砂漠のダンジョン
モルとロートラウトは砂漠の国チャルオにいた。彼らは魔王の痕跡を追い、この地に辿り着いていた。
皇国で魔王が出現したことを知り、彼らは少し落胆した様子だった。
しかしそれ以上に、自分たちがお尋ね者になっていることに困惑し、皇国に戻るべきか、ここに留まるべきか、悩んでいた。
幸い、チャルオは皇国と何の繋がりも持たない内陸国で、しがらみがなかった。
チャルオ人からするとモルたちは遠国の客人であり、モルたちを狙う者はいなかった。
なのでモルと同道していた彼の部下は、ここに留まることに賛成していた。皇国に戻ってもろくなことにならない。
おれはモルとロートラウトだけに、魔王バシリスが皇帝に取り入っていることを伝えた。
おそらく、呪いの件も、冤罪の件も、魔王が仕組んだことだろう。
ロートラウトは白い仮面を着用し、凛として振る舞っていたが、この事態に怒りを隠せないようだった。
「皇帝陛下が魔王に……。亡国の危機ではありませんか。即刻帰国いたしましょう、モル様」
モルは依然恰幅の良い体格をしているが、心労のためか、少し萎んだように感じられた。
全身にあしらっていた宝石を取り外し、質素な恰好をしている。
周囲に侍らせていた女たちはおらず、側近はロートラウトだけとなっている。
表情は固く、おれの言葉に渋面を作った。
「まあ待て我が白き薔薇ロートラウト。国にはグリゼルディスがいる。気に食わない女だが手腕は確かだ。ギルドの結束は保たれる」
「しかし……」
ロートラウトにモルは首を振った。そしておれに向き直る。
「私が国に戻ったところで大したことはできない。スズシロ、貴様の噂は聞き及んでいる。世界各地に交渉の場を設け、無人兵器の増産に執心しているようだな?」
「ああ」
「魔王に対抗するための術なのだろう。私はその方策に賛成する。お前が主導権を握ればいい」
意外な言葉だった。モルには以前感じられた傲慢さがなくなっているように思える。
「……なぜだ?」
おれの問いかけにモルは苦笑した。
「なぜ? お前は大局を見て行動している。私は目前の状況すら分からない状況で、がむしゃらに行動することしかできなかった。私だけではない、ほとんどの人間がそうだろう」
「どうかな……。おれも振り回されてばかりだが」
モルはじっとおれを見る。そして澄まし顔で控えるベータを見て、おれたちの限界をはかるかのように、
「貴様の作る兵器があれば、強大な魔王相手でも互角に戦えるかもしれない。いや、むしろ、それだけが希望のようにすら思う」
「あんたの中で、随分とおれへの評価が高いんだな。意外だよ」
「……世界を巡って、なんとなく感じたことがある。ダンジョンについてだ」
モルの言葉に、ロートラウトがピクリと反応する。おれは首を傾げた。
「ダンジョン?」
「皇国ほどダンジョン管理が進んでいる国はない。皇国以外の国では、完全に入り口を塞いで、魔物が出てこないようにする。それで満足していることが多い。私が魔王捜索のためダンジョンに赴くと、既に魔王復活を果たしているダンジョンを二つも見つけた。この短期間で」
先に復活を果たした魔王が細心の注意を払って、極秘裏に仲間を増やしていったわけだ。
「そうか……」
「別にダンジョンの管理が出来ていなかった国を責めるわけではない。圧倒的に人手が足りないのだ。どこの国の人間もその日生きるのに精いっぱい。皇国は比較的恵まれた国だが、それでもダンジョン管理が十分とは言えない」
「確かに、まともにダンジョンを管理しようと思ったら相当な戦力が必要だっただろうな」
ここでモルは咳払いし、改めておれを凝視した。
「スズシロ、貴様の技術はそんな問題を解消する。お前の力がなければ、この世界は知らず知らずの内に魔王に侵略され、あるとき突然滅亡に転じていただろう。危機的状況を自覚できている今が幸運だと言えるわけだ」
「冷静な意見だな。しかし、こういうときだからこそ、あんたにもできることがあるんじゃないのか? おれにだけ任せるのではなく」
「私は魔王の痕跡を追う。この地で、見つけたのだ」
「ほう」
おれは近くに立っていたベータに目配せする。ベータは首を振り、知らないことだと言外に答えた。
「痕跡なんてものがあったのか。おれも協力する」
「他にするべきことがあるだろう」
「いや、実を言えば、どうにでもなる。おれがいなくとも、優秀な助手が何千何万人といてね」
おれの言葉を、モルは最初冗談だと思ったようだが、すぐにそうではないと気づいたようだ。
「あの、機械人形のことを言っているのか? ふん、確かに優秀だな……」
「魔王の痕跡というのは?」
モルは周辺の地図を取り出し、おれに投げてよこした。地図にはマークが幾つかついている。
「この国に伝わるダンジョン……。まだ未攻略なのだが、不自然に入り口の封印が暴かれている。何者かがこじ開けたのだと思われる」
「ふむ?」
「他の魔王が開けたのか、それとも魔族にやらせたのか……。私はそう見ている。まだ魔族の体を乗っ取ることができていないのではないかと思ってな」
「どうだろうな。既に魔王全員がこの世に顕現したと思っていたが」
確かに調べる価値はあるだろう。もしかすると魔王の拠点なども見つかるかもしれない。
「既にそのダンジョンには着手しているのか?」
「チャルオ王の許可待ちだ。本来、ダンジョンは禁忌の地だが、封印が解かれているとなると調査の必要がある。それに噛ませてもらう形になるが」
「おれも協力する。さっさと終わらせてしまおう」
そのダンジョンは砂漠の中央にあった。
砂塵が覆う酷暑地帯であり、凶悪な魔物が周辺をうろつく危険な場所でもあった。
モル、ロートラウト、それから彼についてきた精鋭ギルドメンバー八名、チャルオ国が派遣した三名の調査員が、砂漠の装備に身を包んで、ダンジョンに向かう。
おれは少し遅れていた。輸送船から大量のアンドロイドと機械と資材を受け取り、小規模な工場を目立たない場所に建設した。チャルオには、人が立ち入れないような秘境が幾つもあって、こっそり工場を建てるぶんにはばれないだろうと踏んでいた。
おれは100人のアンドロイドを引き連れてダンジョンに向かった。周辺の魔物を駆逐しつつ、モルたちに追いつく。
モルたちはまだダンジョンの内部には踏み込んでいなかった。そのダンジョンはまず、祠のようなものがあり、それが入り口となっていた。
少し進んだだけでひんやりとした空気に包まれ、彼らはそこで涼んでいる。モルがおれを待っていた。
「内部調査の許可はまだ下りない。あと数日かかるだろう」
モルの言葉におれは頷いた。祠は石造りで、かなり頑丈に出来ている。おれは壁をぽんぽんと叩き、
「それはいいが、このダンジョン、相当小さいな。全部で三階層くらいしかないぞ」
「……分かるのか?」
魔法理論も完璧に理解したヒミコは、アンドロイドにより改良したレーダー装置を搭載させていた。
魔力で充満したダンジョン構造は、既存のレーダー技術に魔法の探知能力を付与させることで、より詳細に分析することができた。
「まあな。今のおれなら二日、下手したら即日で攻略できるかもしれん」
「それは結構なことだ……。魔王はいるだろうか?」
「いないと思う。しかし手がかりはあるかもな」
おれがここのダンジョン攻略に着手しようとしている間にも、皇都では皇帝がより若返り、戦争へのタイムリミットが迫っている。アドルノが皇都へ殴り込みをかけるかもしれない。
今のおれはヒミコに、無人兵器の量産と、資源の確保を命じるほかない。魔王との戦いに備え、おれは戦力を拡充する。
チャルオの調査員が、祠の外にずらりと整列したアンドロイドたちに気づいてぎょっとした。
砂漠の強烈な直射日光にも平気そうにしている彼らを、調査員はこれ以上ないほど屈強な兵士と解釈したようだ。
ダンジョンの調査は危険ではないかと考えていた彼らは、アンドロイドたちを見て覚悟を決めたようだ。本格的な調査許可が翌日下りた。おれとモル率いるモル派はすぐにダンジョンの中を進んでいった。照明を確保し、中で待っていた魔物を、100体のアンドロイドが掃討していく。リーゴスのダンジョンで培った攻略方法はここでも問題なく機能した。




