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干渉



 ベルギウスはダンジョンの攻略最前線にいた。

 メテオラと呼称される特殊なダンジョンであり、モル派が数十年かけて攻略している最重要攻略対象だった。


 メテオラが攻略優先されている事情は幾つかある。

 まず、メテオラは通常のダンジョンと違い、天高く積み上がる塔型のダンジョンである。

 レンガに似た石材で構成されており、一見表面はぼろぼろで、手で触れると脆くも崩れ去るが、欠けた部分は数秒で再生する。

 剥落した石材を研究し、再生する建築材として利用しようとした動きがあったが今のところ実現できていない。このような形態のダンジョンは世界広しといえどもメテオラだけだ。


 そして、メテオラの頂上がダンジョンの最奥であるわけだが、遥か昔、飛行魔法を駆使して魔法使いがそこに達したことがある。

 塔の頂上には、塔の最下底分よりも大きい広場があり、そしてそこには眩いばかりの金銀財宝が安置されていたと伝承にある。雲よりも高い場所にある頂上部では太陽の光が燦々と降り注ぎ、財宝をより鮮明に輝かせていた……。


 だがダンジョンの最奥には恐るべき魔物が潜み、頂上に達した魔法使いを焼き殺したという。

 焼け死んだ魔法使いがどうやって伝承を残したのかはさておき、おれも当然この情報はかなり前に取得していた。

 なのでメテオラ付近に探査船が通りがかったとき、頂上がどうなっているのか調べた。


 塔の頂上に広場があったのはその通りだった。しかしそこはがらんとしていて、更地であり、財宝の類は見受けられなかった。

 頂上に探査機を着陸させ、そこからダンジョン内部へ入ろうとしたものの、出入り口のようなものは見当たらなかった。

 破壊して強引に侵入することも可能だったがそこまでする理由がなかったので調査はそこまでだった。


 ギルドはその財宝伝説を真に受けて攻略しているわけではないが、攻略する大義名分に据えることは可能である。

 つまりメテオラ攻略にはスポンサーがつく。ギルド独力ではなく、市井の後押しもあって攻略準備を進められる。


 ギルドがメテオラ攻略に躍起になっているのは、攻略すべき階層が明確に分かっているということもある。

 他のダンジョンはどれだけ長大でも最奥に辿り着くまで全長が分からないのに対し、メテオラはどれだけの高さがあるのかは大体分かっている。

 終わりが見えているのと見えていないのとでは、攻略する側も心構えが全く違ってくる。要はギルドメンバーの士気を保つことができる。モル派が長年ここの攻略に執心しているのは、そういう理由もあった。

 メテオラは世界的にも有名なダンジョンであるし、ここの攻略は名声にもつながる。攻略する理由は様々あった。


 ベルギウスはおれから貰った転移魔法のマーカーを駆使し、メテオラの攻略を効率的に進めていた。

 難所であった封印も、人員の移動がスムーズになったことでそこに人的リソースを割けるようになり、突破できたようだ。

 おれはメテオラの最下部でベルギウスを待っていた。一日に一度、彼は一旦ダンジョンから帰還して休憩することは事前に把握していた。


「……スズシロか。我に何の用だ」


 部下を伴って帰還魔法で地上に戻って来たベルギウスは、おれを見るなりげんなりした声を発した。

 おれは人払いを目線だけで頼んだ。ベルギウスは舌打ちする。


「ちっ……。こっちだ」


 塔のふもとにある林の中に、おれとベルギウスは移動した。ベータが少し離れてついてくる。


「なんだ。こそこそと」

「クレメンスという男は知っているな」


 単刀直入に話し始めたおれに、ベルギウスは小さく笑ったように見えた。


「当然だ。我の部下だ」

「リーゴスのダンジョンでの出来事の後から、様子がおかしくなったという話は聞いたことがないか」

「いや。最近復帰したらしいが、まだ会っていない。奴がどうした」


 おれは深呼吸してから、


「クレメンスがモル、ロートラウト、ベルギウスを殺すべきと皇帝に進言し、これが受け入れられた。今、モル派の立場が皇都でも危うくなっている」

「……事情が分からんが……。いったい何のことだ?」


 おれはモルが皇帝を呪い殺そうとしているのではないか、というクレメンスの推測を話した。もちろん冤罪であることも伝えた。加えて、クレメンスがモル派を恨んでいるという話もした。


「クレメンスがモル派を? あの尊大な男には、我の指導が耐えられなかったか」


 ベルギウスはしかし、動じた様子はなかった。普通にやり合えば、ベルギウスはクレメンスに負けない。本人もそう思っているのだろう。


「根も葉もないうわさだ。身の潔白は容易に証明できる。スズシロ、貴様の手は借りん」

「ああ、それは結構だが……。実はもう一つ話があってな」

「なんだ」


 おれはリーゴスのダンジョンで自らの魂が欠けたこと、そしてクレメンスも同様で、不思議な干渉を起こして互いの思考が読めるようになったらしいと話した。

 ベルギウスの意見が知りたかったのだが、彼はあっさりと、


「仕組んだ奴がいるな」


 と言った。


「なに?」

「これから話す内容は、いわば魔法理論に属するものではない。実証例がないからだ。魔法使いは、稀に、自分とよく似た精神の人間と干渉を起こすことがあると言われている」


 そんな話は、読んだ本には書かれていなかった。なぜ、そんなことをベルギウスは知っているのか……。この世界では常識なのか? 

 いや。おれが触れていない知識がある。禁書だ。禁書だけは一部しか手が出せなかった。


「その場合も、互いの記憶や知識を共有する、と?」

「ああ。人間同士ならまだマシだが、稀に、そうではない存在と交信することがある。神と交信していると豪語した聖職者が、実は魔物と思考を共有していて、大きな事件を引き起こしたこともあった」


 確かに、何の知識もなければ神とでも交信していると思うか……。


「そんなことが……」

「だが、後天的にそのような事態が起こったというのも奇妙だ。そんな話は聞いたことがない。ゆえに、そうなるように仕組んだ奴がいる」

「それは、誰だ……?」


 おれは心あたりがあったが、この際だからベルギウスの意見を求めた。


「普通に考えるなら、リーゴスのダンジョンにいた存在。意図的に魂をそのように傷つけ、貴様とクレメンスが干渉しあうように仕向けた」

「目的はなんだっていうんだ。何のメリットがある?」

「さあな……。我には分からん。貴様自身はどう考えている?」


 もし、本当にこの事態が計算されて引き起こされたものなら、これをやったのは魔王リーゴスに操られていたカスパルだ。あるいはそれに魔王アイプニアも協力したかもしれない。

 そして目的はおれの思考を読むこと。それくらいしか思い浮かばない。しかしそれはクレメンスが魔王に与する存在ということにもなりかねない。


 おれは依然として、クレメンスの思考が読めていない。クレメンスは今もおれの思考や知識を受け取っているのだろうか。

 おれの頭に流れ込んでくるノイズ……。しかしもしそのノイズが意味をなすものなら、とっくにおれやヒミコが気づいていたのではないのか? ノイズはノイズでしかないのではないか。つまり、おれはクレメンスの思考を読めていない。一方的に読まれているだけ?


「その干渉を止める方法はないのか?」

「干渉そのものを止めることは難しいが、対策は簡単だ。結局は魔力を介して情報を受け渡しているだけ。ならば意味のない情報を混ぜ込んでやればいい。受け取る側が混乱すればそれでいい」


 まさに、おれがノイズしか受け取っていないように。おれは納得した。

 だが、クレメンスはおれが情報を受け取っていると考えているように見受けられた。

 クレメンスがその情報のノイズ化をしているわけではない、ということか? おれは考え込んでしまった。


 ベルギウスが踵を返す。


「話は終わりか? 部下に指示を出さねばならないのでな」

「あ、ああ。礼を言う。だが、クレメンスは魔法学校付近でお前を待ち構えているぞ。大丈夫なのか?」


 ベルギウスは何でもないと言わんばかりに、もうおれのほうを向くことはなかった。


「我が禁書の力を借りていることを把握しているわけか。心配せずとも、あと三日はもつ」

「三日後は……」

「その間に対策する。クレメンスが貴様の知識や技術を得て、調子に乗っているようだが、所詮は親の七光り。再教育してやる」


 ベルギウスは去っていった。おれはそんな彼の黒い包帯姿を見送り、小さく息をついた。

 ベータが歩き寄ってくる。


「マスター。魔法学校の書物から得た知識で、情報のノイズ化、できそうです。ただしマスター自身の脳活動に支障が出る可能性が……」

「頼む。クレメンスをなんとかするまでは継続する」


 言った直後、おれは頭の質量が倍になったかのような錯覚に陥った。一瞬眩暈がして、おれは頭を振った。


「大丈夫ですか?」

「ああ。問題ない」


 クレメンスがもし魔王に通じているのなら、クレメンスを放置することはできない。

 魔王に関する重要な手がかりにもなるかもしれない。

 おれたちはメテオラの威容を改めて眺めてから、その場を去った。


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