欠けた魂
おれは皇国全体に小型の探査機をばらまき、観測を怠らなかった。
皇国以外にも、順次プローブを投下し、情報収集に努めていた。
新たな魔王が地上に出現したとき、いち早く対応する為である。
そして、モル一派が魔王の足跡を追って国内外を飛び回っているのも、おれは捕捉していた。
モルが皇帝に呪いをかけているというのは、おれが見る限り、虚偽の証言だった。
モルは純粋に魔王を追い、その討伐を目指している。彼の傍らにはロートラウトがいた。
ベルギウスは国内のダンジョン探索を続けている。クレメンスが皇帝に話した通りのことを実行するならば、まずはベルギウスの命を狙うだろう。クレメンスがベルギウスに勝てるとは、到底思えなかったが……。
クレメンスは皇帝から120もの兵を預かった。彼はそれを20の部隊に分け、皇都に潜伏させた。
ベルギウスを待ち伏せている。彼は定期的に魔法学校を訪れる。それをクレメンスは把握しているのだろう。
おれはクレメンスにプローブを付き添わせ、逐一情報を得ていた。彼が発する言葉、見ている光景、聞いている音、全てを共有したかった。
だが彼は驚くほど寡黙で、兵士に最低限の指示しか出さなかった。
学生街の安宿を借り、粗末な部屋の中で、彼は一人刀剣の手入れをしていた。
「……スズシロ」
クレメンスは窓に目をやりながら言った。
おれはそのとき、飛行中の飛行艇の中だった。もちろんクレメンスに捕捉されるような場所ではない。
「聞いているのだろう。スズシロ……。レダは一緒か? 慌てて逃がしたそうだな。ベルギウスの所在を知っているか? モルは? ロートラウトはきっとあの口だけの男に付き従っているのだろうな。くだらん……」
ぼそぼそとクレメンスは喋り続けている。独り言だろうか? しかしおれの名前を呼ぶなんて、偶然とは思えない。
「返事くらいしろよ、スズシロ。リーゴスのダンジョンで、私を助けてくれたな。感謝しているよ。貴様はきっと分け隔てなく、助けを求める人に救いの手を差し伸べる高潔な人間なのだろう。……いや、ほめ過ぎたな。人より優位に立っているから、余裕があるだけか」
クレメンスの視線が、プローブが潜んでいる物陰に定まった。
カメラ越しに、おれはクレメンスと見つめ合う恰好になった。
おれは飛行艇の中で、じっとりと冷や汗をかいた。
「ベータ、どう思う。あいつ、おれが盗聴していることに気づいていると思うか?」
「可能性はありますね。プローブを介して会話ができますが、どうします」
「……話そう。奴の真意が知りたい」
おれはプローブを介して声を届けた。
《おい、クレメンス。独り言か?》
クレメンスは特に驚く様子も見せず、淡々と応じた。
「やはりそこにいたか。気配が違うんだ……。魔法ではない、何か異質な気配……」
クレメンスは自分一人で納得する様子を見せた。そしておれに呼びかける。
「スズシロ。貴様は手広くやっているようだな。魔王に備えて兵器工場を作っているのは大勢が知っているが、それを利用して戦争被害を抑止しようとしている。魔族の保護に、未発見のダンジョン攻略を完遂したりもした」
どうしてそんなことを知っているのか……。おれは慄然とした。
隣のベータを思わず見ると、彼女もわけが分からない、と肩を竦めた。
《……お前はおれのしていることを全て把握しているのか? どうやって?》
「どうやって? 貴様は魔法学校の書物を全て読破していただろう。分からないか?」
クレメンスは笑みを含みながら言う。おれは心当たりがなかった。
《……いや……》
「魔法は不完全なものの味方だ。不完全で曖昧な世界に宿る不思議な力……。この世界の原初の力にして生命の源。それが魔力……。こんなことを考えたことはないか。この世界の始まりはなんなのか」
《哲学の話か?》
クレメンスはどんどん饒舌になる。彼本来のねちっこい性格が少し表に出て来たような感じがする。
「いや。“科学的”な話だよ、スズシロ。この世界がどうやって生まれたのかを説明するのは容易い。不完全なものに力が宿るから、無から有が生まれたんだよ。もしこの世界が完璧な演繹のみ許容する法則に支配されていたら、そもそも始まりはなかった。世界創造には必ずどこかで無から有が生じる必要がある」
《何の話だ》
「こんな世界だからこそ、私は力を手に入れた。魔王が眠るリーゴスのダンジョンで私は死にかけた。肉体が傷つけられたが、それ以上に精神が欠損した。魂が穢された。その過程で私は見たのだ……。この世界の深遠を。真理を」
自分の言葉に酔っているのか? クレメンスは満足げに笑っている。
《わけが分からないな。錯乱しているのか?》
「本当は分かっているはずだ。スズシロ、貴様もリーゴスのダンジョンで、魂をアンドロイドに乗せたまま死んだな? そのとき、魂の欠損があった。直後、お前は魔法を扱える躰になった」
それには覚えがあった。リーゴスのダンジョンで、魔法使いしか見ることのできない思念体の姿を目撃したことがあった。魔法の素養がいつの間にか与えられていたことに、非常に驚いた。
かといってその後おれは魔法を必死に練習するわけでもなかった。するべきことが多かったし、魔法を使うという感覚がよく分からず、どこから手を出せば良いのかも判断できなかった。
《どうもそうらしいが……。それがどうした》
「魂が欠損、つまり完全な魂が不完全になった。この世界においては、不完全な魂は魔法を扱えるというメリットがあるが、当然、デメリットもある。それは干渉現象だ」
《干渉……》
クレメンスはおれに指を突きつけた。プローブではなく、おれに。おれが見ていることを確信している。
「簡単に言うと、心を読まれる可能性が生じる。当然、無条件というわけではないがな。私はリーゴスのダンジョンで死にかけた。貴様も、リーゴスのダンジョンでアンドロイドの体で死んだ。偶然にも、同じ傷を負ったのだよ。私と貴様は」
《同じ傷……。同じ魂の欠け方をしたと?》
「そうだ。おかげで貴様の考えや知識が、私に流れ込むときがある。随分と、視野が広がったよ。貴様がこの星の人間ではないことも、当然知っている」
まさか、こんな形で……。おれは固唾を吞んだ。
《そう、か……。誰かに言うか?》
「いや。どうでもいい。私は、これを幸運と捉えることとする。この国は変革のときを迎えている。戦争。崩御。そして魔王。ギルドの再編成。モル派への復讐……。私は貴様の知識を有効に活用して、やりたいようにやることにする」
《復讐だと? モル派に恨みがあるのか》
クレメンスは呆れたような目をする。
「……私が貴様の知識を得たように、貴様も私の考えが分かるはずだ。同じ魂の欠け方をしたのだから」
《いや……。全く覚えがない。おれにはお前のことがよく分からんし》
「……ふん。なるほど。頭の中に埋め込んでいるその金属片が、思考のノイズを除去しているわけか。なら、いい」
クレメンスは吐き捨てるようにして言った。
そしておれの声を届けているプローブに極小の火炎弾を放ち、破壊した。
通話は断たれた。
おれはしばし呆然としていた。隣のベータがおれの肩に触れた。
「マスター、顔色が悪いですね。大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ。今の話、信じられるか?」
ベータはあっさり頷いた。
「はい。実は、マスターがリーゴスのダンジョンから帰還して以来、脳のノイズが増大していたことには気づいていました」
「そんな話、初めて聞いたが……」
おれは少なからず動揺していたが、ベータは淡々と話し続ける。
「だからこそ、クレメンスの話には信憑性がありますね。マスターさえ知らなかったのですから」
「そうだな……。よく分からんが気分が悪いものだな。おれの思考や知識が他人に流れているなんて」
別にやましいことは一切していないが、おれの振る舞いだけではなく、思考も読まれていたとなると、なかなか精神的に辛いものがある。
「魔法とは不思議なものです。しかし、クレメンスがマスターの知識を有効活用できるなら、皇国全域の情報を取り放題ですし、皇帝がクレメンスにあのような命令を下すよう仕向けるのも可能でしょう」
「……モル派への復讐とか言っていたな。戦争だの魔王だので忙しいのに、また余計な火種が見つかってしまったか……」
リーゴスのダンジョンでの騒動が、まだ尾を引いているわけだ。クレメンスがどうしてモル派を恨んでいるのか、それがはっきりとしないのは気になる。
「どうします?」
「当然阻止する。と言っても、この考えもクレメンスにばれているんだよな」
「ええ。ですが、問答無用で拘束することは可能ですよ。我々なら」
「……ベルギウスに連絡を取れるか」
おれは突然の事態に困惑しつつも、モル派のいざこざはモル派に片付かせるべきと判断した。
そしてこれは、おれが関わらない方がむしろスムーズに事態が収束すると判断した。
飛行艇は皇都の上空を低速度で大きく旋回している。
皇都の安宿の一室で、クレメンスが窓辺に立ち、肉眼ではけして見えない飛行艇の影を、じっと探していた。




