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 負傷者の怪我は深刻なもので、放置すればかなり危険だったが、ヒミコが完璧な止血をし、こっそり人工血液を注入すると、容体は改善した。異世界イフィリオス人の血液成分については、村で治療行為をしたときにさんざん分析していたので、この場で製造するのは難しいことではなかった。ヒミコの体内には小型の化学物質の合成装置があり、これは探査船にある原子プリンターの能力を補完するものだった。

 ヒミコが血液を合成するために、ごくごくと水筒から水をがぶ飲みする。そして体内で作り出した人工血液を、負傷者の腕からこっそり入れていく。傍目には負傷者の手をさすっているようにしか見えない。


 ヴァレンティーネはその場に座り込み、うなだれていた。死んでしまった二人から顔を背け、小声で自分を責め続けている。おれは彼女に話しかけるべきか迷ったが、意を決して声を発した。


「ヴァレンティーネ……。おれはあんたたちの流儀を知らないので恐縮だが、もしよければ、遺体の処理を手伝おうか」

「スズシロさん……。遺体は皇都まで運ぶので、お構いなく」


 俺は遺骸をちらりと見た。このままだとあっという間に腐敗し、輸送は困難を伴うだろう。


「輸送する前に腐ってしまうのでは?」

「ええ。致し方ありません。しかし、五体揃った遺骸ですから、故郷の地に還してやりたいと思うのです」

「なるほど。では、防腐処理を施してみては?」


 ヴァレンティーネは意味もなく辺りを見回した。


「防腐処理……。この場でですか?」

「できるな、ヒミコ?」


 おれが呼びかけると、ヒミコは頷いた。


「ご希望とあれば」


 ヴァレンティーネは憔悴しきった顔でおれとヒミコを見た。そして小さく頷く。


「お願いします。何かお手伝いすることは……」

「おれとヒミコでやるから大丈夫だ。輸送用の棺もこしらえておく。あんたはイングベルトの帰還に備えていてくれ」

「分かりました。何から何まで、申し訳ない」


 おれとヒミコは遺体を移動させた。ヴァレンティーネから見えない位置で防腐処理を施す。遺体の汚れを取り滅菌する。首に穴を開け血液を抜きつつ色つきの防腐剤を注入。体を切開し体液や内臓の内容物を排出し防腐剤を詰め込む。負傷個所を縫合し薄手のテープで怪我を隠し絵具で目立たないようにする。最後に乱れていた髪や服装を整えた。


「こんなもんか?」

「上出来だと思います」


 その後、ヒミコは近くに生えていた木をり倒し、製材して、即席の棺を二つ造り出した。遺体をそこに納めた頃にはかなり時間が経っていた。もうすぐ日が暮れてしまう。おれとヒミコがダンジョン付近に戻ると、ちょうどイングベルトが地上に戻ってきたところだった。


 ヴァレンティーネがイングベルトに近づく。若き破壊屋は何かが入っているずだ袋を持っていたが、ちょうど人間の首一つ分のサイズだったので、おれは息を呑んだ。ヴァレンティーネも嫌な想像をしたらしい。


「それは、もしかして……」

「エルンストくんは見つからなかった。道中、気になるものがあったから回収してきたよ」


 イングベルトが持ち帰ったのは、ダンジョン内に送り込んだプローブ機の残骸だった。ヴァレンティーネは怪訝そうにそれを見た。おれはそれをどうやって受け取ろうとか考えたが、ヒミコがスススと歩み寄った。


「それは、私が放った偵察器械ですね」

「偵察器械?」

「ダンジョン内に入るのはリスクがあったので、なんとか中の様子を調べられないかと工夫して作った魔法道具です」


 説明を受けてもイングベルトとヴァレンティーネはぴんときていないようだった。ヒミコは足で地面を浅く掘ると、そこに水筒の水をぶちまけた。小さな水たまりができる。


「な、なにを……?」

「ひとまず、ご覧あれ」


 ヒミコはプローブ機が保存していた映像記録を投射し、濁った水たまりに映し出した。ダンジョン内の映像が極めて不鮮明ながら現れる。イングベルトとヴァレンティーネは、おお、と声を上げた。


「これは、ダンジョン内の様子だ……!」

「偵察器械が得た情報を、こうして取り出すことができます。我が国に伝わる魔法道具の一種で、私はその技師としての教育を受けています。ダンジョンの探索に役立てると思ったのですが、成果はなかったようですね」

「いや、こいつは凄い。いったいどんな魔法なのか……。見たこともない。同じ魔法使いとして、非常に興味深いな」


 イングベルトの食いつきは凄まじかった。その後ヒミコは口から出まかせでありもしないことをぺらぺらと解説した。事実と嘘を織り交ぜてプローブ機の詳細を語り、事実を知っているおれでも、プローブが魔法道具の一種でありヒミコはそれの技師なのだと信じかけたほどだった。


「詐欺師の才能があるな」


 おれがヒミコに小声で言うと、彼女は更に小さな声で、


「軽蔑しますか?」

「いや。お前はおれの誇りだよ。嘘がばれたときのことはちゃんと考えているんだろうな?」


 ヒミコは悪魔じみた笑みを見せた。わざと邪悪な表情を繕っているのだろう。


「また別の嘘をつきます。あるいは、嘘をつかざるを得なかったもっともらしい理由をでっちあげて謝罪して押し通します。とことんしらばっくれるというのもアリですか」

「まあ、本当のことを言っても信じてもらえないだろうしな」


 その後、ヴァレンティーネは防腐処理を施した遺体を見て、おれとヒミコに何度も礼を言った。イングベルトはエルンストの捜索ついでにダンジョン内の構造を記憶してきたようで、第一層及び第二層の構造を用紙に書いていった。

 

「少なくとも、第一層にはいなかったよ。第二層の全域は把握できなかったが、恐らく二層にもいなかったと思う。もっと奥まで行っている可能性がある」

「そんな……。私たちは第一層までしか行っていないのに」


 ヴァレンティーネはくぐもった声で言った。イングベルトは手に持っていたペンを回しながら唸った。


「ヴァレンティーネさんたちが苦戦している、つまり第一層に留まっているわけがない、もっと奥にいる。そういう判断をしたのかもしれないね。加えて、ヴァレンティーネさんたちが第一層で暴れたおかげで、ヴァレンティーネさんたちに寄ってくる魔物と、ダンジョン奥に逃げ込んだ魔物とで二極化したのかもしれない。結果、一時的に一層~二層に魔物のいない空間が出来上がった。そこにエルンストくんが迷い込んでしまったのかもな」


 ヴァレンティーネは何も言えずに爪を噛んだ。イングベルトは肩を竦める。


「ヴァレンティーネさんたちは第一層の行き止まりで陣を張って魔物と戦ったのだろう? そこで魔物の分布が偏ったわけだな。エルンストくんが魔物の群れを素通りできたのは、幸か不幸か……」

「……エルンストめ。単独でお前が加勢に来たとして、それで何になるというんだ。無謀な……」


 そう言うヴァレンティーネの声は消え入りそうだった。おれは黙り込んだイングベルトとヴァレンティーネを交互に見た。


「……ダンジョン内のエルンストと連絡を取る手段はないのか?」


 イングベルトは自身の頬をぺちぺちと叩きながら、おれを見た。


「ある、が……。事前に取り決めておかないと意思疎通は難しいだろうね」

「今生きているかどうか確かめるくらいはできないのか」

「エルンストが魔法の達人なら可能だろうね。しかし彼はそうじゃないんだよ」


 それを受けて、おれはヒミコに小声で言った。


「ダンジョンをレーダーで探索できないか?」


 ヒミコは一瞬思考した後、


「地中レーダーを製作することは可能ですがそれではダンジョン内の大雑把な構造しか分かりません。魔物と人間の区別がつくとも思いません」

「エルンストと連絡を取る手段は?」

「彼が無線機でも持っていたら可能ですが、もちろん持っていないでしょうね。受信機の代わりになるようなものも当然ないでしょうし」

「そうだよな……。しかし、受信機か。待てよ」


 おれは少し考え、イングベルトに向き直った。


「あんたたち、獣の声のような音で、やり取りをしていたよな。あれで連絡できるんじゃないのか」

「“笛”のことかな? エルンストくんが持っているのは、ヴァレンティーネさんが持っている笛の音を聞くためのもので、エルンストくんの笛からこちらに音を届けることはできない」


 つまりエルンストの笛は受信専用ということか。


「いったいどういう原理で笛を鳴らしているんだ?」

「簡単な話だよ。ヴァレンティーネさんが笛に魔力を込め、その笛に繋がっている受け手の笛の音を鳴らす」


 おれには笛同士がどう繋がっているのか分からなかったが、この際細かい話はどうでもいい。


「受け取る側に魔法の素養は必要か?」


 イングベルトは首を振った。


「受け取るだけなら誰でも……。いや、たとえば笛をカカシに持たせていたとしても音は鳴らない。ごくわずかだが笛を鳴らすのに受け手の魔力を必要とをする。地上でも問題なく稼働するよう設計しているので、本当にごくわずかだが」

「受け手の笛が音を鳴らした場合と、鳴らさなかった場合。笛の出し手に違いは分かるか?」


 イングベルトは少し思うところがあったようで、声が低くなった。


「残念ながら、分からない。笛同士は繋がっているから、音が鳴らなかった場合、出し手の笛の魔力消費は発生しないはずだが、消費量が僅かなので人間がその差を感じ取ることは不可能と言っていい」


 ここまで言ってから、イングベルトはおれを縋るように見た。


「……スズシロさん、ヒミコさん、もしかして、あなたたち……」

「ちょっと時間をくれ」


 おれはヒミコを連れてダンジョンから離れた。ヒミコはおれの考えを理解しているようだった。おれが何か言う前から声を発する。


「マスター、魔力の定量化には相当時間がかかります。今、この場で実現するには条件が足りません」

「どうかな。今ならイングベルトとヴァレンティーネの協力を受けられるぞ」

「そもそも我々は魔力を発見すらしていません」

「ああ、そうだな。だが、おれに考えがある。魔力が見えないなら、見えないまま利用する。現実に魔法を行使している人間がいるのだから、可能なはずだ」


 ヒミコはおれをじっと見た。おれの考えを理解しつつも、それに賛同すべきか考えているようだった。


「見えないまま利用する。つまりイングベルトに魔法を使わせ、彼と彼の周辺に起こる変化を詳細に記録し、その差異で魔力の存在を炙り出す。ということですか?」


 おれは深く首肯した。


「正解だ。イングベルトの生体データをリアルタイムで観測する。魔力という物質をイングベルトの肉体が消費し、何らかの物理現象を引き起こしているのなら、魔力は見えなくとも、魔力を利用したイングベルトの肉体の変化で、間接的に魔力という物質の性質を突き止められるだろう」

「少々大掛かりな観測器具が必要になります。怪しまれませんか?」

「おれたちは嘘をつくのが得意だろ。人命がかかってる。やれるだけやろうじゃないか」


 ヒミコは頷いた。そして観測器具を探査船で造ってもらうよう、アルファに連絡をした。おれはその間、ヴァレンティーネから笛を受け取り、その構造をまじまじと観察した。普通の小さな笛にしか見えない。ここから魔法と魔力の正体に近づけるのか。おれは期待と不安が入り混じった複雑な感情を抱えたまま、ヒミコの用意が終わるのを待つことになった。


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