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後編

 焼き肉食べ放題。


 それは誰もが心踊らせる肉のワンダーランド。


 店の駐車場に車を止めると、すでに焼き肉の美味しそうすぎる匂いが外に漂っていた。



「さあお嬢、ここだよ。焼き肉チャンピオン。最近人気のチェーン店なんだってさ」


 回り込んで助手席のドアを開けてあげながら、私は言った。

 ついでに、先ほどのお返しとして、車から降りた彼女の顔を押さえ、おもいっきり唇を奪っておく。

 女同士なのに人前でも堂々と。これが私の流儀だ。


「もー、いちゃいちゃはごはんの後ですからね」


 まんざらでもなさそうな彼女の笑顔を見て、私は今晩の営みでも全力を尽くすことを心に決めた。



 手を繋いだまま、ずんずんと店内に入る。

 さすが人気チェーン店、明るいし清潔感がある。一昔前の食べ放題のイメージとは大違いだな。


 わりと早い時間帯だったので、待たずに席に着くことができた。

 焼き場を挟んで向かい合って座りつつ、彼女にメニュー表を渡してあげる。


「さあお嬢、選ぶんだ。この店のメニューは三種類しかない。高い、普通、安い、の三種類だよ」


 彼女は私の言葉に驚いていたが、すぐにメニューに目を通しはじめる。


「……なるほど。わかりました、一番コスパがいいのは、普通コースですね。お高いコースはたぶん罠だよ。明らかに、そんなにたくさん食べられなくてがっかりするパターンです」


 こいつめ、金持ちのくせになかなかシビアな金銭感覚をしているな。

 きちんとした金持ちは浪費しない。それが良く分かる瞬間だった。



 最初に店員は、私たち二人分の豚タンを運んできた。

 すでに私の序盤のオススメメニューは、注文用のタブレット端末で注文済みだ。

 先輩からもらったドリンクバー無料券で、飲み物もしっかり頼んである。


 さあ、焼くぞ焼くぞ! 肉を焼くぞぉお!!



 4枚の豚タンを網に並べ、抑えきれない笑顔で肉が焼ける匂いを堪能する。


「あの……クーちゃん? このきれいすぎる円形のペラペラのお肉は、一体なにもの? 食べて大丈夫なやつなんですか?」


「大丈夫かどうかは……自分の舌に聞いてみるんだね」


 早速スピーディーに焼けた豚タンを一枚自分にとり、お嬢にもうながすと、覚悟を決めたような表情でお嬢もそれを箸でつかんだ。


 タレ皿に入れておいた、通常のタレとレモン汁を見て、一瞬迷ったが、まずは王道でレモン汁から。

 口に放り込むと、レモンの爽やかさの中に肉の旨味が広がり、そして噛み締めるごとに絶妙な歯ごたえ。


 うまし!


 お嬢も恐る恐る私に続き、それを口に運んだ。

 感想は聞く前にわかる。いかにも幸せそうな、その表情で。


「んん! んまい! なんですかこれは! 謎肉のくせにすごく美味しい!」


 早速二枚目に箸を伸ばすお嬢の姿に、私も幸せが止まらない。


「ふふ、これは豚タンって言ってね、お豚ちゃんのベロだよ。おめでとうお嬢。豚ちゃんとのディープキス、初体験だね」


「……最悪。言い方がキモいですよクーちゃん。旨さ半減です」


 何故こんなに綺麗な円形なのかは誰も知らない、最近の焼肉食べ放題の定番、豚タン。


 おいしゅうございました。



 その後届いたカルビ、ロースを順に焼いていき、サンチュでくるんでモシャモシャしていく。

 旨さとさっぱりのダブルパンチや。


 追加で頼んだキムチはまだかのう、と待っていると、店員は期待を裏切りピビンパを運んできて、お嬢がそれをうれしそうに受け取った。


 むむ、それはいかんぞ。

 確かに炭水化物が欲しくなるけど、それではすぐにお腹がいっぱいになってしまう。炭水化物は後半が鉄則だ。


「……お嬢、残念だよ。もう炭水化物に逃げるなんて。良くないね。もっと肉を攻めようよ、肉をさ」


「そういうクーちゃんは、焼肉屋さんでわざわざそんな葉っぱを食べるんですね……。胃がザコなんだ、かわいそうに。よわよわなクーちゃんの分まで、お肉は私が食べてあげますからね」


 一つ言うと、二倍になって言い返してくる。

 お互い、こんなことじゃあ相手が怒ったりしないと、わかりあっているからこそのやり取りだ。



「どうしたのクーちゃん、そんなに嬉しそうな顔して。もしかしたらマゾに目覚めちゃいました? もっといじめてあげようか?」


 お嬢はさらに注文していたホルモンを網の隅っこでじわじわ焼きつつ、私が育てていたロースをパパっと自分のタレ皿に回収した。


 そういういじめかたは、よくないね。


 ていうか、キムチ全然来ないんだけど……。忘れられたか。もう一回頼んでおこう。



「なかなかお腹いっぱいになってきましたねえ」


 お嬢が幸せそうに自分のお腹をたたきながら笑っている。

 だけど、まだまだこれからさ。


「ふふ、そんなときはこれ! 食事の途中でデザートだ! さあ、好きな方をどうぞ!」


 私が付き出したデザートから、お嬢はシャーベットを受け取った。

 私は残ったプリンにスプーンを差し入れる。


「……うーん。60点ですね。イマイチ! あ、ほらクーちゃん、分けてあげるからあーんしてください、あーん」


 あーん。


 食べるとわかる。このシャーベットはハズレだな。

 さらに私のプリンを、代わりにあーんで差し出すと、それもお嬢はイマイチな表情になった。


「甘過ぎ……」


 えっ、こっちもダメなの? なんでさ。この異常に甘いのが逆においしくないかな?


「でも、なんかフレンチの途中で出てくる口直しのデザートみたいで、嬉しくなっちゃいますね」


 まずかろうと美味しかろうと、いつも私との食事では、嬉しそうなこの表情。

 こういうところが、大好きなんだよね。



 さて、ここからが本番。

 私はズボンのホックをこっそり外すと、ハラミと薄焼きカルビを網に並べた。


 お嬢はいまだに楽しそうにタブレットでメニューを確認している。


「え!? おろしポン酢もあるんですか! ずるいなー、タレとレモンだけしかないと思ってたのに。これは卑怯なシステムですね。クーちゃんもいりますよね、おろしポン酢。頼んどくね」


 いや、別にいらないかな……。一応もらうけど。



 ハラミがそこそこ焼けてきたところで、空気を読まずに店員が網交換にやってきた。

 ハラミはただでさえ焼け具合がよくわからないのに、一度火から離したことで、さらに食べ頃がわからなくなる。


「クーちゃん、まだこのお肉食べないの? いただいちゃいますよ? ……うーん、半生!」


 アグレッシブなお嬢を犠牲にして、焼け具合の確認に成功。

 私、お肉はきちんと焼けてないと嫌だからさ……。



「お嬢、サイドメニューでなんかいいのあった? お嬢がタブレット独占するから、あんまり見れてないんだけども」


 そう言われてもなお、お嬢はニコニコ顔のまま、タブレットを手放そうとしない。


「それならわたし、このアルミのお皿のやつがやってみたいな。このまま焼くんですかね? キノコか、コーンか、あ、ニンニク焼きもあるみたい。わたしニンニクを……あ、いや、やっぱりキノコにしよっと」


「気にしないでいいんだよお嬢。たとえお嬢がニンニク臭くても、私は全力でチューするから」


 私がニヤニヤしながら言うと、お嬢はその愛らしいプリプリの唇を尖らせた。


「わたしが気にするんです~。クーちゃんのタバコみたいに、クサクサになったら嫌だもん」


 う……やっぱりタバコ、辞めよっかな……。


「気にしないでいいんだよクーちゃん。ちゃんとチューはしてあげますから。でも長生きして欲しいから、タバコは控えめにね」


 テーブルの向かい側から笑う彼女を見ていると、禁煙くらいなんでもないことみたいに感じるなあ。

 とりあえず、今日の食後の一服を我慢するところからはじめてみようか。


「お、やっと冷麺きたあ! よかったらクーちゃん、半分食べる? ちょっと思ったより大きくて……」


 お嬢との楽しい食事の時間は、今日もゆるゆると過ぎていく。



 なお、本日のお会計は二人分でおよそ5000円。

 このお腹から溢れる満足感と、かわいい彼女の笑顔からすれば、安いものだ。


 明日は、来週は、二人で何を食べよう。

 週末は二人で眠って、起きたらまた何かを食べて。その繰り返しを、これからいつまでこの子と続けていけるかな。

 一生一緒にいてもらえる自信なんて正直全然ないけれど、一度でも多くまた二人で美味しいものを食べたいと思う。

 


 なお、私が序盤に頼んでいたキムチは、全ての肉などを食べ終わり、帰り支度を始めたタイミングで、一気に2つも届いた。

 混んでいる時間帯の食べ放題にはまれにある罠なので、皆様ぜひご注意を。

 ごく普通のお話を、あえて百合カップルのお話として書いてみました。

 そのくらいこの日本で、百合がごく普通のこととして、多くの人に受け入れられる日が来ることを祈っています。


 百合を愛して下さるそこのあなた。ぜひご評価をお願いいたします。

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