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実験


 おれはアルファが観測器具を届けに来るまでの間、イングベルトから話を聞いた。レダと違って、イングベルトは魔法に関する知識の漏洩について軽く考えていて、知っていることを教えてくれた。おれやヒミコが異国の魔法使いだと嘘をついたのもあって、同業意識が働いたのかもしれない。

 イングベルトはおれたちについて知りたがった。彼は空に浮いていたりダンジョン内に落ちていたりしたプローブについて興味津々だった。


「あれはスズシロさんたちの所有物だったか。道中破壊してしまった。申し訳ない」

「いや、簡単に作れるから問題ない。どうせ数か月で機体の限界が来る程度のものだしな」


 イングベルトは空に魔法を撃つジェスチャーをして、苦笑いした。


「あまりにも不審だったので、念のため撃ち落としていたんだが……。あれもスズシロさんたちの国の魔法道具なのか? 俺でも作れる?」

「設備がないと作ることはできない。その設備を用意するのも至難だ」

「プロ―ブ? とやらから全く魔力を感じなかったのだが、ごく少量の魔力で稼働しているということかな。俺が知っている魔法道具は、例外なく呪符や魔法使いの髪の毛など、多少なりとも魔力を留める効果を持つものを媒体としていたが、あれは何を使っているんだ?」


 随分詳しいところまで見ている。おれはイングベルトが相当にさとい男だと評価した。


「……なんだと思う?」

「そうだな、俺の考えだと、銀かな。他にも魔力を留める効果のある貴金属があるが、比較的安価なのは銀だろう。次点で銅だが、量が必要になってくる」

「正解は銅だ。詳細は門外秘だが、とある特殊な合金に仕上げてある」


 おれの口から出まかせにヒミコが白い目になった。イングベルトはダンジョン内から回収したプローブを改めて見たがったが、既にヒミコが回収して、故障個所を直し、空に戻していた。

 イングベルトは消沈するヴァレンティーネのことを気にかけつつも、おれやヒミコの話を聞きたがり、協力できることがあるなら協力すると言ってくれた。おれは観測器具が届いたら彼に魔法を使ってもらおうと考え、その段取りを頭の中で考えていた。


「ところで」


 おれはイングベルトの肩書きを思い出した。ダンジョンの封印破壊がどうとか言っていた。


「以前、おれは古い書物を読んで、その中にダンジョンの封印を解除する条件は不明と書かれていたのだが、イングベルトはそのダンジョンの封印を解くことを仕事としているのか?」


 イングベルトはつまらなそうに頷いた。


「ああ……、その書物の記述は間違ってないよ。封印の破壊は荒業だ。普通は解けるのをじっくり待つ。第一層の魔物を掃討して、第二層への封印が解けるのに120年待ったなんて話も残っている。最近は魔法の性能が上がり、なんとか封印に対抗する術が確立されつつあるので、強引に突破することがある。強力な封印には歯が立たないなんてこともよくあるがな。陸海空に跨るセキドの巨大ダンジョンなんてのが有名だ。第7層から先の封印があまりに強力で、40年以上攻略が滞っている」


 知らない地名が出ていたが、即座にヒミコが仮の名前を付けて翻訳してくれる。とはいえおれは既にこの言語を習得していたから、ヒミコの翻訳を介さなくとも理解はできた。セキドという地名は現地の言葉の響きに沿った上で、簡略化したものだ。


「苦労してダンジョンを攻略するのは、どいつも名声を求めて、ということか?」

「ん? アマチュア冒険家はそうだろうが、俺やギルドの連中は、ダンジョンから得られる戦利品が目当てだな。魔物の死骸も、モノによってはカネになる」


 イングベルトは魔物の臓物を抜き取るジェスチャーをした。おれは鋭く聞き返す。


「戦利品というのは?」

「すまんが、それに関しては話せない。何がカネになるのかあなたたちに教えたら、競合相手になってしまう」


 イングベルトは真顔になって言った。おれは頷く。


「なるほど。まあ、おれたちはカネには興味がないが」

「ふうん。奇特な人だな、あなたは」


 おれとイングベルトが話していると、アルファとベータが観測器具を荷台に載せて持ってきた。そしてその二人に連れられて、レダとニュウも顔を見せた。レダは巨大な棺を見て顔をしかめ、それから負傷した二人の戦士を見てしばらく息を乱していた。


「何があったの、スズシロ!」

「……どうしてレダたちを連れて来たんだ、アルファ?」


 アルファは巨大な箱状の観測器具を荷台から降ろし、設置を始めた。三人のヒミコがミステリーサークルでも作るかのように、環状に器具を設置していく。


「船に二人を残すのは得策ではないと判断しました。実験が終わったら、連れて戻ります」

「もう手遅れだ。レダはここから離れようとしないだろうよ」


 レダはおそるおそる棺を開けようとしていたが、さすがにそれはイングベルトが止めた。レダは、ヴァレンティーネ隊と顔見知りだっただけに、ショックが大きいようだった。


「私が、のんきに聖印作りなんてしている間に……」

「おっと、お嬢さん、聖印作りは犯罪だぞ? 聞かなかったことにするが……。うまくいったのかい?」


 イングベルトは軽い調子で尋ねた。レダはイングベルトの黒ずくめの恰好をまじまじと見つめる。


「……あなた、誰?」

「これは申し遅れた。ダンジョンの発見と封印破壊を得意とする冒険者、イングベルトだ。ギルドには未所属だが、ちょくちょくあそこの厄介になっているので、もう半分構成員みたいなものだな」

「イングベルトさんって、あの?」

「お? どの?」


 イングベルトは自分の名が知れ渡っていることに喜びを感じたのか、顔が綻んだ。レダは非常に言い辛そうにしながらも、丁寧な口調で、


「私が皇都で学んでいた頃、あなたの著作を読みました。ダンジョン攻略に関する問題解決方法を網羅的に記した本でしたよね」

「うわ、俺が学生時代に書いたあの駄作、まだ学校の研究室に置いてあるのか。破棄してくれって言ったのに」

「え? いえ、あの、写本されまくって学生の教科書として流布されてますよ」

「なん……、だって……」


 イングベルトは絶句してしばらく応答不可能になった。おれはその本を読みたいと思った。魔法使いかその卵でないと読めない代物だろうが、非常に気になる。


「あの、イングベルトさん?」

「教科書……。どうせあの変態教授が勝手に……。あのじいさんにおだてられて本なんて書かなけりゃ良かった……。さんざんダンジョンに連れ回されて……」

「イングベルトさん?」


 イングベルトははっとした。ぎこちなく笑みを浮かべる。


「――はっ!? おっとっとぉ、済まないね。よく考えてみれば拙作が学生教育に活用されているなんて、名誉なことじゃないか。うん、一生残る仕事だ。名誉名誉。……しかしお嬢さん、浮かない顔をしているが、どういうことだい」


 レダはもじもじしていた。言うべきかどうか、迷っているようだった。しかしイングベルトがしきりに促したので、意を決して、


「正直に言うと、図解の絵は雑だし、文章は無駄に難解だし、他の著作からの引用が多過ぎて入り組んでいるし、学生からの評判は最悪でした。というか、これを教科書に使った先生も、この本のことをボロクソに言っていました」

「は!? じゃあ、どうして俺の本を教科書なんかに使っているんだ?」


 レダは吹っ切れた様子で、狼狽するイングベルトに追い討ちをかけるように、


「不親切で、他の書物を参照しないと理解できない内容、ダンジョン現地に出向いて実物を見て初めて意味を把握できる雑な図解……。それらが学生の教育にむしろ良いと先生はおっしゃっていました」

「あのジジイ……!」

「でも先生は、この本の著者、つまりイングベルトさんのことを、ダンジョンに愛された稀有な研究者だとおっしゃっていました。イングベルトさんは、研究者なんですか?」


 イングベルトは鼻息荒く首を振った。


「ジジイが勝手に言ってるだけで、俺は最初から冒険家志望だ。魔法の研究なんてカネにならない」


 おれはレダとイングベルトの会話を面白く聞いていた。そうこうしている間に、観測の準備が整った。三人のヒミコがそれぞれ散って、観測器具の前に立つ。環状に設置された器具は大小合わせて全部で13。その中央にイングベルトは立たされた。


 おれは例の笛をイングベルトに持たせた。そして笛を使って、エルンストが持っている笛を鳴らすように指示する。他にも簡単な魔法を使わせていった。

 おれはヒミコと一緒に観測結果のデータを調べた。脳波測定によれば、魔法を行使した瞬間、一部の脳領域が活性化することが分かったが、その場所は魔法の種類によってまちまちだった。それから、脳というのは通常、神経ノイズとでも言うべき自発活動を行っているが、魔法を使う瞬間、そのノイズが治まった。睡眠中でさえこの神経ノイズは消えないものなので、特筆すべき変化だった。ただしこれが何を意味するのかは分からなかった。

 イングベルトの体内から魔法前後で失われるものがないか観測したが、成果はなかった。様々なアプローチでイングベルトの変化を捉えようとしたものの、徒労だった。


 実験の様子を見ていたニュウが、イングベルトの近くに歩む。レダが慌てて連れ戻した。


「こら、邪魔しないで。さっき説明を受けたでしょ。よく分からないけれど、ダンジョン内に取り残された人を助ける為に、スズシロたちが色々やってくれているのよ」

「だから、ニュウも手伝おうかなって思っただけだよ。魔法を使えばいいんでしょ?」


 イングベルトは苦笑してニュウに笛を渡した。


「俺もそろそろ疲れてきた。スズシロさん、この実験とやらはいつまで続くんだい?」


 おれはヒミコと顔を見合わせた。結局、魔力の正体と呼べるようなものは見つからなかった。人間の脳に秘密がありそうな気はするが、何もわからない。魔力は人体に毒らしいから、その毒にやられた人間の体を調べれば、魔力が見つかるかもしれないと思ったが、そんなおそろしい実験体をこの場で用意するわけにはいかない。お手上げ状態だった。


 ニュウがイングベルトから笛を受け取った。そしてそれを口に持ってきて吹く。イングベルトは苦笑した。


「この笛はそうやって使うんじゃないんだよ。魔力を込めるだけでいい。……ん? きみ、もしかして」


 ニュウは笛を吹いた後、それをイングベルトに返した。そして何でもないように、


「全然良い音鳴らないよ、これ。わたし知ってるもん。これ、受け取るほうの笛がちゃんとしてないと、良い音鳴らないんだ」


 おれはニュウの発言が引っ掛かった。イングベルトから笛を受け取り、それをニュウの前に差し出す。


「ニュウ、どういう意味だそれは?」

「この笛を持ってる、エルンスト? って人が、ちゃんと笛を持ってないから、良い音が鳴らないねって意味」

「ちょっと待て。ニュウ、エルンストが持っている笛が鳴ったかどうか、お前には分かるのか?」

「分かるよ。口で吹いたときの感触が違うもん」


 おれはイングベルトのほうを見た。手練れの魔法使いは驚いたように両手を持ち上げた。


「繊細な感覚を持っている子だな……。俺にはない資質だ。彼女の言っていることは合っていると思う。エルンストはまだ生きている」


 少し離れた場所にいたヴァレンティーネが立ちあがった。おれはニュウの肩を掴んで彼女の顔を覗き込んだ。ニュウはきょとんとしていた。


「ニュウ。良い音が鳴っているかどうか、どうしてお前に分かるんだ?」

「にゅう、だって……。分かるから。笛と笛が離れているほど、音は小さくなるし、こっちも疲れる。そういうオモチャじゃないの、これ?」


 おれはヒミコのほうを振り向いた。三人のヒミコは一斉に頷いた。


「エルンストの位置が分かるかもしれない。ニュウ、協力してくれ」


 おれはニュウに笛をくわえさせ、脇を掴んで持ち上げた。それから辺りを行ったり来たりする。その様子をイングベルトとレダは目を丸くして見つめていた。ヴァレンティーネは早くもダンジョンに潜る為の身支度を始めていた。

 

 おれの心は躍っていた。エルンストを助けられるかもしれない。おれだけでも駄目、魔法使いだけでも駄目、しかしニュウの繊細な感覚をこちらで完璧に数値化してやれば……。

 さしずめ魔法を使ったレーダーだ。ニュウはおれに抱えられるまま、笛をくわえてそれを吹き続けていた。


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