戦争
イフィリオスを取り巻く状況を、タナカが所有していたコンピュータのスクラップデータから断片的にではあるが入手し、把握した。
『タナカ率いる先遣隊がイフィリオスを改めて調査探索。その過程で魔王と呼ばれる超越者を発見、安全のため隔離する。
魔王アイプニア。
魔王フォス。
ザカリアス帝。
そして近くの宙域に漂っていた魔神スコタディ。
ザカリアス帝を隔離する際、彼が統治していた国で暴動が起こるものの、タナカ隊は相手にせず。ザカリアス帝当人は無抵抗であった。
地上の魔物討伐、ダンジョンの調査と無害化、戦争の抑止。そういった問題が済み次第、スズシロが建設した工場や兵器を順次撤収していく流れだったが、タナカ隊は最古のダンジョン、メテオラの徹底調査を敢行。
地上から天へと至る塔型のダンジョンの調査は半日で終了。しかし地下へと伸びる通路を発見。魔王アポミナリア、魔王エイシカ、魔王モナドが修行していた頃の痕跡を確認。
なぜダンジョンには魔力が満ちているのか。魔力の源泉は。調査価値が高いと判断したタナカ隊は予定を変更して大規模な調査部隊をメテオラに投入。
ここでタナカ隊の所有していた軍船が一隻破損する。宇宙の彼方にいたはずのアポミナリアがイフィリオスに帰還。
タナカ隊が持ち込んだ機械の制御が不能に。通信途絶。不具合が頻発し原始的な兵器だけ運用可能に。
アポミナリアが地上を侵攻。大量の死者が出る。
スズシロが製造した兵器は運用可能。ただしタナカ隊にそれを制御できるだけの頭脳を持った機械は存在せず、戦闘指揮はスズシロの所有していたアンドロイドであるアルファ、ベータ、ガンマが執る。
タナカ隊は高魔力環境に適応した兵器を製造。アポミナリアと戦闘状態に入る。メテオラの頂上にてアポミナリアは鎮座し地上への攻撃を繰り返す。
近隣のイフィリオス人は避難。その誘導中にベータが致命的な損傷。戦闘継続は困難。
皇国のギルドメンバーがタナカ隊に協力を申し出る。アポミナリアが放つ魔物の群れは彼らが対処可能。世界各国の魔物討伐のエキスパートがギルドメンバー部隊に合流を希望。輸送作戦を成功させ、数十万人規模の混成部隊が成立。
魔王アイプニアとザカリアス帝の解放を決定。協力を仰ぐが、アイプニアは拒否。ザカリアス帝は条件付きで了承。
その条件とはザカリアス帝が一度地球旅行をしてみたいというもの。実現の可能性は低いが、それはザカリアス帝本人も理解している様子。
アポミナリアは地球との交信を希望。イフィリオスに渡った魔王エイシカと共に、イフィリオスと地球の間にある次元の壁を再構築することを企んでいる模様。現状、タナカ隊にそれを阻む手段はない。
タナカ隊の持参した軍用機やアンドロイドは不具合が多く使い物にならず。新たに製造した兵器は戦闘力が落ちるのでアポミナリア相手に苦戦。
部隊の中心は、魔法理論を組み込んだスズシロの兵器。また、ザカリアス帝の単体戦闘力が極めて高く、ギルドメンバーから成る精鋭部隊を前線指揮。戦果を挙げる。
地球に渡った魔王エイシカが戦死したようだ。アポミナリアは計画を変更し、魔王フォスと魔王スコタディを隔離している宇宙施設へ向かうべく飛翔。
それを地上部隊が撃ち落とすべく火力を集中。戦闘は長期にわたり継続中』
タナカの残したスクラップデータを、おれはイフィリオスの衛星軌道上の基地で発見した。
魔力の影響で不具合が頻発し、幾つかの基地がそのまま投棄されていた。
おれとニュウ、ヒミコを乗せた宇宙船はワープ航行を繰り返し、なんとかイフィリオスに到着していた。
軌道エレベーターに停泊していた宇宙船を遠隔コマンドで地上まで迎えに来させて、すぐに大気圏外へ脱出するというせわしなさだった。
他の乗り物だと魔力に対する耐性がないので仕方ない。
せっかくイフィリオス近くまで来てもタナカたちと連絡が取れなかった。
大量の兵器を載せながらも全く動かなくなった宇宙基地に船を接舷し、イフィリオスの様子を探っていたのだが。
「おいおい、まさかだな……」
偶然としか言いようがない。魔王フォスと魔神スコタディを隔離しているという宇宙施設は、たまたまおれたちが接舷した宇宙基地だった。
本来なら幾重にもわたる監視装置と脱獄防止用の兵器、拘束機構がフォスとスコタディを束縛しているはずだったが、彼女らは平然と基地内を闊歩していた。
動かなくなったアンドロイドの群れを蹴飛ばし、自分たちだけのスペースを確保している。
基地内に備蓄されていた非常食を、この姉妹は意味もなく食べさせ合っていた。
その現場をおれとニュウは目撃してしまった。
「おい、ヒミコ、この二人がいることに気づかなかったのか?」
おれはこの目でフォスとスコタディを確認するまでその存在に気づかなかった。戦闘となれば一瞬で八つ裂きにされる距離だ。おれは冷や汗をかいていた。
ヒミコは遅れてその部屋にやってきて、首を振った。
「魔王同士で交信ができないよう、この基地全体に特殊な皮膜加工を施しているようです。電波でも、魔法でも、探知は難しい状況でした」
「で……。どうする。戦って勝てるか」
「勝てるかどうかは分かりませんが、彼女らに戦意はないようですよ」
ヒミコの指摘通り、フォスとスコタディはおれを見ても特に動こうとはしなかった。
まずそうに人間用の非常食を口に入れている。
「……あのタナカって人は、魔王が飲まず食わずでも生きられる生物だと勘違いしているみたいだけど、普通にお腹すくんだよね」
と、黒髪のスコタディが言う。
「隔離するのはいいけれど、エサくらいは置いておいてもらわないと」
そう言ったのは全身純白のフォスだった。
この姉妹は反抗する意思は全くないようだった。
おれはとりあえず一安心した。
「地上で何が起こっているか、分かるか?」
フォスが適当にその辺を指差す。
「そこの“でぇた”を見たんじゃないの? 完璧には無理だけど、今もときたま情報を更新しているみたいだよ」
「地球から追加の部隊は来ていないのか? イフィリオスとまともにやり合おうとしている一派が、今にも暴れたそうにしているんだ」
スコタディがげっぷをしてから答えた。
「さあ。私たちは興味なし。大人しくしてないと殺されちゃうもん」
二人の魔王は牙を抜かれて、その辺にいる年頃の少女のような振る舞いを見せた。
「アポミナリアがお前らを味方につけてまだ暴れようとしているようだが」
「私たちは知らないよ。もう戦うつもりはないって」
「……お前たちは一生ここで暮らすことになってもいいのか?」
スコタディがけらけら笑う。
「たまに引っ越ししたいけど。私は長年本の中に閉じ込められてたわけだし、慣れてると言えば慣れてるかな。それに、この基地、そんなに長い時間もたないでしょ。いずれ壊れる」
確かに耐用年数は100年もない。それ以上長い時間閉じ込められていた彼女からすれば、それほど絶望的な境遇ではないのかもしれない。
「じゃあ、アポミナリアがここに来たら追い返すのか?」
「うん、まあ」
「その言葉信じるぞ。ニュウ、ヒミコ。イフィリオスに降り立つから準備をしろ」
あまりのんびりはしていられなかった。地上ではタナカやイフィリオスの人たちがアポミナリアと激戦を繰り広げている。
おれたちが乗って来た船に戻ろうとすると、フォスとスコタディが裸足のままついてきた。
「どうした?」
フォスとスコタディは互いに腕を絡ませながら、宇宙船の前に立った。
「ねえ、連れてってよ。宇宙って本当退屈な場所なんだもの」
「ダメだ。お前たちは危険過ぎる」
フォスとスコタディは顔を見合わせ、ずずいと近づいてきた。
「もう人間は殺さない。約束する。元々、私たちは一緒に過ごせていればそれでよかったの。人間と戦っていたのも、二人で過ごすためだったし」
「ここで100年でも200年でも過ごせるんじゃなかったのか」
「そんなこと言ってない。諦めてただけだよ。とにかく、大人しくしてるから。なんなら、アポミナリアと戦ってもいい」
フォスの真面目そうな面構え。スコタディの少し面倒そうな顔。この二人は大勢の人間を殺した。人間にとって敵でしかない。だが、この二人の力を利用して、多くの人を助けることができるかもしれない。
「……本気か?」
「うん。私たちがお世話になったのはエイシカだし」
嘘ではないと感じたが、もちろん確証なんてない。信じるべきではない。だが彼女らの力があれば有利に戦いを進められるだろう。おれは拒絶する気満々のヒミコを置いておいて、答えを保留した。
「……考えておく。だが一緒の船には乗れない。ヒミコ、この宇宙基地ごとイフィリオスの大気圏内に突入できるか」
「基地の機能が完全に死んでいるわけではないのでやれますが……、さすがにそういう造りになっていないので燃え尽きますよ」
「こいつらなら平気だろう」
「分かりました。一時間後に墜落するように命令を書き換えておきます」
ヒミコが宇宙基地に干渉し、軌道を変える。すぐに変化は訪れ、宇宙基地全体の重力が増したように感じられた。
おれたちは宇宙船に乗り込む。そしてイフィリオスへと再び降り立とうとする。
重力素子の作られた重力ではなく、惑星が持つ天然の重力がおれたちを捉え始めたとき、おれはもう二度とこの重力から逃れられない気がした。
眼前に広がる青い星。雲の白と大地の緑が眩しい星。こんな美しく壮大な星を破壊しようと企む奴の話は、どんな論理を振りかざそうとも、聞く気になれなかった。
目指すはメテオラ。魔法使いたちの修験場。破滅への道を辿る、虚飾の王座を狙う者アポミナリアがそこで待っている。
彼はこの星にとって害でしかない。もう討つしかない。それがこの星の住民の総意だとすれば、おれはそれを実現する銃弾となろう。
この戦いの後、どちらが勝とうとも、地球戦力がイフィリオスの支配に動くだろう。魔力の存在が地球文明を脅かしている現状、遠くからそっと眺めているだけという穏和な対処はありえない。おれは覚悟を決めていた。
魔王アポミナリアを討つ覚悟。
地球と対立する覚悟。
二度と地球に帰還しない、その覚悟を。




