ニュウ対アポミナリア
ニュウが放つ魔力は可視化され、黄金色のオーラとなって彼女の周囲を凄まじい速度で巡っている。
夢の中の世界であっても魔法の実力は反映されるのか、おれは疑問だったが、そもそもこの夢の中はどのような場なのだろうか。
おれとニュウが最初には出会った夢の中だった。夢の中で怪物に追われているニュウを、おれが銃を撃って助けたのだ。
そのときおれは自在に銃を作り出せたが、今のおれにそんなことはできない。ここがおれだけの夢ではないということなのだろう。
では誰の夢か。アポミナリア? しかし自分の夢の中なら、わざわざおれやニュウと戦わなくとも、一瞬で捻り潰せるだろう。
同じ理屈でニュウの夢の中でもない。ここはおれたち全員で共有している夢。いわば地球側の宇宙とイフィリオス側の宇宙を繋げていた、精神世界といったところだろう。
点と点を繋ぐと線になるように、おれの精神とニュウの精神、あるいはアポミナリアの精神が干渉し繋がったことで、新たな場が創出された。
本来、おれは夢の中で自在に銃を生み出すことができる。だが敵対するアポミナリアという存在がいるおかげでうまくいかない。逆も同じことが言える。
魔法の腕前がこの世界に反映されているのは、魔法という技術が人間の魂と強く結びついているからだろう。
アポミナリアは咆哮を上げながら更に巨大化していく。びゅんびゅんと彼の周囲を飛び回るニュウに、ホーミング弾を撃つ。
ニュウは俊敏に動き、魔法弾同士を衝突させたり小さな魔法弾を撃って誘爆したりして回避した。
そして反撃のために黄金色の剣を何本も創成し飛ばす。
アポミナリアは巨大なバリアを張ったが呆気なく突き破られる。黄金色の刃が胴体に突き刺さり、傷口が瞬時に広がり、勢いよく血が噴き出した。
すぐに肉が盛り上がり、傷を埋めた。その際、突き刺さった黄金色の剣も中に取り込んだ。体表に剣の形のしこりが浮き上がる。
アポミナリアは反撃を諦め、守りを固めた。周辺のバリアがより分厚く展開される。ニュウは一旦距離を取り、空中でさかさまになってアポミナリアを観察していた。
「ニュウ……! 見るたびに成長している。現実世界ではこれほどの能力は発揮できないにせよ、この夢の世界ではその才能と潜在能力を存分に引き出しているな」
ニュウは手を挙げ――おれの視点では手を地面に向かって差し出し、
「どーも。でもアポミナリア、さん。そんなもんじゃないでしょ?」
「なに?」
「だって、今のところ、準備運動にもなってないよ。もしかして手加減してる?」
ニュウは意地悪な笑みを浮かべる。彼女も戦闘で高揚しているようだった。
「くくく……、見た目のわりになかなか生意気な女だ」
アポミナリアは更に巨大化する。もはやおれはその全貌を目で追うことさえ困難になった。
ニュウはそれを空中でさかさまになったまま眺めていたが、嘆息すると、ぐるんと一回転した。
次に瞬間ニュウも巨大化していた。巨大化した勢いそのままで踵落としを決める。
アポミナリアはつんのめった。口から血を吐きながら黒い魔法弾を撃ちまくる。
それをニュウは白いバリアで覆い勢いを殺した。そして打ち返す。
白い魔法弾がアポミナリアをハチの巣にする。皮膚を突き破り骨を砕くその魔法弾の威力は凄まじく、衝撃波でおれは吹き飛びそうになった。
アポミナリアは呆気なく倒れる。ニュウがおれに向かって勝利のポーズをとる。
強い。
アポミナリアが弱体化したわけではない。魔王の中でも最高の魔法の腕を持っているはずだ。
それを圧倒するニュウは、まさに現代最高の魔法使い、もしくはその素質を持っている。
アポミナリアは傷口を修復しつつも、溢れる魔力をコントロールできないのか、少しずつ縮んでいった。
ニュウもそれに合わせて元のサイズに戻る。巨大化と同時に、扱える魔力量も増大しているはずだが、夢の中だとその法則は必ずしも当てはまらないようだ。
「殺してやる……、小娘……!」
「アポミナリア、さん。今なら、スズシロに謝れば許してくれるかもよ? もうこの星にはいられないかもだけど、大人しくどこか遠い星で過ごせば……」
アポミナリアの縮小化は止まらない。彼からすれば喉元にナイフを突きつけられているような感覚だっただろう。明らかにニュウの実力は図抜けている。
「妙なことをぬかすな。スズシロはそこまで甘い男ではない。それに私はもう、この星と共に行くことを決めた。魔力も何もない、がらんどうの星に行きついたところで、私はどう生きればいいというのか」
「じゃあ、このまま死にたいってこと?」
「バカが。お前を殺し、この星を制御し、また新たな世界を創出する。そのとき私は神にも等しい存在になる」
ニュウは呆れたように冷めた顏になった。浮いていた体を降下させ、着地する。
「なにそれ……。そんなくだらないことのためにみんなを殺そうとしているの?」
「くだらない? 私は何百年もかけて自らを進化させる方法を模索してきた。お前は疑問に思ったことはないのか? 自分が死んだあと世界はどう巡るのか。あるいは自分が生まれる前世界はどのように動いてきたのか」
アポミナリアの体がいよいよ元のサイズに戻る。それでもニュウからすれば相当な巨躯だったが、彼女は臆する気配がない。
「さあ……。あんまり」
「私は悔しかった。人間だった頃、世界には矛盾や理不尽が溢れていた。強者が弱者を食い物にし、その強者もより強い者に敗れ、栄華を誇った国もいずれは落ちぶれる。確かなものなどこの世界には何一つないのだ。私はこの世界の行きつく先が破滅であることを知っていた。唯一確かなものがあるとするなら、今ここで私が生きている、それ以外に確かなことなどない」
「うーん、なに言ってるの」
アポミナリアはおれに対しても言葉を吐いている。おれになら共感を得られるとでも思っているのだろうか。
「私という存在が永久不滅である限り、この世界は存続し続ける。人類が滅ぼうと、星が消え去ろうと、私がこの世界の始まりと終わりを見届け、そして神として君臨し続けてやる。そうすれば、人類亡きあとの寂れた荒野にも彩りと意味が与えられるというもの」
ニュウは自分の頭の中で彼の言葉を咀嚼したようだが、やがて理解を諦めたのか、唇を尖らせた。
「ええと、よく分からないけど、誰もそんなこと望んでないと思う。勝手にそんなことしないで?」
「他人の感情などどうでもいい。同志モナドも、エイシカも、私のこの考えにはさほど理解を示してはくれなかったしな」
「あ、そうなんだ」
ニュウの納得顔。アポミナリアは意に介さない。
「人間の寿命を超えたその先にあるのは、より濃い死への恐怖だけだった。結局、手段として永遠の命は必要だったが、他の魔王を率いるのにそれは格好の目的となった」
「でも、同じ魔王を殺そうとしてたでしょ。他の魔王さんたちはあなたにとって味方なの? 敵なの?」
アポミナリアは再び戦闘態勢に入る。ニュウを睨みつけ、魔法を構える。ニュウは無防備に彼の前に立っていた。
「味方となるときもあれば、邪魔になることもあった。それだけだ。私にとってはスズシロやニュウもそうだ」
「ふうん。じゃあ今は敵だけど、状況が違えばそうじゃないこともあるんだね。……やっぱり今はどこか逃げたら? わたしは見逃してあげるよ?」
「随分呑気だな。無責任ともいえる」
「だって、わたしのほうが強いみたいだし。いいよ? 好きにして」
アポミナリアにとっては屈辱の言葉だっただろうが、彼は存外冷静だった。体のサイズが元に戻り、頭も落ち着いているのかもしれない。
「……ならば殺し合いだ。まさかいまだに殺し合いに躊躇があるとは言うまいな」
「別に、殺し合いは好きじゃないけど……。でもさ、アポミナリアさん。これが最後だったと思うけどなぁ」
「なに?」
「現実世界では、アドルノさんがちゃーんと仕事をこなしたみたいだけどなあ。わたしは遊んでくれて楽しいけど」
アポミナリアは絶句した。そんな彼にニュウが魔法弾を撃ち込む。アポミナリアはそれをかろうじてかわした。
おれは自分が夢から覚めていくのを感じた。ヒミコに呼び戻されようとしている。そんなおれに気づいたニュウが笑って言った。
「このおじさんは私が引きつけとく。スズシロはアドルノさんの仕上げに付き合ってあげて!」
「分かった。ニュウ、気を付けろよ。そいつがこの何百年も磨き上げてきたのは魔法の腕だけじゃないはずだ」
「うん! またあとでね!」
おれは夢から覚めた。夢の世界から自分の魂が離れていくのを感じる。
おれは現実で、即席のベッドの上に寝かされていた。近くにいたのは護衛用のアンドロイドで、何と周囲には魔物がひしめいていた。
顔なじみのギルドメンバーたちが魔物と交戦している。無人兵器、魔物、人間が入り乱れる荒野の真ん中に大穴があり、その中でアドルノとヒミコが聖印の制御に奮闘しているのが分かった。
「この魔物は!?」
おれが起き上がり、銃を構えながら訊ねると、近くでおれの護衛を請け負っていたイングベルトが気づいた。
「おお、やっと起きたか。下手に動かすなと、お前の助手に命じられてな。魔物の真っただ中で眠るなんて剛毅だな、ははは」
「この魔物は、アポミナリアが生み出してるのか?」
「最後の抵抗ってやつかもな。追い詰めてるってことだ。そう信じたい」
魔物が大穴の周辺から無限に湧き出てくる。それをすぐに無人兵器が刈り取り、ギルドメンバーがアドルノたちの安全を確保している。
おれはヒミコの頭脳が凄まじい勢いで演算を繰り返していることに気づいた。聖印化したこの星の制御にアドルノ派挑んでいるが、そのサポートをヒミコが行っている。この星そのもの、全ての情報を処理しようとしたらその量は恐ろしいことになる。人間の脳では不可能だ。
周辺の魔力濃度の上り幅は緩やかになっている。間もなくアドルノがこの星を征服する。その予兆を、おれは確かに感じ取っていた。




