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三派閥



 エルンストの容態は安定した。少し熱があったが問題はないだろう。治療に当たっている間に、クレメンス隊がダンジョン前を陣取り、陣地を構築していた。天幕を張り、椅子や机を並べている。クレメンス隊は当初の人数の半分程度に減っていたので、地上部隊と、攻略部隊で半々に分かれて行動しているのだろう。クレメンスは地上に残り、ああだこうだと部下を怒鳴っていた。

 そんなクレメンスをレダが怯える目で見ていた。ニュウが姉の様子がおかしいことに気づき、寄り添っている。おれはレダの視線の行方を改めて確認してから、彼女の横に立った。


「あの男とは、知り合いみたいだな」


 レダはおれの言葉に、僅かに頷いた。そしてうつむく。


「本当、こんな場所で会うなんて思ってなかった」

「おれの勝手な印象だが、好青年って感じの男じゃないな」


 レダは頷いた後、髪を掻き分けて、瞼を閉じた。唇が僅かに震えていた。


「彼は、魔法学校の先輩だったの。名家の出身で、いつも周囲に取り巻きがいた。女性をトロフィー扱いで、いけ好かない男だった。私のことも、金貨で篭絡しようとしてきたから、拒否してやったのよ。そうしたら私のことを貧乏人だの田舎者だの劣等生だの……。取り巻きと一緒に何日間も攻撃してきたわ」

「いじめられてたのか?」


 レダは瞼を開いた。そして慌てて首を振る。


「あ、ううん、同じ寮の仲間が守ってくれたから大丈夫。特に寮長のツィスカ先生が、熱心に動いてくださって……。在学中は問題なかったけれど、でもやっぱり、あの男は苦手になったわ。酷い目に遭った女学生を何人も知っているし……」


 おれはクレメンスの傲岸そうな面構えを改めて確認した。


「ろくでもないな……。印象通りの男だ。魔法の腕は確かなのか?」

「魔法学校は、優秀であればあるほど在学年数が長くなるの。私は二年で卒業。クレメンスは六年で卒業したみたいね。六年在学できるのは入学生全体の一割未満だから、相当優秀と言えるでしょうね」

「ほう……。部下をあんなにたくさんあてがわれるだけの腕はあるということか」


 おれはクレメンスの神経質そうな動きと声に注目していた。ちらちらとこちらを見ている。そのたびにレダが顔を背けるので、おれは彼女に下がれと言いかけたが、彼女は恐怖や嫌悪感と一緒に闘争心のようなものを見せているような気がした。


「……見返したいのか?」

「え?」

「かたや部隊長。かたやギルドに加入することもできない村娘。あの男を見返したいんだろ?」


 レダは泣きそうな顔になった。自分でも自分の感情を理解できない様子だった。


「そんな……。私は、ヴァレンティーネさんに魔物退治の依頼を出しただけの存在。聖印だって持ってない。見返すだなんて、そもそもクレメンスの比較対象にすらなれてない」

「聖印なら作ればいい。それに、おれたちは自然とグリ派の協力者という立ち位置になってしまっているからな。三派閥の競争で打ち勝てば、随分お前の気分も晴れるんじゃないか?」


 レダはここでむっとした表情になった。おれの肩を小突く。


「そりゃそうでしょうけど、なによスズシロ、私を焚きつける気? 何を企んでるの」

「単純な話だ。おれもあの男が気に食わないのさ」


 レダはしばらく唇を噛んでいた。そして勢い良く踵を返すと、ヒミコたちに向かって叫んだ。


「ヒミコさん。スズシロの家に帰って、例の件の続きがしたい!」


 レダの言葉に、ヒミコはきょとんとした。おれが頷くと、アルファがつかつかと歩み寄ってきて、レダの目の前で微笑んだ。そしておれに視線を寄越す。


「もうここにはそれほど人手は要らないでしょうから、マスター、ひとまず私は帰りますね」

「ああ。また呼び出すかもしれんが待機しておいてくれ」


 レダとアルファが歩み去った。それをちらりとクレメンスが見たが、それ以上の反応はしなかった。

 ニュウはレダと一緒に帰るべきかどうか迷っている様子だった。一同の顔を順番に見つめて、誰か答えを教えてくれと言わんばかりの不安げな表情になる。最終的におれの顔をじっと見つめてきたので、頷いてやると、勢い良く走り出し姉を追いかけていった。


 おれは姉妹を見送った後、グリゼルディスたちに近づいた。彼女はエルンスト、それから負傷したほか二名のヴァレンティーネ隊の人間の様子を見ていた。


「ヒミコ、あなたの治療がなければ、この三人は亡くなっていたかもしれないわ。感謝してもしきれない。本当にありがとうね」

「当然のことをしたまでです。彼らの様子は私が見ていますから、ここは任せてください」

「あらあらー、お言葉に甘えることにするわね。ティーネちゃんは消耗しているみたいだけど、インベルちゃんは行けるわよね? ねっ?」


 イングベルトは自身の服の埃を払った。そして薄く笑った。


「グリゼルディス様が守ってくださるなら、行けるかもしれませんがね。正直もう帰って寝たいですよ」

「みすみすモル派に手柄を奪われるわけにはいかないわ。ベルちゃんが来るまでに勝負を決めたいところね。それに、いつアドルノ派が参戦してくるかもわからない。現場が混沌とする前にしっかり制しておかないと」


 グリゼルディスとイングベルトがダンジョンに入る素振りを見せた。クレメンスたちがざわつく。おれは二人の魔法使いに近づき、小さな声で言った。


「少しだけいいか。エルンストがさっき言いかけていた言葉が、気になるんだが」

「あら。私も少し気になってたの。スズちゃんは聞き取れた?」


 スズちゃん……。200年以上生きてきて初めて言われた。


「聞き間違いでなければ、ダンジョン内で男と女に会った。そいつらが魔物を食べていた。というようなことを、エルンストは言っていたんだが」


 グリゼルディスとイングベルトが顔を見合わせた。二人がどんな反応をするのかおれは色々と想定していたのだが、二人の反応は淡白だった。おれはてっきり、その反応を見て、魔物を食べるという行為はそれほど奇怪なことではないのかと誤解しかけた。


「あらあら、魔族が中にいるみたいね。賞金首だと嬉しいけれど」

「人間に擬態していたってことかな? エルンストくんが動揺するのも仕方ないです。あのおぞましい光景を初めて見て、平静でいられる人間は少ないですからね」


 おれはまた新しいワードを聞いて、深く聞き出したかったが、二人は急いでダンジョンに入りたがっている。おれの疑問に満ちた顔を見て、親切なイングベルトが簡潔に教えてくれた。


「魔族というのは太古からいる種族で、魔物と深い関係があると言われる連中だ。魔物を主食としている」

「ほう。魔物以外は食えないのか?」

「食えないこともないらしい。ただ、魔物を食わないとどんどん弱体するらしいな。狩りの対象になっていて、特に人間社会に害を及ぼす個体は賞金首になっている。賞金首になっていなくとも、魔族を狩るとギルドから報酬金が出る。400アスミくらいだったかな」


 アスミというのは通貨単位だろう。ヒミコが咄嗟に翻訳したものだ。村で読ませてもらった古い書籍には通貨の話が幾つか出ていたが、現在この国で使われている通貨とはまた別物らしい。頭の隅に置いておくことにする。


 グリゼルディスはおれをまじまじと見つめていた。体を少しくねらせながら、おれを様々な角度から観察する。


「随分、物を知らないのね、スズちゃん? 佇まいや物言いからは知性を感じるのに。氷の大陸には魔族はいないのかしら?」

「……見識を広めるために旅をしているわけでな。世間知らずは自覚しているさ」


 グリゼルディスは金色の長髪を優雅に払い、顔を傾けて、魅惑的な笑みをおれに向けた。


「うふふ、別に責めているわけではないのよ? 知りたいことがあったら何でも聞いてね。でも今は、ここの争奪戦に勝たないとね」

「健闘を祈る」

「少なくとも、この近辺の魔物被害は根絶すると約束するわ。ギルド内の誰が勝とうともね」


 グリゼルディスとイングベルトは悠然と歩み去った。クレメンス隊の面々は二人を前に自然と道を譲った。それほど二人はクレメンス隊の面々とは格が違った。おれには魔法の実力もギルド内の序列も全く分からないが、見ただけでどちらが格上かはっきりとわかってしまった。

 二人がダンジョン内に消えると、クレメンス隊はどこかほっとしたような雰囲気に包まれた。内心ずっとグリゼルディスとイングベルトに慄いていたのかもしれない。


 残されたヴァレンティーネは落ち着きなく辺りを歩き回った。おれはエルンストが帰還して随分落ち着いた様子の彼女に、ゆっくりと近づいた。


「おれはこの国の情勢に興味があってね。良かったら、ギルド内の派閥とか、あんたの話とか、色々聞かせてくれないか」


 ヴァレンティーネは一瞬きょとんとした。自分が話しかけられていることに遅れて気づいたようだった。


「え? あー、別に構いませんが……。グリ派の後発隊が到着したら私は負傷者を連れて下がります。それまでで構わないのなら」

「もちろん。あんたはグリ派のアイドルとか言われていたが、そうなのか?」

「え!? いえ、あの……。どうなんでしょう。最初の質問がそれですか」


 ヴァレンティーネは困った様子だった。大柄な彼女が居心地悪く体を縮めているのを見るのは、それはそれで面白かったが、別におれは彼女を困らせたいわけではない。質問を変えることにする。


「ギルド内の派閥は、どこが一番強いんだ?」


 ヴァレンティーネは質問が変わってほっとした様子で、大きく息を吐いた。それから凛とした表情になり、口早に話してくれた。


「全体で見れば、拮抗しています。この地域は、モル派が圧倒していますね。クレメンスが所属している派閥です。単純に常駐している構成員の数が多く、大小さまざまな案件で成果を挙げています」

「地域によって違うのか。まあ、そんなものか」

「構成員の総数で言うと、アドルノ派が図抜けていますね。ギルド内どころか皇国でも最強の魔法使いと目されるアドルノ様が牽引しています。皇都周りは大体アドルノ派の縄張りです」


 さっきもちらりとアドルノ派がどうのこうのと出ていた。おれは何度も頷く。


「ほう……。グリ派は、さっきのグリゼルディスが頭領なんだよな。対抗できているのか」

「グリ派は少数精鋭。構成員はアドルノ派の半分より少ないですが、人材に恵まれていると思います。グリゼルディス様はもちろん、西部統括のアドリオン様、東部統括のヤスミン様、皇国の槍術師範も務められているリヒャルト様、魔族討伐総数100体を超えたツィスカ先生……。いずれも国内外に名が轟く手練れです」


 色々と人名が出て来た。おれはそれらを自前の記憶領域ではなく脳内の拡張メモリーに押し込む。


「その人材の中に、ヴァレンティーネは入らないのか?」

「いえ、私なんて……。スズシロさんも見たでしょう。私がクレメンスたちに斬りかかるのを。私は未熟な人間です。部下を死なせ、ダンジョンの発見者の権利をみすみす他の派閥に取られそうになっている。多くのギルド員が私を慕ってくれますが、私はそれに値しない人間です」


 おれはヴァレンティーネを再び落ち込ませてしまったようだ。余計なことを言ってしまった。おれは彼女が持ち直すのを辛抱強く待った。


「……客観的に見て、ヴァレンティーネ自身は、どうして自分がそんなに慕われていると思う?」

「それは、私の祖父が、この国の英雄だからです」


 ヴァレンティーネは即答した。


「誰もが私の背後に、祖父の姿を見ているのです。ただそれだけの話です」


 部隊の中でたった一人、ダンジョンから無傷で帰還した女戦士ヴァレンティーネ。おれには彼女がその祖父の功績だけで尊敬を集めている人間には思えなかった。しかし部隊長として、部下を死なせてしまったというのも事実。


 結局おれはヴァレンティーネから大したことを聞き出せなかった。続々とギルドの後発隊が到着し、ダンジョン前は騒がしくなった。ヴァレンティーネはグリ派の後発隊と合流後、二つの棺を荷台に載せて、静かに去っていった。


 おれとヒミコはその場に留まるべきか考えた。怪我人のケアをしていたベータを探査船に帰そうかと思ったが、どさくさに紛れてダンジョン内に侵入し、その様子を観察したい欲求もあった。それにはベータが適任だった。


「仮に帰還できず破壊されても、また四体目を製造すればいいだけですが……」


 おれは探査船に残っている物資量を確認し、少し不安に思った。原子プリンターは設計図さえあればどんなモノも作り出すが、材料がなければ始まらない。


「アンドロイドの基幹部品にはレアメタルをふんだんに使っているわけで……。この星で簡単に採れるとも思えないな。それほど備蓄はないようだし」

「ええ。節約していきませんと。ベータをダンジョン内に送り込むなら、やはり、最低限無事に帰還できるように、それ専用の改造を施すべきかと」


 おれは武装するベータの姿を想像した。できれば銃火器で備えたいが、魔法使いたちの中で銃をぶっ放していたらさぞ目立つだろう。おれはこの星の人間が銃を携行しているのをまだ見ていない。文明レベルからいって、この世界に銃があってもおかしくないと思っているのだが、断定はできない。おれはクレメンス隊が使った火炎放射器の形状をよくよく観察する。銃があったほうが自然だろうか。しかしあれも魔法を絡めた道具のようだし、何もわからない。


「とにかく、ダンジョンのデータは結構集まった。おれたちも一旦船に帰って準備するか」

「ダンジョン内に行くのは決定ですか?」

「できれば。ヒミコは反対か?」


 ヒミコは上品に首を振った。


「いえ。魔物討伐をギルドの方々がやるのであれば、ダンジョン探索の難易度は格段に落ちると思われます。チャレンジするのもいいかなと」

「よし。ベータをダンジョン探索用に改造するぞ。しかし、見た目はちゃんと人間っぽいままにしなておかないとな」


 おれたちは探査船へと帰還することにした。帰路に就く。その様子をクレメンスはじっとりとした目で観察していて、口を開いておれたちに何か言いかけたが、それは叶わなかった。


 おれは去り際に見た。空から飛来する黒い影を。数人の取り巻きを連れてやってきた、圧倒的な存在感を放つ魔法使いを。

 クレメンスがひたすら頭を下げている。その魔法使いは人間の姿からかけ離れていた。全身を黒い包帯のようなもので覆い隠している。隙間から見えるのは罅割れた灰褐色の肌。身長はクレメンスより低く、小柄だったが、華奢な印象はなかった。

 むしろ逆。近づけばあっさり命を奪われる。そんな予感が働くような、危うさを感じる人物だった。

 先ほど話題に上がった人物の中で考えると、モル派のベルギウスという人物だろうか。グリゼルディスがベルちゃんと呼んでいた……。


 クレメンスとその部下たちが畏怖のあまり硬直している。ベルギウスには味方ですら萎縮させる迫力があった。なるほど、この人物をベルちゃんと呼べてしまうグリゼルディスが大物なのは理解した。おれは長い間この場に留まらず、さっさと探査船への帰路を辿り始めた。

 

 

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