたら、じっとはしていられないだろう。


「マスターがついていくつもりですか?」

「できればそうしたいところだが危険過ぎるだろう。ヒミコ、お前も許さないだろう?」

「ええ。しかし、ここ数日考えていたのですが、マスターの意識をアンドロイドに移して、疑似的にダンジョンに潜入する方法を確立しておきました」


 おれは寝耳に水だった。ヒミコの顔をまじまじと見つめる。


「そんなこと……。いいのか?」


 可能なのか? と尋ねなかったのは、それが技術的に可能であることを知っていたからだ。人間の脳の全容は未解明だが、その性能に近しいモノを作り出すことはできている。そこに人間らしい意識を埋め込むことも可能だ。ただし、人間の意識をそこにコピーすることはできても、元々の肉体の人格が消え去ることはできない。機械に自分の意識を移すことは、もう一人の自分を生み出すことに等しい。もちろん倫理的に許されることではなかった。


「マスター次第です。怖いですか?」


 おれはヒミコのちょっとずれた質問に首を傾げた。


「怖いかどうかなんて些細な問題だろう。お前、いったいどうした? そういった蛮行を止める立場だろう」

「マスターの思想に対し、私がそれを実現する方法を提供する。その方法を採択するかどうかはマスター次第でしょう?」

「いや……。お前、電磁パルス攻撃でおかしくなったか?」


 ヒミコは一瞬、真顔でおれの顔を見つめた。


「それは本気の質問ですか? 私には常に複数のバックアップがあり、仮に今、ヒミコ三人が粉々に吹き飛んでも、その性能や記録は完璧に復元できます」

「そりゃ知ってるが……。おれの意識をアンドロイドにね……。それができれば、確かに危険なしにダンジョンに潜れるな。仮にやるとしたら、おれの意識を完全にコピーするのではなく、ある程度制限をかけるべきだろう。たとえば、生存本能なども忠実にコピーしたら、いずれ消去される自分に絶望して、本物のおれを殺しにくるかもしれない」


 機械の脳に自我なんてものが生まれたら厄介なことになる。ヒミコも人工知能ではあるが、地球のエンジニアが何千人と関わり、無数のシミュレータを通して安全性が担保された、信頼できるブランド知能だった。ヒミコが暴走することはないはずだ。


「その辺りも含めて、幾つかプランを用意しています」

「用意周到だな。それでこそヒミコだが……。ダンジョン内で得られるリターンがそれだけ大きいと判断してのことか?」


 ヒミコは曖昧に頷いた。


「魔力の発見と検知ができれば、魔法に関する理解が格段に進むはずですから、ダンジョン内をある程度探索したいのです。ダンジョン内の濃い魔力が我々に作用せずとも、ダンジョン内に潜った他の人間にどのような変化をもたらすのか観測できれば、有用なデータを得られます」

「なるほどな。やってみる価値はあるが……」


 おれは悩みながらも、探査船の中に入った。ちょうど別のヒミコがレダをそっと持ち上げてベッドに寝かせるところだった。レダを起こすまいとニュウが頬を膨らませて口を噤んでいるのが少しおかしかった。


 おれは椅子に腰かけた。ダンジョン方面に展開しているプローブ群からのデータを参照する。プローブはカメラでダンジョン入り口の様子を撮影し続けていた。ダンジョンには大勢の人間が出入りしている。特にクレメンスが構築した陣地で人がにぎわっているようだ。

 それから、アドルノの姿もある。小柄な弟子を引き連れているので大勢の中でもかなり目立った。何人かに指示を下しているようだ。

 グリゼルディス率いるグリ派らしき人の姿はなかった。ダンジョン内にまだ潜っているのか、それとも既に撤退したか。


 もし、レダと一緒にダンジョンに潜るのなら、グリ派の協力は不可欠だ。既にこのダンジョンはギルドの攻略対象になっている。部外者を立ち入らせるとは思えない。


 おれはレダの目ざめを待ちながら、おれのアンドロイドの試作品を作ることにした。できるだけおれに似せつつも、運動能力や頑丈さは向上させていく。武器を内蔵させ、壊れた部品を自分で修復できるように、汎用予備部品も体内に仕込んでおく。

 ニュウが見ていないところで作業を進めるのはそこそこ骨が折れた。ヒミコの一人がニュウの相手をして、その隙におれとまた別のヒミコがアンドロイドの製造に勤しんだ。


 アンドロイドの素体は一時間ほどで完成した。あとはおれの意識を吹き込むだけだった。ヒミコは万端準備を整えていたが、おれは土壇場で躊躇した。


「悪いな、ヒミコ。やはりもう一人のおれを生み出す気にはなれん」


 おれの言葉を予期していたかのように、ヒミコはあっさりと応じた。


「マスター。それでは……」

「だがダンジョンには行く。おれはこいつを遠隔操作することにするよ。ダンジョン内に電波は届かないが、中継基地を順々に設置していけば、ダンジョン内でも操作が可能になるだろう。せっかく自律運動できるように設計されているのだから、操作ラグの補正も問題はないはずだ」

「それも一つの手ですが、それならばマスター自ら操縦しなくとも、私が行いますよ?」


 ダンジョンにはヒミコも同行する。おれのアンドロイドの横には常にヒミコがいるわけだ。そのヒミコが操作したほうが、動きは確かに滑らかになるだろう。


「バカ、それじゃあおれ自身が探索している気分になれないだろう」


 おれの言葉を、最初冗談だと思ったか、ヒミコは笑った。が、おれは本気だった。やがてそれを察したヒミコは真顔になり、


「承知しました」


 そう言ってヒミコはアンドロイドへの最終調整を始めた。操縦は脳内で行うのでコントローラーの類はない。脳内操縦はやったことはないが、脳から機械への情報のやり取りは慣れているので問題はないはずだった。レダが起きるまでの間、おれはアンドロイドを外に持っていって、操縦の訓練を行った。誰かに見つかったらまずいのでアンドロイドの顔には布袋をかぶせておいた。


 こうしておれはレダと共にダンジョンに潜る準備を着々と進めた。目覚めたレダがダンジョンに入りたくないと言ったらどうしようかと思ったが、それならそれでかまわないと思い直した。そのときは彼女に皇都を案内してもらおう。おれは一時間ほどの操縦訓練で、アンドロイドを自分の体と同等かそれ以上自在に動かせるようになっていた。



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