光の刃
皇都での戦闘の間にも、世界中で魔王との戦いが同時進行している。
そして、最も早く決着がついたのは、オットケの拠点での戦いだった。
いつ魔王が攻めてきても対応できるように、オットケが小人たちの増強を進めていたのが大きい。魔物の軍団を小人だけでほぼ完封し、襲ってきた魔王――テレティという名前の狂獣と戦闘に入った。早々に覚悟を決めて完全顕現を果たし巨大化する。
魔王テレティは小人たちの投石攻撃や突撃を簡単にいなした。ここでモル率いるギルド軍が巨大な魔物を討伐する際の要領で攻め上がり、足元からじわじわと崩していった。
幸い、戦場は広大だった。人気のない山地であり、逃げ回りながら攻撃を仕掛けることが可能だった。
決定打となったのは配備していた無人兵器で、周囲の環境への配慮一切なし、強力なレールガンで鉄球を撃ち込み、魔王テレティの内臓を破壊した。
アンドロイド軍団が火砲を担いでとどめを刺しに行った。手足が蒸発し、もう動けなくなった魔王テレティは最後に人類への呪詛を吐いて死んだ。
他の魔王が出現した場所の戦いでもおおむねおれの軍団が優勢、どんなに悪くても互角といったところだった。一番厄介な戦場は皇都であることは間違いない。
魔王バシリスはアドルノが抑えている。スクラヴォスはアンドロイドが翻弄し時間を稼いでいる。避難は進んでいるが、ここにきてクレメンスがやってきた。
他のギルドメンバーも、クレメンスが皇城に近付くにつれてその存在に気づいた。一番彼に食いついたのはヴァレンティーネだった。
ヴァレンティーネはリーゴスのダンジョンにおいて、クレメンスと揉めていた過去がある。
それ以前も特段仲が良かったわけでもなさそうだ。しかし、クレメンスはあのときとは豹変している。
ヴァレンティーネはこのとき、老衰でまともに歩けなくなっていた女性を背負って避難の途中だった。そんなときでもクレメンスを無視して行くことはできなかったようだ。
「クレメンス……。病院からいなくなったと聞いていましたが、無事だったのですね」
「無事? 確かにそうだが、この有様の人間にかける言葉か」
クレメンスは自分の眼帯を指差した。そして構わず進もうとする。
「クレメンス。どこへ向かうのです? あなたはギルドの人間ですか。それとも……」
「ギルドに決まっているだろう」
クレメンスは鬱陶しそうに言う。ヴァレンティーネは女性を背負い直しながら、
「それならいいのですが……。あなたは、随分雰囲気が変わりました」
「そう思うならさっさと行け。その老婆を安全なところまで運ぶんだろう? 立派な仕事だ。グリ派のアイドルらしいじゃないか」
複雑そうな顔をしたヴァレンティーネは、クレメンスを気遣うように見た。
「クレメンス。もし、あなたに人の心が残っているのなら……。スズシロさんに協力してください。彼が、私たちを導いてくれます」
「……失礼な女だな。人の心がどうとか……。まるで今の私が人類の敵であるかのように……。それに、スズシロだと? 結局、貴様はあの男の言いなりか」
ヴァレンティーネは少し声を高くして、
「彼がいなければ、我々は魔王に対抗する力を持たなかったでしょう。評価するのは当然です」
「大したことはないさ。結局、あの男が優れているのではない。あの男のいた世界が、我々の世界を凌駕しているだけだ」
「……えっと、それはどういう……」
クレメンスは歩き出した。そしてすぐに走り出す。さすがにヴァレンティーネはそれを追いかけることができなかった。背負っている女性を安全な場所まで連れていくことしかできない。
クレメンスは走りながらおれに語り掛ける。
「満足か、スズシロ。この世界の人間はお前に縋っているぞ。お前の思い通りというわけか?」
おれは嘆息した。
「……そんなことはない。おれなんか、出番がないほうが良いに決まっている」
「私にはそうは見えないが。世界の救世主を気取って奮闘しているが、結局この世界はお前の居場所じゃないんだ。お前と一時期意識を共有した私には分かる」
「……おれは、お前の考えが分からないがな。モルへの復讐をまだ考えているようだが、何があったんだ」
クレメンスは鼻で笑った。心底くだらないと思っている顔だった。
「それもお前が解決してくれるとでも? 話す気はないが、よくある話だ。それにそれは魔王の件とは無関係。私も切り離して考えている」
「そうか」
「より多くの人を助けたいなら、アポミナリア様との取引には応じたほうがいい……。間違いなく大量に人が死ぬ。しかし、お前自身はどちらを選択しようとも最終的に勝利を収めるだろう。アポミナリア様もそれは分かっている。お前がこの世界にやってきたときから、アポミナリア様には予感があったわけだ」
クレメンスにも念を押させるか。アポミナリアはよほど夢の中で話した取引を成立させたいらしい。
「だったら、さっさと自分たちで幕引きをしてくれ。無意味に争いたくはない」
「それは無理な話だ。どちらかが滅びるまで戦い続けるしかない。それは貴様も分かっているだろう」
「……かもな」
クレメンスは皇城の方向を見て薄く笑った。
「そろそろバシリスが、避難が始まっていることに気づく頃じゃないか? そのとき奴はどう判断するかな……。皇都を破壊し始めると思うか?」
「それをおれは懸念しているが」
「私の予想だと、バシリスはすぐには完全顕現しない。スクラヴォスにそうさせるだろう。狡猾な女だ」
「……ご意見どうも」
おれはクレメンスと話をしながらも、バシリスがアドルノとの戦いでどんどん追い詰められていくのを見ていた。
逃げ道を用意してやるのも限界があり、やり方に無理が生じてきた。
その露骨なやり口にバシリスが不審に思い、一瞬動きを止めた。
アドルノの攻撃がまともに入る――しかしここでアドルノが躊躇した。
ここでダメージを与え過ぎると、バシリスが完全顕現し体を巨大化させ、皇都を破壊してしまうかもしれない。まだ避難は済んでいない。
バシリスは動きを止めたとき、目の前の状況から意識を逸らし、皇都全体に索敵をかけた。そして避難が始まっていることに気づく。
バシリスはアドルノの攻撃で深手を負いつつも、叫んだ。
「スクラヴォス! 皇都民を虐殺しなさい! もはや我々が生きる道はそれしかない! 同胞たちのように、暴れて、暴れて、人類を殲滅するのです!」
アンドロイドに囲まれて攻撃を受け続けていたスクラヴォスは、覚悟を決めて、体を膨らませ始めた。
このままだと皇城が崩壊し、ギルドメンバーや城に残っている人間が圧死する。
アンドロイドの一体がスクラヴォスに突撃し、外壁を破壊、外に出た。
ちょうどそこにクレメンスが通りがかった。クレメンスは右手をかざすと、光の刃の大刀が出現していた。
「取引をするにしても、私の実力が分からないと話にならないな。スズシロ、バシリスも私に殺して欲しかったら言ってくれ」
クレメンスが跳躍する――体が巨大化し始めたスクラヴォスの黒い影に、クレメンスの光の刃が奔る。
それは一瞬の閃きだった。瞬間的にクレメンスが放つ魔力量が跳ね上がり、光の刃の光量が凄まじいことになる。
スクラヴォスの太い躰を横に薙ぐ。スクラヴォスのはっきりとはしない体の、頭部あたりが飛ぶ。
そのままスクラヴォスは巨大化し、周囲の建物を倒壊させていった。皇都に突如として出現した魔王の姿に、まだ避難を終えていなかった市民が恐怖の声を上げる。
しかしその巨大化した魔王は首がなかった。巨大化を果たす前にその命をクレメンスが刈り取ってしまっていた。
ゆっくりとスクラヴォスの体が倒れていく――多くの建物を薙ぎ倒しながら皇都の地に体が沈んでいった。
土埃の中でクレメンスはおれに言う。
「魔王の殺し方なら知っている。バシリスも正攻法で行くならそう簡単に仕留められないだろう。アポミナリア様との取引に応じる気になったか?」
確かに交渉材料にするだけはある。これほど簡単に魔王を倒せるなら、多くの人を助けられるかもしれない。
だが……。おれはクレメンスの凄まじい戦闘力を警戒していた。クレメンスはアポミナリアから力を授かったと言っていた。つまりアポミナリアも、最低でもこれくらいの能力は持っているということだ。
もし、取引が成立しないとアポミナリアが確信したら、本気でおれを殺しに来るだろう。そしてそれは、魔王との戦いで消耗している今が最も絶好機と言える。
おれがいる、オットケの拠点にやってきていた魔王テレティの死骸。その周囲ではギルドメンバーが戦勝の喜びを分かち合っている。
まだ油断すべきではない。おれはこの地の戦力がむしろ少な過ぎることを自覚した。
クレメンスはおれを試すように、監視装置を見ている。おれと目が合う。アポミナリアがすぐ傍にいるぞと訴えかけているように見えて、おれは警戒せざるを得なかった。




