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聖印


 レダは走り疲れて木陰で座り込んでいた。おれが近づくとすっくと立ちあがり、困惑した眼でおれを見た。


「どうしてここにいるって分かったの?」

「鬼ごっこが得意でね。どうしてお前は自分でダンジョンに挑もうしてる? 無謀な試みであることは分かっているだろう。こだわりでもあるのか」


 レダは観念したように首を振った。おれの後にヒミコとニュウが現れたのを見て、のんびり散策でもするかのように辺りを歩き始めた。おれはそれについていく。


「別に……。こだわりなんて。でも、そもそも私が魔法を学び始めたのは、魔物を倒す為だったから」

「せっかく学んだ技術を生かしてみたいと?」


 レダは、くだらない、と言わんばかりに鼻で笑った。


「……子供の頃、魔物に悩まされている村の人たちを間近に見ていた。それを救ったのは旅の魔法使い。その後姿に憧れたの。正直に言って、私にはさほど魔法の才能はなかったけれど、いつか自分も魔法の力で人を救いたい、そう思うようになった。私はあの旅の魔法使いのようになりたい。だから……」

「方法は考えなくてはな。おれはお前の実力は知らんが、無茶できるほどの腕ではないだろう。無茶やワガママを通すには、並の実力では足りない。どんな業界でもそうだ」


 レダは唇を噛んだ。


「そうかもね……」

「……聖印、とかいったか。ダンジョンに潜るには、最低限それが必要なのだろう。それを入手してからでは遅いのか?」


 レダは意外そうにおれを見た。


「……絶対にダンジョンに潜るな、とは言わないのね?」


 おれは少し考えながら頷いた。


「おれは所詮部外者だしな。レダの人生を決めるのはレダ自身だ。で、どうなんだ」

「聖印を入手するには、皇都の冒険者ギルドに加入するしかない。ギルドに入るには厳しい審査があるし、入ってからも、聖印を入手するには何年間かの修行期間を経ないといけないらしいの。だから、正規の方法なんて取ってられないわ」


 レダの目は決意に燃えていた。そうそう簡単に覆そうにない。


「別に焦る必要はないだろ? ダンジョン攻略はかなり難しいと聞いたぞ。当面は周辺の魔物を狩るくらいで満足したらどうだ。ヴァレンティーネたちがどれほどの腕かは知らないが、攻略には年単位の時間が必要なはずだ」

「ええ、普通に考えたらそうね。でも、どうにか力になりたいの。理屈で説明しようと思っても、うまくいかないかも。あの村は私の村なのよ。毒で死にかけていたときも、私は魔物をこの手で根絶することしか考えていなかった。スズシロ、あなたには感謝してる。あなたがいなければこうして元気に走り回ることさえできなかったでしょうから。でも、これは私の意地なの。どうしても諦めきれない」


 おれはヒミコのほうを振り返った。彼女は敏感にもおれの意図を感じ取った。さすが200年間一緒にいただけのことはある。おれの頭の中に必要な情報を送り込む。


「……なるほど」

「何が?」

「いや、こっちの話だ。レダ、今すぐ聖印を入手できるのなら、それに越したことはないだろう?」


 レダは顔をしかめて、俺の言わんとすることを掴もうとした。


「それはそうだけど……。何が強力なコネでもない限り、そんなの不可能よ?」

「お前はさっき、聖印がなくともダンジョンに潜れるとか言っていたな」

「ええ。要は体内で魔力を完璧に制御できるなら、体は耐えられるはず。実際、昔の冒険者は聖印なしでダンジョンに潜っていたから、魔力から身を守る術を漏れなく全員会得していたらしいわ」

「聖印を自作することはできないのか?」

「聖印を自作……」


 レダは歩みを止めて、改めておれをまじまじと見つめた。


「……考えたことがないわけではないわ。なんとなく、原理の見当はつく。けれど、聖印を作るには魔法の技術だけでは無理なの。上級魔法使いが、大きな工房と連携して、時間をかけてその人専用の聖印を作り上げていく。詳しい製造方法は当然機密扱いだし、私じゃあ逆立ちしたって聖印を作るなんてこと」

「おれは魔法に関しての知識は全くないが、聖印に必要な特別な機構は再現できる。大したものじゃないがな」


 おれはヒミコをちらりと見た。怜悧の助手は静かに微笑んでいた。


「え?」

「おまえがどうしてもダンジョンに潜るというのなら、上級魔法使いがやっとのことで作り上げる聖印を自力で製作するくらいはやってみたらどうだ。おれはレダの実力は分からないが、聖印を作れるほどの腕があるなら、もしかするとヴァレンティーネも共闘することを快諾するかもしれないしな」


 レダは顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。それから首を捻る。


「……聖印の自作。ねえ、スズシロ。それって皇都では大罪って知ってる?」

「ほう。そうなのか」

「ここは皇都じゃないし、聖印を見せびらかすようなことをしなければ、ばれることはないと思うけど。……ねえスズシロ、一つ聞いていい?」

「ああ」

「どうして私の為にそんなことをしてくれる気になったの? 私みたいな小娘、放っておけばいいじゃない」

「お前だけじゃない」


 おれは後ろを指差した。心配そうな眼差しを向けるニュウの姿に、レダは何とも言えない表情になった。


「……ニュウもいる。姉妹で無茶やるっていうなら、放ってはおけない。それと、聖印の製作は個人的にかなり興味がある。魔法という技術について詳しく知るきっかけになるという予感があるんだ」


 レダは手を持ち上げて、拒絶するように、


「よく、分からないけれど……。魔法はね、正規の教育機関以外で教授することが固く禁じられているの。身内へ個人的に教えるくらいは許されているけれど、スズシロには何も教えることができない」

「勝手に見て盗む。心配するな」

「だから、それも駄目なんだけど……。でも、ふふ」


 レダは笑みをこぼした。吹っ切れたようにしばらく笑いが止まらなかった。


「聖印を作るなんて。そんなことができたら、私も超一流の魔法使いね。楽しそう。それに、聖印がある状態とない状態じゃあ、ダンジョン内での戦闘力も格段に違ってくるし。なんだかやる気になってきたわ」

「そいつは良かった」


 おれは心の底からそう思っていた。レダは呆れ笑いを交えつつ、


「でも、スズシロ。あえて成功する見込みのないことに夢中にさせて、私をダンジョンから遠ざけるつもりじゃないでしょうね?」

「……半分くらいはそういう意図があるが、別に成功したところで、構わないとは思っているよ。ワケあって、おれはこの地の法律をあまり遵守する気がなくてね。好き勝手やりたい気分なんだ」

「見た目と違って、破天荒な人なのかもね、あなたは。ふふ、いいわ、大恩あるスズシロに従いましょう」


 おれはレダとニュウを引き連れて探査船のほうへと歩き出した。ニュウが嬉しそうに姉の周りを飛び跳ねている。それを見ておれは自然と笑みをこぼした。

 おれの隣にヒミコがやってきて、口をほとんど動かさずに、


「マスター。本気で聖印を作るつもりですか」

「まさか。作れるとは思えないし、仮に作れたとしても、完成品をレダに渡すつもりはない」


 ヒミコの形の良い眉がぴくんと持ち上がった。


「良かった。マスターが突然この世界をめちゃくちゃに掻き回すつもりになったかと」

「だが、聖印作りを通して魔法に関しての知識を入手することができるだろう。それに、レダとニュウを放っておくと何をしでかすか分からん」


 おれはオークやイビルホークといった化け物の姿を思い出しながら言った。

 ヒミコは少し思うところがあるようで、


「……なんだか、結果的にレダとニュウを貰ったような形になってませんか? これから一緒に探査船で作業をするんですよね?」

「まあ……。形式ってのは大事だ。あくまで彼女たちは自由な身の上。おれの所有物などでは断じてない」

「そうですね」

「聖印の工学的な構造については、おまえがヴァレンティーネの聖印をこっそりスキャンしてくれたおかげで、判明している。通常の懐中時計としての構造とは別に、トランジスタに酷似した精密な機械部品が入っていたな」


 おれはスキャンした画像を頭の中に浮かべながら言った。プリンターを使えば簡単に再現できるが、地球に存在したあらゆる部品と根本的な造りが違った。地球でこの部品を再現しても何の役割も持たないだろう。ただの複雑な部品というだけだ。


「ええ。懐中時計の歯車的構造も精緻で見事なものでしたが、仮に魔法素子とでも呼びましょうか、その部品は極めて精密で、人間の手で作れるレベルを超えています」

「その部品と、魔法の技術を組み合わせて聖印としているんだろうが……。正直言って、この時点では原理がよく分からんな。そもそも魔力ってのは何なんだ。まだ検知できていないんだろ?」

「はい。まずは魔法素子を再現してみて、空気中の魔力と反応するかどうか調べてみたいですね」


 おれはヒミコとレダとニュウを引き連れて探査船へ戻った。途中、魔物と遭遇しそうになったが巧みに進路を変えて上手く避けた。魔物を避けたことをレダとニュウは気づいていなかった。周辺にばらまいたプローブの監視網はかなり有効に働いていた。

 おれは無事に探査船に着き、アルファとベータが、ガンマとは全く別の顔に変形していることに気づいた。ヒミコが三人、同じ顔をしていたらレダたちが驚いてしまうという配慮だろう。


「実は三姉妹だったのです」


 ヒミコがそう紹介すると、レダは、


「揃いも揃って美人ね。スズシロって面食いだったりする?」


 おれは肯定も否定もしなかった。ニュウは部屋の中央に置かれた天体望遠鏡に興奮し、レダも探査船をじろじろと興味深そうに眺めた。おれは久しぶりに椅子に腰を落ち着けて、小さくため息をついた。

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