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知己



 フォスをそのまま地上まで帰還させるのは少々危険だったので衛星軌道上に建設した小基地にていったん話を聞くことにした。

 フォスを迎えに行った探査機にしばらくへばりついていたフォスはそのがらんどうの小基地に降り立つと裸足でひたひたと歩き回り、今にもここを破壊しそうな情緒不安定な振る舞いを見せた。


「フォス。ここならラグもない。話をしようか」


 おれが機材越しに話しかけるとフォスは嘆息した。


「こんなゆっくりしている場合じゃないのに」


 そう言う彼女は落ち着いた様子を取り戻した。もう今更慌てても仕方ないと頭では分かっているのだろう。


「スコタディが連れ去られたと言っていたが、おれにはそれをどうにかする手段がなくてね。そもそもスコタディを助ける義理はないわけだが」


 フォスは手を上げた。こちらの星でも降参のポーズはこうらしい。


「降参する。もう大人しくしてるから。なんなら封印でもなんでもしてくれていいから、もうスコタディと離れたくないの」

「そうかい」


 おれのそっけない返事を聞いて不安になったのか、フォスはまくしたてる。


「アイプニアは降参して、許してもらってるんでしょ? 氷の大陸ではアイツが王様やってるって聞いてるし、いいじゃない」

「お前に殺された人もいる。降参するのはお前の自由だが、だからといって全てを許すかどうかは別だな」


 彼女は腕を組んで機材を睨んだ。


「ふん……、じゃあ私もあいつらに連れ去ってもらいたかったわ。そうすればスコタディと一緒にいられた」


 おれはフォスとスコタディ姉妹の価値観が、他の魔王とは違うことを確認した。この姉妹は互いが無事であればそれでいいと考えている。確かに平和的にやり取りできるかもしれない。


「連れ去ったというのはどういう奴らだったんだ。人間か」

「違うわよ。スズシロが使っているような機械と似た奴ら……」

「機械……」


 予想はしていたがまだ信じられない思いだった。おれは頭に手を当てて考え込む。


「ずっと姉妹一緒にいられるっていうからアポミナリアの転移魔法についていったのに。何度か転移魔法を繰り返したら、随分雰囲気の違うところに着いちゃったの」


 フォスは唇を尖らせ不満を口にする。


「雰囲気が違う? 別の星ということか?」

「ううん、この暗い、宇宙のどこかなのは一緒だけど。匂いっていうのかな……」


 おれは少し考えたがその感覚を理解できそうになかったので、いったん置いておくことにした。


「そうか。それで?」

「そしたらとんでもない速度で機械が向かって来て、わたしたちをすれ違いざま捕獲しようとしたの。私はたまたま接近に一瞬早く気づいて光魔法で宇宙の中を移動しようとして……、たぶん連中がそれで目測を誤って、私だけ弾かれた」


 フォスはおれの探査機にしがみついて帰還する間に記憶を整理したのだろう、そのときの状況を詳しく説明した。


「その拍子に、こちらの宇宙に帰ってきたのか? そんな手軽に?」


 フォスは曖昧に頷いた。本人もあまり自信がないようだった。


「手軽っていうと変だけど、アポミナリアは何度も転移魔法を繰り返して苦労してそうだったのに、私だけ弾かれたときはあっさりこっちに戻ってきたから、完全には向こうには渡ってなかったのかも」

「……その時の感覚が残っているなら、再現できるか?」

「転移魔法はできるけど、真似できるかっていうと……。練習すればいけるかも」


 おれはしかしスコタディを取り返そうとはあまり思っていなかった。

 アポミナリアたちに接触したのは地球文明だろう。他の異星文明という可能性もあるがそれは考えても仕方ない。

 地球の戦力で対処できるならおれにできることは少ない。今更警告するまでもなく、地球がアポミナリアを認識できたのなら、もう放置しても問題ないだろう。


 しかし気になるのはどうして地球文明がアポミナリアたちを認識していたのかということだ。

 たまたま通りかかったという可能性は極めて低い。宇宙の広さは眩暈がしてくるほどで、どれだけ科学技術が発展しても、人類が宇宙全体を網羅し支配するなんてことは起きないだろう。ワープ航行があろうがそれは変わらない。


「……スコタディが生きているかどうかは分かるか」


 フォスは力強く頷いた。


「それは、分かる。彼女が生きていることは確かよ。私たちはお互いにつながっているから。スコタディがベルギウスの中にいることも、つながりがあったから分かったし」

「生きているのなら向こうで捕獲されて研究対象にでもされているのかもな」


 おれはここでヒミコにワープ通信を試みるように言った。

 ワープ通信は機体を全てワープさせるより遥かにエネルギー消費が少ないが、それでも反物質炉を稼働させないといけない。おいそれと試せるものではなかった。


 この星に着いてから何度か試したが反応はまるでなかった。しかし今なら向こうが拾ってくれるかもしれない。


「……あ」


 ヒミコが言う。


「どうした」

「繋がりました。あっさり」


 おれは嬉しいような面倒なような、よく分からない気分だった。


「……マジか」

「マジです。向こうがこちらの正確な位置を把握しました。もうこちらは通常の通信体制でも対話できます」


 向こうがワープ通信で次元の壁を越えてくれるなら、こちらは普通に構えていればいい。それにしても素早い対応だった。


「……通信できるのか。相手さんの所属は? 宇宙開発局の人間か? それとも民間人?」

「民間人……、ですが、マスターの知り合いです」

「ん?」

「マスターが資産管理を一任している田中氏です」


 田中……。その姓の知り合いは何人かいるが、おれと同じ不老の改造を受けたあの男……。


「は? 地球の軌道エレベーター内の一等地で地上の人間を見下すのが趣味のあいつがどうしてこんな……」


 おれが呆気に取られていると田中から通信が入った。


《久しぶりだな鈴城。そちらの位置を捕捉した。今、渡しをかける》

「田中……?」

《ずっと見ていた。事情はすぐに話す。お前の仕事は終わりだ。ご苦労だったな》


 監視衛星がイフィリオス付近の宇宙空間に歪みを検知する。

 巨大なワープ反応と共に現れたのは小型の宇宙船だった。

 おれの200年ものの宇宙船とは違う。戦闘力も速度も比較にならないほど高性能の最新鋭機だった。

 

 間もなくその船がイフィリオスへの降下を開始する。おれは着陸予測地へ向けて急いで移動することにした。



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