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ニュウの見る世界



 魔王ペズィコはほぼ撃破した。このままいけば完全に討伐できる。

 魔王ニケはかなりの難敵だがこのまま押していけばなんとかなりそうだ。

 増援の魔王モナダは、ザカリアス帝の言葉を信じるなら、尊師に数えられる実力者だ。他の魔王の修行を牽引した指導者。

 全員ここで叩き潰す。元々簡単な戦いになるとは思っていない。おれは兵器を集中投下して魔王とその手下の殲滅に努めた。


「マスター、ザカリアス帝から連絡が」


 ベータが言う。無事にラズ国に到着したザカリアス帝が、玉座の上で暇そうに頬杖を突きながら、アンドロイドを介して通話を試みている。


《スズシロ、私の声が聞こえるか?》


 ザカリアス帝の鷹揚とした声が聞こえる。おれは戦場を見渡しつつも応じた。


「ああ。どうした、ザカリアス帝」

《随分派手に戦っているようだな。何か一つ助言でもとね》


 さすがにザカリアス帝には気づかれるか。他の魔法使いも、敏感な者なら遠く離れた土地で行われている激戦に気づくかもしれない。


「助言か。正直助かる。今、魔王ペズィコをほぼ仕留めたが、ニケと交戦中。モナダが増援に来て、混戦しかけている」


 ザカリアス帝は口笛を吹いた。予想以上の規模の戦いだったのだろう。


《ニケか……。先刻も言ったが、彼女が負けるところが想像できない。モナダは修行中に気が触れてしまって、まともに喋ることさえできなかったが、魔王になってからはどうかな》


 おれは奇声を上げる魔王モナダを思い出した。そういえば奴はまともな言葉を発していない。


「確かに奴は野卑な印象があるな」

《魔王の誰かが手綱を握っているはずだが……。もしかするとまた別の魔王が増援で来るかもしれないな》


 モナダに続いて、更なる増援……。さすがに苦戦を強いられそうだったので、歓迎できない。ここで徹底的に捻り潰すのも悪くはないが、無人兵器も無尽蔵というわけにはいかない。


「ニケに全く攻撃が通らないのだが、連中が使うバリアを突破する方法はないのか?」


 ザカリアス帝には思い当たる節があるようだった。


《うむ……。もしかするとニケたちはあの秘術を完成させたのかもしれないな》

「秘術?」

《私たちは人間時代、何の指標もなく修行をしていたわけではない。クリアすべき課題を幾つか掲げ、それぞれが分担して研究を重ねていた。その内の一つが、ありとあらゆる攻撃を跳ね返すバリアの開発だ》


 そんなものがあるのか? おれの軍船が構築しているバリアは大量の魔力を使って防御力を上げているだけで、無敵ではない。魔王のバリアがどんなものか、具体的なことが知りたかった。


「それが完成したと? なら連中は無敵ということか?」

《かもしれない。しかしそれが自在に扱えるのなら、そもそもペズィコやヴェロスは倒せなかった。そうだろう?》


 特にペズィコには面白いくらいに攻撃が通った。バリアらしきものは出さなかった。


「ああ……」

《発動に何らかの条件がある。バリアの出来が、使い手の技量に依存する可能性もある。私が思うに、完全無敵のバリアがあるのなら、魔王はお前を警戒せずに堂々としていただろうな。奴らにも懸念点はあるということだ》


 そうだ。何らかの突破口はある。それを魔王は自覚している。おれたちにも可能な方法で、魔王を倒すことができるはずだ。


「そうだな……」

《私から言えるのはこれくらいか。スズシロ、私に何か言いたいことはないか?》


 おれは少し考えて、


「皇国は戦争に向かって突き進んでいる。無人兵器が氷の大陸を守ってくれるから、間違っても生身の人間を前線に出すなよ」

《分かっているさ。せっかくお前がお膳立てしてくれたのだからな》


 通話が切れた。おれはすぐに戦場から送られてきた映像に意識を向けようとする。

 しかし、通話が切れると同時におれは視界の隅に人影を見た。


 おれが意識を集中させているのは、オットケのすり鉢状の穴の、横穴にあたる場所だった。ここで魔族たちを保護している。

 そしてニュウやギルドメンバーたちも一時的に避難させている。ニュウがレダを連れて、おれの部屋に転がり込んできた。


「――どうした、ニュウ。顔面蒼白だぞ」

「スズシロ……、いま、戦いが起こってるの?」


 ニュウの不安そうな顔。おれははっとした。

 レダの顔を見ると、彼女は困った顔になっていた。


「レダ、ニュウはどうしたんだ?」

「さっきから落ち着かないのよ。この星の裏側で、ぞっとするような戦いが起こってるって……」


 レダは気づいていないようだった。おれは隣のベータを見る。

 ベータは、アドルノとモルの様子をモニターした。彼らも戦いが起こっていることに気づかず、議論している。その傍らのロートラウトも。


 ニュウだけがこの位置から、地獄のような戦いがあることを察している。彼女の魔法の才能はギルドの手練以上のものらしい。


「……ああ。戦いが起こっている。今、魔王と戦っているんだよ」


 ニュウの肩を抱いていたレダが素っ頓狂な声を上げる。


「魔王と!? そんな……。大丈夫なの?」

「死人は出ない。被害ゼロで勝ってみせる。あの辺に生息していた動植物は、塵も残らないだろうけどな……。仕方ない」


 ニュウは難しい顔になっていた。それに気づいたレダが妹の顔を覗き込む。


「どうしたの、ニュウ? 嫌いな野菜を食べてるときみたいな顔になってるよ?」

「にゅう……。どうしてさっきから、変な方向に弾を撃ってるの?」

「あ?」


 ニュウの目がおれのほうを見ていない。おれに目を向けているが、焦点が合っていない。おれの中の何かを見透かしているかのような……。


 おれははっとした。ニュウはおれがリアルタイムで見ている、戦場の映像を盗み見ている。おれを介して戦場を見ることに成功している。そんなことが可能なのかと驚くと共に、彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。


 おれはニュウに近付き、屈みこんで、彼女の目線に合わせた。


「ニュウ、お前、戦場を見ているのか?」

「うん。ぼんやり見える……。スズシロの頭の中、いつもごちゃごちゃしてるけど、なんか今日はやたらはっきりしてる絵があるね?」

「変な方向に弾を撃っている、とは?」

「だって、この金髪の女の人が魔王でしょ? 撃つのが下手だよ。全然魔王がいるのとは違う方向に撃ってる」


 おれはニケが砲撃をバリアで防ぐのを映像で確認した。直撃はしている。しかしニュウは射撃が下手だという。


 ニュウには何が見えているのか? おれがこの星で最初に出会った人間、おれを魔法の世界に導いてくれた恩人、ニュウが再びおれたちに大いなる示唆を与えようとしていた。



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