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死の星




 おれが初めてイフィリオスを見たとき、その星の外観はまさに地球とよく似ていた。

 しかし星を覆う淡い緑色の光だけは見慣れないものだった。

 あのときはその正体が分からなかったが、あれはアポミナリアが展開していたものに違いない。

 何らかのバリア。その正体は魔王ニケが使っていた高度な防御魔法と思っていたが、バリアというのは外敵からの攻撃を防ぐためではなく、内部から外へ出させないものとしても使うことができる。


 アポミナリアはこの星全体になんらかのまじないをかけていた。それは己の進化に関わるものであり、彼の計画に欠かせないものだったはずだ。

 その緑色のバリアが、今はメテオラというダンジョン全体にかかっている。

 周辺で大型の魔物が生成され、無人兵器やギルドメンバーに守られているベルギウスを襲っている。

 ベルギウスは封印術や結界術でアポミナリアの弱体化に一役買っているが、いつまでも続くものではない。

 あのバリアの中で、アポミナリアは何を考えているのか……。この状況に絶望しているのか、それともおれたちの奮闘をあざ笑っているのか……。


「スズシロ。お前には話しておいたほうがいいだろう」


 おれたちの本拠点として据えた宇宙船の中で、タナカが紙束を示しながらおれに言う。

 おれはその情報密度の極端に低い媒体をぱらぱらとめくる。


「何がだ? お前、字下手だな。いまどき珍しい……」


 そもそも現代では学生ですら字を書く機会なんてほとんどないが、いざ書くとなれば皆典麗な字を書く。字の書き方を脳内に直接インプットして、体の動きを制御してしまうからだ。そのプログラムは、日本のショッピングサイトで、缶コーヒー三本分くらいの値段で買える。


「言っただろう。私はオーガニックなんだ。今はそんなことはどうでもいい」


 タナカは卓を強めに叩く。おれは紙束を机の上に戻した。


「確かにな。で、なんだこの紙束は」

「メテオラの調査結果をまとめたものだ。アポミナリアたちがいかにして魔王となったか、ダンジョンを造ったか、魔族と魔物を造ったか、それが分かるかと思ったが、まともな人工知能がなく、分析が後回しになっていた」


 かなり難儀だっただろう。おれもヒミコが傍にいない状況を想像できなかった。普段からかなり彼女に依存している。


「ほう。それで、ヒミコの演算装置を借りて分析してみたのか? で、何が分かった。おれには共有されていないが」

「色々と分かったが、今最も重要なのはメテオラというダンジョンの役割だ。分析の結果、ダンジョンそのものが魔力を生み出す装置の一部となっている可能性がある」


 そんなところだろうとは思っていたが、いまいちおれが踏み込めなかった部分だ。メテオラには製作者としてのアポミナリアたちの苦悩の痕跡が残っていたらしい。


「魔力を生み出す装置、ね。それが世界中に」

「聖印の構造を思い出すと、一見無意味としか思えない部品が多々あった。あれをお前は魔法素子の開発のきっかけにしたな。ダンジョンも同じだ。お前風に言えば、ダンジョンは巨大な魔法素子だったわけだ」


 それを科学知識なしで、魔法技術だけで造ると、あのような形になるのか。なかなか不思議な気持ちもする。


「ふうん……。まあ、驚くようなことじゃないが。メテオラはアポミナリアに魔力を供給しているだけなのか?」

「もちろんそうではない。メテオラは世界各地に存在するダンジョンの始祖であり、司令塔とでも呼べる場所だ。何か重要な役割を担っている。ヒミコの分析なしではこの先のことが分からず、仮説だけが宙に浮いていたが、やっと確信が持てた」


 思わせぶりなタナカの言葉におれは眉を持ち上げた。


「どういうことだ」

「ダンジョンは、この星イフィリオスそのものを聖印化するための装置だ。間違いない」

「それは……、そうなると……、どうなるんだ」


 おれは予想していなかった事実を突きつけられて、返答に窮した。

 タナカはおれの反応に満足したようだった。


「アポミナリアの目的は、自らの魂の進化を促し、完全な不老不死を手にすることだろう。仮にそれが実現したとしても、奴のその先の野望には足りなかった。奴は宇宙の彼方にある地球とよく似た星の移住を希望していたようだが、仮に永遠の命が与えられたとしても、星々の間を移動するのが並大抵のことではないことはよく分かっていたはずだ。この星を自分好みの環境に変えられるように、イフィリオス全体を自らの魔法の補助装置として用いることができるように画策していたわけだ」


 永遠の命を貰って、ありのままのイフィリオスで過ごせばいいのに、それは嫌なのか。おれはアポミナリアの傲岸な性格に嫌気が差した。


「具体的に、この星が聖印化したらどうなる? それはどこまで進んでいるんだ」

「この星が聖印化すれば、地上にも魔力があふれ出ることになる。ほとんどの人間は死ぬ」

「死……」


 イフィリオスの人間でも、高濃度の魔力に耐えられる者はほとんどいない。それはよく知っている。手練れの魔法使いでも、ときどき休憩をはさまないと死ぬ。もはや人間の住める星ではなくなるだろう。


「人間だけじゃないが、一時的に死の星になる。まあそもそも人間を滅ぼした後にこの星を改造するつもりだっただろうから、人間が死ぬかどうかなんてどうでもいいと言えるが。その後、この星をどんな環境にするかはアポミナリア当人しか知り得ないことだ」


 もしかすると、アポミナリアはこの星にまた別の生命体を住まわせるつもりかもしれない。人間に代わる新たな星の支配者が繁殖するかもしれない。そのときはアポミナリアはまさしく全ての生命体にとっての神となるだろう。


「で、実際この星は聖印化するのか?」


 タナカは首を振った。


「正直なところ、進捗具合はよく分からない。しかし阻止する方法のヒントはカスパルがくれた。どうもダンジョンには正しい形というものがあるらしい。それが崩れれば聖印化はうまくいかない。そこでお前に仕事だ」

「仕事?」


 タナカは紙束を幾つか指し示す。世界地図と、地域ごとの地図、そこにおびただしい数の点が書き込まれている。


「アイプニア、ザカリアス帝、あるいはフォス、スコタディ、誰でもいいから、協力を取り付けてダンジョンを破壊しろ。ダンジョンは特別頑丈な素材で作られているから、破壊するのに爆薬が幾つあっても足りない。しかし魔王の力を借りれば、構造そのものを簡単に変えられるだろう」


 世界中に点在するダンジョンを全て破壊する……。とてもじゃないが一日二日では終わらない。


「カスパルがやったように……、か」

「私が魔王と直接交渉しても上手くいく気がしない。お前が適任だろう」


 魔王ならば自由自在にダンジョンを変形できるだろう。そこで聖印化に適さないダンジョン構造に変えてもらう。

 作業自体は一瞬のはずだ。魔王それぞれに協力を仰げば、かなりの速度で作業が進みそうだ。


「……分かった。できるだけ急いだほうがよさそうだな」


 おれは宇宙船から出ようとした。そこでタナカは一瞬躊躇した後、おれに呼びかけて来た。


「鈴城」

「うん?」

「アポミナリアを倒した後、お前、この星に残る気だな」


 おれはきょとんとする。そんなことを尋ねてくるタナカのことを少し不審に思った。


「どうしてそう思う」

「それくらいの覚悟がないとここに戻ってこられないだろう。愚かな男だ」


 彼なりにおれを気遣っているのだろうか? おれは苦笑する。


「……田中はどうするんだ」

「当然、地球に帰還する。資産も向こうにあるしな」

「今頃地球の経済はぶっ壊れてるぞ。無事じゃ済まないかもな」

「知らないのか? そういうときこそ稼げるんだ」

「ははは……、おれには無理だな」


 おれはそう言ったが、タナカは真剣な表情だった。


「お前がイフィリオスに残るというのなら、そうするといい。今はこんな状況だが、イフィリオスは確かに価値の高い星だ。お前の宇宙探索の最大の成果物と言えるしな」

「……おい、おれをイフィリオスでの商売に利用するつもりじゃないか?」

「当然だろう。商売なんてものが許されるような環境であれば、だがな」


 タナカは笑い、紙束を卓上に放り投げた。

 おれは船を後にした。タナカの思いは、おれとは異なっているが、根本では繋がっていると信じた。

 各地にいる魔王と連絡を取る。最前線で戦っていたザカリアス帝はすぐにおれのもとへ飛んできた。


「おっと……。実は私のいた氷の大陸のダンジョンは、結構好き勝手にいじった後なのだが。それと同じことを各地のダンジョンでやればいいのだな」


 ザカリアス帝は協力に前向きだった。それとは対照的にアイプニアは消極的で、おれとの通信ではさんざん渋った。


《勝手にやってくれ。アポミナリアの思想には同意できないが、長年を共にした同志だ。彼の邪魔を直接するなんて、気が進まない》

「軟弱なことを言うな。もしアポミナリアが勝てばお前にとっても有利な世界がやってくる。協力しないならお前も敵とみなすぞ」


 おれの言い草に傍らのヒミコはびっくりしたようだ。

 アイプニアも少し声が弱々しくなる。


《無茶苦茶だな》

「お前らには言われたくないよ」


 アイプニアは最終的には協力に同意した。

 問題はフォスとスコタディだが、彼女らは宇宙基地と共に地上へと堕ち、その残骸付近でのんびり過ごしていた。おれは彼女らの位置を特定すると自ら赴いた。


「おい、協力すると言っていただろうが」


 おれが叱咤すると、姉妹は互いに抱き合っておれを睨みつけた。


「だって、私たちにまた別れろっていうの?」

「二手に分かれてダンジョンを破壊して回れっていうんでしょ?」


 おれは仕方なく、二人の魔王がまとまって行動することを許可した。

 ザカリアス帝、アイプニア、フォスとスコタディ。それぞれに魔法使いをつけ、三部隊を全世界のダンジョンに派遣、ダンジョンの破壊に動く。

 いったいどれだけ破壊すればこの星の聖印化を防げるのかは分からない。ほんのちょっと狂うだけで聖印化は防げるのか、それともかなりの数を破壊しないと聖印化が始まってしまうのか。協力してくれる魔王たちにその辺の知識はなかった。


 並行して反物質炉を用いた兵器の建設も進んでいる。さっさとアポミナリアを殺せてしまえば、聖印化なんて気にしなくてもよくなる。

 この星が壊れてしまう前に片付けないといけない。アポミナリアはおれたちのこの行動をどう見ているのか。聞き出したい気持ちもあったが、この星に着いてからおれは一睡もしていなかった。夢の世界で今のアポミナリアと繋がる勇気は持てなかった。 

 おそらくそれは正解で、メテオラを中心に日に日におぞましい気配が強まっている。まるでアポミナリアの執念と邪念が、この星を覆い尽くそうとしているかのようだった。それを晴らす為にもおれは世界中を飛び回り続けた。



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