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自殺




 ベルギウスは部下への指示を一通り終えると、仮眠するべく自分の為に部下があつらえた部屋に向かった。

 限られた資源で造られたその狭い部屋は、しかし他のギルドメンバーが雑魚寝している中で特上の代物といって良かった。

 ベルギウスはその異形ゆえに人前に肌を晒すことはない。

 気を利かせた部下が、尊敬する上司のために、彼の了承もなく勝手に造ったものだった。


 おれの派遣したアンドロイドが、その部屋の前で待っていた。

 女型のそのアンドロイドの異様な落ち着きに、ベルギウスはぎょっとしたようだった。


「なんだ、お前は……」


 アンドロイドは丁寧に一礼した。そして手をすっぽりと外し、自分が人間ではないことを示した。


「マスター……、スズシロの派遣した機械人形です。少しお話を」


 ベルギウスは納得したように頷くと、


「つい最近話はしたはずだが? クレメンスの件だろう」

「いえ。今回はベルギウス、あなたに関する話です。あなたのその内に眠る、魔神について……」


 ベルギウスは一瞬動きを止めた後、ふうと息を吐いた。


「グリゼルディスあたりが漏らしたか? それともアドルノ? まったく、口の軽い連中だ……」

「魔法学校の司書が教えてくれました」


 ベルギウスはそれが意外だったようで、うろうろと辺りを歩き回って動揺を隠そうとした。

 ぎこちないその足取り……。彼は何度も嘆息する。


「……彼女が? そうか、我が、この憎き魔神を抑え込むことができないのではないかと危惧したか。問題ない。我は魔法学校に戻り、禁書の力を借りて魔神を抑え込んでみせる」

「“名もなき魔神の箱庭”という禁書ですね。もしあれがなければ、どうなります」


 禁書の名前が出たことで、ベルギウスはいよいよ観念したようだった。詳しく話し始める。


「我の封印術は、あの禁書の力を借りてやっと魔神の力と均衡する。元々、あの禁書の中に魔神は眠っていたわけだが、我が禁書の封を破ったときに一部封印能力が欠けて、不完全なものになってしまった。その欠けた部分を我が補完しているわけだ」

「では、禁書の力を借りられなければ、魔神は……」

「この世界に顕現するだろう。しかしその心配はいらない。そうなる前に我は自害する。その手筈は整っている」


 決然としたその言葉に、おれは危機感を覚えた。


「それは……」

「……これは贖罪だ。我はけして開けてはならない禁書の封を破り、中を覗いてしまった。すぐに自害すべきだったが、災厄をこの世界に招きこんでしまう危険を冒してしまった、その罪を少しでも償わなければならない。その機会を与えてくださったモル様の為に尽くす」


 彼の意思は固い。それが分かってしまう。おれはそれを覆せないか考えた。


「……その禁書ですが、人の手で作られたものなら、現代の魔法使いでも複製することはできないのでしょうか。あなたが常に携帯できるように」

「ふん。その本が、魔神を解き放った後もなぜ禁書に指定されているのか、分かっていないようだな。あの禁書は生きているんだよ。人が持ち歩くと、下手をするとそいつは死ぬ」


 あの禁書、そんな危険なものだったのか。ベルギウスが持ち歩いていればいいのにと思っていたが、無理な話だったか。


「死ぬ……。魔神とは関係なく?」

「ああ。毒を制するのにまた別の毒を使っているようなものだ」


 ベルギウスは少し気怠そうにして、


「話とはそれだけか? 魔神をどうこうするつもりじゃないだろうな。心配せずとも、魔神は我が処理する。貴様らには関係ない」


 おれとベータはここでいつまでも事実を伏せているわけにはいかないと判断した。

 このまま禁書がなくなったことを隠していても、いずれはベルギウスが知るところとなるし、時間的猶予がある今であれば、まだ対応策が考え付くかもしれない。


「禁書……、名もなき魔神の箱庭ですが、焼失しました」


 ベルギウスが硬直した。


「は?」

「図書館に謎の女が侵入し、燃やしてしまいました。クレメンスが起こした騒動に乗じた格好なので、恐らくは彼もあの女がけしかけたのではないかと思うのですが……」


 ベルギウスは戸惑ったように、意味もなく辺りを見回した。それからアンドロイドに詰め寄る。


「そんなはずはない。あの禁書は、歴代の凄腕の魔法使いが破棄しようとしてもできなかった。強力な防護魔法がかかっている。傷つけることすら難しいはずだ」

「しかし、実際に見ました」


 見ただけではなく、燃えカスも残っている。幻覚の類ではない。


「ありえない。信じられない」

「……信じられないというのなら、映像が残っていますから、見ますか?」

「は?」


 アンドロイドが瞳を投射用に切り替えた。近くにちょうど白い壁があったのでそこに映像を投射する。

 白い髪の女が禁書を燃やしたときの映像が映し出された。ベルギウスはそれを凝視した。


「この通り……。燃やされてしまいました」


 ベルギウスは目のあたりをこすった。そして繰り返し再生される映像に釘付けになった。


「信じられん……」

「魔神が解き放たれるぎりぎりまで対抗策を探しましょう。なんなら、魔神を復活させて、それを討伐してもいい。ですから自害なんてやめてください」


 ベルギウスは震えていた。自分の死が決定的になったことに対する恐怖かと一瞬思ったが、そうではなかった。


「これは、本当なのか? この女……。我が稀に見る魔神の姿そのものだ」

「え?」


 ベルギウスは映像が映った壁に更に顔を近づけ、白い髪の女に触れようとした。


「魔神だ……。我の内に眠る魔神の姿だ。どうしてここに? 我の内に眠る魔神は、既に外に出ていたというのか?」

「ちょっと待ってください。この女性、実はリーゴスのダンジョンでも思念体として現れました。封印された状態でも、外に思念体を送り込むことができるのですか?」

「できない。そんなことはできるはずがない。ワケが分からん」


 ベルギウスはここで俯いた。

 全身の力を弛緩する。

 なにが起こるのか……。おれは一瞬嫌な予感に囚われた。

 ベルギウスの全身が痙攣を始める。

 彼の全身を覆う黒い包帯が膨らんで、体の内部から爆発が起きたかのようだった。彼の血肉が付着した包帯が一部千切れ飛んだ。


「大丈夫ですか!?」


 ベルギウスは首を振った。発作はすぐに治まった。


「……大丈夫だ。我の中に魔神がいるかどうか確かめただけだ。一瞬、封印を緩めてみたが、確かに魔神は我の中にいる」


 ベルギウスは落ち着きを取り戻したようだ。

 しかしそれがかえって悪かった。彼はゆっくりと歩き出した。


「……どこへ行かれるのです?」

「死に場所は決めてある」


 もう話は終わりだと言わんばかりだった。おれは慌てた。彼を制止するアンドロイドの動きも、慌てふためいたものになる。


「ちょっと待ってください。本当に自害するつもりですか」

「そう決めている……。禁書を燃やした奴のことは気になるが、もう我にはどうすることもできない。無責任かもしれないが、そちらは貴様らに任せる」


 ベルギウスはアンドロイドを押しのけて更に進む。


「モル派が危機的状況にある中で、あなたまで消えてしまったら……」

「我の手には余ることだ。最悪なのは、我の中に眠る魔神が復活し、魔王や戦争が引き起こした混乱に乗じ、この世界に溶け込んでしまうことだ。我が内に眠る魔神スコタディは、その気になれば簡単に人の世を滅ぼすだろう……」


 アンドロイドはなおもベルギウスを止めようとしたが、彼は怪力を発揮してアンドロイドを投げ飛ばした。そして悠然と施設を出て行った。


 部下には何も告げず、ベルギウスは黒い影となって空を飛んでいった。その行き先がどこなのか、周辺の地理を把握していたおれは察していた。おれを乗せた飛行艇は既にそちらへ向かっている――海辺の活火山。彼は自らの内に眠る魔神ごと、身投げするつもりなのだろう。


 自殺なんてさせない。魔神が復活しても、おれが倒してやる。おれはそう決めていた。


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