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皇都壊滅



 スクラヴォスの巨大化、そして建物を薙ぎ倒しながら倒れたことは、皇都に多くの変化をもたらした。

 まず、スクラヴォスの死に巻き込まれて建物の中で死んだ者が数人いた。

 皇城付近の避難は優先的に行われていたが、それでもなかなか移動しようとしない者が一定数いた。

 しかしこの犠牲で、なかなか避難しようとしていなかった者たちが血相を変えて逃げ出した。

 ギルドの妄言、もしくはすぐに逃げなくても大丈夫だと考えていた層が、ようやく事態の緊急性を理解したようだ。

 

 皇都では魔王ヴェロスの討伐を祝ったばかりということで、次なる魔王の出現に不安になる者も多かった。

 しかし、出現したスクラヴォスは死体の状態で巨大化した。

 この事実は大きく、太古の世界で猛威を振るった魔王が現代の皇国軍で十分討伐可能だということは、彼らの不安を大いにやわらげた。

 血気盛んな者は魔王討伐に加わらんと手を挙げることもあった。もちろんそれをギルドが了承することはなかった。

 

 また、洗脳が解けた皇国兵士が大勢いた。彼らはギルドメンバーから事情を聞くと避難誘導を手伝った。

 おかげでおれの無人兵器を都民の護衛に回さなくとも良くなった。皇城付近に戦力が集結する。


「アドルノ。そろそろ避難に目途が立つ」


 おれの報告にアドルノはにやりと笑った。


「思ったより早かったな。で、スクラヴォスはどうやって倒したんだ」


 アドルノたちにはスクラヴォスを倒したのがクレメンスだと伝えていなかった。たまたま目撃者はいなかった。

 ただでさえクレメンスはギルドメンバーから警戒されつつある。

 クレメンスと、そのかつての仲間たちの戦いなんて見たくはなかった。もしクレメンスを倒さなければならないのならおれがやる。

 

 アドルノはバシリスとの戦いで優勢だった。バシリスはアドルノが時間稼ぎをしていることに気づきつつも、打開策がないようだった。


「魔王というのも大したことがないな。拍子抜けだ」


 アドルノの魔法で皇城の通路の一部が崩落した。逃げ場を失ったバシリスが足を止める。

 そこにギルドメンバーの魔法が撃ち込まれ、彼女は体を縮めた。

 ここで決着をつける。アドルノが他のギルドメンバーを下がらせ、突撃する。

 バシリスは罅割れた体を自分の腕で抱きながら顔を上げた。皇妃の貌が割れ、奥に爬虫類を思わせるのっぺりとした女の貌が垣間見えていた。


「アポミナリア……。エイシカ……。助けに来ないということは、つまりそういうことね……。やはり私たちは捨て駒だったというわけ……」


 バシリスの体が膨らみ始める。アドルノの魔法が撃ち込まれるが、淡い色のバリアがそれを弾く。

 ニケが駆使していた、転移魔法を併用したバリア。しかしニケと比べて精度がそれほどではないらしく、おれが対処する前からある程度攻撃が通る。


 皇城の内壁を破壊しながらバシリスの体が膨らんでいく。アドルノはこれを予見しており、下がらせていたギルドメンバーを素早く外へ誘導した。それぞれ窓を蹴破って外に出る。


 バシリスの体が完全顕現を果たす。皇城の半分を破壊し、その巨躯が白日の下となる。

 倒壊した瓦礫を避けて、ギルドメンバーは距離を取った。最前線にいるのはアドルノだった。

 その隣に傘を差した女が一人――瓦礫の下からグリゼルディスが現れた。神出鬼没の婦人は、当然のように戦闘態勢に入る。


「グリゼルディス! どこにいたんだ」

「皇城に呼ばれて監禁されていたのよ。ミンちゃんと一緒にね」


 ミンちゃんというのはグリ派幹部で軍属出身のヤスミンのことだろう。瓦礫の下から、やっとの思いでヤスミンが這い出てきた。そして、埃一つ纏っていないグリゼルディスを見て、信じられない、という顔になった。


「グリゼルディス、お前ヴェロスとの戦いでもいたな。何か助言はあるか」


 アドルノがヤスミンに手を貸しながら言った。

 グリゼルディスは手を回して、魔法でヤスミンの埃を払ってやる。ヤスミンはされるがままになっていた。


「魔王と戦う際の注意事項を聞きたいの? あらあら、そうねぇ、私がこの部隊の指揮官ならもっと距離を取るわねえ」

「距離を? だがこちらの攻撃が届かない――」


 アドルノはそう言ってから空を見てはっとした。グリゼルディスは頷く。


「そうしないと、スズちゃんがやりにくいでしょうし」


 彼らの頭上を戦闘機が行き過ぎる。ミサイル、そして爆撃が始まり、爆風と熱で彼らの体が数瞬浮いた。


「――これは!?」


 皇都付近に無人兵器の編隊が出現していた。持てる限りの戦力をここに投入する。ニケ戦のように徐々に戦力を投入できるほど陣容に厚みがない。このアタックが失敗すると、もうしばらく皇都に追加戦力はやってこない。


 バシリスは巨大化を果たし、再び黄金の仮面を装着していた。仮面の眼が光ると巨大な出力の魔法が発動し、皇都に地割れを起こした。避難が遅れていたら数千数万人の犠牲者が出ているところだった。既に皇都は無人と化している。


 そんなバシリスの体に大量の爆撃が始まっている。母船が高高度に位置し、エネルギー兵器を射出、バシリスの体を溶かしていく。

 しかしバシリスの体は再生し続けている。爆弾とエネルギー兵器の威力は絶大で、皇都ごと魔王を燃やし尽くすが、仕留めるまではいかない。


 バシリスは最初、攻撃を避けようともがいていた。しかしすぐに思考を切り替えた。

 バシリスはその巨大な躰を縮め、芋虫のように地面を這い始めた。

 遠くから見るとその動作はのろそうに見えたが、実際には人の足の数倍の速度があった。


 バシリスは皇都の中央を突っ切って、南のほうへ移動を開始した。爆撃を浴びせ続けるが、その進みは衰えることがない。


 かなり距離を取っていたアドルノたちが、バシリスの後を追う。


「バシリスの奴、どこへ逃れようというんだ?」


 アドルノは遠巻きに眺めるしかない戦闘の規模にため息をつきながら言う。

 グリゼルディスが傘を差して降りかかってくる砂や塵を払いつつ、


「ただ単にもがいているだけなら、心配ないわね。でも、もし一矢報いるつもりなら」

「一矢報いる? まさか……。避難している都民を狙っているとでも?」


 南には最も多くの皇国民が避難している。みな必死に走って皇都から逃れようとしているが、バシリスの速度はそれを遥かに凌駕している。このまま行かせると追いつかれ、戦闘区域に入ってしまう。バシリスの魔法一発で数千人が蒸発しかねない。


「ヒミコ!」


 おれは叫んだ。なけなしの無人兵器がバシリスに攻撃を仕掛け続ける。一秒でも早く倒さなければならない。射線を最大限生かすために無人兵器の布陣が半球型に展開された。


 バシリスの貌が持ち上がる――黄金色の仮面が剥がれ、その不気味な貌があらわになっていた。

 バシリスの全身が発光し、近づき過ぎた無人兵器を魔法で殲滅していく。一度の魔法でその大半の戦力が失われる。撃墜された機体が煙を上げながら落下し、爆炎をそこかしこに吹き上げた。


「一人でも多く殺す……!」


 バシリスは再生中の骨肉があらわになった醜い顔を歪ませて笑った。そして芋虫のように移動していた体を跳ね上げ、二足歩行で進み始めた。そのスピードはこれまでの比ではなかった。あっという間に避難者に追いついてしまう。


 バシリスを阻止する無人兵器はもうほとんど残っていなかった。おれはバシリスが無辜の民を蹂躙するのを黙って見ているほかないと覚悟した。


 が……。バシリスの進行方向にクレメンスが佇立している。このままだとバシリスに踏み殺されるその位置に、彼は何の感情もなく立っている。


 おれは呟いた。


「アポミナリア……、いるか?」


 おれが呼びかけると、急激に眠気が襲ってきた。おれはそれに抗わなかった。傍らにいたベータがその躰を咄嗟に支えることすらできないほど唐突に入眠した。


 夢の中の世界でアポミナリアは待っていた。おれはまだ悩んでいた。数千人の命を救う為におれは魔王との取引を考えている。およそ正しいこととは思えなかった。だが、目の前で多くの人が死んでいくのを黙って見ていることもできなかった。それだけの覚悟がおれの中にはまだなかったのだ。


「好きなだけ悩めばいい。ここで何日過ごそうと、外の世界では一秒も経たない」


 アポミナリアはそう言って、おれの死にそうなほど青ざめた顔を見下ろしていた。





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