表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

物語を紡ぐもの

作者: MARK.TOMO

そこは巨大な図書館だった。

いや、棚と本は無尽蔵にあるが閲覧者はいなかった。

ステンドグラスの窓から光が差し込み、図書館というよりは教会といった趣があった。

中央と思われるところに円形の空間があり、そこには大理石でしつらえたような机と椅子が置かれていた。

その椅子には一人の男が座っていた。ひどく若いようにも老成したようにも見える年齢の定かではない男だった。

男は時々一人でにやりとほくそえみ、かと思うと急にいら立って机の上を拳で叩いたりした。

けれど誰もそれをとがめる者はいなかった。

男はその広い空間にただ一人だったのだ。


どのぐらいの時間が経ったのだろう。男は書き物をしているようだった。寝ることも食べることも男には不要なようだった。

ふいに男は顔をあげた。

「お前は物語を語るものか?それとも俺の創ったキャラクターか?」

男の目線の先には一人の老人がいた。

何もなかった場所に突如として現れた。

老人は目をしばたいてあたりを見回した。

「ここがそうか。ここで物語が創られているのか」

老人は独り言のようにつぶやいた。


男は不機嫌に問い直す。

「どうしてお前はここにきた?」

老人は語り始めた。

「私は私の物語を聞いてほしくてここにきた。あると思っていた。そしてやはりあった」

男はつまらなそうに先を促す。

「話を聞いてほしくて来ただと?よかろう、聞いてやる。話が面白ければ俺の物語に混ぜてやってもいい」


老人は男の話を聞いていないように話を続けた。

「私は日本という国に住んでいた、日本という国はもうずいぶん長い間一つの団体に支配されていた。

選挙という制度があったが、いつの間にか意味のないものにされていた。人々は選挙というものに行くことに興味を失っていた。団体はやりたい放題だった。そしてとうとう放棄していたはずの戦争に手を出した。中国とアメリカがぶつかり、日本はアメリカに命じられるままに進軍を開始した。そうしているうちに今度はロシアが北海道に攻め込んできた。慌てていると、日本に攻め込んで手薄になったロシアにインドが攻め込み始めた。世界は大混乱に陥っていった。同時に大きな天災が大地を襲った。日本も例外ではなく大地は割れ、大陸は分断された。そして一部は海中に没していったのだ」


男は不機嫌に貧乏ゆすりをはじめた。

(なんて脈絡のない話だ。登場人物も定かではなく物語が抽象的すぎる。いつの時代のどこの話なのかさえもわからないじゃないか)

だがほどなくして男は落ち着きを取り戻した。

(まあいいさ。面白くない話なんてめずらしくもありゃしない)

男がそんなことを考えているとは思ってもいず、いや思っていたとしても気にも留めずに老人の話は続いていた。


「私は長野県の松本市というところに住んでいた。息子と孫は強制的に徴兵されていった。私は介護施設で寝たきりだったのだ。そんな私のもとに政府の役人と名乗るものがやってきた。私も徴兵するというのだ。私は驚いた。寝たきりの老人に何ができるというんですかと。だが役人が言うには新しく開発したパワードスーツを着ればそんなことは問題ではなくなるのだということだった。私に選択権はなかった。私はいつの間にかパワードスーツというものを着させられていた。するとどうだ。私は立ち上がって歩くことも走ることもできるようになっていた。役人はほかの老人たちと一緒に来てくれと言った。私たちは老人部隊として戦争に参加することになった。日本はすでに分裂していたが長野県は無事だった。いや、というより長野県だけ無事だったというべきか。それはともかく、私はうかれていた。やっていること、あるいはやろうとしていることは許されるべきものではないことはわかっていた。それでも動けることがうれしくて仕方がなかったのだ。また仲間と一緒に何かができるということがうれしくて仕方がなかったのだ。私たちは海を渡り、中国に足を踏み入れた。そこで見たものは今まで見たことがないものだった。戦争をしていたのはもはや人ではなかった。空にはUFOが飛び交い、ロボットとパワードスーツの部隊が戦っていた。あの中には私と同じく人が入っているのかもしれない。けれど血を見なくていいというのは救いだった。私は仲間とともにロボット軍団に向かっていった。まるで自分とは思えない動きができた。不謹慎だが私は楽しかった。叫びながら私はロボットを破壊していった。いつの間にか私は一人になっていた。もうもうとあがる煙に巻かれているうちにどこにいるのかもさだかではなくなってきた。そして目の前に奇妙な生き物が立っていることに気が付いた。身長は1メートルくらいか。服は着ておらず、裸のようだった。顔の中には大きな眼だけが印象的だった。あれは昆虫の複眼というものに似ていたかもしれない。その生物は私に語りかけてきた」


「君たちは間違っている。いや君たちは間違っていた。いや君たちはもう取り返しがつかない」

私は生物が何を言っているのかわからなかった。

「こんなことを望んではいなかった。こんなことをしてほしくはなかった。どうしてこうなったのか」

生物は泣いているように思われた。目から涙を流しているわけではなかったが、なぜかそう感じられた。

「お前は誰だ」

私はそう聞いた。

「我々は宇宙人だ」

生物はそう答えた。

「どうか、残っているものだけでいい。助けてやってほしい。救ってやってほしい。君が着ているのはそのためのものだ。本当はそのためのものだった」

私は何も言えなくなった。私は死にかけた一人の老人だったのだ。そうだ、死にかけた老人がなぜこんなことをしているのだろう。私がするべきことは未来のためにできることをやるべきことではないのか。今なら、この体ならそれができる。


私は生物に礼を言うと瓦礫の下敷きになった人々の救出にむかった。

何も考えなかった。一心不乱というのを思い出した。

日本ではない場所で私は私のなすべきことをしようと思った。

しかしその時ヘルメット内に声が聞こえてきた。

「何をしている?お前はやるべきことを間違っている。それはお前のやるべきことではない。敵を駆逐しろ。やらないならそのスーツは没収する」

政府の役人だった。一体全体どこから見ているのだろう。そしてこんな状況でどうしてまだそんなことが言えるのだろう。疑問に思った直後、体が動かなくなった。パワードスーツが動かなくなり、私は元の老人に戻っていた。私は泣いた。死ぬ間際の最後の最後に私は一体何をしていたんだ。もともと体は動かなかったがいまや棺桶のようなパワードスーツのせいで顔も動かせなかった。

その時だ。私はここのことを知った。知ったのか、あるいはもともと知っていたのかわからない。私は物語を語らなければと思ったのだ」


老人はようやく口を閉じた。もう語るべき言葉はなくなったというようだった。


男は閉じていた眼を開けて「気が済んだか?」と聞いた。

老人はうなずき、そこにひざまずいた。


男は言った。

「俺の名前はゼロ。最初であり最後のものだ。お前の話を確かに聞いた。望むのならば本棚の本の一部になるがいい」


老人の体は光に包まれ、一冊の本になった。そして宙に浮かび本棚の片隅にすっぽりと埋まった。


「物語はまだまだ足りない。俺は物語を欲している。物語が世界を拡張している」


男はまた書き物に戻った。老人が来たことなど忘れたようだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ