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討伐




 魔王を追い詰めている。だからこそ奴らは肉体を巨大化させ、退路を断った。

 魔王ニケの肉体は巨大化しても均整を保っていた。

 神々しいほどの白い肌と肉体美は彫刻のようだった。雲よりも高い位置に頭や胸がある。たなびく雲や戦塵がちょうど彼女の秘部を隠し、まるで自然そのものを衣に纏ったかのようだった。


 それに対し魔王モナドは激しく変形しながら巨大化していった。

 黒いいびつな突起を無数に持つ熊のような姿になる。背中の翼は変形し、空を飛ぶ能力が喪失する。

 黒い瘴気が牙が生えた巨大な口から洩れ、その煙の中から魔物が這い出てくる。無数の魔物が戦場に出現した。


 おれは超高々度からエネルギー兵器を炸裂させる。光の粒子が魔物を飲み込み、影も形も残さない。

 焼け焦げた地面の上を魔王二体は歩く。ほとんどの攻撃が通るが、あまりに巨大なため、ダメージがあまりない。

 ニケが手をかざすと衝撃波が生まれ、それだけで複数の戦闘機を粉々に吹き飛ばす。

 おそろしく強い。しかし物量戦はこちらの土俵だった。無敵のバリアがなくなったことで、ゴリ押しが有効となった。


 早くも巨大化したモナドが弱り始める。無人兵器たちは容赦をしなかった。足を攻め、体勢を崩れたところを集中砲火する。

 ニケが庇う素振りを見せたがそれもさせない。弾薬を投入することを厭わない。大地が焼き切れた後もなお地獄の業火を発生させる。モナドの四肢が千切れ、彼は声にならない叫び声を上げる。


 ニケがモナドを庇うことを諦めた。集中砲火がモナドに向かっている間に、離脱を試みる。その巨体からは信じられないほど機敏に空中に躍る。


 彼女の頭蓋に突き刺さる巨大な槍――遠距離からずっと狙い定めていた質量兵器の最たるもの。この近辺の岩山を削り出し先端を鋼鉄で強化した、魔王が巨大化したときのために用意していたものだった。

 ニケの頭部が不自然に跳ねた。筋肉と腱がぶちぶちと千切れる音がする。

 彼女の美しい金髪が空に舞い上がり一瞬世界を金色に彩った。遅れて、真っ赤な血が噴き出す。


「参ったね……。戦えば戦うほど対策される。アポミナリアがむやみに手を出すなと言った理由が分かったよ」


 ニケは小さなときと同じ、若い女性の声で言った。半分頭部が胴体と分離しかけていて、首からの出血はもちろん、口と鼻から血と噴き出していた。

 その状態のままニケは手を翳す。主要な兵器を積んでいる巨大軍船を狙っている。バリアを最大出力で展開して防ごうとしたがニケの地力が優った。軍船の飛行制御部分が致命的な欠損をし、高度を落とし始める。

 やがて地面に激突した軍船は付近の無人兵器を巻き込んで木端微塵に爆発した。

 しかしそうなっても、更に高い空から次の編隊が迫っていた。それを確認したニケは苦笑するしかない。


「もう少しやれると思ったんだけどな……。なるほど、人質でも取らないとやっていけないね」


 それがニケの最期の言葉となった。

 腹部辺りで炸裂した爆弾が彼女のはらわたを突き破り、それが決定打となった。

 体を引き裂かれた彼女は腕を伸ばして更なる魔法を撃とうとしたが、もう残りカスのような出力のものしか出せなかった。

 徹底的な破壊が始まる――無人兵器の無慈悲な掃討で、全身の肉という肉に熱い銃弾と砲弾が浴びせられた。


 魔王ニケ。魔王モナド。魔王ペズィコ。この三体の魔王を徹底的に打ちのめし、間違いなく殺したと思えるまで攻撃が続いた。


 おれはニュウとレダに見せていたモニターを仕舞わせた。二人の姉妹は神妙な面持ちだった。


「……おれたちの勝ちだ」


 おれが言うと、壁際のレダがへたりと座り込んだ。


「あの魔王……。禁術を使っていたわ。一度に大量の人間を殺せる、今は封じられた魔法……。噂では知っていたけれど」

「禁術……。そうだったか」


 この世界の理を捻じ曲げるほどの魔法を禁術という。確かにすさまじい勢いで無人兵器や戦闘機が壊されていった。

 だがまともに魔法を発動したのは数回程度のはずだ。こちらの超高火力に、ニケが対応できなかった。


「実際、スズシロの軍団に損害を与えてた。けど、間に合わなかった。なんなのあの爆弾の量……。スズシロ、もしかしてあなた、この世界全て壊せるんじゃ」


 魔王を倒したことより、おれの兵器に恐ろしさを感じたようだった。おれは小さくため息をついた。


「確かに、その気になればこの星の都市という都市を全て破壊することができる。それも、一日もかからずに。だが、そんなことにはならない」


 レダの顔は青ざめていた。そして力なく笑う。


「え、ええ……。そうよね、信じているわ。ただ、恐ろしくて……」

「魔王も同じことができる。だからこそ奴らと同等以上の力をもって対処しなければならない」

「……うん。魔王は、まだたくさん残っているんでしょ?」


 またあんな戦いがあるのか。と彼女は心配している。おれは曖昧に頷いた。


「戦場を選ぶことができれば、被害はゼロにできるはずだ。色々と模索しているが……」


 レダは力なく頷いた。おれはモニターの前でじっとしているニュウに気づく。

 彼女は何も映さないモニターを見ているが、その意識はおれの頭に向けていた。

 おれの頭の中には、依然戦場で行われている爆撃風景が映像として流れ込んできている。

 それをニュウは見ている――おれはヒミコに、映像情報を送らせないように命じた。


 映像が途切れた瞬間、ニュウがはっとした。


「――大丈夫、ニュウ?」


 レダが声をかけると彼女はにっこりと笑んだ。そしてぴょんと跳ねてモニターの傍から離れる。


「なーんか、今なら面白い魔法を思いつきそう! お姉ちゃん、付き合ってよ!」

「べ、別にいいけど、派手なことはしないでよ? ただでさえ魔物の小人に囲まれてるんだから」


 ニュウとレダが部屋から出て行く。おれはやっと落ち着くことができた。


 ベータが淹れてくれたコーヒーを舐めるように少しずつ飲みながら、おれは戦場での事後処理が粛々と行われているのを眺めていた。

 魔王を同時に三体倒した――それもザカリアス帝が最強と言っていた魔王ニケを。

 ニケを倒せたということは他の魔王も倒せると思っていいだろう。これ以上強力な兵器を使わずとも魔王を倒せるというのは安心材料だった。

 場合によっては核兵器、または反物質爆弾を使う必要があると思っていた。さすがに環境に対する影響が甚大過ぎるのでできれば使いたくない。一応、爆弾で森を焼いたくらいなら、手助けをしてやれば自然はあっという間に回復するだろう。


 ザカリアス帝からまた通信が入った。おれはコーヒーを飲み干し、通信に応じた。

 ザカリアス帝は通信を担っているアンドロイドに縋りつくようにおれへ呼びかけていた。


《スズシロ! ニケを倒したのか……?》

「ああ」

《信じられない。彼女以上の魔法使いは、古今東西存在しないと断言する。激戦だっただろう》

「まあな」


 しかし正直なところ、ニケの能力はヴェロスやモナドと大差があるようには思えなかった。圧倒的な弾幕の前では、特にそうだ。

 ザカリアス帝は嬉しそうに言う。


《これなら魔王を全てを討伐できるかもしれないな》

「ああ。だが、まずは皇国と氷の大陸の戦争を止めないとな」

《何か策はあるのか?》

「手段を選ばなければ、いくらでもやりようはある。主に時間稼ぎだが」


 結局、皇国は氷の大陸への侵略に船を使うしかない。最終手段だが、その軍船を爆破して“足”を奪えば、開戦時期を遅らせることができる。

 おれと皇国との溝を決定的なものにしてしまう。皇国からすればおれは犯罪者、いや国家の仇敵とでも呼べる存在になるわけだ。

 皇国を拠点に活動したいおれからすればあまりよろしくないことだが、皇帝が魔王の傀儡となった今、あまり影響はないとも言えた。


 魔王討伐を果たした今、魔王もおれのことが恐ろしく思っているはずだ。不老不死を得る為に人間をやめた連中……。仲間の死に何を思うのか。おれは戦いを終えた直後の高揚感に酔っていた。このまま全て上手くいく、と楽観的な思考になっていた。


 高揚感が冷めた頃、おれは眠気に襲われた。ゆっくり眠ることにする。

 その眠りの中でおれは夢を見た。現実と虚構の間に横たわる、奇妙な感覚の夢だった。




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