表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/171

時間稼ぎ



 魔王バシリスは最初、皇帝に取り入ったとき、氷の大陸との戦争を望んでいたはずだ。

 実際、皇国はその方面に向かって突き進んでいた。

 だがアポミナリアはおれの戦力を見て、全面的におれと戦うことを避けることを決めた。魔王たちを各地で蜂起させ、おれとの取引を有利に運べるように揺さぶりをかけている。

 おれが望めば、魔王討伐を手伝ってくれるという。しかしその取引はしないことに決めた。バシリスはアポミナリアにどのような命令を受けて今動いているのか。


 バシリスは皇帝を戦争への推進力として使っていた。今では戦争どころではなく、人類と魔王の戦いの様相を呈している。彼女らにとっては当初の予定と違うはずだが、何らかの目的を持って、スクラヴォスと共に皇国で暗躍していたのは確かだ。


 皇帝が動かなくなった。炎が消え、喉が腫れ上がって窒息死している焼死体がそこにあった。


「なんということだ……」


 皇国騎士たちが途方に暮れている。アドルノは皇帝の死を見届けると、バシリスに手を翳した。

 黄金の仮面が弾ける――バシリスがその貌をあらわにした。皇帝の元妃の顔に、年配の騎士たちがどよめいた。

 バシリスは小さく嘆息した。


「せっかく、丹精込めて手入れをしてきたのに、殺してしまうとは。無粋な男ですね、アドルノさん」


 焦げた死体を見下ろしながらバシリスは言った。

 アドルノは足元に転がって来た仮面を蹴飛ばす。


「何を企んでいる、魔王。殴り合いが所望ではないのか」

「氷の大陸ではうまくやっている同胞がいるので……。色々と模索していたところなのですが。スズシロがいなければもっとやり方が変わって、うまく裏から操れたかもしれませんが、言っても栓なきこと。戦うしかないようですね」


 氷の大陸の同胞とはザカリアス帝のことだろう。彼の治世はあまりに長く、彼がラズ国に繁栄をもたらしたと言っていい。

 もしそれを参考にしているというのなら、必ずしも戦う気はなかったのかもしれない。人を滅ぼすという前提で彼らは動いているはずだが、アポミナリアの件とは別に、彼らも一枚岩ではないのか。


 騎士たちは混乱から覚めると、主君の殺害犯であるアドルノを捕まえようと動き出した。アドルノは彼らを一喝する。


「見た限り、洗脳から覚めている者も徐々に多くなっているだろう! ここにいる女の貌を見ろ。皇帝陛下が愛した妃と瓜二つの貌。若返りの甘言と、かつて愛した者の姿で皇帝陛下を惑わせていたのだ。こいつの目的は戦争を起こしその混乱に乗じて人類を殺戮することだ。私に剣を向けるべきかどうか、今一度考えろ!」


 アドルノの言葉に動きを止める者もいた。しかし洗脳下にあり、アドルノを攻撃しようとする者も少なくなかった。

 バシリスは騎士たちを盾に逃げようとした――ギルドメンバーが慌てて追おうとする。


 だがアドルノはバシリスの眼が殺意に満ちていることを見抜いていた。


「伏せろ!」


 バシリスがノーモーションで魔法を撃つ。バリバリバリという空気が割れる音と共に、不可視の風の刃が飛んでくる。皇国騎士何名かの鎧を砕き、玉座の間に血飛沫が舞う。

 ギルドメンバーは全員伏せて無事だった。バシリスはアドルノだけを見ていた。他の人間は無視して、戦闘態勢に入っている。


「小賢しい真似をするじゃないか」

「アドルノさん。あなた、皇国最強らしいですね? でもリーゴスさん相手に殺されかけたらしいじゃないですか。大したことないと思っていたのですが……、やはりなかなか厄介だ」

「あのときは……。私も冷静ではなかった。それに義肢の出来が完璧でね。むしろ戦闘能力は上がっている」


 アドルノが飛び掛かる。それにギルドメンバーたちも続こうとするが、洗脳されている皇国騎士たちが阻み、実質アドルノとバシリスの一対一となる。

 バシリスが再び風の魔法を撃とうするがアドルノが周辺の空気を固め、バシリスの魔法を不発にする。

 一瞬で思考を切り替えたバシリスは右腕を硬質化させ、そのまま大剣へと変化させた。右腕が武器化したバシリスは全身をバネのように縮めて一気に斬りかかって来る。

 アドルノは倒れていた皇国騎士から小剣を奪い取るとその大剣に刃を合わせた。

 バシリスは勝利を確信していた――アドルノの剣を一撃で破壊できると思っていたようだ。

 しかしそうはならなかった。むしろ押されているのはバシリスのほうだった。

 アドルノの剣の刃が淡く光っている。アドルノの魔法で強化された剣は衝撃にもびくともしなかった。


 バシリスは後退する――アドルノは大胆に近づいていく。

 ここでおれは口を挟んだ。


「あまり追い詰めるな。破れかぶれになられると困る」


 アドルノはバシリスに斬りかかりながら、


「本気で殺しにいかないと私が殺される。スクラヴォスのほうも時間稼ぎに徹しているのか?」


 小声でアドルノが言う。おれと会話しながらバシリスと命の奪い合いをしている。器用な男だった。


「そうだ。スクラヴォスのほうは問題ない。避難誘導は順調だ。せめてあと一時間は時間を稼ぎたい」

「一時間! 無理難題だな。それまでに決着はつくぞ」

「うまくやってくれ、としか言えないな」

「……最善は尽くす」


 アドルノは全力でバシリスを攻撃した。しかし詰めの甘さを敢えて見せ、常に彼女に逃げ道を一つ用意していた。

 バシリスは自分が誘導されていることにも気づかない様子で、皇城の中を少しずつ移動していく。

 

 バシリスとスクラヴォスが追い詰められていくことで、洗脳に割けるリソースが減っているのか、徐々に正気に戻る兵士が増えていった。

 街中の妨害が減り、避難の速度も上がっていく。ギルドの人間が汗だくになりながら皇都中を駆けずり回っていた。


 皇都各所で戦闘が起こっている。監視装置の数が不足しており、その全てを把握できているわけではなかった。

 ふと、おれは皇都の入り口、続々と離脱していく市民の流れに逆らって、皇城に向かう一人の男の存在に気づいた。


 その男は隻眼――クレメンスだった。足取りはふらついて、今にも倒れそうだ。

 魔王に殺されたわけではなかったのか。クレメンスは何度も人にぶつかり倒れそうになりながらも、止まる様子を見せない。

 皇城に向かっているのは、何が目的なのか。彼は魔王の味方なのか。おれは判断がつかなかった。


《……聞こえているか、スズシロ》


 クレメンスの声が、おれの頭に直接響いてきた。ヒミコとの通信とも違う感覚で、おれは思わず頭を押さえた。


「……クレメンス。生きていたのか」

《アポミナリア様から、力を授かっている……。もしお前が取引に応じるというのなら、手を貸してやれと命じられているが》

「なに?」


 アポミナリアは魔王討伐に協力すると言っていたが、それがクレメンスを派遣すること? いったいどういう経緯でクレメンスがアポミナリアの尖兵になったのか分からなかったが、おれは拒絶するしかなかった。


「取引には応じられない。お前のボスにそう伝えてくれ」

《そうか。ところで、モルの奴はお前の傍にいるのか?》


 オットケの拠点でモルは襲来してきた魔王と戦っている。おれは咄嗟に返答できなかった。


「それを聞いてどうする?」

《アポミナリア様から力を貰って、モルを探しに世界を飛び回ったんだが、見つからなくてな……。お前が匿っているのか。なら納得なんだが》

「……まだ復讐する気か」

《今はアポミナリア様の命令を優先するがな。魔王は皇城にいるな? とりあえず近くで待機する。取引に応じる気になったら言ってくれ》


 おれはクレメンスがギルドメンバーに襲い掛かるのではないかと危惧した。警戒すべき相手が増えた。味方ではないと思うが、敵かというとそう単純な話でもない。

 クレメンスはよろよろと進んでいる。ときどきすれ違うギルドメンバーがクレメンスに気づき話しかける者もいたが彼は返事をしなかった。


 バシリスとアドルノは小競り合いを続け、スクラヴォスは相変わらず炎の魔法に抱かれて悶えている。避難は進み、持てる限りの無人兵器が皇都に集結しつつある。

 おおむねうまくいっている。だが、アポミナリアとクレメンスがここにきて介入してくるなら何が起こるか分からない。次の瞬間、耐えかねた魔王たちが完全顕現を果たし帝都を破壊して回ったとしても不思議ではない。一秒も無駄にはできなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ