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制御


 静かだった。

 あまりに静かで、遠くの獣の鳴き声がいやに大きく聞こえた。

 

 木々が爆風で薙ぎ倒され、粉々になった枝葉が燃え盛っているというのに、音が聞こえない。

 あまりの爆音で一時的に聴覚が麻痺しているのだと気づいた。耳鳴りが頭の奥から響く。


「――スズシロ! スズシロ! 逃げろ!」


 おれの間近で手を伸ばしている男がいる。全身煤まみれで誰か分からなかったが、声でイングベルトだと気づいた。


「ああ……?」

「明らかにスズシロを狙っている!」


 空に一人の男が浮遊している。高級そうな道衣を身に付け、ひらひらと金刺繍が施された袖を振っている。

 それはザカリアス帝だった。浅黒い肌を日に晒し、真夏の果実を思わせるような、ぞっとするほどの生命の気配がほとばしっている。


 ザカリアス帝は味方だ。味方のはずなのに、ザカリアス帝にギルドメンバーが立ち向かっている。

 その中にはグリゼルディスやツィスカ、ロートラウトなどがいる。他にもギルドメンバーの大半がこの場に集結しているようだった。


「どうした。なぜ、お前たち……」


 ザカリアス帝が手を振りかざす。青い炎の魔法が地面を舐めるように走り、ギルドメンバーに襲い掛かる。

 ロートラウトのマグマ魔法がその流れを分断する。その凄まじい熱量は仲間のはずのギルドメンバーをも飛び退かせた。

 グリゼルディスが傘を差し、優雅に宙を舞う。風の刃がザカリアス帝に襲い掛かり、彼の衣服を切り裂いた。しかしダメージはほとんどない。彼は高速で空中を移動し様々な種類の魔法弾を撃ち込んできた。


「――どうしてザカリアス帝と戦っている。裏切ったのか?」


 おれは呻きながら逃げ惑った。誰も答えてはくれなかった。

 やがておれは自力で気づく。あれはザカリアス帝ではないことに。

 顔や姿は彼のままだ。しかし魔法を撃つ姿勢、表情、気配が、彼とは違う。

 アポミナリアがザカリアス帝の肉体を奪っている――そうに違いない。宇宙船を襲撃したのも奴だろう。


「アポミナリア……。しぶとい奴」


 おれは唇を噛んだ。アポミナリアがけたたましい笑い声をあげながら滑空してくる。ギルドメンバーが迎撃のために魔法を構えた。

 確かにアポミナリアはおれを狙っていた。何度もおれを殺す機会はあったはずだ。夢の中の世界でもそうだったし、転移魔法を連続使用したその先でも対峙した。それでもおれを狙っている。

 聖印の制御をするには機械のサポートが必須だ。ヒミコを破壊し、タナカを殺し、あとはおれだけだということか。


 間近にアポミナリアが迫っている。ギルドメンバーが食い止めようと立ちはだかるが、枯れ葉のように簡単に吹き飛ばされる。

 恐怖はあった。しかしおれは見た。意識を取り戻したアドルノが、ゆっくりと起き上がるのを。

 おれは瞬間覚悟し、叫ぶ。


「――来いよ!」


 アポミナリアは思い違いをしている。聖印の制御に必要なのは機械ではない。魔法使いたちの意地だ。この星で生まれ育った者たちの、星への愛着だ。

 せいぜい時間稼ぎをしてやる。おれは腕を大きく広げた。

 アポミナリアが突っ込み、おれを魔法で八つ裂きにしようとしてきた。おれは肉体を改造した結果、普通の人間と比べて遥かに身体能力に優れている。あまり発揮する機会がなかったが、今ここで披露することになる。


 地面を転がり魔法をかわし、素早く体勢を整えた。行き過ぎたアポミナリアが着地し、向き直る。そのとき大穴に再び潜り込むアドルノの姿を視認したようだ。


「それに触れるな! 人間ごときが!」


 アポミナリアが発狂しアドルノに向かって突進する。その行く手を塞いだのはグリゼルディスだった。


「あらあら、我らがギルド代表の邪魔はしないで、私たちと遊びましょう?」


 しかし実力差は明らかだった。アポミナリアの攻撃をまともに受ければグリゼルディスほどの女傑であってもひとたまりもないはずだ。


 雷光。発火。ザカリアス帝の姿をしたアポミナリアが地面を転がった。

 フォスとスコタディ、アイプニアの三人の魔王が空から飛来する。

 それに続いて、消耗した様子のニュウもやってきた。


「スズシロ、ごめーん! 夢の中で突然アポミナリアが消えちゃって、夢から覚めるのに時間がかかっちゃった」


 ニュウが地面に降り立つ。ギルドメンバーたちは一目でこの少女が並の魔法使いではないことを感じ取ったようだった。魔王との戦いの中で成長した彼女はもはや人智を超えた存在になりつつあった。


 地面を転がっていたアポミナリアはよろよろと立ち上がった。自分を取り囲むギルドメンバー、ニュウ、そしてかつての同志だった魔王三人。囲まれた彼はくたびれた様子で周囲を睨んだ。


 おれは彼に呼びかける。


「ザカリアス帝の肉体を返せ。大人しく退散しろ」


 アポミナリアは下卑た笑みを顔面に張り付ける。


「返す? 最初からザカリアス帝はこのように利用するつもりだった。なぜザカリアス帝だけが、他の魔王と比べて何十年も早く地上へ出て来たと思う? この下準備のためだ。私が奴の肉体を乗っ取る為には、私と同等の覚醒率を達成している必要があった」


 おれは首を振った。勝ち誇る彼が哀れに見えた。


「そんなことはどうでもいい。彼は彼の国で立派な治世を実現している。お前のような破滅主義者とは違う」

「返すものか。この世界は私のものだ。全て、私の意のままに動くべきなのだ。私がお前たちを、この星全てを、価値あるものに昇華させてやる。このままだとお前たちは朽ちて消え去るだけだ。あとには何も残らない。私が、私だけが、永遠の命でもって、全てに価値を与えられる……」


 おれは思わず近くのギルドメンバーと顔を見合わせた。誰も彼もが呆れていた。


「マジメに返すのもうんざりするが、一応答えてやるよ。価値観の相違だ。観念しろ」


 アポミナリアは青筋を立てて激高した。


「観念するのは貴様らだ! 私は死なない! この星と半ば同化し、存在するすべての魔力を制御できる! 聖印の制御さえできれば……。時間をかければ、できるはずなんだ!」


 おれはアドルノのいるほうを指差す。


「そうかい。実際、できるんだろうが、こっちはさほど時間をかけずともできそうだぞ。よりうまくやれる人間に譲るべきなんじゃないのか」

「バカな。不可能だ。ヒミコは破壊した。アドルノごときに聖印の制御ができるはずが……」


 そのとき、アポミナリアは膝からがくんと崩れ落ちた。地面に手をつく。

 彼本人がなぜそうなっているのか分からないようだった。唖然と自分の体を見下ろす。


「なんだこれは……。動け、動け……! 言うことを聞け……!」

「お前という存在が希薄になっているようだ。大人しくザカリアス帝に肉体を返してやれ」

「は……? なんだそれは。まさか、聖印化した私が、別の誰かに支配されるとでも……?」


 大穴からアドルノが這い出て来た。そんな彼の腰を押して這い上がるのを手伝っていたのはヒミコだった。おれは目を見開く。


「ヒミコ!」


 ヒミコは機械らしからぬ、照れ笑いのような表情をした。


「……メインの私が破壊され、アドルノが気絶したとき、下手に動いてアポミナリアに警戒されるより、死んだフリをしたほうがいいのではないかと判断し、動かずにいました。ネットワークは死んでも、計算のお手伝いはできますからね」


 アドルノは端子が剥き出しの義肢を翳して、アポミナリアに向かって宣言した。


「聖印の制御は完了した。今、私の支配下にある。アポミナリア、お前は自らをこの星の聖印の一部として規定しているな……。つまりお前を生かすも殺すも、私の思うがままというわけだ」


 アドルノの宣言通り、彼が合図すると、アポミナリアはますます脱力し、突っ伏した。

 ギルドメンバーが喝采をあげる。敵の大将がまるで土下座をするような恰好になり、ようやく勝利を実感することができたのだった。


「勝った……」


 おれは呟いた。他の誰にも聞こえないほど小さな声だったが、ヒミコには聞こえていたようだ。

 ヒミコがおれに近づいてくる。彼女は微笑む。


「――マスター、メインコンピュータが破損しているようです。かなり私の機能が制限されていますが、徐々に――」

「おいヒミコ」

「はい?」

「二度と死んだフリなんかするな。お前は機械だ。それに本体は宇宙船に載っている。そんなことは分かっているが、心臓に悪い」

「申し訳ございません。しかし……」

「お前を聖印にできた時点で察してくれ。お前がいなくなったらおれは、たぶん以前のおれとは違う人間になる」

「……はい。善処します」


 魔王アポミナリアを粉砕し、イフィリオスにもう敵と言えるような存在はいなくなった。

 しかし、戦いがこれで終わるわけではないことを、おれは知っていた。

 魔力のコントロールができたということは、宇宙全体にも影響があるかもしれない。

 もしかすると、地球にも変化があるのかもしれない。

 地球にイフィリオスを侵攻するだけの余裕が生まれれば、再びこの星が戦場になる可能性もある。


 それに、タナカの死がどのように影響するか……。おれは考えずにはいられなかった。





まだ書いていないので確定ではないですが、次回最終回にします。

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