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破壊屋イングベルト




 ヴァレンティーネ隊はどうやら窮地に陥っているようだ。しかしここからできることは何もなかった。できるとしたらヒミコをダンジョン内に送り込むことだが、ヒミコはそれを了承しないだろう。おれの安全を第一に行動するはずだ。


 結局のところ、おれたちはダンジョンの入り口で待つしかなかった。連絡が途絶したプローブ機はいつまで経っても戻ってこない。ダンジョン内で故障したか、魔物に破壊されたか。映像記録は残っているはずだから、いずれ回収したい。


 ダンジョン入り口周辺は平穏だった。獣の気配さえない。魔物の死骸がそこかしこに埋まっているから、近づきがたいのかもしれない。おれは豚の亜人の魔物オークの醜悪な面構えを思い出す。普通の獣とは一線を画した存在であることは、なんとなく見ただけで分かった。


「古代の人間が“魔”を封じる為に造ったのがダンジョン……。そう書物には書いてあったな」

「ええ」


 おれはダンジョン入り内付近の芝生の上に座り込み、言った。ヒミコはおれからつかず離れずの位置で、植物の採集に勤しんでいた。


「結局、魔物ってのはどういう存在なんだろうな。魔力と密接な関係がありそうだが」

「そうですね。死骸を詳しく解剖したわけではないので断言できませんが、生物学上は普通の生命体と何も変わらないと言えます。ただ、骨格や筋肉量から想定される運動能力より遥かに機敏に動いていたのが気になります。オークの場合道具を使っていましたが、それにしては脳の体積が小さかったようにも思います。まあ、脳の体積なんて知能の目安にしかなりませんが」

「魔力が運動能力や知能の発達に影響している?」

「かもしれませんし、私の気のせいかもしれません」


 おれは大きく伸びをした。この辺の空気は清浄だった。ダンジョン付近ということは魔力濃度が高いはずだが、おれの体調に全く影響がなかった。


「……レダに聞くのが早いんだがな。絶対にしないが、仮におれがあいつを所有することになったら、教えてくれると思うか?」

「教えてくれないんじゃないですか? 主従関係になったからといってぺらぺら秘密を話してもいいとなったら、魔法技術の漏出甚だしいと思います」

「まあな。しかし、魔法に関して秘密主義を貫いているのなら、この世界では魔法技術が一般市民の生活に根差しているというわけでもなさそうだな」


 おれがのんびり構えていると、ヒミコが不自然なほど動きを止め、そしておれのほうに体をぴたりと寄せて来た。


「マスター」

「どうした?」

「西の方角から、何か近づいてきます」


 ヒミコの声には緊張感が漂っている。おれは眉を持ち上げた。


「魔物か?」

「いえ、不明です。西方面に展開しているプローブ機が瞬く間に無力化されています。4、5、6……、10機破壊されました」


 おれは立ち上がった。そして空高く展開しているプローブを見上げる。人間の目だと目視することさえ困難な高度を保っているはずだが、それが10機。もちろん偶然ではないだろう。


「近づいてくる奴の姿は?」

「かろうじて画像を一枚送信してきました。不鮮明ですが送ります」


 おれの脳内に展開したのは、林道を疾走する黒い影だった。輪郭がぼやけている。画像の隅に赤い光が映っているが、プローブ機を攻撃した瞬間ということだろうか。おれは画像に集中したが、何も分からず、やがて意識の底にしまい込んだ。


「こっちにまっすぐ向かって来ているのか?」

「ええ。凄まじい速度です。一分後にはここに」

「これ以上プローブを破壊されてもつまらん。奴に近づけさせるな。おれたちはここを離れよう。話の通じる相手とも限らない」

「了解しました」


 おれたちは東の方向へ走った。手ごろな藪があったのでそこに身を滑り込ませる。間もなくして、接近してきた影の正体がダンジョン入り口付近で止まった。


 ヒミコが身を隠しながらも望遠カメラで接近者の姿を捉える。その映像をおれは共有した。


 そこにいたのは長身の男だった。全身黒ずくめで、顔以外の肌を一切露出していない。肩まで伸びた黒髪、黒い外套、手套、ブーツ。銀色の瞳は狼の冷たい眼差しを想起させた。鼻が高く、俳優のように整った顔だった。口元に小さな傷がついている。

 男は辺りを見回した。そしてさっきまでおれが座っていた辺りを凝視した。


「……誰かいるんだろう。出てきてくれ」


 声は小さかった。それなのに耳元で囁かれたかのようにはっきりと聞き取れた。おれは驚愕してヒミコを見たが、ヒミコはおれと同じ体験をしていないようだった。おれの驚いた顔を怪訝そうに見た。


「どうしました?」

「今、あいつの声が、すぐ近くに……。これも魔法か」

「敵意はなさそうですが、どうします」

「……行こう」


 おれは意を決して、藪から出た。そして男のほうに近づく。男はおれを見つけると、ほっとしたように表情を緩めた。


「妙な気配がしたから、もしかすると魔物かもしれないと思っていたが、良かった、人間だ」


 男はクールそうな出で立ちとは反して、人懐っこく笑った。おれはヒミコと顔を見合わせた。


「御覧の通り、人間だ。スズシロという。こっちはヒミコ。……で、あんたは?」


 イングベルトは腕を大きく広げて笑みを見せた。


「俺はイングベルト。ダンジョンの発見と封印破壊を専門とする冒険者だ。ヴァレンティーネという女性から依頼を受けて、ダンジョン攻略の手伝いに来たんだが」


 イングベルトは腰のベルトに指を引っかけ、悠然とダンジョンの入り口を見渡した。自信に満ちたその態度におれは少々気圧された。


「封印破壊……。このダンジョンは既に封印が解かれているようだが?」

「入り口の封印はそうだな。しかしダンジョンというのは、内部でも封印がなされているものでな。ダンジョンの奥にいる魔物ほど強力だから、それに応じた強度の封印が施されている。ダンジョンの入り口から次の封印までを第一層、その次の封印までを第二層、というふうに区切られているものなんだ。第一層の魔物を全て討伐した後、封印を破壊し、第二層に挑む。第三層以降に挑むときも同じだ」


 イングベルトの丁寧な返答におれは感謝した。この男ならぽんぽん情報を与えてくれそうだと感じた。


「実は、ヴァレンティーネ隊は既にダンジョンに潜っていったんだが、獣の声のような音がして、見張りの男が奥に潜っていったんだ。それきり帰ってこない。心配しているんだが、大丈夫だろうか」

「おっとっとぉ」


 イングベルトが慌てて懐から短剣を取り出した。剥き出しの刃が黒く染まっている。


「よく教えてくれた。緊急帰還の合図だ、そいつは。手遅れじゃないといいんだがな」


 イングベルトは地面に短剣を深々と突き刺した。そして渾身の力を込めて、地面に文字を刻んでいく。おれの知らない言語だった。アルファベットを更に簡略化したような記号の羅列。ヒミコが興味深そうにそれを見ている。

 イングベルトは文字を書き終えると、辺りの土埃を雑に払った。そして文字に息を吹きかける。すると文字が青く発光した。地の底から湧き上がってくるかの如き、強烈な光だった。


「スズシロさん、ヒミコさん、もうちょい離れてくれるか。混ざってしまうかもしれない。爆発事故が起こったら全滅だからね」


 おれは何のことやら分からなかったが後ずさった。次の瞬間、イングベルトが跳躍し、光の文字に拳を叩きつけた。

 局所的に地面が割れ、光の奔流が天に昇る。

 光の隙間から、ヴァレンティーネの大きな腕が伸びた。おれは仰天した。負傷した隊員を背負ったヴァレンティーネが、地の底から現れたのだから、もう言葉がなかった。


 ヴァレンティーネはその場に座り込んだ。青い光が途切れ、不思議な文字の力は消滅した。イングベルトはふうと汗を拭い、水筒を取り出してそれを飲んだ。

 ヴァレンティーネを含む五名の男女が地面に転がっていた。そして見るからに、二名が亡くなっていた。失血し土気色になっている。二名が重傷を負って呻き声を漏らしており、無傷なのはヴァレンティーネだけだった。

 ヴァレンティーネは暗い目をしていた。ヒミコが重傷者の止血作業に入ると、目礼し、ゆっくりと立ち上がる。


「イングベルト殿、急かしてしまい申し訳ない。助かりました」

「いや……。お仲間が犠牲になったようだ。もう少し早ければ、あるいは」

「いえ。あなたの到着前に第一層の魔物を片付けておこうと考えた私のミスでした。このダンジョンは既にある程度攻略が進んでいる。巧妙に痕跡が消されているが、間違いない」


 おれはヒミコの治療作業を手伝いながら、ヴァレンティーネの表情をうかがった。彼女は虚空を睨んでいた。


「既に第四層まで攻略が進んでいました。そしてどういうわけか、四層にいた魔物が入り口付近まで来ていた。このダンジョンを以前攻略した者は、第四層以降の攻略を断念し、あろうことか再封印を施さないまま撤退していたらしい。あるいは第四層でパーティが全滅したか……。いずれにせよ杜撰極まりない。近隣の村が魔物の被害に遭ったのも、もしかすると」


 ヴァレンティーネはもうそれ以上語ろうとしなかった。おれは、最後にダンジョンに入っていった若い男の姿がないことに気づいた。

 ヴァレンティーネもおれと全く同時にそれに気づいたようだった。おれと彼女の目が合った。二人とも、何も言わずともそれが何を意味するのかを把握した。

 ヴァレンティーネは何も言わずにダンジョンに入ろうとした。それをイングベルトが止めた。


「ヴァレンティーネさん。消耗しているだろう。帰還魔法に応じるのは相当な荒業だからね。無茶はいけない」

「しかし、エルンストが……」


 その名を聞いたとき、イングベルトの表情が一瞬曇った。しかしすぐに取り繕い、


「だからと言って、あなたが行っても死ぬだけだよ。エルンストくんは帰還魔法に対応できるか?」

「まだ無理です」

「なら、俺が連れ戻してくる。“笛”を鳴らしたのはどれくらい前かな」


 ヴァレンティーネは泣きそうな顔になった。


「……一時間ほど前です」

「まだ間に合うかもな。のんびり待ってな。こういうときの対応も俺の仕事だ」

「申し訳ない。エルンストには、絶対にダンジョンに入るなと言っていたのに。まだイングベルトさんが到着する前だったから取り乱したのでしょう。私の責任です。私が不用意にダンジョンに入ったから、部下も死なせた……」


 ヴァレンティーネは小さく震えていた。大きな体を縮こませ、今にも消え入りそうだった。


「レアケースだし、仕方ない。第一層の時点で帰還魔法に頼る冒険者なんて聞いたことがない。そう自分を責めるなって」


 イングベルトはヴァレンティーネに笑いかけた。ヴァレンティーネは肩を揺らして自分を責め続けていた。おれはそれを見ていることしかできなかった。

 ヒミコの神懸かり的な治療のおかげで、二人の負傷者の止血が完了し、一命を取り留めていたが、その技にヴァレンティーネが気づくことはなかった。おれはイングベルトが軽快な足取りでダンジョンに入っていくのを見つめていた。




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