決起
リソースの限界はある。皇国全土で採掘した資源は膨大な量であったが、拠点の建造、無人兵器の製造、電力の供給、氷の大陸の整備などで消費量が激しかった。
しかも皇国での採掘作業は途絶している。他に代わる採掘場はまだ見つかっていなかった。
緊急事態だ。おれは無断で採掘作業を再開させていた。戦闘が長期戦にもつれこめば、必ず資源が必要になってくる。皇国のみならず、ニケとの戦闘で荒れた例の場所付近でも、資源採取施設を建造させていた。
しかし、ここで決着はつくのかもしれない。資源は戦争後の復興作業に費やされるものになるのか。
アドルノがギルドメンバーとの接触を試みている。ギルドの宿舎に、皇都にいたギルドメンバーが集められ、軟禁されているようだったが、アドルノが登場したことに気づくと、監視役の兵士の目を盗んで、中から手引きがあった。
宿舎にはグリ派、アドルノ派、モル派のメンバーが混在して過ごしていた。
しかし肝心のグリゼルディスの姿はない。その代わりこの場をまとめているのは、魔法学校の教官にして魔族討伐の猛者ツィスカだった。彼女の灰色の髪がぼさぼさに荒れ果て、疲労がうかがえた。長い脚を持て余すように椅子の上で膝を抱えている。
ツィスカはにこりと笑んだ。
「アドルノ殿、随分お早いご帰還で。……もちろん皮肉ですよ?」
目の下の隈が、まるでイドゥベルガのそれのように濃かった。まともに寝ていないらしい。
「ツィスカさん、状況を教えてくれ。ギルドは停止しているのか?」
ツィスカは自分の膝の上に頬をくっつけ、ふて腐れた少女のように、
「グリゼルディス殿、リヒャルト殿両名が皇城に招かれ――いいえ、連れ去られ、戻ってきません。ギルドマスター……、ええと、お名前はなんといいましたか、とにかく例の彼女が抗議に向かいましたが、泣きながら帰ってきました。今どうなっているのか分かりませんね。これからギルドがどうなるのかも」
「ギルドマスターはイドゥベルガだ。私はこれから戦うつもりだが、やる気のある奴はいるか」
ツィスカは意外そうに目を見開いた。
「戦う? 皇国軍とですか? さすがにそれはちょっと」
「魔王軍だ。魔王と戦う」
アドルノは手短に説明をした。ツィスカは次第に前のめりになり、話が終わった頃には立ち上がって帯刀していた。
「魔王と戦えるのですか。以前戦ったのはニセモノだったらしいですからねぇ」
リーゴスとの戦いで、ツィスカは活躍した。魔王殺しの称号がつくはずだった彼女だったが、リーゴスが偽物でさぞ肩透かしを食らった気分だろう。魔王と戦えると聞いて、少し嬉しそうだった。
アドルノは彼女を宥めるように、
「だが、魔王は追い詰められると巨大化し、周辺を見境なく破壊する。市民を避難させる必要がある。魔王に洗脳されている皇国兵士は避難を妨害してくるだろう。何らかの策を講じないと無事に市民を守ることができない」
ツィスカは腕を組んでやれやれと首を振った。
「ふむ? 洗脳とは、情けないですね。気合いが足りません」
「そう言うな。相手は魔王だ……。……うん?」
アドルノが動きを止めた。ツィスカが首を傾げる。
「どうしましたか」
「皇国の兵士の大半が洗脳されているようだった。しかし我々ギルドの人間は無事だ。一か所に押し込められて、無為に過ごしているだけ。どうして我々は洗脳されないんだ?」
ツィスカだけではなく、周囲のギルドメンバーも互いを見つめあった。
「魔法の腕が関係しているとか? 我々には洗脳への耐性があるのでしょう」
単純に考えればそうだ。しかしそうではないことは明らかだった。
「多少はそれもあるかもしれない。だが皇国兵士にも手練れはいる。逆に、ギルドにも大して魔法に長じていない者もいる」
「ふむ。となると、洗脳できる頭数が限られているのではないですか。身近な人間を洗脳させ、外様であるギルドは後回しにしているとか」
アドルノは深く息を吐いた。
「……アドリオンが殺された」
「え?」
ツィスカがぽかんとした。ギルドメンバーたちが騒然となる。アドルノが手を持ち上げるとすぐに静かになった。
「洗脳するのにもってこいの人材だろう。皇国軍部出身であり、ギルドの中枢にもいる。真っ先に狙われてもおかしくないはずだ。それなのに殺された」
ツィスカは口を何度か開けては閉じ、言葉を探していたが、やがてヘタリと椅子に腰かけた。背中が曲がり、表情が硬くなっている。
「アドリオン殿が……。相棒のヤスミン殿は無事なのですか?」
「分からない。皇城にいるだろう。洗脳されていればまだマシかもしれない」
ツィスカは舌打ちした。
「……洗脳の条件……。いえ、制約と表現したほうがいいのかもしれませんね。そうそう便利な技ではないのかもしれません」
「そう願うほかないな。ツィスカとやり合ったら、腕の一本は覚悟しないといけない」
「あら、一本で足りますか?」
ここでツィスカはくすりと笑ったが、表情を引き締めて、
「避難に関しては、ベルギウス殿がいれば話は早いのですが、回復はどうです」
ベルギウスは治療中で、復帰の見通しがつかなかった。魔神スコタディが体内で暴れた傷はそうそう癒えるものではない。
「まだ傷は深い。あいつの結界術があれば、確かに時間稼ぎは出来ただろうな」
「私も多少は心得があります。市民の避難誘導は私の部隊が担当しましょう」
アドルノが怪訝そうな顔になった。
「意外だな。魔王と戦いたがると思っていた」
「わきまえている女なんですよ、私は」
ツィスカは皇都各所に人員を配置し、合図と同時に避難勧告の笛を鳴らす計画を話した。皇都に住んでいる人間なら、緊急事態を示す笛の音のことは知っている。それですぐ避難を開始することはなくとも何事かと注意を向けるはずだ。
魔王はこの笛の音の意味を知っているだろうか? もしかすると相手の初動が遅れるかもしれない。そうなればラッキーだ。時間稼ぎの負担が多少軽くなる。
ギルドが動き始めた。監視役の兵士たちが、宿舎の中で盛んに話したり動き始めた彼らを怪しみ始めた。じっとしてろと外から声をかけてくる。
しかし兵士の言葉に従う者はいなかった。避難誘導役はツィスカ、ヴァレンティーネがまとめ、アドルノは精鋭を集めて皇城に向かい魔王討伐に挑むこととなった。
色々と無理が生じそうな計画だがそこをカバーするのが今回のおれの仕事だった。魔王がどのタイミングで攻勢をかけてくるのか読めなかった。とにかく避難が最優先だ。ヒミコの試算では皇都の全ての人間が避難を完了するのに最速でも二時間はかかる。おれの輸送船で彼らを運べれば話は早いのだが、皇国民は空飛ぶ船を怪しんで乗り込んでくれないだろう。
戦闘の規模がどれだけのものになるのか……。どこまで逃げれば安全と言えるのか。未知数だった。皇国民を守る為に無人兵器を大量投入したいが今は頭数が足りない。
閑散としている皇都の通りに、ギルドメンバーが一斉に繰り出した。それを制止しようとした兵士が押しのけられる。
各所で小競り合いが発生したが、もうギルドメンバーは止まらなかった。これまで戦うべき相手も分からなかった彼らは不安に圧し潰されそうになっていたが、敵が魔王であると分かった途端、活力を取り戻した。
なけなしのアンドロイドと無人兵器がそれに合わせて動き始める。ただでさえ戦争準備で物々しくなっていた皇都が余計に鉄色に染まろうとしている。戦闘が終わった後、この美しい街がどんな光景に変わっているのか、おれは想像するのが怖いくらいだった。




