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隻眼の男

祝百話




 皇城に潜入するのは造作もない。既に皇城の構造は完全に把握し、進入路を幾つか見つけていた。

 アンドロイドをそのまま送り込むのは目立ち過ぎる。部材を数百に分け、潜入後に組み上げて完成させることにした。

 拳大ほどの大きさの機械を侵入させ、目立たないところ――今回は食糧庫の片隅で集結させ、一体のアンドロイドを皇城内に降り立たせることに成功した。

 

 皇帝は看守の報告により、牢で倒れているのを保護された。

 牢で囚われているアンドロイドが皇帝をそそのかしたとして、より多くの罪をかぶることになった。

 即刻死刑を執り行うべきとの声があったが、明らかに最も多くの医療知識を持っているのはそのアンドロイドだったし、おれとベータを信頼している人間もまだたくさんいたので、彼女に皇帝の看病をさせるべきとの声もあった。


 皇帝は死に瀕していた。ただでさえ体調が最悪だったのに、見張りの目を盗み牢まで自分の足で出向いたことが尾を引いているらしい。

 新たに侵入させたアンドロイドは、まずは囚われのアンドロイドの救出に向かった。

 アンドロイドごとに装備がかなり異なり、二体のアンドロイドが合流すれば、医療用と、戦闘・隠密用が揃う。

 皇帝を救うには二体のアンドロイドの能力が必要だった。


 皇帝周りの守りはかなり堅固で、兵士以外にも出入りがかなり多かった。

 牢周りも監視の目があったがこちらは幾らかマシだった。

 

 侵入したアンドロイドが自身の一部を分解し、小型の運搬機を形成し、牢の中のアンドロイドにこっそり部材を渡す。

 それを受け取った囚われのアンドロイドは、すぐに行動に移した。

 扉を解錠し、堂々と牢から出る。看守が驚きのあまり一瞬動きを止めた。


 部材を組み上げて完成させた麻酔銃を撃ち、あっという間に看守を無力化する。そこから出口へ走ったが、すぐに脱獄したことはばれる。

 牢の出口に辿り着いたときには新たに兵士が四名現れていた。そんな彼らの後頭部を、侵入してきたアンドロイドが殴り倒した。

 そのまま二体のアンドロイドは皇城内を駆ける。すぐにこの騒ぎは露見した。


 だが皇城の外でも騒ぎを起こさせた。無人兵器を数百機襲来させ、中庭や周辺の外壁に銃弾の雨を浴びせた。

 負傷者は一人もいなかったが、兵士たちにとっては恐怖だろう。

 抗戦の構えを見せた彼らは弓矢や魔法で空中の無人兵器に攻撃した。

 被害をゼロに抑えることは可能だったが、彼らにはある程度攻めの姿勢を維持してもらいたかったので、あえて何機か撃墜させた。


 皇城内は大混乱に陥った。皇帝の崩御寸前とあって、城内は兵士以外に、皇族や貴族が大勢出入りしていたが、彼らは自分の身を守ることにせいいっぱいだった。あちらこちらへ走り回り、より安全な場所へ逃れようと必死だ。


 アンドロイド二体は城の兵士に擬態した。元々二体は女性型だったが、中年男性二人に擬態する。変装がばれることはないはずだ。


 二人のアンドロイドは皇帝の寝所へと接近した。指揮系統が混乱していたが、さすがに皇帝周りは精鋭を配置していた。アンドロイドが近づいたことで警戒心をあらわにする。


「なんだお前らは。見ない顔だな……。持ち場に戻れ」

「外で襲撃がありました。皇帝陛下の守りを固めよと命令が下りまして」

「襲撃の件は知っている。だからこそ信用できない者を近づけさせるわけにはいかない。貴様らの所属は? 指揮官は誰だ」


 城内の情報は色々と収集している。それっぽい指揮官の名前を挙げることは容易だった。


「そうか。とにかくここはいい。侵入者を遠ざけよ。皇帝陛下のお体に障る」

「そうは言っても、命令ですし」


 二体のアンドロイドは仕方なく、といった風を装って、近くの通路で立ち止まって待機した。

 そして衣服の下で、こっそり自らの体を分解する。光学迷彩を伴った小型機が、兵士たちの足の間をすり抜けていく。

 寝所へと小型機が侵入すると、皇帝がベッドに寝かされ、既に虫の息だった。

 見慣れぬ医者が傍に付き添っている。容体が悪化したということで前任者は信用を失い医者を替えたのだろうか。

 

 小型機が皇帝のベッドの下に潜り込む。

 着々と準備を進めていく。失敗する確率は結構あるが、やるしかない。


 皇帝が目を覚まして、体を起こそうとした。それを医者たちは止めようとしたが、皇帝は振り払った。


「私に触るな。スズシロはどこだ。奴しか信用できない」

 

 医者たちは固い表情で、


「奴は信用できません。確かに腕は立ちますが、何を考えているのか……」

「スズシロが無理ならギルドの魔法使いをここに寄越せ。私の体を蝕む呪いに対抗する術を心得ているのは、見た目ばかり着飾った皇国騎士の魔法使いではない。経験豊富な彼らだ」

「呪いなどと……。皇帝陛下のお体は強固な結界に守られております。呪いなど届くはずがございません」

「ならば、この躰を蝕む怖気はなんだというのだ」


 皇帝が声を荒げたが、すぐに息切れを起こす。そして自分の体を絶望に満ちた顔で見下ろすと、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。

 その後も皇帝がギルドの魔法使いを寄越せと言い続けるので、医者たちは相談をした。

 近くには適任がいた。

 貴族連中に混じって権謀術数のさなかにあったのは、モル派のクレメンスだった。


 リーゴスのダンジョンで重傷を負いつつもギルドの職務に復帰した彼は、モル派の首領が主導する魔王捜索作戦に参加せず、皇都にとどまっていた。

 かつてレダに嫌味を言い、傲慢な態度でおれを苛つかせた彼は、殊勝な面持ちをしていた。

 片目の視力を完全に失い、眼帯をしている。ダンジョン内で頭髪が抜け落ちた状態で発見されたが、今は問題なく生え変わり、短く切り揃えている。抜け落ちた歯はさすがに回復しなかったが、ぐっと口元を引き締めた彼は精悍な顔つきだった。


 全身に傷跡が目立つ彼は、歴戦の猛者のような風格が備わり、近くの兵士や貴族を畏怖させた。


「お呼びでしょうか」


 クレメンスが皇帝の寝所に到着する。皇帝が体を起こし、クレメンスに腕を伸ばした。


「確か、貴公は、元皇国騎士団長セベッソンの孫の……」

「クレメンスでございます」

「おお、そうだった。ギルドの中でも手練れの魔法使いと聞き及んでいる。早速で悪いが、私にまとわりつく呪いの正体が分からぬか?」

「……分かります」


 クレメンスはあっさりそう答えた。医者たちが驚きのあまりクレメンスを凝視する。

 皇帝が身を乗り出した。


「ほ、本当か?」

「ええ。ただし、呪いの術者は決死の覚悟で陛下に呪いをかけている。尋問をしてもそう簡単に口を割らないでしょうし、呪いを解除することもないでしょう」

「ではどうすれば……」

「問答無用で殺すしかありません。呪いが解けた瞬間、陛下はすぐにそれとお分かりになるはずです。私に呪術者の殺害許可をいただけないでしょうか。この足で仕留めて参りましょう」

「おお……! なんと心強い! もちろん許可は出すとも。……貴公は犯人に心当たりがあるのか?」

「モル」


 クレメンスは短くそう答えた。皇帝は顔をしかめた。


「……いま、なんと?」

「モル派の首領モル。魔王捜索という名目で国外に逃れていますが、間違いありません。奴が陛下に呪いをかけています」


 おれはクレメンスのその言葉を聞きながら、おれの知らないところで何か巨大なうねりが起きつつあることを悟った。

 クレメンスはなぜそんな嘘を……。こんな嘘を、彼らはあっさり信じるのか?

 クレメンスは続けて言った。


「彼の腹心であるベルギウスと、ロートラウトも加担しています。まずは奴らを抹殺するのがいいでしょう」


 皇帝は憔悴しきった顔で、小さく頷いた。


「――あの禁術に手を出したとかいう男と、売女上がりの女か。確かに以前よりきな臭い奴らであった。いいだろう、クレメンス。兵を与える。私に呪いをかける悪逆な叛徒の首を刎ねよ」


 皇帝の取り巻きたちが抗議をするように声を上げた。

 しかし皇帝は死に瀕し、正常な判断ができなくなっている。

 クレメンスは一礼するとさっさとその場を辞去した。

 おれは皇帝をこの場から逃がす準備を進めていたがいったん中止した。

 このタイミングで皇帝を逃がしたらとてつもない誤解が生じる。モルが自棄になって行動を起こしたと捉えられかねないだろう。

 そもそも、本当に呪いというのがあるのなら、皇帝をここから逃がしたところで、呪いをどうにかしないと意味がない。

 

 寝所を退出するクレメンスの顔は鉄仮面のように変化がなかった。

 彼の足取りは迷いがなく、通路に響き渡る彼の足音は、無人兵器と兵士が激しい戦闘を繰り広げているというのに、高らかに響き渡った。


 誰もが彼に道を譲った。まるでそれが決まりであるかのように。

 

 おれは無人兵器を引き揚げさせた。戦闘音がやみ、辺りは静寂に包まれた。


 クレメンスはそれにも無頓着に歩き続ける。おれはそんな彼を見て、不覚にも寒気を感じてしまった。


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